学位論文要旨



No 126438
著者(漢字) スレ ズヘル ムサ アバダラマン
著者(英字) ZUHAIR MUSA ABDELRAHMAN SULE
著者(カナ) スレ ズヘル ムサ アバダラマン
標題(和) 樹幹の傷害による通水阻害と材変色の進展
標題(洋) Development of wound-induced embolism and wood discoloration in tree stems
報告番号 126438
報告番号 甲26438
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第628号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 山田,利博
 東京大学 准教授 ザール,キクビツェ
 東京大学 准教授 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

樹木の幹は,傷害を受けた組織を隔離し,材に変色や腐朽が進展するのを防ぐようなメカニズムを持っていることが知られている.この傷害反応の激しさや,その後の材変色が生じる範囲は,樹種や傷害の大きさのみならず,傷害を受けた季節によっても変化すると考えられている.公園樹や街路樹の剪定や病患部・腐朽部の外科手術,林業における枝打ちなど,樹木に物理的傷害を与える管理作業をどの季節に行うのが適切であるかを知る上で,樹木の傷害反応の季節変化を知ることは不可欠である.樹幹に傷害を受け,木部が露出すると,道管や仮道管に空気が侵入するが,本来通水の機能をもつ樹木の木部への空気の侵入は通水阻害(キャビテーションとエンボリズム)を引き起こす.エンボリズムは材変色などの傷害反応の引き金となる初期反応であり,通水阻害がはなはだしい場合には,葉の水ストレスを生じて樹体の衰退や枯死にいたる場合もある.したがって,樹木に傷害を与えた後のエンボリズムの広がりを知ることも重要であるが,これまでの色素注入などの破壊的な手法では,通水阻害の進展を経時的に観察することは不可能であった.

そこで,第2章では,傷害を与える季節と傷害反応としての材変色の進展の関係を明らかにするための野外実験を行った.実験は東京大学農学部附属演習林田無試験地において行い,4種の樹木,計96個体を対象とした.供試した樹種はメタセコイア(Metasequoia glyptostroboides:落葉針葉樹),ヒノキ(Chamaecyparis obtusa:常緑針葉樹),コナラ(Quercus serrata:落葉広葉樹),シラカシ(Quercus myrsinaefolia:常緑広葉樹)の4種である. 冬(1月),春(4月),夏(7月),空き(10月)に各樹種6本の供試木の幹に互いに上下に重ならないようらせん状に5箇所,中心にいたるドリル孔を開けて付傷した.付傷後,2週間,2ヶ月,6ヶ月後に2本ずつ伐採し,ドリル孔を中心とした横断面と柔断面を作成して,材変色の範囲と傷の閉塞状況を観察した.傷口の閉塞度(Wound closure index)は,次式より算出した.

閉塞度 (%)= {ドリル孔の直径-開口幅) /ドリル孔直径} ×100

全ての樹種で,材変色は樹幹軸方向に長く広がり,接線方向にはほとんど広がらなかった.成長期(春,夏)の付傷では,2ヶ月後の変色が休眠期よりも大きかったが,付傷6ヵ月後には逆に休眠期(秋,冬)の付傷による変色のほうが大きかった.秋の付傷では,6ヶ月後までほとんど傷が閉塞しなかった.迅速な傷口の閉塞は,腐朽菌などの微生物や外気の侵入を阻止するために重要であるとされるが,本実験結果からは,傷口の閉塞と材変色の大きさには一定の関係はみられなかった.以上の結果より,付傷の季節によらず材変色は付傷後6ヶ月以上にわたって拡大しており,季節による変色の大きさの違いは,付傷後の時間がたつに連れて小さくなるということが明らかにされた.

第3章においては,樹木の通水阻害の可視化のための基礎として,2-4年生の上記4樹種およびアカマツ(Pinus densiflora:常緑針葉樹)の鉢植え苗を用いて,色素注入法による通水組織の染色観察を行った.

その結果,アカマツでは晩材には通水機能がないのに対して,メタセコイアでは早材,晩材ともに通水を行っていることが示された.コナラとシラカシでは,全ての道管で通水が観察された.

第4章においては,上記5樹種の鉢植え苗を用いて,通水組織のMRIによる非破壊観察手法を確立し,7月に行ったドリルによる付傷後の通水阻害の進展を,90日間にわたって継続観察した.

