学位論文要旨



No 126416
著者(漢字) 和田,隆太郎
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,リュウタロウ
標題(和) 信頼を得た他分野専門家による高度で巨大な科学技術の社会受容 : 高レベル放射性廃棄物処分を例として
標題(洋)
報告番号 126416
報告番号 甲26416
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7379号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 准教授 木村,浩
 東京大学 特任准教授 神里,達博
内容要旨 要旨を表示する

潜在的な危険性があり、身近になく、巨大で高度な科学技術は、その恐ろしさや未知性から社会的に受容され難いと言われており、HLW処分地の立地問題はその代表例の1つである。HLW処分場の立地確保は困難を極めているが、このような状況にあるのも、これまでの技術による説明と対話が十分ではないことが1つの原因であり、従来の方法を見直す必要がある。

本研究では、専門家同士でも理解され難いとされる安全性・経済性等の専門的な技術情報について、HLW地層処分を例として信頼を得た他分野専門家への説明内容(content)と他分野専門家を介した説明の方法(method:説明プロセス)を明らかにし、この技術情報の活用方法を明らかにすることを目的とする。

(1)HLW処分の専門的な技術情報の判りやすい説明内容(content)

ここでは、専門的な技術情報の本分野専門家から他分野専門家への説明とそれに続く討論である「S to S」において、HLW処分時の安全性・経済性等を他分野専門家に判りやすく説明する内容を検討した。

放射性廃棄物処分分野は高い安全性を求めるが余り、費用との相関を議論されておらず、経済原則が働かないために、際限なく安全性だけを求める動きとなっている。リスク・ベネフィットの原則に則った意思決定が可能とするために費用(経済性)の情報と共にHLW処分の安全性を示す説明の内容を検討した結果、費用と安全性の相関図に整理することにより第2次取りまとめと国の委員会の費用試算による日本の既存のデフォルト案と海外事例との相関をわかりやすく整理できることが判った。

次に、「S to S」を有効に機能させるために必要と考えられる選択肢を設けるポイント(地位(position)と領域(region)および形態(form))と選択肢の数を検討した。過去の専門家間の議論の調査により、認識や理解を共有できない部分は処分シナリオ・安全評価結果や当該技術の将来予測などの評価等の部分であることが判った。そのため、選択肢を設けるのはこの評価等の地位・領域であり、選択肢の形態は費用と安全性が評価された複数の処分概念が良いと考えられる。また、複数の処分概念は候補サイト間で対比するようなものではなく、内的なモノサシとして1つの候補サイトの中でトレードオフ対比できる処分概念オプションを設けるのが良いと考えられる。さらに、一般の消費行動におけるヒューリスティックやバイアスの調査により、心理学的な影響があることを報告した実験例で最低限必要な選択肢の数は3つであると考えられた。適切な選択肢の数については最近の一般の消費行動の研究で活発に議論されている途上であるが、選択肢の数は多過ぎる方が良いという考え方が示された訳ではない。逆に、専門家にとっても意思決定に必要とされる知識と情報量は極めて多いHLW処分のように認知的なコストが高いものは、選択を回避または延期する行動が派生する傾向があると言われている。そのため、選択肢とする処分概念の数は3つ以上が必要であり、あまり多くないのが望ましい。

上述の2つの検討結果より、他分野専門家へ説明は、1候補サイトに複数の処分概念を選択肢として設け、安全性と費用(経済性)を相関図にまとめ、個々の処分シナリオや工学バリアの仕様等の違いの効果や影響および各々の機能・特性等の論点によりトレードオフ対比しながら説明するのが判りやすい。

上述の説明内容に基づき討論(対話)することにより、他分野専門家は理解を深めながら、測定・実験結果および評価等とそれに対する見解、並びに適切な処分概念のあり方について議論することできる。また、常に安全性と費用(経済性)を相関図に立ち戻って全体の中で位置付けを把握しながら討論(対話)を進めることにより、どこまで費用をかけるべきか(=どこまで安全性を追求すべきか)を他分野専門家もまじえて議論することできる。

(2)科学者への信頼と専門的な技術情報の説明方法(method)

ここでは科学者への信頼と他分野専門家を介して一般市民等へHLW処分時の安全性・経済性等の専門的な技術情報を説明する方法を検討した。そこで別途の事由で構築されている関係より既に信頼を得た他分野専門家を介した「S to S」と「S to P」の2段階のプロセスを踏まえることを検討した。

「S to S」は"本分野専門家から他分野専門家への説明とそれに続く討論(対話)"である。ここでは、本分野専門家が、HLW処分の基本的な情報と安全性・経済性等の専門的な技術情報をわかりやすく説明し、それに基づき他分野専門家と学会等の場で討論(対話)する。これにより、他分野専門家は基本的な情報と専門的な技術情報を十分に理解し、中心ルートによる処理によって自らの意志を決定する。

