学位論文要旨



No 126444
著者(漢字) 秋山,祐樹
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ユウキ
標題(和) 都市空間の詳細時空間データセット開発と商業集積地域の時空間分析
標題(洋) Development of Detailed Spatio-temporal Urban Dataset and Spatio-temporal Analysis of Commercial Accumulations
報告番号 126444
報告番号 甲26444
学位授与日 2010.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第634号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 貞広,幸雄
 東京大学 准教授 河端,瑞貴
内容要旨 要旨を表示する

1.背景と目的

都市における事業所、店舗などの立地分布の変化は、都市の活力や魅力に大きな影響を与える。その変化の動向を出来るだけ詳細かつ定量的に明らかにすることは都市空間の持続再生にとって不可欠であると言える。とりわけ各種商業テナントが高密度に集積した商店街や繁華街、特定業種店舗の集積が見られる専門店街等の分布とその盛衰は、都市の活力・魅力を測る一つの指標と言えよう。このような地域の店舗や事業所の現状と分布、そしてその変化の動向を把握することは極めて有意義であると言える。

取りわけ今日の日本の都市で問題となっているのが旧来から存在する商店街地域の衰退である。近年、日本の商店街は衰退の一途を辿っているケースが少なくない。その結果、郊外の住宅地や地方都市など過疎地域の商店街の中には、空き店舗の増加により商業施設の連続性や業種構成が崩壊され、従来店舗の集積によって顧客に提供していた利便性や商業地としての魅力を失い、衰退がより一層加速するという悪循環に陥っている。特に地方都市で起こるこうした現象は地方都市・過疎地域の衰退に拍車をかけていると言える。しかし地方都市をはじめ人口集中地域外にある商店街では、商店街振興組合が成立しないような場合や情報が入手しにくい状態であり、現状把握が困難である。

都市や商店街の現状と変化の把握のための試みはこれまでにも数多くなされている。ある都市や地域全域、あるいは複数の都市や地域を調査研究の対象とする場合、各種のマクロなスケールの統計情報を用いることが多い。しかしながらこうした統計情報は集計単位が粗いため、エリアを絞った小地域分析への適用には限界がある。またメッシュ統計を用いれば空間的な詳細さはかなり改善されるものの、商店街のスケールからすれば必ずしも十分でないうえに、個店単位での商店の入替・新規出店、チェーン店の進出など商店街活性化方策に資するより直接的な情報はなかなか得られない。

一方、現地調査やアンケート調査、住宅地図などの時系列判読を組み合わせることで、個別店舗の時系列変化を追うことが出来るが、この手法によるデータの整備には多大な労力と時間が必要であり、ごく限られた広さの地域しかカバーできない。

そこで本研究では、全国的に整備されているデジタル住宅地図とデジタル電話帳を空間的位置と店舗名称に基づいて時系列化し、両データに含まれる経緯度、住所、建物名称、店舗名称などを用いて個別店舗の時間的変遷を自動的に抽出し、上記の課題に応える詳細な時空間データを構築する手法を開発した。また上記の手法を実現出来るデータ処理のためのシステム開発を行った。

本手法が開発されることで個々の店舗・事業所の存続、転換(入替)、新規出現、消滅を全国規模で把握出来る。全国規模でこうした技術開発を行っている例は皆無であり、本研究の新規性は非常に高いといえる。

さらに本研究では日本各地の商店街・商業集積地域の実態とその変化の動向を把握するためのデータとして電話帳データを用いて商店街・商業集積地域の抽出手法を開発し、上記の手法で開発した住宅地図や電話帳の時系列化データと統合して利用することでその現状と変化の様子を把握する試みを行った。