MRI画像から,樹種ごとにそれぞれの組織の含水率に異なる特徴が見られることが明らかにされた.全ての樹種で形成層はもっとも明るく描写され,形成層の生きた細胞質内の水分と有機分子が強いMRI信号を示していると考えられた.木部通水組織の信号強度は,樹種によって大きく異なった.アカマツとメタセコイアでは木部の信号強度が強く,第3章の染色法による通水組織の分布とよく符合したことから,これらの樹種の通水阻害の非破壊観察にMRIを用いることはきわめて有効である.2種のコナラ属広葉樹では,針葉樹と比べてMRI信号は明瞭でなかった.これは,広葉樹で通水を担う道管の分布は木部内で散在的であり,針葉樹の仮道管のように多数が一面に分布しているわけではないことによると考えられた.いずれの樹種でも,ドリル孔による木部通導要素の気体による閉塞(エンボリズム)は,MRIにより信号の欠如部位としてきわめて明確に区別できた (図1).付傷の3ヶ月後には,メタセコイアではエンボリズムは長さ3.5cmに達したが,シラカシでは1.3cmと,樹種により大きく異なった.いずれの樹種でもエンボリズムの起きた範囲は,傷から上方のほうが下方よりも長かった.これは,葉による吸水によって生じる水分張力によって,エンボリズムが上方の通道要素(道管,仮道管)へと拡大するためである.また,エンボリズムは接線方向にはほとんど広がらなかった.アカマツでは,傷からの距離が遠くなるにつれて,エンボリズムはいくつかの小断片に分かれ,やがて消滅した.エンボリズムは,通水している早材と気体に満たされた晩材との境界の移行材で拡大しやすかったことから,アカマツの移行材の仮道管は,エンボリズムに対する脆弱性が早材の仮道管より高いことが示唆された.以上のように,樹種によるエンボリズム拡大パターンの違いが明らかにされた.

第5章においては,上記の結果をまとめて総合考察を行い,第6章において結論を述べた.すなわち,材変色の解剖観察のような破壊的手法においては,長期間の変化を継続観察することは不可能であり,限られた個体数について6ヶ月間の観察期間で得た情報によれば,付傷によって生じる材変色の程度は,付傷の季節によって異なるが,付傷以後の時間経過につれてその差が小さくなることが示され,より長期間の観察が必要と考えられた.

付傷によって生じる通水阻害(エンボリズム)は,その後の材変色の引き金となる反応であるが,エンボリズムが付傷後にどのように拡大するのかを知ることはこれまで不可能であった.そこで,本研究では,コンパクトMRIを用いたエンボリズムの非破壊観察手法を確立した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,樹木の幹が傷害を受けた組織を隔離し,材に変色や腐朽が進展するのを防ぐメカニズムに関して,この傷害反応の激しさや,その後の材変色が生じる範囲が季節によって変化することを明らかにしたものである.本論文のうち,第2章から第4章までは,福田健二,山田利博,梅林利弘との共同研究であるが,実験計画からデータ取得,解析に至るまで,申請者が中心となって行ったものであり,申請者の寄与は十分であると判断した.

第1章では,研究の背景と目的を述べた.公園樹や街路樹の剪定や病患部・腐朽部の外科手術,林業における枝打ちなど,樹木に物理的傷害を与える管理作業をどの季節に行うのが適切であるかを知る上で,樹木の傷害反応の季節変化を知ることは不可欠である.樹幹に傷害を受け,木部が露出すると,道管や仮道管に空気が侵入するが,本来通水の機能をもつ樹木の木部への空気の侵入は通水阻害(キャビテーションとエンボリズム)を引き起こす.エンボリズムは材変色などの傷害反応の引き金となる初期反応であり,通水阻害がはなはだしい場合には,葉の水ストレスを生じて樹体の衰退や枯死にいたる場合もある.したがって,樹木に傷害を与えた後のエンボリズムの広がりを知ることも重要であるが,これまでの色素注入などの破壊的な手法では,通水阻害の進展を経時的に観察することは不可能であった.そこで本研究では,傷害を与える季節がその後の材変色の進展にどのように影響を与えるかを野外観察から明らかにするとともに,初期反応である通水阻害をMRIを用いて非破壊的に観察する手法を確立することを目的としている.

第2章では,傷害を与える季節と傷害反応としての材変色の進展の関係を明らかにするための野外実験を行った.実験は東京大学農学部附属演習林田無試験地において行い,4種の樹木,計96個体を対象とした.供試した樹種はメタセコイア(Metasequoia glyptostroboides:落葉針葉樹),ヒノキ(Chamaecyparis obtusa:常緑針葉樹),コナラ(Quercus serrata:落葉広葉樹),シラカシ(Quercus myrsinaefolia:常緑広葉樹)の4種である. 冬(1月),春(4月),夏(7月),空き(10月)に各樹種6本の供試木の幹に互いに上下に重ならないようらせん状に5箇所,中心にいたるドリル孔を開けて付傷した.付傷後,2週間,2ヶ月,6ヶ月後に2本ずつ伐採し,ドリル孔を中心とした横断面と柔断面を作成して,材変色の範囲と傷の閉塞状況を観察した.傷口の閉塞度(Wound closure index)は,次式より算出した.