これに続く「S to P」は"信頼を得た他分野専門家から一般市民等への説明と対話"である。ここでは、他分野専門家が、一定の専門的な技術情報や自らの判断結果を、周りの一般市民等に、自分の意見と共に伝える。すなわち、別途の事由で既に構築された他分野専門家と一般市民等の信頼関係との相関で相対的に決まる専門的な技術情報の種類と量を、他分野専門家が非定形な場と内容で一般市民等へタイムリーに提供する。これにより、技術的には周辺ルートによる処理で判断せざるを得ない一般市民等の態度の決定を助長する。

すなわち、信頼を得た他分野専門家を介した説明と対話により、一般市民等は本分野専門家から直接説明されるに比べて理解し易く、信頼関係に基づき推敲・咀嚼された一定の専門的な技術情報を得ることができ、相対的に健全で合理的な意志決定を行うことができる。

(3)専門的な技術情報の活用方法と期待される相乗効果

ここでは、2段階のプロセスで伝えられる技術情報を活用したリスクとベネフィットの評価と、それにより期待される相乗効果を考察した。

一般市民等は信頼を得た他分野専門家を介して、安全性の一端を担う天然バリアが地域(サイト)によって異なるため、処分場立地候補地点の地質環境の善し悪しによっては総費用が高い場所と安い場所が存在することが理解できる。ここでは仮説として上述の傾向を踏まえてHLW処分時の安全性と費用の相関を示すことと、処分場設置に係る地域にとってベネフィットとなる地域振興・地域助成の費用を確保することをリンクさせた。すなわち、積立金の処分場の直接の費用と地域助成の費用とを1つの財源とし、周辺地域の市区町村の社会的なコストまで補償する多くの地域助成の費用を取り扱えるように現行制度の一部改良ができると仮定した。

これらの仮定により、総費用が一定とすれば良い地質環境を有する場所であれば同一の安全性を確保するための処分場の直接の費用が安くなり、より多くの地域振興・地域助成の費用を確保できる。すなわちより広い地域に向けた、もしくは同一の領域ならより多い地域振興・地域助成の費用、すなわち社会コストを確保できる。従って、処分場に適した良い地質環境を有する当該の市区町村は周辺地域の地方自治体の共同体から推挙されてHLW処分場立地候補地点に応募することになり、これは当該の市区町村による地域への貢献となる。

また、周辺地域への影響および自然環境の破壊と景観の阻害等の定量化が難しい社会的なリスクを解消するための費用として、全国の一般市民の負担を増やすことなく、良い地質環境の程度に応じて地方自治体が自由に管理できる地域助成の費用を確保することができる。

さらに、HLW処分地に決まった後は、地域の地域住民から信頼を得た他分野専門家と処分事業者との協議により、その地質環境に見合った工学バリアの仕様等や閉鎖後モニタリングのあり方を議論することにより、HLW処分に係る安全性を確保した上で合理的な処分概念とすることにより、上述のベネフィットとなる地域助成の費用を増やすことができる。

すなわち、これは本研究の「S to S」という新たな説明方法(method)を適用することと、リスク・ベネフィットの原則に則って処分費用の情報と共にHLW処分時の安全性の説明内容(content)を示すことの相乗効果が、HLW処分の理解と立地の促進に効果があることを示すものである。

(4)まとめ

本研究は、専門家同士でも理解され難いとされるHLW処分の安全性・経済性等の専門的な技術情報について、わが国の特質を考慮した説明の方法を検討した。その結果、説明内容(content)は共にHLW処分時の費用と安全性の相関図を複数の選択肢である処分概念オプションと海外事例を合わせて示し、これを外部性もある他分野専門家にトレードオフ対比しながら説明するのが判りやすいことを見いだした。説明の方法(method)は別途の事由で構築されている関係より信頼を得た他分野専門家を介した2段階のプロセスとすることで、一般市民等は信頼の度合いに基づき推敲・咀嚼された一定の理解し易い専門的な技術情報を得ることができることを見いだした。さらに処分費用は立地地域の地質環境の程度により異なるため、仮説検討として現行制度を一部改良できるとすれば、費用を軸に上述の情報と地域振興・地域助成をリンクさせることで周囲から推挙されて地方自治体が応募するという日本人の特質に見合う社会システムを構築できる可能性があることを見いだした。

