学位論文要旨



No 126479
著者(漢字) 鄭,
著者(英字)
著者(カナ) チョン,スーヒョン
標題(和) 自己免疫性関節炎の発症におけるT細胞上のCXCR4の役割に関する解析
標題(洋) Roles of CXCR4 expressed in T cells in the development of autoimmune arthritis
報告番号 126479
報告番号 甲26479
学位授与日 2010.10.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5584号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

CXC Chemokine receptor 4 (CXCR4)はケモカイン受容体の一つであり、造血幹細胞やB 細胞の遊走に関与していることが知られる。関節リウマチ(RA)患者の病変部位でT 細胞上での発現が亢進しており、病態形成との関与が示唆されているが、末梢T 細胞上のCXCR4の役割についてはこれまでよくわかっていなかった。その理由の一つとして、CXCR4 欠損マウスが胎生致死であることが挙げられる。そこで、当研究室ではCre/loxP システムを用いてT 細胞特異的にCXCR4を欠損させたマウス(以下KO マウス)を作製し、代表的なRA モデルであるコラーゲン(IIC)誘導関節炎(CIA)を行ったところ、KO マウスで関節炎の発症率が顕著に減少していた。よってT 細胞上のCXCR4はCIA の発症に極めて重要な因子であることが明らかになった。しかしCIA の発症過程にてT 細胞上のCXCR4 が果たす役割はまだ不明であった。そこで私はT細胞上のCXCR4 のCIA 発症における役割に関する解析を行った。CIA の発症にはIICに対する液性免疫と細胞性免疫が重要であることが知られているが、KO マウスでは抗体産生、リンパ節細胞の反応性はともに異常が見られなかった。一方、KO マウスのT 細胞はリガンドであるSDF-1に対する遊走能が顕著に低下していた。そこでCXCR4 がT 細胞の炎症局所への遊走に関わっている可能性を検討するために、炎症時のCXCR4 発現細胞の局在を観察した。その結果、CIA 発症後の所属リンパ節ではCXCR4 発現細胞が増加しており、しかも炎症局所に遊走しているほとんどのT 細胞はCXCR4を発現していることを見出した。SDF-1 の炎症局所における発現も亢進しており、SDF-1発現細胞の近傍にT 細胞が密集する傾向が見られた。以上のデータから、CIAの発症過程におけて、T 細胞上のCXCR4はT 細胞のIICに対する反応性ではなく、炎症局所へのT 細胞の遊走に関わっていることが示唆された。これらの知見から、T 細胞に発現するCXCR4はRA の新たな治療ターゲットになり得ることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は、イントロダクションであり、関節リウマチの発症メカニズムに関して現在までの知見を述べ、その中で本研究の必要性及び意義について議論している。第2章では本研究で用いられた材料や方法が述べられており,第3章は結果、第4章は考察、第5章は結論である。

関節リウマチは自己免疫性の慢性炎症性疾患であり、そのメカニズムについては未だ不明な点が多く残されている。近年動物実験による知見をもとにサイトカインの阻害療法が開発され、優れた効果を示している。しかし未だ副作用や無効例が多く見られるため、新たな治療ターゲットの開発が求められている。本研究に於いて,提出者は関節リウマチの実験的モデルであるコラーゲン誘導関節炎を用いて、T細胞上に発現するケモカインレセプターCXCR4が果たす役割に関する解析を行った。CXCR4は多くの免疫系の細胞が発現しているが、T細胞に関しては主にナイーブT細胞や休止状態のメモリT細胞に発現が認められていた。関節リウマチ患者の患部にCXCR4陽性T細胞の蓄積が見られるものの、CXCR4及びそのリガンドであるSDF-1の欠損マウスが胎生致死であるため、詳細な役割は不明であった。これまでに,共同研究者のChoiおよび関らがT細胞特異的にCXCR4を欠損するマウスを作製し、T細胞上のCXCR4がコラーゲン誘導関節炎の発症に重要な役割を果たすことを明らかにしていた。しかしながら、詳細なCXCR4の役割は不明であった。提出者はCXCR4が末梢リンパ器官の発生に関与する可能性, T細胞のコラーゲン応答性に関与する可能性,T細胞の炎症局所への遊走に関与する可能性、について、T細胞特異的遺伝子欠損マウスを用いて解析を行った。

まず、T細胞上でCXCR4が欠損しても抹消のリンパ組織の形成には異常がない事を確かめている.つづいて、T細胞のコラーゲン刺激に対する増殖応答はリガンド存在下でも正常であり,CXCR4はT細胞の応答には関与しない事を明らかにした。一方、遊走能に関しては、まず試験管内でT細胞の遊走にCXCR4が重要であることを示した。次に、コラーゲンを投与して関節炎を誘導したマウスを用い,免疫組織化学的手法により、発症時には所属リンパ節のT細胞でCXCR4の発現が亢進していること、また、炎症局所には主としてCXCR4強陽性の細胞が分布することを明らかとした。続いて、放射能標識したT細胞の移植実験により、炎症局所へのT細胞の遊走がCXCR4に依存してることを示した。この結果、CXCR4はT細胞の活性化に関与しているのではなく,T細胞の活性化に伴いCXCR4の発現が亢進することにより、T細胞が炎症局所に存在するリガンドに向かって遊走し、炎症の増悪化に関与している事が分かった。本研究成果はこれまでよくわかっていなかった関節炎の発症に於けるT細胞上のCXCR4の役割を初めて明らかにしたもので,免疫学の発展に大きく貢献するものであり,今後関節リウマチ治療への応用が考えられるなど,その意義は大きい.

なお、本論文は、関景輔氏、木村恵子氏、伊藤暁彦氏、Byung-il Choi氏、藤門範行氏、西城忍氏、岩倉洋一郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク