No | 126436 | |
著者(漢字) | 清水,崇史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シミズ,タカフミ | |
標題(和) | 造血幹細胞JAK-STATシグナル異常活性化に起因する骨髄増殖性腫瘍モデルマウスの作製と解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126436 | |
報告番号 | 甲26436 | |
学位授与日 | 2010.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第626号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | メディカルゲノム専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 造血器の腫瘍性疾患である白血病は、血液細胞が癌化することにより、分化抑制を伴いながら限りなく増殖を続けるようになった状態と考えられる。これに対し、骨髄増殖性腫瘍(Myeloproliferative Neoplasms: MPNs)は、骨髄内において血球細胞増殖は示すものの分化障害を伴わない腫瘍性疾患である。MPNsは、真性多血症(Polycythemia Vera :PV)、本態性血小板増多症(Essential Thrombocythemia :ET)、原発性骨髄線維症(Primary Myelofibrosis :PMF)の三疾患を含む造血器疾患群の総称であり、その疾患の特徴として、一ないし多系統の骨髄球系列(顆粒球系、赤芽球系、巨核球系及び肥満細胞系)細胞の増加を認めると共に、単クローン性の正常造血を示すことから、全ての血液細胞の源である造血幹細胞レベルでの遺伝子異常に起因する疾患と考えられている。 近年の研究から、MPNs患者の大半に非受容体型チロシンキナーゼJAK2の活性型変異体(JAK2V617F)が検出され、本変異がPV症例における約95%、ET,PMF症例における約50%に検出されることが明らかになった(1)。更に、PV, PMF症例の多くは両側アレルにJAK2変異を保有する(ホモ型)のに対し、ET症例においてJAK2変異を検出するケースの大半は、片側アレルのみの変異(ヘテロ型)であることが示された(2)。本事実に加え、JAK2V617F変異体を発現するトランスジェニックマウスの研究から、JAK2変異体を高発現する個体はPV様の表現系を示し、JAK2変異体の発現量が低い個体はET様の表現系を示すことが明らかになり、血球細胞におけるJAK2V617F変異体の発現量がPV及びETの疾患病型を規定することが示唆された(3)。しかしながら、JAK2V617Fを用いた研究において、移植後10カ月近い期間を経て二次性の骨髄線維化を来す報告はあるものの、短期間で典型的PMF病態を呈するモデルマウスは未だ報告されていない。 血球細胞において活性化したJAK2は、下流因子であるSTAT familyをリン酸化(活性化)することで標的遺伝子の発現制御を行っている。この際STAT familyは、JAK/STAT pathwayにおける負の制御因子であるCIS / SOCS familyの発現を介し、サイトカイン受容体及びJAK2のキナーゼ活性を抑制することで、シグナル伝達の適切な制御(シグナル遮断)を行っている。近年の報告から、JAK2V617F変異体を発現する血液細胞は、サイトカイン非依存的な細胞増殖を示すものの、CIS/SOCS familyを介した負のフィードバック制御を受けており、下流因子であるSTAT5Aのリン酸化状態は最大値に達していない事が報告されている(4)。以上の知見を踏まえ、我々はJAK2下流因子の一つであるSTAT5Aの恒常的活性化変異体を造血幹細胞に遺伝子導入することで、CIS/SOCS familyを介する負のフィードバック制御に影響されず、より強いSTAT5A活性化に起因するPMF病態が惹起されると仮説を立てた。 【本研究の目的】 PMFは希少疾患であり、その病態や治療法に関して不明な点を多く残す一方で、適切なモデルマウスが存在しない。そこで、ヒトPMF臨床像に即したモデルマウスを作製し、その病態解析から疾患の本質を明らかにし、診療及び治療戦略に有用な知見を得る事を目的に研究を行った。 【実験手法】 本研究では恒常的活性型STAT5AとしてSTAT5A 1*6変異体を用いた。