学位論文要旨



No 126488
著者(漢字) 南,昌秀
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,マサヒデ
標題(和) 職域健康診断男性受診者における初発心房細動症例の危険因子の検討
標題(洋)
報告番号 126488
報告番号 甲26488
学位授与日 2010.11.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3562号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 特任准教授 森田,啓行
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

心房細動はもっとも一般的にみられる不整脈である。これまでの疫学研究によれば、心房細動の有病率は、働き盛りの40歳代、50歳代では 0~1% の間にほぼおさまるものと思われ、その新規発症率は加齢とともに増加する。

国外の研究では、心房細動発症の危険因子として、年齢、BMI(Body Mass Index)、高血圧、心電図上での左室肥大、飲酒習慣、糖尿病、心臓病の既往(狭心症・心筋梗塞、うっ血性心不全、弁膜症)、不整脈の家族歴が挙げられている。日本国内における研究では、心房細動と関連する要因として、年齢、BMI、血圧、空腹時血糖、HbA1c、γ-GTP、尿酸、胸部レントゲン上の心拡大、喫煙、飲酒習慣が挙げられている。

2.研究の目的

心房細動は、加齢とともに増加するので高齢化社会ではきわめて重要となる不整脈である。しかも、心房細動は脳梗塞の重要な危険因子であり、脳梗塞を発症した場合には、死亡のリスクがあるだけでなく、QOLも大きく損なわれる。さらに、診療の現場では治療に難渋する心房細動症例が多いとも言われており、予防の役割は重要である。

国内外の先行研究から、心房細動の危険因子のいくつかが明らかになってきているが、日本における研究は、横断研究が多く、因果関係を確定するのが難しいものも含まれている。そこで、本研究では、生活習慣の適正管理による心房細動の予防に資するため、職域における健康診断受診者の結果記録を用い、心房細動の危険因子を縦断的に検討することとした。

3.方法

石川県内の一健診機関における職域健康診断(以下、健診)の受診者のうち男性の結果記録を用いた。期間は 1998年1月から 2006年12月までの9年間である。初発心房細動とは心房細動が心電図上初めて確認されたものであり、健診受診時において心電図上初めて指摘された心房細動を本研究の対象とした。

本研究は、健診結果記録を基に作成したデータベースを用い、後ろ向きコホート研究および症例対照研究の2つの研究デザインに沿って行った。

後ろ向きコホート研究では、打ち切り前に3年以上連続して健診を受診した40歳以上75歳未満の男性を対象とした。コホートへの取り込み(追跡の開始)は1998年から2003年の6年間であった。データ分析については、心房細動の発症までの期間と曝露要因との関連の評価にはCox 比例ハザードモデルを用い、ハザード比とその95%信頼区間を用いた。モデルの独立変数は、後述の症例対照研究の結果を基に、先行研究で心房細動と関連があると報告された要因も追加し、BMI、収縮期血圧、喫煙指数、飲酒習慣、一週間あたりの飲酒日数、一回あたりの飲酒量、一週間あたりの飲酒量、心拡大の有無である。血液生化学データについては、総コレステロール、γ-GTP、尿酸、空腹時血糖、ヘモグロビンを用いた。

症例対照研究において、症例は、健診を心房細動発症前3年連続して受診している者、対照には各症例と年齢および健診の受診時期をマッチッグし、症例1例につき対照2例を無作為抽出した。データ分析はロジスティック解析を用いた。ロジスティックモデルの従属変数には症例と対照を、独立変数には初発心房細動発症年、発症1年前、発症2年前、発症3年前のそれぞれのデータを用い4種類の分析を行った。独立変数の選択は、単変量解析で症例と対照とで有意差のあった変数、ならびに先行研究で心房細動と関連があると報告された要因とし、BMI、収縮期血圧、喫煙指数、飲酒習慣、一週間あたりの飲酒日数、一回あたりの飲酒量、一週間あたりの飲酒量、心拡大の有無となった。血液生化学データは、総コレステロール、γ-GTP、尿酸、空腹時血糖、ヘモグロビンとなった。

4. 結果

後ろ向きコホート研究では、最終的に10,492人が対象となり、そのうち42人に初発心房細動の発症を認めた。分析の結果、年齢(50歳以上)、BMI(25kg/m2以上)、収縮期血圧(140mmHg以上)、一週間あたりの飲酒量(161g以上)に有意差が認められた。

症例対照研究では、症例として69症例、対照138症例が抽出された。ロジスティック解析の結果、初発心房細動発症年においては、収縮期血圧、尿酸、ヘモグロビン、心拡大が心房細動発症と関連した。発症1年前においては、BMI、飲酒習慣あり、一日あたりの飲酒量が関連していた。発症2年前は、一週間あたりの飲酒日数、一日あたりの飲酒量、一週間あたりの飲酒量が関連していた。発症3年前では、収縮期血圧と飲酒習慣ありが関連していた。

後ろ向きコホート研究および症例対照研究の両者で共通な結果は、BMI、収縮期血圧、一週間あたりの飲酒量であった。

5 考察

(1)心房細動と飲酒習慣

器質的心筋障害を有さない個体でも、飲酒は発作性心房細動の発生を促すとされている。心房細動に対するアルコールの短期的影響は"holiday heart syndrome"として知られており、急激なアルコール摂取は、上室性不整脈と関係することが報告されている。

Framingham研究では、飲酒は心房細動の危険因子として抽出されなかったという報告がある一方、1日にエタノール36g以上飲むと、心房細動発症の危険性が増したという報告もある。日本国内においては、横断研究では、一回飲酒量は孤立性心房細動症例群で有意に多いという報告や、毎日飲む者の割合が心房細動症例群に多いという報告がある。久山町研究(1961~83年)では、飲酒が、年齢、拡張期血圧に次ぐ危険因子であった。さらに、第二集団(1974~87年)を基にした検討では、男性について、飲酒が、虚血性心疾患、年齢とともに心房細動発症の危険因子となった。

