学位論文要旨



No 126415
著者(漢字) 小藤,博英
著者(英字)
著者(カナ) コフジ,ヒロヒデ
標題(和) リン酸塩の高温挙動と溶融塩プロセスへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 126415
報告番号 甲26415
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7378号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 笠原,直人
 東京大学 准教授 鈴木,晶大
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

将来の使用済核燃料の再処理技術の候補の一つとして、溶融塩での電解法を採用した金属電解法乾式再処理技術の研究開発が進められている。プロセスでは電解精製によりウランや超ウラン元素(TRU)の回収を繰り返すことにより核分裂生成物(FP)が次第に溶融塩中に蓄積していくため、電解質としての性能を維持するために定期的な交換か、FPの除去が必要である。現在提案されている処理方法は、人工鉱物であるゼオライトのカラムに使用済溶融塩を通しFP元素を吸着するゼオライト法であり、技術的な成立性は確認されているが、最終的な廃棄体となるソーダライトに包蔵可能なFPは4~6%程度であり、高レベル廃棄物固化体の発生量としてはホウ珪酸ガラス固化体による現行の湿式再処理方式と殆ど同等である。

そこで、高レベル廃棄物の発生量を大幅に削減できる可能性があるリン酸塩転換法の研究が行われている。ガラス固化体として鉄リン酸ガラスを用いる場合、ガラス中にFPを30%以上包蔵できる可能性が報告されている4)ことから、現状のホウ珪酸ガラスにおけるFPの包蔵率である10~15%程度と比較すると、最終的に発生する高レベルガラス固化体本数の大幅な削減が期待できる。これに適合する使用済溶融塩の処理方策として、FP塩化物のリン酸塩への転換及び除去を基本とした処理プロセスが検討されている。

リン酸塩転換法のプロセス検討においては、FPのリン酸塩への転換反応を検討するためにリン酸塩の熱力学諸量や溶融塩中での高温挙動に関する情報が必須であるが、既往研究では殆ど評価されていない。そこで本研究では、使用済金属燃料中に含まれ、かつ電解槽の溶融塩中に残留する代表的なFPのリン酸塩を対象として、高温化学挙動や熱力学諸量を評価し、更にLiCl-KCl溶融塩中でのリン酸塩の挙動を明らかにすることにより、溶融塩プロセスにおけるFP塩化物のリン酸塩への転換反応評価へ反映することを目的とした。

2.実験及び評価解析

(1)転換反応の熱力学推定計算

FP塩化物のリン酸塩転換反応は(1)式で表される。この平衡反応の平衡定数Kは、反応の各構成物質の標準生成自由エネルギーΔfG0の積算により標準反応ギブス関数ΔrG0を求め、これを式(2)に代入することにより、温度の関数として求めた。ここで、リン酸塩に関しては既知のデータがほとんど無いため、市販の熱力学計算ソフトウェアによりCALPHAD法と呼ばれる最適化計算で算出した。得られた平衡定数から(1)式に示す転換反応の可否を推定した。

ただし、ここでRは気体定数(8.31451 JK-1mol-1)、ΔrG0は標準反応ギブス関数、Kは熱力学的平衡定数を表す。

(2)単塩の転換反応試験

前節にて予測された転換反応の可否を定性的に確認するため、数種類のFP塩化物を用いて、各単塩のリン酸塩転換実験を行った。まず、転換剤としてLi3PO4及びK3PO4のどちらが適しているのかを検討するため、Ar雰囲気中で反応実験を行った。転換剤としてLi3PO4が適していることが明らかになったため、数種類のFP塩化物を対象に、LiCl-KCl溶融塩中(773K)で転換実験を行った。転換剤はLi3PO4として、FPはLaCl3, CeCl3, PrCl3, EuCl3, YCl3, CsCl, SrCl2, BaCl2を使用した。数時間反応を継続し、溶融塩を急冷固化して断面をSEMにより観察して、転換生成物であるFPリン酸塩の有無を確認した上で、前述の推定計算との整合性を評価し、アルカリ土類金属に関して検討が必要であることが判明した。

(3)リン酸塩の高温特性

リン酸塩に関しては、熱力学データに関する既往研究例が少ないため、実験により評価する必要がある。評価対象と考えているLi3PO4、LaPO4、Sr3(PO4)2、Cs3PO4について熱力学諸量を評価するため、高温状態での安定性や挙動を確認した。評価は示差熱/熱重量分析計(TG-DTA)を用いた熱測定により行った。TG-DTAでは、昇温に伴う試料の重量変化及び熱の出入りが測定できる。

Li3PO4に関しては、相転移と思われる吸熱ピークが観測され、かつこの物質は添加剤として全ての転換反応に関係することから、詳細に評価しておく必要がある。従って、高温XRD、高温質量分析計(HTMS)等を用いて高温挙動を評価し、熱力学諸量の評価に反映した。