STAT5A 1*6変異体は、DNA結合領域(H299R)及び転写活性化領域(S711F)の2アミノ酸置換変異体であり、持続的なリン酸化に起因する転写活性の増強が確認されている(5)。我々は、STAT5A 1*6変異体を造血幹細胞に遺伝子導入した後、骨髄破壊的造血幹細胞移植を行う実験系によりPMFマウスの作製を試みた。まず初めに、C57BL/6 (B6)-Ly5.1成体マウス骨髄より、高度に純化した造血幹細胞(CD34low/- c-Kit+ Sca-1+ Lin- 分画: CD34-KSL細胞)をフローサイトメーターにより分取した。分取した造血幹細胞はin vitro培養下で、レトロウイルスを用い種々の遺伝子群(JAK2 WT, JAK2 V617F, STAT5A WT, STAT5A 1*6)の遺伝子導入を行った。本レトロウイルスベクターにはIRES-EGFP配列が組み込まれている為、遺伝子導入された細胞をGFP蛍光によりモニターすることが可能である。遺伝子導入造血幹細胞は、競合細胞(B6-Ly5.1/5.2 骨髄細胞)と共に致死量放射線照射したレシピエントマウス(B6-Ly5.2)に骨髄破壊的造血幹細胞移植を施し、移植後4週目より末梢血及び病理解析を行った。この際、全白血球細胞に発現しているCD45分子のアロタイプ(Ly5.1 or Ly5.1/5.2)を識別することで、ドナー造血幹細胞(Ly5.1)由来もしくは競合細胞(Ly5.1/5.2)由来の血液細胞である事を判別できる。更に、全血液細胞におけるドナー造血幹細胞由来GFP陽性細胞の割合(キメリズム)から、遺伝子導入造血幹細胞の造血寄与率及び分化傾向を経時的に解析した(Fig.1上段)。 【結果及び考察】 1.STAT5A 1*6遺伝子導入造血幹細胞移植によるPMFモデルの作製と評価 JAK2V617Fを遺伝子導入した造血幹細胞を移植したマウスの約半数(57%)は、移植後12週目までに末梢血における顕著な顆粒球系細胞の増殖傾向に代表されるMPNs表現系を示すと共に、赤血球増加、血小板増加に代表されるPV,ET様病態を呈し、PMF病態は呈さなかった。 一方、STAT5A 1*6を遺伝子導入した造血幹細胞を移植したマウスの大半(93%)は、移植後8週目までにキメリズムの有意な上昇傾向と共に、顕著な顆粒球系細胞の増殖傾向に代表されるMPNs表現系を示した。更に、MPNsマウスの約94%は、PV,ET様病態を呈することなく、血小板減少、白赤芽球症、涙滴赤血球症に代表されるPMF病態を呈する事が明らかになった。この一方で、MPNsマウスの極一部(約6%)は、軽度のPV様病態を呈しつつ、MF病態へと移行する事が示唆された。続いて、病理解析結果から、本系により作製されたPMF病態を呈するマウスは、移植後4~8週という短期間で脾腫(髄外造血)を伴う重度の骨髄線維化を呈することが明らかになり、その病理像(骨髄線維化、骨髄における顆粒球系細胞及び異型巨核球の増加、脾腫、末梢血における顆粒球系細胞増加、白赤芽球症、涙滴及び破砕赤血球の出現、貧血、血小板減少など)は、WHO分類第4版が定めるヒトPMF症例に極めて酷似していることからPMFモデルとしての高い有用性が示された(Fig.1下段)。更に本PMFモデルマウスでは、致死性の肺胞性出血を惹起する血小板減少が観察されたと共に、PMFマウス終末期の骨髄は、明瞭な細網線維に加えコラーゲン線維の増加、骨硬化が観察されることから本モデルがPMF病態における中期から終末期(fibrotic phase, MF-1~3)までを模倣したadvanced PMFモデルとしての有用性をも証明した。 2.PMF発症機序の解明 本法にて作製したPMFマウスの骨髄切片において免疫染色を行った結果、CD41陽性の小型(異型)巨核球の増殖が確認され、本細胞が主たる骨髄線維化因子であるTGF-βを産生していることを明らかにした。更に、この小型巨核球はPMFマウス骨髄内においてのみ観察され、STAT5A 1*6の発現量に比例して増殖していることが確認された。そこで、STAT5Aにより発現誘導される巨核球分化に関与する遺伝子としてc-mycに着目し、その発現量を確認した結果、STAT5A 1*6発現が強いCD41陽性細胞(GFP陽性小型巨核球)においてのみ、有意なc-myc発現量増加が確認された。過去の報告より、c-mycの発現上昇は巨核球・赤血球系前駆細胞において、巨核球分化を促すと同時に、巨核球の成熟(多核化)を阻害することが知られており(6)、PMFマウスにおける巨核球・赤血球系前駆細胞においても同様の分子機構が働いていると推察できる。