No | 126426 | |
著者(漢字) | サンブー,ガントゥーヤ | |
著者(英字) | Sambuu,Gantuya | |
著者(カナ) | サンブー,ガントゥーヤ | |
標題(和) | Leishmania major sensu latoによるリーシュマニア症に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on zoonotic leishmaniasis caused by Leishmania major sensu lato | |
報告番号 | 126426 | |
報告番号 | 甲26426 | |
学位授与日 | 2010.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3617号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 皮膚リーシュマニア症は熱帯から温帯地方にかけて世界的に分布し、世界で毎年150万人もの新規患者が発生している人獣共通感染症である。ヒトの皮膚リーシュマニア症はその症状により、潰瘍性および結節性の病変が、単独または複数みられる皮膚型リーシュマニア症および鼻粘膜や口腔粘膜組織を冒す皮膚粘膜型リーシュマニア症に大別される。旧世界においては、スナネズミを保虫宿主とするLeishmania major が皮膚型リーシュマニア症を引き起こす主要な病原原虫とされている。スナネズミの地理的分布は、アフリカ北部、西、中央アジア、インド北西部、モンゴルおよび中国北部のサバンナ、砂漠、ステップで、本症の分布とほぼ一致している。スナネズミの1種であるオオスナネズミ(Rhombomys opimus)は主として中央ユーラシアに分布し、L. majorのみならずL. turanicaおよびL. gerbilliの自然宿主でもある。しかしながら、実験的にL. turanicaによるヒトへの感染は報告されているものの、自然界においてL. turanicaおよびL. gerbilliによる皮膚型リーシュマニア症の発症は報告されていない。人獣共通感染症である旧世界皮膚型リーシュマニア症に対する防疫策を講ずる上で、保虫宿主におけるリーシュマニア原虫の感染様式、されにこれら原虫間の相互関係、また宿主・寄生体関係を明らかにすることは重要である。L. major、L. turanicaおよびL. gerbilli 3種のオオスナネズミ寄生リーシュマニア原虫の相互関係と宿主であるオオスナネズミとの宿主・寄生体関係を明らかにすることを目的として、本研究では、自然宿主における感染率、解析実験動物への感染性および原虫の免疫学的、遺伝子学的検討を行った。 第一章では、皮膚型リーシュマニア症が報告されている中国およびカザフスタンに隣接するモンゴルの南ゴビ砂漠において、オオスナネズミ(Rhombomys opimus:Ro)62頭を捕獲し、リーシュマニア原虫感染の有無の検索、およびオオスナネズミの血清学的検索を行った。捕獲Ro耳介部材料の培養により原虫の分離を試みた結果、Ro 8(12.9%)に原虫を確認し、うち2株(BZ18、BBU23)が培養株として確立された。捕獲Ro 脾臓よりDNAを抽出しリーシュマニア原虫特異的プライマーを用いたPCR法による検索では、N-acetylglucosamine-1-phosphate transferase(NAGT)遺伝子を標的とした結果、Ro 20/57頭(35.08%)で、large subunit ribosomal DNA(LSUrDNA) 遺伝子を標的とした結果は、Ro 12/57(21.05%)でバンドが検出された。さらに、捕獲Ro血漿を用いL. major粗抗原を使用したELISA法による血清学的な解析を行った結果、Ro血漿の抗体価は 80.6%(50/62)で陽性であった。これらの結果は、オオスナネズミにおけるリーシュマニア原虫感染は自然界において高度に浸淫していることを示した。また、感染Roの耳介ならびに脾臓の押捺標本にて顕著な組織反応像および皮膚病変は観察されなかったことより、オオスナネズミに強い病原性を示すことなく、安定した宿主・寄生体関係を有していることを明らかにした。 第二章では、オオスナネズミ寄生リーシュマニア原虫の性状解析を行った。まず、捕獲Ro血漿、L.major感染実験マウスMeriones unguiculatus(MGS/sea)血清、および非感染マウス血清を用いL. major、L. turanica、L. gerbilliそれぞれの粗抗原を使用したELISA法による血清学的な比較解析を行った。その結果、L.major感染実験マウスの抗体価(1.32~2.08)に対し、捕獲Ro血漿の抗体価は低いものの、L. major、L. turanica、L. gerbilliのいずれの抗原に対しても同等の高い値を示した(それぞれ順に0.14~1.10、0.11~1.27、0.09~1.23)。また、L.major感染実験マウス血清もいずれの抗原に対し、抗体価に差は見られなかった。