学位論文要旨



No 126463
著者(漢字) 水田,愼一
著者(英字)
著者(カナ) ミズタ,シンイチ
標題(和) 紛争後平和構築における民主的制度導入による持続可能な平和実現のための条件
標題(洋)
報告番号 126463
報告番号 甲26463
学位授与日 2010.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際貢献)
学位記番号 博総合第1026号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山影,進
 東京大学 教授 佐藤,安信
 東京大学 教授 遠藤,貢
 東京大学 教授 石田,淳
 東京大学 特任教授 旭,英昭
内容要旨 要旨を表示する

平和構築においては、具体的な目標として当該国・地域に民主主義を実現することが掲げられる。この目標に従い、国際社会による支援の下で紛争終結直後から民主化プロセスを進め、今日に至って民主主義国家としての資格要件を備えたと評価される国もあるが、選挙に向けた準備を進める過程で紛争当事者間の争いが再燃したり、選挙が行われた場合であっても選挙結果を不服として紛争が再発したりするようなケースは後を絶たない。

このような現実を見た場合に、自然と沸いてくるのは、そもそもポストコンフリクト国に平和的な民主主義国家を建設することは可能なのであろうか、仮に可能であるとしても国際社会で一般に考えられているように外部からの支援がありさえすれば予見可能な短期間の間にそのようなことが実現できるのであろうか、という疑問であろう。本研究ではこの問いに答えるため、民主的国内平和に係る先行研究における問題点を整理した上で、民主的国内平和論に係る一定の理論構築を試みることとした。

民主主義が国内平和をもたらすという民主的国内平和(Democratic Civil Peace)論に対して、この理論の検証と批判が行われてきている。とはいえ、これらの批判的な論者たちも、民主化に伴う危険性に警笛を鳴らしつつ、民主的国内平和の実現可能性そのものを否定する議論はしていない。むしろ、これらの論者は、民主化に必要な制度整備等の一定程度の条件整備を行った上で民主化を進めることによって、ポストコンフリクト国にも民主的平和を実現することが可能であるという主張を行っている。しかし、これらの論者が主張する制度整備といった条件をポストコンフリクトという状況において果たして本当に満たしうるのかについては大きな疑問が残る。

このような問題意識に立ち、本研究では、ポストコンフリクトの文脈、すなわち、和平合意が結ばれた後の時期において、紛争当事者間の敵対関係がどのように変化し、その状況が民主制度構築に如何なる影響を及ぼしたかを検証することとした。また、本研究におけるもう一つの関心として、ポストコンフリクトの文脈で民主制度化を進めるにあたり国連をはじめとする国際社会の介入・支援が如何なる影響を与えてきたかを検証した。

本研究では、(1)紛争当事者間の敵対関係、(2)民主制度化の状況、(3)国際社会の介入・支援の3つを主たる変数として理論構築を行った。これら3つの変数のうち、(1)及び(2)は、(3)によりある程度操作可能な変数と見た。(2)の民主制度化の状況については、先行研究を踏まえ、(i)司法制度、(ii)治安制度(軍・警察)、(iii)政治・選挙制度の3つを主たる構成要素として検討を行うこととした。

理念型として、敵対関係の変数は、(i)対戦、(ii)停戦、(iii)終戦の3段階に定義した。他方、民主制度化の変数は、理念型として、(i)非民主制度、(ii)移行期制度、(iii)民主的制度の3段階に定義した。国際社会の介入・支援は、紛争当事者間の敵対関係及び民主制度化の状況に影響を及ぼし、これらの変数をある程度操作することが可能な変数であると考えた。ここでいう国際社会とは、一義的にはポストコンフリクト期に展開する国連ミッション及び関連国際機関であると考えた。介入・支援の態様としては、和平や停戦交渉の仲介といった外交的努力、そして、大規模な国連ミッションの展開という形での介入・支援を主たる対象と考えた。これらの3つの変数の関係を分析するため、本研究では、(1)紛争当事者間の敵対関係及び(2)民主制度化の状況の相互関係並びにこれらの両変数に対して(3)国際社会の介入・支援が与えた影響を検証するために、(1)を縦軸に(2)を横軸に取ったチャートを用いた分析を行った。

本研究では、以下の3つの問いと仮説を設定し、その検証を行った。

(1)民主的国内平和への経路

問い:民主的国内平和へは如何なる経路を辿るか。

仮説:民主制度化は先行せずに、敵対関係の緩和が先行して民主制度化が進むことで民主的国内平和が実現する。

(2)国際社会の介入・支援の効果

問い:国際社会の介入・支援は、ポストコンフリクト期における民主的国内平和の実現に対して如何なる効果を持ちうるか。

仮説:国際社会の介入・支援は、激しく対立する紛争当事者に対して和解を強制することは困難である。同時に「民主的制度」の実現は、現地当事者の自発的な取組みが必要であり、その意味で、敵対関係が強く残る中では、国際社会の介入・支援によっても「民主的制度」を実現させることは困難であり、もって、民主的国内平和の実現も困難である。

(3)国際社会の介入・支援の出口戦略(exit strategy)

問い:自律的な民主的国内平和実現のために国際社会の介入・支援が超えさせるべき「しきい値(=threshold)」はどこか?