つまり、PMFマウス骨髄内では、STAT5A 1*6造血幹細胞を起源とする骨髄系列細胞の異常増殖が起こった後、増殖した巨核球・赤血球系前駆細胞においてSTAT5A 1*6活性に起因するc-myc発現上昇により、巨核球分化の促進と成熟阻害が起こった結果、小型(異型)巨核球が出現し、TGF-β産生に起因する骨髄線維化及び血小板減少が惹起されると推察される。 3.PMF病態及び疾患特性の解明 幹細胞疾患であるMPNsにおいて、疾患の起源となるMPNs initiating cellの性状解析を行う為、JAK2V617F造血幹細胞由来PVマウス及びSTAT5A 1*6造血幹細胞由来PMFマウスの全骨髄細胞を継代移植した結果、二次移植マウスにおいてJAK2V617F造血幹細胞に起因するPV病態は再構築されたものの、STAT5A 1*6造血幹細胞由来PMF病態は再現されず、骨髄の線維化も観察されなかった。また、PMFマウス(一次移植マウス)で観察された、STAT5A 1*6造血幹細胞特有の高い骨髄再構築能(キメリズム)も消失していることから、STAT5A 1*6造血幹細胞は一過性の強い増殖を示し、PMF initiating cellとして機能するものの、最終的には過剰な細胞増殖に伴い疲弊する事で細胞内因性に幹細胞機能を失う事が示された。更にPMF二次移植マウスの解析から、PMFマウス骨髄内においては、STAT5A 1*6造血幹細胞のみならず、残存する競合細胞由来の正常造血幹細胞までもが疲弊しており、幹細胞特性が著しく低下していることが明らかになった。つまり、造血幹細胞におけるSTAT5A異常活性化に起因する骨髄線維症を発症すると、線維化に伴う骨髄内微小環境の著しい変化により、残存する正常造血幹細胞が幹細胞としての機能を維持できず細胞外因性に疲弊する事が示唆された。以上の結果は、PMF病態の特性が全造血幹細胞の疲弊に伴う"spent-phase of hematopoiesis"であることを強く示唆していると考えられる。 4.MPNsバイオマーカーとしての活性化STAT5Aの有用性 PMF病態には、初期(prefibrotic phase)から終末期(fibrotic phase)へ向け段階的に進行することが知られている。そこで、PMFマウス末梢血中の各種細胞群におけるSTAT5A 1*6発現量を定量解析した結果、顆粒球系細胞におけるSTAT5A 1*6発現量とPMF進行度の間に相関性があることが示された。本結果は、活性化STAT5A(リン酸化STAT5A)を定量解析することで、ヒトPMFにおけるサロゲートバイオマーカーとして活用できる可能性を示唆している。 また、STAT5A 1*6造血幹細胞を移植したMPNsマウスの大半は、PMF病態を呈するのに対し、極一部のMPNsマウスはPV様病態を呈した経緯から、血液細胞内におけるSTAT5A 1*6の発現量がMPNs病型を決定づける可能性が示唆された。以上の知見は、ET,PV,PMFという三疾患が血球細胞におけるSTAT5A活性化という共通分子基盤の上に成り立ち、STAT5Aが最も強く活性化された際にPMF病態を呈する可能性を示唆していると考えられる。 【総括】 PMFは比較的稀な疾患であり、病態や治療法に関して不明な点が多い。本研究ではヒトPMF症例に酷似したPMFモデルマウスの作製に成功し、その詳細な解析から、PMF発症機序、病態及び疾患特性の解明に成功した。以上の結果は、本PMFモデルマウスの有用性を示すと共に、本モデルマウスがPMFにおける新規治療法の開発等にも貢献できる可能性を示したと考えられる。その一方で、末梢血中の顆粒球系細胞における活性化STAT5AがPMF進行度を示すバイオマーカーと成り得る可能性したことから、現在明確な診断基準を有さないPMFに対し、分子基盤に基づくサロゲートバイオマーカーの可能性も示したと考えている。 本研究を通し、造血幹細胞における強いSTAT5A活性がPMF病態を引き起こすことは明らかになったものの、MPNs病型選択におけるSTAT5Aの関連性については不明瞭な点を多く残している。我々のデータの一部は、STAT5A活性化強度という観点においてPMFがPVの上位に存在する可能性を示唆するものの、STAT5A 1*6発現強度の差異によりPV,PMF病型の選択が行われることは証明していない。以上の知見を踏まえ、STAT5Aの活性化強度とMPNs病型選択の関係性については、今後詳細な検討が必要な課題と考えている。 Fig.STAT5a 1*6造血幹細胞移植による骨髄線雑症モデルマウス作製法及び病態解析結果 | |