これらの結果L. major、L. turanica、L. gerbilliは抗原性が類似しており免疫学的にこれら3種を分類することは難しいことが示唆された。このことはL.majorによるヒトへ皮膚型リーシュマニア症の報告があるのに対し、L. turanica、L. gerbilliによる自然感染の報告がないことを考えると非常に興味深い知見である。 さらに、第一章で樹立した分離株の原虫種の同定を行うため、actin-encoding遺伝子の一部塩基配列を決定(754bp)し、旧大陸においてヒトリーシュマニア症病原種である既知のL. major (MHOM/Iarael/83/LT252)、L. tropica (MHOM/TR/98/URFH16)、L. donovani (MHOM/IN/80/DD8)、さらにげっ歯類感染種であるL.turanica (MRHO/CN/92/QiDai)、L. gerbilli (MRHO/CN/60/GERBILLI)との比較解析を行い、分離株2株がL.turanicaであることを確認した。 第三章では、オオスナネズミ分離原虫の実験動物に対する感受性検索のため、Meriones unguiculatus(MGS/sea)inbred gerbilおよびBALB/cAマウスに対する感染実験を行った。モンゴル分離株L. turanica(BZ18)感染MGS/sea gerbilでは接種部位のfootpadは感染後12週には1.7倍となったが、すべてのMGS/sea gerbil(n=5)において18週目より症状は消退した。BALB/cマウスにおける同株の感染実験では、接種部位の尾根部に感染8週目より結節形成を認め、感染40週目には直径19.5~19.8mm(n=2)となり自然治癒することはなかった。本章ではMGS/sea gerbilおよびBALB/cマウスに対する分離株の感染性を証明し、さらにMGS/sea gerbilにおいては一過性の腫瘍形成後、自然治癒することから、L. majorに対する交叉免疫、獲得免疫試験等に用いる実験動物モデルが確立された。 第四章では、系統樹解析によりL. major, L. turanica, L. gerbilliは遺伝的に近縁であるもののL. turanicaには種内に遺伝的多様性が存在することを明らかとした。L. major, L. turanica, L. gerbilliにつきNAGT遺伝子の一部塩基配列(417bp)を決定し、さらにL. tropicaおよびL.donovaniとの比較解析を行った結果、L. major, L. turanica, L. gerbilliは同一のクレード内に位置した。Actin-encoding 遺伝子による系統樹解析でもL. major, L. turanica, L. gerbilliは同一のクレード内に位置する結果が得られ、3種は遺伝的に非常に近縁であることが示された。しかしながら、NAGT遺伝子解析ではL. turanicaのモンゴル分離株(MRHO/MN/08/ BZ18)(MRHO/MN/08/BBU23)と中国分離株(MRHO/CN/92/QiDai)(MRHO/CN/97/KMA2)間では3ないし4塩基の相違がみられた。 以上本研究において1) モンゴル南ゴビ沙漠に棲息するオオスナネズミにおけるリーシュマニア原虫感染は高度に浸淫している。2) L. major, L. turanica, L.gerbilliは抗原性が類似しており、遺伝的にも近縁である。3) L. majorに対する交叉免疫、獲得免疫試験等に用いる実験動物モデルが確立された。4)遺伝子解析により L. major, L. turanica, およびL.gerbilliはリーシュマニア属内において一つのクレードを形成しておりL. major sensu latoとしてとらえられた。これらの研究結果はL. majorのみならず、L. turanicaおよびL. gerbilliの人体への感染の危険性を示唆している。さらに本研究で得られた原虫分離株とL. majorの詳細な比較解析により病原性決定因子を明らかとすることで皮膚型リーシュマニア症の発症機序解明の一助となることが期待される。 | |
審査要旨 | リーシュマニア症は熱帯から温帯地方にかけて世界的に分布する人獣共通感染症である。Leishmania majorは旧世界の皮膚型リーシュマニア症の主要な病原原虫種の一つであり、スナネズミを主な保虫宿主とする。スナネズミの1種であるオオスナネズミ、Rhombomys opimus、は中央ユーラシアに棲息し、L. majorのみならずL. turanicaおよびL. gerbilliの自然宿主でもある。L. turanicaによる実験的ヒト感染例は報告されているが、自然界におけるL. turanicaおよびL. gerbilliによる皮膚型リーシュマニア症は報告されていない。モンゴルではすでに、オオスナネズミ寄生のL. turanicaおよびL. gerbilliが報告されているが、L. majorによるヒト皮膚型リーシュマニア症の報告はない。