閉塞度 (%)= {ドリル孔の直径-開口幅) /ドリル孔直径}×100

全ての樹種で,材変色は樹幹軸方向に長く広がり,接線方向にはほとんど広がらなかった.成長期(春,夏)の付傷では,2ヶ月後の変色が休眠期よりも大きかったが,付傷6ヵ月後には逆に休眠期(秋,冬)の付傷による変色のほうが大きかった.秋の付傷では,6ヶ月後までほとんど傷が閉塞しなかった.迅速な傷口の閉塞は,腐朽菌などの微生物や外気の侵入を阻止するために重要であるとされるが,本実験結果からは,傷口の閉塞と材変色の大きさには一定の関係はみられなかった.以上の結果より,付傷の季節によらず材変色は付傷後6ヶ月以上にわたって拡大しており,季節による変色の大きさの違いは,付傷後の時間がたつに連れて小さくなるということが明らかにされた.

第3章においては,樹木の通水阻害の可視化のための基礎として,2-4年生の上記4樹種およびアカマツ(Pinus densiflora:常緑針葉樹)の鉢植え苗を用いて,色素注入法による通水組織の染色観察を行った.

その結果,アカマツでは晩材には通水機能がないのに対して,メタセコイアでは早材,晩材ともに通水を行っていることが示された.コナラとシラカシでは,全ての道管で通水が観察された..

第4章においては,上記5樹種の鉢植え苗を用いて,通水組織のMRIによる非破壊観察手法を確立し,7月に行ったドリルによる付傷後の通水阻害の進展を,90日間にわたって継続観察した.

MRI画像から,樹種ごとにそれぞれの組織の含水率に異なる特徴が見られることが明らかにされた.全ての樹種で形成層はもっとも明るく描写され,形成層の生きた細胞質内の水分と有機分子が強いMRI信号を示していると考えられた.木部通水組織の信号強度は,樹種によって大きく異なった.アカマツとメタセコイアでは木部の信号強度が強く,第3章の染色法による通水組織の分布とよく符合したことから,これらの樹種の通水阻害の非破壊観察にMRIを用いることはきわめて有効である.2種のコナラ属広葉樹では,針葉樹と比べてMRI信号は明瞭でなかった.これは,広葉樹で通水を担う道管の分布は木部内で散在的であり,針葉樹の仮道管のように多数が一面に分布しているわけではないことによると考えられた.いずれの樹種でも,ドリル孔による木部通導要素の気体による閉塞(エンボリズム)は,MRIにより信号の欠如部位としてきわめて明確に区別できた (図1).付傷の3ヶ月後には,メタセコイアではエンボリズムは長さ3.5cmに達したが,シラカシでは1.3cmと,樹種により大きく異なった.いずれの樹種でもエンボリズムの起きた範囲は,傷から上方のほうが下方よりも長かった.これは,葉による吸水によって生じる水分張力によって,エンボリズムが上方の通道要素(道管,仮道管)へと拡大するためである.また,エンボリズムは接線方向にはほとんど広がらなかった.アカマツでは,傷からの距離が遠くなるにつれて,エンボリズムはいくつかの小断片に分かれ,やがて消滅した.エンボリズムは,通水している早材と気体に満たされた晩材との境界の移行材で拡大しやすかったことから,アカマツの移行材の仮道管は,エンボリズムに対する脆弱性が早材の仮道管より高いことが示唆された.以上のように,樹種によるエンボリズム拡大パターンの違いが明らかにされた.

第5章においては,上記の結果をまとめて総合考察を行い,第6章において結論を述べた.すなわち,材変色の解剖観察のような破壊的手法においては,長期間の変化を継続観察することは不可能であり,限られた個体数について6ヶ月間の観察期間で得た情報によれば,付傷によって生じる材変色の程度は,付傷の季節によって異なるが,付傷以後の時間経過につれてその差が小さくなることが示され,より長期間の観察が必要と考えられた.

付傷によって生じる通水阻害(エンボリズム)は,その後の材変色の引き金となる反応であるが,エンボリズムが付傷後にどのように拡大するのかを知ることはこれまで不可能であった.そこで,本研究では,コンパクトMRIを用いたエンボリズムの非破壊観察手法を確立した.

以上のように,本研究では,樹木の傷害に対する反応が傷害を与えた季節によって異なること,そしてその後の材変色の進展も季節変化に伴う影響を受けることを,4樹種の野外実験から具体的に明らかにした.さらに,MRIを用いて,さまざまな樹種の水分通道組織の特徴と通水阻害の進展を非破壊で観察する手法を確立した.この成果は,街路樹の保全管理や樹木の健全性の診断,樹木の腐朽病害の治療等の基礎となる重要な知見である.

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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