2. 時系列化データセット開発

前述したデータセットの実現には建物名称、階数、部屋番号までを考慮した3次元空間統合の手法と、店舗・事業所名称に着目した同一性判定手法が必要である。住宅地図の入居者名称や電話帳の掲載名称は同一のものでも時点が異なる場合に表記が変化するケースも少なくない。そのため表記揺れの影響を吸収出来るテキストの同一性判定技術、特に同一性判定にあたり雑音となる頻出語・地名・駅名等を除去するためのライブラリの作成、それを用いた名称データのクリーニング技術が重要である。このような高度な空間結合と結合後データの同一性判定は一般的なGISソフトウェアでは成し得ない技術である。そこで本研究ではこれらの課題を解決するシステムを開発し、2003年頃と2008年頃の2時点1時点間の日本全土の住宅地図データの時系列化処理を実現した。処理精度の検証も行い住宅地図、電話帳何れのデータ処理においても約95%の精度で処理できることが確認された。

また本手法で作成した時系列化データの信頼性をチェックするため、電話帳の時系列化データと事業所・企業統計調査との突き合わせ検証を行った。その結果、多少の誤差や限界はあるものの、多くの業種でその時系列変化の割合や件数が類似した結果となっており、事業所・企業統計調査の代替に耐えうると判断出来た。

3.日本全土の店舗・事業所の時系列変化

住宅地図の時系列化データをメッシュデータに再集計し、日本全土の店舗・事業所の存続率、入替率、新設率、空室遷移率を観察出来るグリッドマップを開発した(図1)。また時系列変化の情報と商業統計メッシュデータを突合することで、商業活動が活発な地域の推定方法を提案し、その方法をメッシュデータに反映させることで商業活動が活発と考えられる地域を明らかにした。

4. 商業集積地域データ開発

電話帳データを用いて商業集積地域を自動抽出する手法を開発した。なお本研究で扱う「商業集積地域」とは、鉄道駅周辺に構成される駅前商店街、都市の繁華街等の中心部に構成される都心型商店街、鉄道が整備される以前に起源を持つ宿場町型や門前町型の商店街、観光地に構成される商店群など一般的な商店街全般を指す。また近年登場した主要道路沿いのロードサイド型店舗群や大規模ショッピングセンターとその入居テナント群も含む。

まずWebから実際の商店街に立地する店舗・事業所の情報を収集し、電話帳データと統合することで、商業集積地域を構成する業種を決定した。続いて業種により絞り込みを行った電話帳データをポイントデータ化した。最後にポイントデータからバッファリングを行い、重複するバッファポリゴンを統合して1つの商業集積地域ポリゴンとして連担させた。バッファリング手法は本研究独自の手法を用いている。本手法は地域特性を考慮出来る、そして商業集積地域から空間的に離れたデータには連担が起こらない可変的なバッファリング距離を設定出来るものである。

本手法の妥当性を検討するため、Webから収集した商店街店舗データとの突合と、商店街名鑑との突合を行った。何れの結果からも本手法の妥当性が示された。

なお電話帳データそのものの商業統計との突合検証を行っており、その結果からも電話帳データが商業集積地域を特定する目的に利用出来ることが示された。

5. 商業集積地域の時空間分析

まず日本全国の商業集積地域の分布とそれぞれの集積の規模を明らかにした。全国で約44000箇所の商業集積地域が検出された。また商業統計表が定める商店街の集積規模でデータを絞り込み、商業統計表に掲載された都道府県ごとの商店街数と比較したところ、両者には強い相関があることも認められた。このように商業集積地域や商店街の分布と形状を国土スケールで把握出来るデータは現時点で我が国には存在しない(図2)。

南関東地方、京阪神、静岡・愛知、福岡県が特に集積数が多い地域であることが分かった。また全体的には東日本よりも西日本の方が集積数は少ない。集積内の店舗件数が100件以上の大規模な集積は上記の集積件数が多い地域以外の地域ではその殆どが県庁所在地およびそれに順ずる規模の都市に分布していた。また各都道府県の最大規模の集積もその多くが都道府県庁所在地に存在していることが分かった。

