学位論文要旨



No 126486
著者(漢字) 橋野,晶寛
著者(英字)
著者(カナ) ハシノ,アキヒロ
標題(和) 低成長期における教育支出の研究
標題(洋)
報告番号 126486
報告番号 甲26486
学位授与日 2010.11.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第169号
研究科 教育学研究科
専攻 学校教育高度化専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 勝野,正章
 東京大学 教授 大桃,敏行
 東京大学 准教授 橋本,鉱市
 東京大学 教授 影浦,峡
 国立大学財務・経営センター 教授 金子,元久
 放送大学 教授 小川,正人
内容要旨 要旨を表示する

1970年代から続く低成長経済と財政悪化というマクロ経済環境の中で、近年、教育財政支出を巡る問題は教育問題と財政問題の2つの文脈で先鋭化し、公衆の耳目を集めることとなった。これまでの教育財政に関する邦語の先行研究として、教育財政制度史研究や教育条件法制に関する法解釈研究が一定程度存在するが、それらは教育財政制度確立期以降の教育費政策を体系的な分析の対象としておらず、また現状批判に腐心し、強い教育費優先支出論という志向のあまり分析的な議論を欠如させており、現代的状況に対応した含意という面では限界がある。本研究の目的は、教育財政支出を対象とした政治学・経済学的分析を行うことで、低成長経済における教育支出における公共的意思決定に資する実証的な知見を提示することにある。

本研究で取り組む課題は、教育財政支出の規定要因の解明、および教育支出の短期的・長期的帰結の評価の2つから成る。前者については、政治的要因に焦点化し、教育費政策における政治的要因の所在、民主主義政治による教育財政支出の値域を明らかにすべく政策過程分析を行った。後者に関しては、教育経済学における伝統的テーマである教育生産関数および人的資本論について扱い、現代的視点から既存の枠組み及び方法について批判的検討を加えた上で、政策分析を行った。本研究は序章、7章の本論および終章からなり、その概要は以下の通りである。

序章では、課題設定および本研究の意義について述べた。

1章では、予備的考察として教育支出の実質化と構造把握を行った。まず共時的・通時的な実質化方法を検討したうえで現在の日本の教育財政支出を位置づけ、高等教育段階では日本の公財政支出は一貫して低水準であったものの、初等中等教育段階は70年代前半の拡大期などを含めて通時的に実質支出は増加しており、共時的に見ても先進国の平均的水準にあることを示し、日本の低水準を主張する通説が部分的に誤りであることを指摘した。また支出の配分構造についても触れ、初等中等教育においては教育財政支出の中でも中心的位置を占める教員人件費については国レベルで量と質のトレードオフが成り立っていること、学校教育支出と学校外教育支出が代替関係にあることを確認した。

2章から4章は、第1の課題に対応する教育財政支出の政策過程分析である。2章では実証分析を行う上での分析枠組と理論の検討、3章では日本の低成長期以降の教育財政支出をめぐる政策過程についての事例分析、4章では70年代以降の先進国の教育財政支出を規定要素としての政治的要因についての計量分析を行った。先行研究では教育財政支出をめぐる政策過程の記述や「政治」の存在の指摘がなされているが、2章から4章の分析の焦点はこれらを超えて、政策過程の全体像に理論的な解釈を与え、政治の多様性およびそれを司る構造的要因を明らかにすることにある。

教育財政制度史に関する先行研究は教育財政制度成立過程およびその結果において大蔵、地方行財政所管省庁(内務省、自治庁・省)、文部省の競合関係を明らかにしたが、制度史研究ゆえ制度確立期以後の政策過程は教育財政研究として対象とはなりえなかった。一方で、一般的な教育政策過程研究は省庁の割拠性に加えて、自民党の一党優位の下での「族議員」の伸長という政治レベルでの割拠現象を指摘した。このような政治・行政の割拠主義に基づく下位政府論は、70年代の教育財政拡大の要因を教育下位政府の相対的な強さに見出しており、この点に関する真偽の検討と再解釈を3章の作業課題とした。3章の事例分析では、自民党文教族の尽力によるところが大きいとされる70年代の教員給与改善、私学への経常費助成、教職員定数改善という政策を中心に扱った。分析の結果、明らかにしたのは、70年代における与野党伯仲と党内派閥力学が教育下位政府の要求の実現を有利にした局面はあるものの、教育下位政府の教育財政拡大要求の実現度は省庁間の相互抑制によって制約され、その割拠性の対処・解決は首相の政策選好と執政中枢の調整に大きく依存したという点である。すなわち、通説の下位政府論は要求の場面の素描に偏しており、政策の総合・調整の場面を看過した解釈に過ぎないのである。予算政治という局面に関して言えば、自民党文教族議員は政策分野間の優先順位づけではなく、教育政策内部での優先順位づけに寄与したのであり、その結果が70年代の義務教育費(給与と教職員定数)と私学助成の拡大と、80年代の他の政策経費削減の是認と引き換えにしたそれらの一般財源化・削減圧力からの死守だったのである。