本研究では、後ろ向きコホート研究において、一週間あたりの飲酒量と発症に有意差が認められた。症例対照研究では、初発心房細動発症1年前で飲酒習慣ありと一日あたりの飲酒量発症が、2年前で一週間あたりの飲酒日数、一日あたりの飲酒量、一週間あたりの飲酒量が、発症3年前で飲酒習慣あり、一週間あたりの飲酒日数、一日あたりの飲酒量が関連していた。これらの結果は、飲酒が心房細動発症の危険因子であることを示唆し、先行研究を支持する。

(2)心房細動と血圧

高血圧では、左室肥大から左室充満が障害され、左房負荷と左房拡張が生じる。左房の伸展は有効不能期を短縮し心房内伝導速度を低下させ心房細動の発症を促進するとされている。先行研究でも、血圧と心房細動との関連が報告されている。Framingham研究において、心房細動発症の危険因子として、高血圧(オッズ比1.4~1.5倍) が抽出されたと報告された。久山町研究(1961~83年)では、年齢に次いで拡張期血圧が危険因子となった。横断研究としては、心房細動症例群において、収縮期血圧が有意に高いという報告が見られる。

本研究では、後ろ向きコホート研究において血圧に有意差が認められた。症例対照研究においては、初発心房細動と収縮期血圧との関連が発症3年前において認められた。本研究の結果は従来の報告と一致すると言える。ただし、高血圧の既往について症例対照研究で関連が認められなかったのは、高血圧は治療開始すると中止されることが殆どなく、治療により血圧をコントロールすることで心房細動の発症予防につながっているためかもしれない。

(3)心房細動とBMI・肥満

慢性心房細動発症において、体重が危険因子であるとする報告や、BMIが増すにつれて心房細動の頻度が上昇し、肥満により左房容積が増大することが心房細動の発症を促すとした報告がある。BMI が左房のサイズの最も強力な決定要素の1つであることを示している報告もある。すなわち、肥満は心房細動に直接作用するのではなく、左房の容量負荷を介して、心房細動発症に関与すると考えられる。日本国内の先行研究では、横断研究であるが、心房細動症例群においてBMIが有意に高いという報告がある一方、BMIに有意差はなかったという報告もあり、確定した結論は得られていない。

本研究において、後ろ向きコホート研究ではBMIに有意差が認められた。症例対照研究では、発症1年前でのみ関連が認められた。これはサンプル数が小さいため、関連が見出せなかったのかもしれない。海外の研究成果を総括する限り、肥満は心房細動にとって重要な関連因子であり、潜在的、修正可能な危険因子であるため、生活習慣の改善により体重の適正化が必要と言える。

(4)その他の関連要因

本研究の症例対照研究では、心拡大、ヘモグロビン、尿酸について発症年でのみ関連が認められた。しかし、これらの要因が心房細動発症に結びつくメカニズムが必ずしも明らかでないこと、さらに、ヘモグロビンや尿酸については、心房細動の原因ではなく結果である可能性がある。一方、後ろ向きコホート研究では、心房細動と心拡大、ヘモグロビン、尿酸、いずれにおいても、有意差は認められなかった。今後さらなる検討が必要と考えられた。

6.結語

職域健康診断の男性受診者の結果記録を用い、初発心房細動症例の危険因子について検討した。その結果、飲酒習慣、血圧、BMI、心拡大、ヘモグロビン、尿酸が、初発心房細動と関連していた。種々の検討の結果、BMI、血圧、飲酒習慣が、健康な日本人男性労働者の初発心房細動の重要な危険因子であると思われた。行動変容の観点から見ると、飲酒習慣という生活習慣の改善により、心房細動の少なくとも一部は予防できる可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、心房細動の危険因子を明らかにすることを目的として、職域における健康診断受診者の結果記録を用い、縦断的に検討(後ろ向きコホート研究および症例対照研究)を行っており、以下の結果を得ている。

1.飲酒習慣

後ろ向きコホート研究において、心房細動発症と一週間あたりの飲酒量(純アルコール換算161g以上)との関連に有意差が認められた。症例対照研究では、初発心房細動発症1年前で、飲酒習慣あり、一日あたりの飲酒量が発症に関連していた。発症2年前では、一週間あたりの飲酒日数、一日あたりの飲酒量、一週間あたりの飲酒量が関連していた。発症3年前でも、飲酒習慣あり、一週間あたりの飲酒日数、一日あたりの飲酒量が関連していた。この結果は、飲酒が心房細動発症の危険因子であることを示唆している。

2.血圧

後ろ向きコホート研究において、心房細動発症と血圧(収縮期血圧140mmHg以上)との関連に有意差が認められた。症例対照研究においては、心房細動発症と収縮期血圧との関連が発症3年前において認められた。この結果は、従来の報告と一致し、高血圧が心房細動発症の危険因子であることを示唆している。

3.BMI(Body Mass Index)

後ろ向きコホート研究では、心房細動発症とBMI(25kg/m2以上)との関連に有意差が認められた。症例対照研究では、発症1年前で関連が認められた。この結果は、BMIが心房細動発症の危険因子であることを示唆している。

以上、職域健康診断の男性受診者の結果記録を用い、初発心房細動症例の危険因子について検討した。その結果、飲酒習慣、血圧、BMIが、健康な日本人男性労働者の初発心房細動の重要な危険因子であると思われた。行動変容の観点から見ると、飲酒習慣という生活習慣の改善により、心房細動の少なくとも一部は予防できる可能性があると考えられる。

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