学位論文要旨



No 126443
著者(漢字) 雨宮,隆
著者(英字)
著者(カナ) アメミヤ,タカシ
標題(和) 熱分解ガス化方式自動車破砕屑(ASR)リサイクルシステムのLCA評価および事業性評価に関する研究
標題(洋) A Study on Life Cycle Analysis and Investment Profitability Evaluation of Automobile Shredder Residue (ASR) Recycle Enterprise with Pyrolysis Gasification System
報告番号 126443
報告番号 甲26443
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第633号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 准教授 島田,荘平
 東京大学 准教授 阿久津,好明
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 橋本,征二
内容要旨 要旨を表示する

要旨

かつては不要な廃棄物であり難処理物とされて埋立て処分されていた使用済み自動車破砕屑(Automobile Shredder Residue;以下ASR)は、高い熱量を有し多くの金属・非金属素材を含む資源である。従来からASRの処理設備として自動車リサイクル法の枠組みの中で利用されてきたガス化溶融炉や直接溶融炉などの熱処理技術は、おもにASRの減容化を適正・安全に行なうことに主眼が置かれており、必ずしもASRそのものの素材としてのリサイクルやエネルギーのリサイクルが高いレベルで志向されてはいない。また、ガス化溶融炉や直接溶融炉での熱処理は多量のエネルギー消費を伴なうものであり、低炭素化社会の時代が要求する社会的なCO2排出量の抑制の方向に沿った技術とは言い難い。著者が開発に携わった熱分解ガス化プロセスを用いたASRリサイクルシステムは、ASRの有効利用を図る最近の実用化技術の一つであり、物質とエネルギーのリサイクル・循環利用という視点において利点を持つシステムである。

本研究の第一のテーマは、この熱分解ガス化システムプロセスによるASRリサイクルシステムを用いたASRの処理が、社会的にもたらすCO2排出量やエネルギー消費量などの環境負荷の削減量を明らかにすることであり、その検討方法として、システムからの直接的および間接的な生産波及の効果を含めたCO2排出量とエネルギー消費量についてLCA評価(Life Cycle Analysis)の手法を用いた。

前提となる投入ASRの組成・性状とシステムのインプット・アウトプットの物質・エネルギーフローは、日量処理量60tの 商用ASR熱分解ガス化システムの実際の運転データに基づき設定した。システムへの各投入財のCO2排出原単位およびエネルギー消費原単位のバックグラウンドデータは、国立環境研究所地球環境研究センター発行の3EIDデータおよびLCA日本環境フォーラムのJLCAデータを用いた。

このLCA評価結果によれば、代表的な事例においてASR単位処理量(1t)当たりの全CO2排出量は-53.6kg-CO2であり、絶対値としてほぼゼロに近いマイナスという評価になる。すなわち本システムによりレベルの高いASRのリサイクルを行なえば、社会的にCO2を増加させないばかりか、例えば従来型の熱処理方法である、ASRの単純焼却システムの場合と比べると、ASR 1t当たり約1200 kg-CO2ものCO2の排出量の削減となる。また、エネルギー消費量はASR処理量 1t当たり-2,878Mcalとマイナス値であり、ASRを処理するほど絶対値として世の中のエネルギー消費を減らすという結果になる。

このようにCO2排出量とエネルギー消費量の削減効果が大きいのは、ASRを処理して得られる生産物のリサイクル利用により市場製品の代替を行うことで、間接的な環境負荷の削減効果が高い値で得られるためである。とくに、ASRに含まれる主要金属分(鉄、銅、アルミ)の回収率を高め、その回収物のリサイクル率を高めること、およびガスエネルギーの利用率を高めることが、環境負荷の大きな削減効果に結びつく。なかでもアルミの再生地金としての利用効果が顕著であることが示された。

さらに、他のASR熱処理システム(ASR単純焼却システム、ASRガス化溶融システム、ASR直接溶融システム、全部再資源化(Aプレスの電炉投入))との比較を行なった結果では、やはりASR熱分解ガス化システムの高度リサイクルケースがCO2排出量およびエネルギー消費量が最も小さく、社会的な環境負荷のインパクトは最も小さいことが明らかになった。ただし、熱分解ガス化システムの長所を生かすためには、金属やエネルギーのリサイクルの割合を高いレベルに維持する工夫が重要であることが示された。