本研究では、モンゴルに棲息するオオスナネズミにおけるLeishmania 感染の実態を明らかにし、L. major、L. turanicaおよびL. gerbilli 3種のリーシュマニア原虫の寄生虫学的、免疫学的、分子生物学的特徴付けを行い、さらに実験動物に対する感受性の検討を行った。 第一章では、L.majorによるヒト皮膚型リーシュマニア症の浸淫地域である中国およびカザフスタンに隣接するモンゴルの南ゴビ沙漠において、オオスナネズミ62頭を捕獲し、リーシュマニア原虫感染の有無の検索、および血清学的検索を行った結果を報告している。捕獲オオスナネズミ耳介部試料の培養により、8頭(12.9%)から原虫を分離し、うち2株(MRHO/MN/08/BZ18、MRHO/MN/08/BBU23)が培養株として樹立された。脾臓DNAを抽出し、リーシュマニア原虫N-acetylglucosamine-1-phosphate transferase(NAGT)遺伝子を標的としたPCR法による検索では、57頭中20頭(35.08%)で、予想される塩基長468 bpのPCR産物が検出された。さらに、L. major粗抗原に対するELISA法による血清学的な解析を行った結果、62頭中50頭が(80.6%)陽性反応を示した。これらの結果は、モンゴルでは、オオスナネズミにリーシュマニア原虫が高度に浸淫していることを示している。また、病理組織学的解析により、これらリーシュマニア原虫はオオスナネズミに強い病原性を示すことなく潜在感染しており、安定した宿主・寄生体関係を有していることが示唆された。 第二章では、樹立された分離株(BZ18、BBU23)の原虫種の同定を行うため、actin 遺伝子およびNAGT遺伝子の一部塩基配列を決定し、ヒトに対する病原種であるL. major、L. tropica、L. donovani、さらにげっ歯類感染種であるL.turanica、L. gerbilliとの比較解析を行った。その結果、L.turanicaとのみ塩基配列が完全に一致し、分離株2株を何れもL.turanicaと同定した。さらに、これら塩基配列を用い系統樹解析を行った結果、L. major, L. turanica, L. gerbilliは遺伝的に非常に近縁であることが示された。また、L.turanicaには種内に遺伝的多様性が存在することを明らかにした。次に、オオスナネズミ寄生リーシュマニア原虫3種間の免疫学的交差反応性を検討した。実験的にL.majorを感染させた近交系スナネズミMeriones unguiculatus(MGS/sea)血清のL. major、L. turanica、L. gerbilli粗抗原に対する反応性をELISA法により検討したところ、強い交差反応性を示した。これらの結果、3種の原虫の抗原性が類似しており、粗抗原を用いたELISA法ではこれら3種を分類することは困難であると考えられた。観察された高い免疫学的交差反応性は自然界において免疫学的な干渉が起きていることを示唆し、3種原虫の分布および伝播サイクルに大きな影響を与えていることが推察された。 第三章では、L. turanicaの実験動物に対する感受性を検討するため、近交系スナネズミMeriones unguiculatus(MGS/sea)およびBALB/cAマウスに対する感染実験を行った。BZ18感染MGS/seaは、接種部位に一過性の皮膚病変を呈したが、自然消退した。一方BALB/cAマウスでは、皮膚病変は増悪し、潰瘍を形成し、52週までに死亡した。すなわち、MGS/seaは自然宿主と同様感受性が低く、一過性の皮膚病変を示すのに対し、BALB/cAマウスは感受性が高く、致死的であることを明らかにした。近交系スナネズミMGS/seaは自然宿主における宿主-寄生体関係を明らかにする上で、有用な実験動物モデルとなると考えられた。また、BALB/cAマウスの感受性が高く、致死的であったことから、ヒトを含めた他種動物への病原性が危惧される。 中央ユーラシアのオオスナネズミに寄生するL. major、L. turanica および、L. gerbilli 3種の中でL. majorのみがヒト皮膚型リーシュマニア症の病原種として知られている。分布、宿主特異性が類似していることに加え、本研究によりこれら3種原虫の遺伝子の相同性は高く、免疫学的交差反応性も高く、系統発生学的にも近縁であることが示された。本研究はヒトに対する病原種であるL. majorの分布および伝播サイクルに L. turanicaおよびL. gerbilli が影響を与えていることを示唆し、また、enzootic parasiteとして知られるL. turanicaおよびL. gerbilli がヒトに対する病原種である可能性、あるいは新興感染症となる可能性を指摘している。これらの研究結果より、著者はL. major、L. turanicaおよびL. gerbilliをL. major sensu latoの構成種として理解し、これら原虫の生態あるいは伝播サイクルにおける相互関係を明らかにする必要があることを論述している。 従って、審査委員一同は、当論文内容が博士(農学)を授与するに値する内容であると判断した。 | |
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