(4)リン酸塩(添加剤、模擬FPリン酸塩)の熱力学諸量評価

前述した様に、転換反応平衡の標準反応ギブス関数ΔrG0は、各構成物質の標準生成ギブス自由エネルギーから求めることができる。塩化物に関しては、既往研究において十分に検証されたデータが熱力学データベースに温度の関数として収録されている。しかしながら、リン酸塩に関してはデータが無く、新たに評価する必要がある。そこで、以下に示す様にリン酸塩の熱容量Cpを実験的に求め、これと文献値や推定値のS0(298)及びH0(298)から算出した。熱容量Cpは投下型熱量計によるエンタルピー変化ΔH(298→T)から求めた。温度TにおけるエンタルピーH(T)は、標準エンタルピーH0(298)に298KからTまでのエンタルピー変化を加えて求められる。熱容量Cp(T)はこのH(T)を温度で微分することにより得られる。

ここでエントロピーS(T)は標準エントロピーS0(298)に{Cp(T)/T}を298Kから所定温度まで温度積分した値を加えて求められる。これらの熱力学諸量を基に、ギブス自由エネルギーG(T)は、(3)式により求められる。

以上の手法により、リン酸塩の純物質のエンタルピー変化の測定から熱容量を評価し、これらの結果を基に標準生成ギブスエネルギーを求め、さらに塩化物に関する既往データを利用して標準反応ギブス関数を評価して転換反応を検討した。

(5)溶融塩中でのリン酸塩転換反応評価

リン酸塩転換反応における標準反応ギブス関数ΔrG0は熱力学的平衡定数Kにより、温度の関数として与えられる。熱力学的平衡定数は、平衡状態の各構成物質の活量で表される。例えば、(3)式に表した塩化ランタンの転換反応平衡では、Kは以下の(8)式で表される。

ここで、a [XY]zにおいて、XYは塩、zは平衡における物質XYの化学量論比を表す。熱力学の定義により、純物質固体の活量は1とされる。また、本研究の実験等により、LiCl-KCl溶融塩中でLaPO4とLi3PO4はほぼ固体として存在していることから(8)式はLiClとLaCl3の活量により導出されることとなる。溶媒中での溶質の活量は溶質のモル分率と活量係数γの積で表されることから、LiClとLaCl3のモル分率と活量係数からKが算定できる。溶融塩中での塩化物の活量係数は、既往データが利用できるため、溶融塩中での濃度分析を基に熱力学的平衡定数を算定し、これにより標準反応ギブス関数の評価ができると考えた。LaPO4やSr3(PO4)2等の代表的なFPリン酸塩に関して評価を行い、熱力学諸量から算定した値との相違を基に考察を行った。

3.熱力学諸量の反応評価への適用

溶融LiCl-KCl共晶塩中でのFP塩化物のリン酸塩転換反応として、熱力学諸量を推定して行ったシミュレーションと、実験によって得た熱容量を基に算出した反応のギブズエネルギー変化ΔrG0の相違から平衡定数を議論した。

例えば、LaPO4及びLi3PO4については、標準生成エンタルピーΔH0と標準エントロピーS0が既知であるため、本研究にて得た熱容量Cpを用いて標準反応ギブス関数ΔG0は次式によりΔG0は773Kで-15.9kJ/molと算出できる。

推定計算における773KでのΔGは-17.7 kJ/molと計算され、熱容量から求めた値と近いことが示された。一方、転換反応分析から求めたΔG0は約-30 kJ/molであり、その差は大きい。Laは反応平衡がリン酸塩方向に偏っており、分析や実験条件に起因する誤差を生じる可能性は比較的小さいことから、使用した活量係数等の文献値が相違の原因となっていると考えられる。

4.まとめ

本研究では、まず熱力学諸量推定した熱力学計算により、転換反応の傾向を確認すると共に代表的なFPの塩化物をそれぞれLiCl-KCl共晶溶融塩中でLi3PO4を用いたリン酸塩転換を試み、反応の傾向を確認した。次に、熱力学的に転換反応を検討するための情報とするため、数種類のリン酸塩純物質の高温特性評価を行った上で、熱力学諸量を評価するための熱量評価を行った。更に、LiCl-KCl共晶溶融塩中でのFP塩化物及びFPリン酸塩の反応平衡を分析し、熱力学的な定量化を試みた。これらの実験や評価を基に、個々のリン酸塩の熱力学諸量をプロセスにおける転換反応平衡の評価に反映するための考察を行った。本研究により、正確な熱力学諸量を評価してデータベース化することにより、プロセス反応における直感的な転換反応の傾向を熱力学的観点から定量評価することが可能になることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