一方、このように社会的な環境負荷の削減に効果がある高度なリサイクルシステムは、必要とする投資額も大きく、その事業性(投資回収効果)が十分評価できなければ普及が進まないという問題がある。そこで本研究の第二のテーマとして、ASR熱分解ガス化システムを用いたリサイクル事業への投資意思決定の判断基準と、それに対する影響要因を明らかにし、投資促進のための施策を提示することとした。

この投資意思決定の判断に対する影響要因には、市場・経済的側面(資本コスト、回収金属や回収エネルギーの市場価格など)、技術的側面(システムが実現できる資源リサイクル率RRなど)、制度・政策的側面(ASRの処理委託費単価の設定、CO2排出量削減量のクレジット化など)がある。このようなリサイクル事業では、現実のスクラップ金属市況が不確定変動を有しリスクとなるため、これを考慮したASRリサイクル事業のリスクと事業性の評価を行うことが重要と考えた。

事業性計算の前提として、資本家が要求する資本コストはリスク調整済み割引率μ=5.5%を用い、事業期間は設備の法定耐用年数を参考に5年と設定した。スクラップ金属市況の不確定変動を模擬するために、実際の鉄、銅、アルミのスクラップ市場価格のトレンドデータ(2007年以前の10年間)の月間変動率の頻度分布がほぼ正規分布に従うとみなし、スクラップ金属の時間的価格変動を幾何ブラウン運動で模擬した確率変動モデル式を作成した。このモデルを組み込みキャッシュフローの変化をモンテカルロ・シミュレーションにより計算した上で、二項格子法を用いてリアルオプション解析による一連の事業評価検討を行なった。このリアルオプション解析では、事業開始時点を時間軸に取った場合の原資産 (ある時点から事業期間5年間に亘る経常利益の累積額の期待値)の不確定変動に対し、t=0の現時点における投資実行オプションの価値と投資保有オプション(すなわち投資を次年以降に遅らせるオプション)の価値が等しくなる投資上限臨界値を算出することができる。投資額 が であれば、現時点で待つことなく直ちに初期投資および事業開始を行なうことが有利となり、早期の投資が促進されることになる。したがって、をできるだけ高めるための条件の明確化がテーマとなった。

この結果の中で、特に金属価格の変動の影響については、銅価格の変動が の変化に対し支配的であることがわかる。すなわち、このASRリサイクル事業の金属価格変動によるリスクは、銅のスクラップ相場の変動に支配的な影響を受けている。価格変動を考えない静的な割引キャッシュフロー(DCF)検討からは、銅の生産物回収率と販売割合をできるだけ高めることが事業性確保の上から重要とされたが、銅の販売量を増やすことはかえって金属価格変動によるリスクを避けられないものにもしていることがわかる。

また、CO2クレジット価格の効果についても検討した。先述のLCA評価の結果として得られたASR熱分解ガス化システムの優れたCO2排出量抑制効果に対し、一定の単価でCO2クレジットが得られるのであれば事業性を改善する効果がある。例えば、初期投資 の事例として、代表設備投資額 =3,240百万円と設定した事業投資の場合では、資源リサイクル率RRが0.9以下と低い場合はもともと投資延期せざるを得なかったケースでも、CO2クレジット価格をトンCO2当たり1,000円~数千円以上に設定すれば、が増加して が満たされることで、直ちに投資実行することが有利との結果になる。将来的にこのようなCO2クレジットが獲得できれば、事業の経済性が改善され、このようなCO2抑制効果に優れたリサイクル事業への投資の決定が進むことが考えられる。

一方、ASR処理委託費に関しては、現状の自動車リサイクル法のシステムでは、処理委託費単価は政策的に設定することが可能な固定収入項目である。もし事業開始が次年以降に延びるごとにこのような処理委託費単価が上昇する可能性が現時点でわかっている場合は、今は投資せず投資を遅らせるほうが有利との判断が行なわれる。反対に、事業開始が次年以降に延びるごとに処理委託費単価が低下する可能性がわかっている場合は、事業への投資を促進する方向となる結果が示された。高いを維持し早期の事業投資を促進するという意味では、処理委託費単価を事業期間に亘り固定額とするか、またはあらかじめ決められた(事業者に明示された)レートで次第に低下させていくという設定が有効と言える。ただし、リアルオプション解析の結果として高い投資上限臨界値 が得られたとしても、事業家から見た投資利益率はもうひとつの制限条件であり、期待投資利益率が所定の水準(利益の期待水準)を下回る場合は、この事業の実行は断念されることになるであろう。