続いて各集積の店舗・事業所の店舗数の増減率、回転率、推定空室遷移率、チェーン店の進出状況、生鮮三品業種の充実度を算出し、日本全国の商業集積地域の現状と変化の様子を明らかにした。

その結果、南関東地方や京阪神地方では集積規模を維持し、またチェーン店率も極端に高くなく、生鮮三品を揃えた集積が数多く存在し、旧来からの商店街が数多く生き残っていることが分かった。ただし東京都心部や大阪市中心部では集積間競争も激しいため、そうした競争に破れて衰退してく集積も珍しくない。とはいえそうした集積の周辺には数多くの他の集積があり、そのような集積が衰退した集積の代替となるため、消費者はその消費活動に支障をきたすことはあまり無いものと考えられる。

中京圏では名古屋市中心部で東京や大阪のような構造がみられるものの、郊外化もかなり進んでおり、生鮮三品を揃える集積の数も少なくなってきている。

それ以外の地域では何れも郊外化の傾向が見られ、都市中心部の集積規模の縮小による空洞化と郊外地域での集積規模拡大が著しい新興集積の分布が観察された。郊外地域の新興集積ではチェーン店率が高い一方で生鮮三品を揃えている集積は殆ど見られなかった。比較的大規模な都市ではその中心部で店舗・事業所の回転率が高く、活発な商業活動が行われていることが分かるが、小規模な都市では中心部の集積規模の縮小と低い回転率が確認され、空洞化が進みつつあることが明らかとなった。

6. 結論と展望

本研究により既存の空間データ(住宅地図や電話帳データ)を個店単位で時系列化する手法を開発した。個店単位というミクロさと、日本全土をカバーしうるマクロさを兼ね備えた時系列化データを実現した。また電話帳データを用いた商業集積地域ポイントデータを作成する手法を開発し、住宅地図や電話帳の時系列化データと統合的に利用することで、日本全土の商業集積地域の現状と変化の様子を把握することが出来た。

今後は時系列化システムの処理精度の向上と、大容量データ処理への対応を進めるとともに、商業集積地域抽出手法の改良と分析手法の更なる検討を行う。また本研究で開発されたデータセットの公開と共有の環境作りも重要な課題である。

図1 時系列変化を観察出来るグリッドマップ(2003~2008年 500mグリッド)

図2 東京都における商業集積地域の分布(東京都中部拡大)

審査要旨 要旨を表示する

地域の魅力、賑わいの大きな部分が商業集積によって支えられている。自動車社会への移行、流通革命などの結果、多くの地域では分散的にショッピングセンター、ショッピングモールなどの新しい商業集積が形成された。「どこも同じ、画一的」といった批判はあるものの、より便利で魅力的な購買機会を提供している。一方、伝統的な中心市街地は新しい流通形態・業態への対応の遅れ、車などの利用のしにくさなどから、流通競争に敗れることが多く、商業的な活力や魅力は急速に失われつつある。その結果、それぞれの地域固有の商業景観やイベントなどの個性的な魅力が失われる一方、市街地を中心に長年蓄積されてきた社会インフラ設備の遊休化が進むなどの問題が顕在化している。そのため、地域活性化、中心市街地活性化の目標の下に、政府や地方自治体ではさまざまな政策やインフラ整備事業などを行っている。しかしながら、商業施設、商店などの実際の成長・衰退、分布の変化などを詳細に捉え、かつ全国で利用可能なデータは非常に限られており、現状を把握し、全国規模で同じ基準で評価すること、政策の効果を把握・評価することなどに大きな困難をきたしている。たとえば、商業施設の分布に関する統計として利用できる事業所・企業統計や商業統計は通常は市町村単位の集計値であり、約1平方Kmのメッシュ(いわゆる3次メッシュ)単位での集計値等もあるものの、商店街等の商業集積の動向を正確に把握するためには不十分である。全国をカバーする商業施設に関するデータの整備が望まれている。