審査要旨 要旨を表示する

潜在的な危険性があり、身近になく、巨大で高度な科学技術は、その恐ろしさや未知性から社会的に受容され難いと言われており、高レベル放射性廃棄物(HLW)処分地の立地問題はその代表例の1つである。このような状況にあるのも、これまでの技術による説明と対話が十分ではないことが1つの原因であり、従来の方法を見直す必要があるとしている。本論文では科学技術のリスクやベネフィットの説明においては、専門家間で専門的に深い領域の技術情報についての討論を進め、それを間接的に一般市民等へ伝えることが効果的であることを指摘している。この背景のもと、研究目的を、専門家同士でも理解され難いとされる安全性・経済性等の専門的な技術情報について、HLW地層処分を例として信頼を得た他分野専門家への説明内容(content)と他分野専門家を介した説明の方法(method)を明らかにすることとしている。本論文は5章より構成されている。第1章は研究背景と目的である。第 2 章は本研究の対象としたHLW 処分に係る研究と事業の現状について記述している。第 3 章では、科学技術の専門家同士でも理解され難いとされるHLW 処分の安全性・経済性等の専門的に深い領域の技術情報について本分野専門家から他分野専門家へ適切に説明する方法について検討している。第 4 章では、他分野専門家を介して一般市民等へ一般的な領域を含めてHLW 処分時の専門的な技術情報を説明する方法を検討している。第 5 章は結言である。

(1)HLW処分の専門的な技術情報の適切な説明内容(content)(論文第3章)

専門的な技術情報の本分野専門家から他分野専門家への説明とそれに続く討論である「S to S」において、専門的に深い領域の技術情報であるHLW処分時の安全性・経済性等を他分野専門家に適切に説明する内容を検討している。

リスク・ベネフィットの原則に則った意思決定を可能とするために費用・経済性情報と共に安全性を示す説明の内容を検討した結果、費用と安全性の相関図に整理することにより、「第2次取りまとめ」と国の委員会の費用試算による日本の既存のデフォルト案と海外事例との相関を適切に説明できることを示している。

次に、「S to S」を有効に機能させるために必要と考えられる選択肢を設けるポイントと選択肢の数を検討している。ここでは、複数の処分概念は候補サイト間で対比するようなものではなく、内的なモノサシとして1つの候補サイトの中でトレードオフ対比できる処分概念オプションを設けるのが良いことを示している。結論として、一般の消費行動におけるヒューリスティックやバイアスの調査により、心理学的な影響があることを報告した実験例等からで最低限必要な選択肢の数は3つであるとしている。

この2つの検討結果より、1候補サイトに複数の処分概念を選択肢として設け、安全性と費用(経済性)を相関図にまとめ、個々の処分シナリオや工学バリアの仕様等の違いの効果や影響および各々の機能・特性等の論点によりトレードオフ対比しながら説明することにより、他分野専門家は専門的に深い領域の技術情報を適切に理解できるとしている。

(2)科学者への信頼と専門的な技術情報の説明方法(method)(論文第4章)

ここでは一般市民による科学者への信頼との結びつきを検討することにより、既に信頼を得た他分野専門家を介した「S to S」と「S to P」の2段階のプロセスを踏まえて、専門的に深い領域の技術情報を含めた全ての専門的な技術情報を説明する方法を検討している。

「S to S」は"本分野専門家から他分野専門家への説明とそれに続く討論(対話)"であり、本分野専門家が、HLW処分の基本的な情報と安全性・経済性等の専門的な技術情報を適切に説明し、それに基づき他分野専門家と学会等の場で討論(対話)することが適切であることを示している。これにより、他分野専門家は基本的な情報と専門的な技術情報を十分に理解し、中心ルートによる処理によって自らの意志を決定できるとしている。

これに続く「S to P」は"信頼を得た他分野専門家から一般市民等への説明と対話"であり、他分野専門家が、一定の専門的な技術情報や自らの判断結果を、周りの一般市民等に、自分の意見と共に伝えるものである。これにより、周辺ルートによる処理で判断せざるを得ない一般市民等の態度の決定を助長できると考えている。すなわち、信頼を得た他分野専門家を介した説明と対話により、一般市民等は本分野専門家から直接説明されるに比べて理解し易く、信頼関係に基づき推敲・咀嚼された一定の専門的な技術情報を得ることができ、相対的に健全で合理的な意志決定を行うことができるとしている。

本論文を要するに、専門家同士でも理解され難いとされる安全性・経済性等の技術情報についてHLWを例として説明方法について検討した結果、説明内容(content)は費用と安全性の相関図を複数の選択肢である処分概念オプションと海外事例を合わせて示し、これを対比しながら適切に説明することにより、他分野専門家は適切に理解できることを見いだしたものである。説明の方法(method)は信頼を得た他分野専門家を介した2段階のプロセスとすることで、一般市民等は推敲・咀嚼された一定の理解し易い専門的な技術情報を得ることができることを見いだしている。このように、本研究は、原子力工学特に放射性廃棄物社会工学に対する貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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