この研究で開発し適用したリサイクル事業の事業性評価のための一連のリアルオプション解析手法のプロセスは、ASRに限らず他の廃棄物リサイクル事業の検討にも応用できるものである。今後、このような研究成果が広く応用されることで投資家および事業家にとり、事業の選定と投資決定の判断がより合理的に行われるようになり、その結果として、環境性に優れたリサイクル事業の実現が今まで以上に促進されるようになることが強く望まれるところである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、使用済み自動車破砕屑(ASR)の再資源化と有効利用を志向する最近の実用化技術の一つとして、ASR熱分解ガス化プロセスを用いたリサイクルシステム(熱分解ガス化システム)に注目し、本システムが社会的にもたらすCO2排出量やエネルギー消費量などの環境負荷の削減効果を、LCAの手法により明らかにすることを第一の目的としている。さらに、このように環境負荷性能に優れたリサイクルシステムは温暖化対策上からも社会での普及が望まれるところだが、このようなリサイクル事業は投資家や事業家にとっては投資額も大きく、また再資源化金属類の販売収入が市場変動に左右されるリスクを有するという事業の特性から、その事業性(投資回収効果)が十分評価できなければ普及が進まないという問題がある。そこで本論文においては、本システムを用いるリサイクル事業への投資意思決定の判断基準とそれに対する影響要因を、金融工学で用いるリアルオプション解析の手法を応用して明らかにし、投資促進のための施策を提示することを第二の目的としている。

以下に各章の要旨を示す。

第1章では、論文の目的と構成を述べている。

第2章では、本研究の背景として、ASRリサイクルにおける諸問題を概観し、ASRの適正なリサイクルを目指した自動車リサイクル法の整備に至る経緯を明らかにするとともに、各種の従来型のASRリサイクル技術の中で、リサイクル性に優れたASR熱分解ガス化システムの位置づけを議論している。

第3章では、学位申請者が過去に開発に携わった、都市ごみを対象とする実証用熱分解ガス化システムの開発経緯と、さらにその成果を用いて実用化した商用型60t/day規模のASR熱分解ガス化システムの特性を実際の運転データを基に詳細に説明している。

第4章では、本論文の第一の主題として、ASR熱分解ガス化システムに関する詳細なLCAを実施している。具体的には、ASR1トン当たりの処理に伴い発生する、社会的な生産波及を含む直接的・間接的なCO2排出量とエネルギー消費量(いずれも、マイナス値の場合は削減量を意味する)を算定し、他の従来型熱処理システムとの比較を行なっている。

本五CAの結果によれば、ASR熱分解ガス化システムの代表的な事例において、ASR単位処理量(1t)当たりの全CO2排出量はほぼゼロに近い負値となる。すなわち本システムを用いて、レベルの高いASRのリサイクルを行なえば、社会的にCO2を増加させないばかりか、従来型の熱処理方法であるASRの単純焼却システムの場合と比べると、ASR 1t当たり約1200kg・CO2ものCO2の排出量の削減となる。また、エネルギー消費量はASR処理量1t当たり約-2,900Mcalと大きなマイナス値であり、ASRを処理するほど社会的なエネルギー節約に貢献するという結果が示されている。このようにCO2排出量とエネルギー消費量の削減効果が大きいのは、ASRを処理して得られる生産物のリサイクル利用により市場製品の代替を行うことで、間接的な環境負荷の削減効果が高い値で得られるためであり、とくに、ASRに含まれる主要金属分(鉄、銅、アルミ)の回収率を高め、その回収物のリサイクル率を高めること、およびガスエネルギーの利用率を高めることが、環境負荷の大きな削減効果に結びつくとしている。

さらに、従来型の他のASR熱処理システム(ASR単純焼却システム、ASRガス化溶融システム、ASR直接溶融システム、全部再資源化(Aプレスの電炉投入))との比較を行なった結果では、やはりASR熱分解ガス化システムの高度リサイクルケースがCO2排出量およびエネルギー消費量が最も小さく、社会的な環境負荷のインパクトは最も小さいことが明らかにされた。ただし、熱分解ガス化システムの長所を生かすためには、金属やエネルギーのリサイクルの割合を高いレベルに維持する工夫が重要であるとの結論が導かれている。

