学位論文要旨



No 126478
著者(漢字) 安達,健
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,タケシ
標題(和) 線虫の塩に対する嗜好性は単一の味覚神経におけるインスリン/PI3K経路とGq/PKC経路の活性により制御される
標題(洋) Salt Preference Switch is Directed by Insulin/PI3K and Gq/PKC Signaling in a Single Sensory Neuron of C. elegans
報告番号 126478
報告番号 甲26478
学位授与日 2010.10.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5583号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 准教授 榎森,康文
 東京大学 教授 能瀬,聡直
内容要旨 要旨を表示する

線虫は塩化ナトリウム (NaCl)に対して誘引されるが、この行動は可塑的に変化する。たとえば、飢餓条件下においてNaClに曝されると、NaClを忌避するようになる(以下、学習と呼ぶ)。

学習後の忌避行動を制御する神経を同定するために、味覚神経ASER神経のみがNaClを受容する個体を作成したところ、この個体は学習後に忌避行動を示した。ASER神経は誘引行動に関わることがよく知られている。この結果は、ASER神経が誘引と忌避の両方の行動を司ることを示唆する。

当研究室では、学習による誘引から忌避へのスイッチに、ASER神経内でのPI 3-キナーゼ経路の機能が重要であることを示してきた。すなわち、PI 3-キナーゼの機能喪失型変異体は、学習後も誘引行動を示す。一方、PI 3-キナーゼ経路を負に制御するPTENの機能喪失型変異体は、学習せずとも忌避行動を示す。ASER神経の機能的スイッチングのメカニズムを明らかにするために、PTEN変異体の忌避行動を抑圧する変異体を獲得し解析を進めた。

その結果、味覚神経ASERにおいて、三量体型Gタンパク質Gqのαサブユニットもしくはその下流で機能するプロテインキナーゼC-e/りを活性化させることにより、PTEN変異体は忌避から誘引へと行動がスイッチした。また、機能獲得型のGqαもしくはPKC-e/りを発現する線虫は、学習後も誘引行動を示した。この結果より、ASER神経においてPI3-キナーゼ経路とGq/PKC経路が拮抗的にスイッチングを制御することが示唆される。

また、ASER神経に発現し誘引行動に必要な受容体型グアニル酸シクラーゼGCY-22は、PTEN変異体の忌避行動および学習後の忌避行動にも必要であった。この結果より、GCY-22はASER神経の誘引と忌避の両者のモードにおいてNaClに対し応答し走性を引き起こす過程に必須であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は、daf-18/PTEN変異体が示す塩走性の異常についての解析であり、第2章はdaf-18変異体を用いた抑圧変異のスクリーニングの結果について述べられている。ここでは、通常は線虫にとって誘引物質である塩化ナトリウムを用いて、daf-18変異体が示す忌避行動に着目して解析している点が新しい。

第3章と第4章では、スクリーニングの結果得られた受容体型グアニル酸シクラーゼGCY-22とGqa/EGL-30とnPKC/TTX-4について述べられており、各シグナル伝達経路の活性により劇的に塩走性が逆転するメカニズムを示しており、意義がある。

第5章では、味覚神経ASEについて経験依存的な塩走性の切り換えの制御について述べられており、単一の味覚神経が誘引行動と忌避行動の両者を引き起こすことを示している点で、新しい。第6章では、塩走性の制御における神経ペプチドの役割の検討について述べられている。

なお、本論文第1章については富岡征大氏との共同研究であり、本論文第4章のTTX-4の解析については大河内善史氏と森郁恵氏との共同研究であり、本論文第5章については國友博文氏との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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