仮説:国際社会の介入・支援により敵対関係を停戦から終戦に移行させれば自律的に民主的国内平和に向かう。すなわち、国際社会の介入・支援が超えるべき「しきい値」は、停戦から終戦に向かう境界にある。

本研究は、ケース・スタディ手法によって実施した。対象となるケースとしては、大規模国連ミッションが展開して介入・支援を行った早期の例として、ナミビア、アンゴラ、エルサルバドル、カンボジアの4カ国のケースを取り上げた。

本研究における4カ国のケースの分析の結果、以下の結論が導き出された。第一の仮説については、ナミビアとエルサルバドルの事例において、仮説に従う形で敵対関係と民主制度化の関係が推移していることが確認された。他方で、アンゴラとカンボジアの事例では、仮説で想定したような曲線は描かれていないが、制度化が進展している際にはそれに先駆けて敵対関係の緩和が生じており、仮説を裏付ける動きが見られていることが確認された。以上から、4カ国の事例は、いずれも本研究の仮説を概ね裏付けるものであった。

第二の仮説については、本研究で検討した4カ国の事例から、紛争当事者のいずれか一者のみであっても強硬に和平の履行を拒絶する勢力がいる場合には、当該勢力に和平の履行を強要することは困難であるとの事実が確認された。

第三の仮説については、制度化を先行させた事例では、民主制度化への動きは移行期制度の段階で頓挫したままで、敵対関係が停戦から終戦へと移行し、「終戦-移行期制度」の状況で停滞するという結果になっていたことが確認された。他方、4カ国の12事例のうち、「終戦-民主的制度」への移行を遂げたケースは基本的に「停戦-非民主的制度」の段階から、「終戦-非民主的制度」へ跨ぐ境界線と、さらに「終戦-非民主的制度」から「終戦-移行期制度」へ跨ぐ境界線の少なくとも二つの境界線を、平和構築型国連ミッションの介入・支援の下で乗り越えている。そして多くの場合、平和構築型国連ミッションの介入・支援の下で、さらに「終戦-民主的制度」までへの移行を実現している。敵対関係を緩和しながら制度化を進める形で「停戦-移行期制度」まで国際社会が移行させれば、その後は自律的に民主制度化が進展する可能性があるということで、この地点までは平和構築型国連ミッションによる国際社会の介入・支援が最低限必要な部分であることが確認された。ただし、基本的には、国際社会の介入・支援が「終戦-民主的制度」への移行が完了するまで行われることが最も望ましいことが、4カ国の事例から確認された。

以上の結論より、以下の政策的示唆を導き出した。

まず、第一の仮説に関する結論から、民主的国内平和が実現するためには、基本的に、敵対関係を緩和させつつ、民主制度化を進展させるという経路を辿らせることが必要であるという示唆を導き出した。

次に、第二の仮説に関する結論から、国際社会として有効な介入・支援を行うためには、かつての紛争当事者間の敵対関係の状況判断を行い、無駄となることが分かっている介入・支援を断念することも必要であるとの示唆が導き出された。

第三の「しきい値」に関する結論からは、ポストコンフリクトの文脈で「民主的国内平和を実現する=『終戦-民主的制度』の地点への移行を実現する」もっとも望ましい方法は、「停戦-非民主的制度」を入り口点とした場合、その地点から平和構築型国連ミッションを展開し、敵対関係の緩和を先行させながら民主制度化を進めるというアプローチを進め、少なくともこの関与を「終戦-移行期制度」までの地点、さらにできれば「終戦-民主的制度」への移行が完了するまでの地点を出口点として実施することであるという示唆を導きだすことができた。また、如何なる場合に平和構築型国連ミッションの投入を行うべきかという「入り口戦略」に関しても、民主的国内平和の実現が極めて困難であるという見通しがある場合には、国際社会による介入・支援は見送るという判断を行うことが、財政的にも人的にも無駄な投入を行わないために重要であるという示唆が導き出された。他方、仮に敵対関係を停戦から終戦に向かわせるためのハードルが高い国にあえて介入・支援を行おうとするのであれば、中途半端な介入により制度化を先行させるというアプローチを取るのではなく、敵対関係に変化を与えることを目的とし、そのために必要な大規模な介入・支援をためらわずに行うべきであるとの示唆も得られた。

本研究では、最後に、本研究の理論フレームワークと政策的示唆の妥当性を確認するために、最近のケースとしてアフガニスタンと東ティモールのケースについても簡易な分析を行った。

審査要旨 要旨を表示する

「人間の安全保障」プログラムに提出された、「紛争後平和構築における民主的制度導入による持続可能な平和実現のための条件」と題する学位請求論文は、冷戦後の1990年代以降、内戦など国内武力紛争への国際社会の関与の仕方が大きく変わったことを受けて、平和構築と民主主義確立という目標をめざすようになった関与の現実を分析し、政策提言に資する理論枠組みを構築しようと試みたものである。本文A4用紙212ページからなり、第1章の序論と第6章の結論の間に、4つのケーススタディを挟む形になっている。