3章の考察は方法的には時系列を対象とした事例分析であり、専ら関係アクターの選好・行動に焦点化したのに対し、4章の考察では、比較政治学的視点に依拠しながら、共時的に広がりを持つLarge-Nデータの分析によって、非時変的な構造的要因の作用を摘抉することに力点を置いた。具体的に着目したのは民主主義政治制度であり、その政治制度が政策決定における諸アクターの政策過程への参加・排除を司り、政権政党あるいは執政府の長への権力集中の程度を規定することを通じて、政策過程に相違をもたらすことを理論的前提として分析を行った。先進国のパネルデータを用いた教育財政支出に関する計量分析では、インクリメンタリズムおよび政権政党の政策選好の政策出力(教育財政支出)への反映の程度について国間で相違が存在し、その相違が政治制度に依存していることを明らかにした。すなわち、与党、首相への権力集中を促す制度の下では、教育支出におけるインクリメンタリズムは緩和され、また教育支出における政権政党の政策選好と政策出力との結びつきが強固となることを明らかにした。

2章から4章で得られた知見は、2つの点から通説的な教育政策過程像を相対化したことに意義がある。1つは教育下位政府の要求行動のみならず、執政中枢アクターによる総合・調整の面を描出することで教育費政策の政策過程の全体像を明らかにし、教育下位政府の影響力を過大評価した通説の解釈を修正した。1つは事例分析では明らかにしえない非時変的な政治制度要因の作用を明らかにすることで、属人主義的な傾向にある下位政府論では明らかにしえない構造的要因を浮き彫りにし、90年代以降の政治・行政改革が教育政策に及ぼしうる影響について理論的な解釈・予見を与えたのである。

本研究の後半部分にあたる5章から7章は、第2の問に対応する教育財政支出の帰結に関する政策分析である。5章では分析枠組と方法の検討、6章では教育生産関数について、7章では教育投資論・人的資本論に関するマクロ生産関数の実証分析を行った。これらのテーマに関する従来の研究は教育支出あるいはそれから派生する政策的インプットとアウトプットとの関係(関数)を推定するものであるが、6章、7章の分析ではインプット-アウトプットの一般的関係のみならず、個別生産単位の効率性・非効率性について評価し、その要因を考察の対象とした。分析では国を単位として、セミパラメトリック確率的フロンティアモデルとよばれる手法によって、教育支出とアウトプットとの関係および効率性・非効率性の推定を行った。

6章の教育生産関数についての実証分析では、学力における平均的水準と公平性という2つの観点から評価した際に、定性的には教育支出はこれらのアウトプットを改善するといえるが、支出の限界的な効果は小さくなることを示した。また、ベストプラクティスからの乖離の程度としての非効率性は多くの国で相当程度存在すること、日本についていえば、相対的には効率的な教育システムであるが、非効率性の縮減の余地が存在することを明らかにした。そしてこの国ごとの非効率性の相違は教育支出の配分という政策的要因と学校組織の自律性と評価に関わる制度的要因の相違によって規定されている点を析出した。

7章のマクロ生産関数の実証分析では、長期の経済成長と教育支出との関係を分析した。既存の教育経済学や経済成長論でおこなわれてきた実証分析は、現在の日本を含めた先進国において政策的含意をほとんど与えないという点で問題があり、再定式化したモデルによる実証分析がこの章の作業課題となった。具体的には教育投資の効果の局所性、質的側面における教育投資――労働力人口の高学歴化という量的な側面に対する投資に対する教育条件整備という教育の質への投資――の作用について注意を払い、パネルデータを用いて計量分析を行った。その結果、既存の実証分析は先進国に対しては教育投資の効果を過大に推定していること、教育投資の社会的収益率は低く、外部効果の存在は疑わしいこと、教育条件整備の拡充という質的側面への投資の長期的経済成長に対する効果は中立的であることを明らかにし、教育投資論を内在的に批判した。