審査要旨 | 本論文は骨髄増殖性腫瘍(Myeloproliferative neoplasms: MPNs)の一病型である原発性骨髄線維症(Primary myelofibrosis: PMF)に関し、ヒトPMF臨床像に即したモデルマウスを作製し、その病態解析から疾患の発症機序、分子病態及び疾患の本質を明らかにした内容である。 本論文は、4章からなり、第1章は序論としてWHO分類第4版に定められたMPNs 3病型(真性赤血球増加症、本態性血小板増多症、及び原発性骨髄線維症)における臨床像や最新の診断基準、MPNs発症における造血幹細胞レベルでのJAK2-STAT5Aシグナル異常の関与等について概説が成されている。 第2章では、高度に純化したマウス造血幹細胞に恒常的活性化STAT5A(STAT5A 1*6)を遺伝子導入し、骨髄破壊的造血幹細胞移植を行う実験系において、原発性骨髄線維症病態を呈するモデルマウスの作製に成功し、その病態解析から、ヒト骨髄線維症の中期~終末期症例に極めて酷似したadvanced PMFモデルとしての有用性を証明している。 第3章では、PMFモデルマウスの詳細な解析から、PMF発症に至る一連の分子機構を明らかにしている。その詳細を以下に概略すると、造血幹細胞におけるSTAT5A異常活性化により一過性の強い細胞自律性増殖が惹起され、STAT5A活性化骨髄前駆細胞が大量に産生されると共に骨髄球系細胞への分化が促され、骨髄及び末梢血中に顆粒球系細胞が増殖する。これと同時に、異常増殖したSTAT5A活性化骨髄前駆細胞の一部は、巨核球・赤芽球前駆細胞へと分化した後、STAT5A活性化に起因するc-mycの発現上昇により巨核球分化が促進される。この際、一度分化した巨核球においてはc-mycの発現上昇は成熟阻害に働く為、骨髄内では未熟な小型巨核球が増殖し、この小型巨核球から産生される線維化促進因子であるTGF-βにより骨髄の線維化が誘発される。この一方で、STAT5A活性化造血幹細胞は過剰な細胞増殖に伴い細胞内因性に疲弊することで幹細胞機能を失うことと、PMFマウス骨髄内では、線維化に伴う骨髄内微小環境の著しい変化により、骨髄内に残存するSTAT5A異常活性化を示さない正常造血幹細胞までもが幹細胞機能を維持できず、細胞外因性に疲弊することを明らかにしている。以上の結果は、PMF発症の分子機構を解明すると共に、PMFの疾患の根底に全ての造血幹細胞の疲弊が存在することを証明しており、幹細胞生物学という側面においても非常に興味深い内容である。 最後に第4章では、総合討論として、本論文にて作製されたPMFモデルと現在までに報告されているPMFモデルとの比較検討から、その有用性と利便性を論じている。更に、第3章にて同定されたPMF発症に関与する遺伝子群の治療標的分子としての可能性を論じると共に、末梢血における活性化STAT5A定量解析が、現在明確な診断指標が存在していないヒトPMFにおけるバイオマーカーとして活用できる可能性を示唆している。また、今後の展望として、造血幹細胞におけるSTAT5A活性強度の変化が、PMF以外のMPNs病型(真性赤血球増加症、本態性血小板増多症)を誘発する可能性について新規戦略を提唱している。 以上の内容により構成された本論文は、病態や治療法に関し不明な点を多く残すPMFという疾患に対し、ヒト臨床像に即したモデルマウスを作製し、その病態解析から疾患の本質を解明し、診断及び治療戦略に有用な知見を与えた内容であることから、本学博士論文として十分な内容であると判断した。また論文提出者は審査会において審査委員の質問に対して適切に答えることができた。 なお、本論文第2章及び第3章は、伊藤彰彦教授(近畿大医学部医学部病理学講座)、宮島篤教授(東京大学分子細胞生物学研究所)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上より、論文提出者は自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力と学識を有すると考えられ、博士(生命科学)の学位を授与できると判断する。 | |
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