第5章では、本論文の第二の主題として、ASR熱分解ガス化システムを用いるリサイクル事業への投資意思決定の判断基準とそれに対する影響要因を明らかにし、投資促進のための諸施策を提示している。

このようなASRリサイクル事業では、再資源化金属類の販売収入が現実のスクラップ金属市況の不確定変動に左右され事業リスクとなるため、これを考慮した事業性の評価を行うことが重要である。そのために、実際の鉄、銅、アルミのスクラップ市場価格のトレンドデータ(2007年以前の10年間)の月間変動率の頻度分布を調べこれがほぼ正規分布に従うとみなされることから、スクラップ金属の時間的価格変動を幾何ブラウン運動で模擬する確率変動モデル式を作成している。さらに実際のシステム運用データに基づく収益・コスト条件のもとでこのモデルを組み込んだキャッシュフローの変化を、モンテカルロ・シミュレーションにより計算し、その結果を基にして、二項格子法を用いたリアルオプション解析による一連の事業評価検討を行なっている。

このリアルオプション解析では、事業期間(ここでは5年間と設定)に亘る経常利益の累積額の期待値陽の不確定変動に対し、現時点における「投資実行オプション」の価値と、投資を延期する「投資保有オプション」の価値が等しくなるような投資額の値を算出し、これを「投資上限臨界値I*」と定義している。事業への投資額Iが1<I*を満たせば、現時点で直ちに初期投資および事業開始を行なうことが有利となり、早期の投資が促進されることになる。逆にI>I*であると投資は延期されるという判断になる。したがって、I*をできるだけ高めるための条件を明確にすることが重要であり、本章においては君に対するシステムの資源リサイクル率や投資設備費単価などの各パラメータの影響を明らかにしている。

また、第4章で論じたように、ASR熱分解ガス化システムはCO2排出量削減効果に優れ温暖化対策上の利点があることから、このCO2削減量をCO2クレジットとして金額的に評価できた場合は、投資意思決定の促進の効果をもたらすことを明らかにしている。

さらに、ASR処理委託費単価の政策的設定(自動車リサイクル法の枠組みの中で行なわれる)の観点からは、高いI*を維持し早期の事業投資を促進するという意味で、処理委託費単価を事業期間に亘り固定額とするか、または事業者に前もって予告されたレートで次第に低下させていくという設定が有効であることを明らかにしている。ただし、リアルオプション解析の結果として高い投資上限臨界値I*が算出されたとしても、事業家から見た投資利益率が所定の期待水準を下回る場合は、この事業は魅力のある事業とは言えなくなり投資の実行は断念されることになると論じている。

第6章では、本論文の結論を提示している。

すなわち、本論文では、熱分解ガス化システムのLCAにより、他のASRの熱的処理システムに比べCO2排出量およびエネルギー消費量が最も小さく、社会的な環境負荷のインパクトが小さいという優れた特性が明らかにされた。また、ASRリサイクル事業において、どのようなパラメータ条件であれば現時点での投資実行が選択され、事業への早期の投資が促進されるかが明らかにされた。とくに、このようなCO2排出量削減効果が大きいシステムにおいてCO2クレジットが獲得できるのであれば事業の経済性が改善され、金属価格リスクを有する場合でも優れたリサイクル事業への投資が促進されると考えられることから、CO2排出量削減効果に対するCO2クレジットを付与することを社会的仕組みとして推進すべきと提言している。また、自動車リサイクル法の枠組みの中で早期の事業投資を促進するために執り得る政策としては、ASR処理委託費単価を事業期間に亘り固定額とするか、またはあらかじめ事業者に明示されたレートで次第に低下させていくという設定手法が効果を有すると提言している。

ASRのような廃棄物を対象とし、かつ再資源化物の価格変動に左右される収益上のリスクを有するといったリサイクル事業の事業性評価をリアルオプションで検討した報告は、これまであまり例がなく、本論文はASRリサイクル事業への投資という課題に新しい視点と手法で取り組んだという点で非常に独創的な研究である。

この研究で開発し適用した事業性評価のための一連のリアルオプション解析のプロセスと評価方法は、ASRに限らず他の廃棄物リサイクル事業の検討においても応用できるものであり、投資家および事業家がより合理的な判断の基に事業の選定と投資決定を行ない、その結果として、社会において環境性に優れたリサイクル事業の促進に資することができるという意味で、非常に有益な環境学的研究である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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