まず第1章では、和平合意が成立した紛争後(ポストコンフリクト)の状況において、国際社会(とくに国際連合)が民主化プロセスを進める中で持続的平和の実現をめざすという一般的傾向と、それが必ずしも所期の目標を実現できないという現実とを踏まえて、民主制度の導入と平和の定着とを安易に結びつける既存研究や学説を批判する。そして、対戦状態と平和を両端とする軸と非民主制度状況と民主制度定着とを両端とする軸とが構成する分類パターンにおいて、国際社会の関与の度合いが自発的ないし持続的な平和と民主制とを引き起こす「閾値」に関する仮説を提示する。それは、(1)敵対関係の緩和が先行する中で民主制度化が進むことにより民主的国内平和が実現する、(2)国際社会による和解の強制は困難であり、敵対関係が残存する中での民主制度の定着は国際社会が関与しても困難である、(3)国際社会が関与して越えるべき閾値は停戦と終戦との間にある、というものである。この仮説を、冷戦後まもなくの時期に国際社会が関与し、その後の経緯も明らかになっている4つの事例について検討する。

まず、ナミビアを扱った第2章では、1988年の停戦合意を受けて展開した国連(ナミビア独立)移行支援グループ(UNTAG)の役割を検証し、仮説の主張する成功経路に近い形で現実が推移したことを明らかにした。アンゴラを扱った第3章では、1988年と1991年の停戦合意を受けての2次にわたる国連監視団(UNAVEM I,UNAVEM II)の役割を検証し、和平合意の定着に失敗したために民主化が頓挫したことを指摘した。カンボジアを扱った第4章では、1991年の合意に基づく和平プロセスを支援するために設立された国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の役割を検証し、国内政治諸勢力の和解を実現できなかったために民主化も中途半端に終わったことを指摘した。最後に、エルサルバドルを扱った第5章では、停戦交渉が続いていた1991年に設立された国連エルサルバドル監視団(ONUSAL)をはじめとする国際的関与が果たした役割を検証し、閾値を越えさせる関与はあったものの民主化の進展は部分的であったことを指摘した。以上の実証分析を踏まえて、国際関与が民主的国内平和の定着に大きく寄与したケースがナミビアとエルサルバドルであり、平和を実現させたものの民主化は不十分に終わったケースがアンゴラとカンボジアであるという整理がされた。

第6章では、4つのケーススタディに基づいて、持続的民主化は容易に実現しないことを確認するとともに、国際社会の関与・支援の効果・影響は限定的であり、閾値を超えさせて民主的国内平和を定着させるかどうかは状況に依存していると結論づけ、第1章で提示した仮説が平和構築における国際社会の役割の成否を予測する上で有効な理論となり得ることを主張する。そして、この枠組みを現在進行中の事例である東ティモールとアフガニスタンに当てはめて、両国の今後を展望して締めくくる。

以上のような内容の論文は、4事例を対象とするケーススタディをつうじて、次の3点を明らかにしたことで高く評価できる。第1に平和構築と民主化支援をめぐる通説が流布させてきた民主制の定着に対する過度の楽観を戒めたこと、第2に国際社会による関与の実態を分析した上で、その限界を指摘し、国際社会に対する過度の期待を戒めたこと、第3に和平の定着と民主制の定着には越えるべき閾値があることを強く示唆する仮説を説得的に展開したことである。また、本論文は、民主化と和平プロセスに関するモデルに、操作可能な変数である国際社会の関与を全面的に組み込んでおり、「人間の安全保障」プログラムがめざしている学術研究と実践的貢献の架橋という観点からも高く評価できる。

しかしながら、本論文で展開した仮説を一般理論化するにはさらに検討すべき課題も残されている。まず、第1に、和平と民主化が進展したナミビアとエルサルバドルのようなパターンと、平和を実現させたものの民主化は不十分に終わったアンゴラとカンボジアのようなパターンとを分ける要因について十分な議論がされていない。政策変数である国際的関与が必ずしも両者を分けるモデルになっていないために、成功経路と失敗経路との分岐要因を明らかにしないと国際的関与の適否を結論づけられない。第2に、閾値を越えさせることができる国際的関与がどの程度の規模なのかを予測・推測する尺度が導入されていない。したがって国際的関与に限界があることは分かっても、どれだけの資源を投入すれば良いのか、といった政策的議論には踏み込めない。このような議論の不十分さは、本論文の提出者自身が認めているように今後の課題としてどれも重要なものであり、一層の探求が望まれる。

要するに、本論文の議論は、今後解明されるべき課題を残しているものの、冷戦後の平和構築が民主化をも志向するようになった状況における国際社会の関与について、その成否と政策的示唆をもたらす仮説を、限られた事例に基づいてはいるが、検証したことによって、学界と実務の世界の双方に貢献した。したがって、本審査委員会は博士(国際貢献)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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