5章から7章までの分析は、教育生産における効率性・非効率性を操作可能な形で定義・評価し、インプットベースとインセンティブベースの2つの政策的な選択肢を統合的にとらえた点、非線形モデルを用いることで従来的な教育生産関数研究とは異なる含意を提示した点に方法上の意義を持つものである。実質的な知見として、現代の日本におけるインプットベースの教育政策の政策効果は限定的であり、優先支出論として正当化されるほどの効果を得る見通しは小さく、教育財政支出水準は政治的な意思決定に服さざるえないこと、またインプットベースの政策が実現するにしても同時に効率的な資源運用を促す仕組みを伴う制度改革によって補完される必要があることを示唆した。

終章では、本研究で得られた知見と含意についてまとめ、今後の課題を指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

教育財政支出については、近年、国際比較における日本の過小支出や国内における地方間格差にしばしば言及がなされている。しかし、従来の教育財政支出に関する研究は実証分析の蓄積が乏しく、理論的枠組みも限定的であったため、資源制約という条件下での望ましい決定と執行についての制度的含意を得難いという難点を抱えていた。本研究は、こうした認識のもとに、「民主性」と「効率性」の観点から教育財政政策の実証分析を試みる。

第1章では、教育財政拡大論・優先支出論の論拠である過小支出論と教育投資論を検討し、決定の「民主性」と執行の「効率性」という手続き上の正当性に関する議論が不可避であることを指摘する。第2章では、教育財政の政策過程分析の枠組みとして、「下位政府論」にみられる下位政府アクターの過大評価に批判的吟味を加え、アクターの選好が政策出力として具現化される程度を左右する政治制度の重要性を示す。政策分析の枠組については、既往の教育生産関数研究を検討し、「生産性」だけでなく、「効率性」を考慮することの必要性を指摘する。具体的には、セミパラメトリック確率的フロンティアモデルを用いて、「効率性」の計量的評価を行い、さらに「効率性」を規定する制度・政策的要因を明らかにするという研究課題を提示する。

第3章と第4章は、上記枠組みに基づく政策過程の実証分析である。第3章では、教員給与改善などの教育財政支出拡大を伴う1970年代の政策決定が、構造化された予算過程、執政中枢アクターの働き(「統合」)に依存していたことを示す。第4章では時系列クロスセクションデータによる計量分析から、権力の分散-集中に関する制度が教育財政支出に関する政策選好と政策出力の対応を左右していることを示し、あわせて日本の教育政策過程の特質に関する知見を提示する。

第5章と第6章は政策分析である。第5章では、日本の学習到達度調査データを用いた計量分析により、学校組織レベルの教育生産の「効率性」について考察を行い、インプットの改善(学級規模の改善)が及ぼし得る効果は限定的かつ局所的であること、及び「非効率性」の存在を指摘する。第6章では、学習到達度調査のミクロデータ及び各国教育行政制度に関するクロスカントリーデータを用いて、国レベルの教育生産性について分析を行い、支出によるアウトプット改善効果は逓減的であること、及び他の多くの国と同様に日本でも「効率性」改善の余地が小さくないことを示す。また、「効率性」の規定要因について分析を行い、非効率性を縮減する制度としての学校の自律性とアカウンタビリティ制度の効果について、学力達成の水準と配分(「公平性」)というアウトプット間のトレードオフが避けられないと指摘する。終章では、以上の分析から得られた知見をまとめるとともに、希少資源である教育財政の今後の在り方に対して本研究の持つ含意を述べている。

本論文は、対象の解釈になお今後の検討を要する部分はあるものの、教育財政支出の「生産性」及び「効率性」を実証的に分析するための独自の方法を先行研究の批判的吟味に基づいて提示するなどの学術的貢献を果たした。よって、博士(教育学)の学位論文として十分な水準に達しているものと認められる。

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