本論文は、以上のような背景の下、全国をカバーできる商業施設マップを作成する手法を開発し、全国マップを実際に作成、いくつかの分析事例を通じてその有用性を具体的に示したものである。本論文は序章も含め、全8章からなっている。

序章は本論文の全体構成を述べている。第1章は「都市と商店街の現状把握」であり、研究の背景と目的を述べている。すなわち、日本の都市地域における商業集積の変動とその実態把握の意義、既存の統計調査データ等の限界・課題を整理し、全国をカバーできる店舗・事業所の分布データを作成する手法の開発を研究の目標としている。

第2章は店舗・事業所分布データの作成に利用できる空間データについて記述している。毎年から3年ごとに全国を対象に更新されているデジタル住宅地図と、毎年更新されているデジタル電話帳データを利用することとしている。

第3章は、デジタル住宅地図データとデジタル電話帳データから店舗・事業所分布の時系列データを作成する手法、つまり時空間統合手法を提案している。デジタル住宅地図は詳細な住所と正確な位置座標、そこに立地する事業所の名称などをデータとしているものの、業種などは不明であり、事業所名称も表札などに記されたものである。一方、デジタル電話帳は自己申告ではあるが、業種や事業所名称、住所を含んでいることから、住所、事業所名称などで「場所寄せ」「名寄せ」を行って両者を結合できれば、業種情報をデジタル住宅地図に添付することができる。さらに「場所寄せ」「名寄せ」を調査時点の異なるデータに関して行うことで店舗・事業所について新規出現、滅失、入れ替わりなどを判別できる。これらを「時空間統合」と呼ぶが、これを自動で行い全国の店舗・事業所の業種情報付き分布とその時間的な変動を表すデータを作成する時空間統合手法を提案している。具体的には部屋番号まで記載された住所情報の解析方法、事業所名称の名寄せにおける表記の揺れ(アルファベット表記とカタカナ表記の揺れも含む)の処理手法、地名などの局所的な頻出語の処理方法などである。本章ではさらに時空間統合手法を自動で実現した場合の処理精度の検証などを手作業による結果との比較を通じて実現し、さらに作成された全国の店舗・事業所の業種情報付き分布データを事業所・企業統計や商業統計と突き合わせて精度検証を行っている。これらの検証の結果、時空間統合により作成された全国の店舗・事業所データは十分な精度を有することが示されている。

第4章は、全国の店舗・事業所データを用いて店舗・事業所の時系列変化を地域ごとに3次元マッピングした結果を示している。その際、商業活動の活発さの指標として店舗・事業所の入れ替え率などを定義している。

第5章は、商業集積地域の特定であり、店舗・事業所分布データを用いて、店舗等が空間的に集積している商業集積を自動的に抽出する方法を開発し、全国の商業集積地マップを作成している。ここでは一般的なバッファリング手法を改良し、店舗等の分布密度に応じてバッファリング距離を自動調整するようにすることで、店舗・事業所分布データから手動で集積地域を抽出するのと同じように抽出することを可能としている。

第6章は、商業集積地域の時空間分析であり、第5章で抽出された商業集積地域を対象に店舗・事業所の増減率、回転率、推定空室遷移率、チェーン店率、生鮮三品業種の充実度などを算定し、各地域の商業集積地域の動向を整理している。

第7章は結論と今後の展望を述べている。

以上をまとめると、本論文は一般的に利用可能な住宅地図や電話帳データを時空間統合する手法を開発して、全国をカバーする店舗・事業所マップの作成を可能にした上で、実際に全国データを作成することでその有効性を実証し、同時に分析事例を通じてその有用性を具体的に示したものであり、空間情報学の進歩に大きな貢献をしたと考えられる。また、本論文の成果は柴崎亮介らと共著で公表されているが、論文提出者が主体となって研究を実施しており、論文提出者の寄与は十分である。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50461