使用済み核燃料の再処理技術の一種である高温化学再処理(金属電解法)においては、電解精製の継続により、電解質である溶融塩(LiCl-KCl)中に核分裂生成物(FP)が蓄積されるため、定期的に溶融塩からFPを除去して再生利用することが必要とされる。この使用済み溶融塩の処理法として、従来検討されてきたゼオライト吸着-ソーダライト転換法に代わり、廃棄物固化体の発生量を大幅に削減できる可能性がある「リン酸塩転換法」が提案されている。この手法は、使用済溶融塩にリン酸塩(Li3PO4、K3PO4等)を加えることにより溶融塩中の核分裂生成物(FP)をリン酸塩沈殿として分離し、鉄リン酸塩ガラスとして固化処理するプロセスである。これまでに、プロセス検討の基礎となるリン酸塩転換反応は熱力学手法により理論解析が行なわれているが、リン酸塩化合物の高温化学挙動や熱力学諸量に関する報告例が少なく、CALPHAD法を利用して他の物性値から間接的に算出した熱力学諸量を理論解析に使用していた。しかし、このような推定計算を基にした解析はある程度の不確定性を伴うため、各種測定により実験的に評価したリン酸塩の熱力学諸量を基にしたデータベースの充実が求められている。本論文は、このような背景のもとで、代表的なFP塩化物に関して、推定した熱力学諸量を基にリン酸塩への転換反応を評価し、各FP塩化物の単塩を対象としたリン酸塩転換試験により、推定した熱力学諸量による熱力学計算の妥当性を検証するとともに、代表的なリン酸塩に関して、熱力学諸量の取得評価を行った結果をとりまとめたものであり、全5章から構成されている。

第1章は序論であり、本研究の背景について述べている。そして、その結果をもとに、第2章で、本研究の意義と目的、評価対象物質の選定、利用可能な既往データの状況および本論文の構成について整理している。

第3章は本論文の主要部分であり、まず、代表的なFP塩化物に関して、推定した熱力学諸量を基にリン酸塩への転換反応を評価するとともに、各FP塩化物の単塩を対象としたリン酸塩転換試験により、推定した熱力学諸量による熱力学計算の妥当性を定性的に検証している。

次に、代表的なリン酸塩に関して、熱分析により高温安定性を評価した上で、熱力学諸量の取得評価を行っている。熱力学測定にあたっては、十分検証された標準物質の測定により測定精度が高いことを確認した後、対象としたリン酸塩の高温エンタルピー測定を行うことにより、熱容量を算出し、一部得られている熱力学的諸量の文献値の妥当性を確認した。また、これらの実験により、過去にほとんど報告例がなかったLi3PO4(添加剤)や主要なFPのリン酸塩に関して、比較的高温領域の1000~1500K程度までの熱容量や高温での安定性等の特性に関する知見も得ている。

実際の溶融塩中での転換反応に関しては、La、Sr及びCsを例として、実際に溶融塩中で転換反応平衡状態を作り、溶融塩中の反応を構成する各物質の濃度評価から、転換反応の進展状況を"転換率"として求めている。更に、濃度分析結果を、活量を介して反応の標準ギブス自由エネルギー変化(ΔG0)に換算評価するとともに、純物質の熱力学諸量評価を基に得られたΔG0との整合性を評価することにより、熱力学的知見のリン酸塩転換プロセスへの適用性を考察している。このような検討により、個々の純物質における熱力学的知見を基にした溶融塩中での転換反応評価の有効性が示され、また、実験により得られた特定の条件の転換反応を一般化した指標により定量評価できることが示されている。本成果は、今後のプロセス研究における様々な局面で活用できると考えられる。

第4章では、総合評価として、第3章で得られた結果をもとに、対象とした転換反応の定量評価を行っている。また、あわせて実際の転換反応実験結果からの定量化を試みており、その整合性の検討を行うことにより、実際のプロセスにおける反応評価への展開を考察するとともに、評価を行っていない他元素の動向も含めて、本研究によって得られた熱力学諸量の溶融塩プロセスへの適用に関して議論を行っている。高レベル放射性廃棄物発生量の大幅な削減に繋がる可能性のあるリン酸塩転換法のプロセス検討において、本研究で得られたリン酸塩の熱力学的基礎データやプロセス検討への適用手法は必要不可欠であり、本研究の意義は大きいと考えられる。

第5章は結論であり、本論文で得られた成果を総括している。

以上を要約すると、本論文は、高温化学再処理(金属電解法)において重要となる代表的なFP塩化物に関して、推定した熱力学諸量を基にリン酸塩への転換反応を評価し、リン酸塩転換試験により、推定した熱力学諸量による熱力学計算の妥当性を検証するとともに、熱力学諸量の取得評価を行った結果をとりまとめたものであり、原子力工学に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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