学位論文要旨



No 126489
著者(漢字) 泉谷,昌志
著者(英字)
著者(カナ) イズミヤ,マサシ
標題(和) マイクロRNA機能スクリーニング系による膵がん増殖抑制的マイクロRNAの探索
標題(洋)
報告番号 126489
報告番号 甲26489
学位授与日 2010.11.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3563号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

背 景

近年,マイクロRNA (miRNA)と呼ばれる小さな非コードRNAによる遺伝子発現調節が注目されている.miRNAは19-22ヌクレオチド程度の1本鎖RNAであり,標的となるmRNAの3'非翻訳領域の自身と完全にまたは部分的に相補的な配列に結合し,RISC (RNA-induced silencing complex)と呼ばれるタンパク複合体に取り込まれることにより,標的遺伝子の発現を翻訳レベルで抑制する.miRNAは,細胞の分化・増殖,細胞死をはじめとする正常の生命現象に関与しているのみならず,がんをはじめとする様々な疾患との関連についても報告されつつある.たとえばmiR-21やmiR-17-92クラスターは大腸がん,肺がん,悪性リンパ腫などで高発現しており,発がんやがんの維持に関与していると考えられている.また,let-7やmiR-34aは肺がんや大腸がんなどで発現低下がみられ,これらは腫瘍抑制的な作用があると考えられている.このような疾患メカニズムにおけるmiRNAの役割の探索のみならず,近年はmiRNAを診断・治療へ応用しようという試みもある.しかしながら,ヒトで1,000以上,全生物種で15,000以上存在するmiRNAの機能はその大半が不明である.従来は,miRNAの発現異常をもとに重要と思われるmiRNAを絞込む手法が一般的であるが,miRNAの発現異常は軽度なことが多く,また発現異常の程度とその重要性は必ずしも相関しないことから,発現解析と相補的な手法としてmiRNA機能スクリーニング系を構築し,その有用性について検証することとした.すなわち,miRNA発現ウイルスライブラリーとカスタムマイクロアレイを組み合わせることにより,注目する形質と関連の強いmiRNAを抽出しようとする試みである.

目 的

miRNA発現ウイルスライブラリーならびにカスタムマイクロアレイを用いてmiRNA機能スクリーニング系を構成する.また,これを用いて膵がん細胞株MIA PaCa2の増殖を制御するmiRNAを同定する.

方 法

・miRNA前駆体発現ウイルスライブラリー:miRNAのstem loop配列およびその周囲のゲノム配列200 bp程度(合計500~700bp 程度)を発現するレンチウイルスベクターが,454種類混合されたプールライブラリーを用いた(Lenti-miR Virus, Library, System Biosciences).

・カスタムマイクロアレイ:上記454種類のmiRNA前駆体配列(500~700 bp)のstem loop以外のゲノム配列の部分を検出する,60merのオリゴヌクレオチドプローブを2箇所設計した.これを,各プローブ16の繰り返しでAgilentの8x15kフォーマットのマイクロアレイ上にプリントし,カスタムマイクロアレイを作成した.

・MIA PaCa-2膵がん細胞株を用いた細胞増殖関連miRNAのスクリーニング:上記miRNA前駆体発現ウイルスライブラリーをMIA PaCa-2膵がん細胞株へ感染させ,継代を繰り返した.感染直後 (t1)と継代後 (t2) の細胞株からゲノムDNAを抽出し,ウイルスベクター由来の前駆体のみPCRで増幅した.これを,それぞれCy3, Cy5で蛍光ラベル化し,カスタムマイクロアレイ上にハイブリダイゼーションし,レーザースキャナーで蛍光強度比を測定した.これにより,導入したmiRNA前駆体のt1→t2におけるコピー数変化を得た(図1).

結 果

・454のmiRNA前駆体配列に対して,890のオリゴヌクレオチドプローブを設計し,これを搭載したカスタムマイクロアレイを作成した.

・ウイルスライブラリー導入した細胞株のゲノムDNAから,ウイルスベクター由来のmiRNA前駆体をPCRで増幅する過程の再現性を確かめるために,self-self hybridization実験を行った.すなわち,同一のゲノムDNAから複数回のPCRを行い,これを混合し2つのPCR産物プール(Pool I, Pool II)を得る.これをそれぞれCy3, Cy5で蛍光ラベル化し,カスタムマイクロアレイ上へハイブリダイゼーションし,蛍光強度比を算出した.コピー数の少ないものから多いものまで蛍光強度比はほぼ1であり,良好な相関関係が得られたことから(相関係数 R ~0.9),半定量的なスクリーニングには十分であると考えられた(図2).

・この手法で実際に目的とするmiRNAの同定が可能であるかを検証するために,膵がん細胞株MIA PaCa-2にウイルスライブラリーを導入し,細胞増殖に関連するmiRNAのスクリーニングを行ったところ,log10(コピー数比)がほぼ-1以下となる以下のクローン,すなわち細胞増殖抑制的miRNAが同定された:miR-29b; miR-34a; miR-222; miR-224; miR-532.細胞増殖が亢進するmiRNA(log10コピー数比 > 1)となるようなクローンは同定されなかった(表1).

・スクリーニングで同定された細胞増殖抑制的なmiRNAの細胞増殖抑制効果を,(1)これらを発現するレンチウイルスベクターならびに(2)合成miRNAを用いて個別に検証したが,いずれの実験系においても細胞増殖抑制効果は確認された(図3,図4).

・これら細胞増殖抑制的miRNAの作用機序を明らかにする一端として,PI染色を行いflow cytometryによる細胞周期の解析を行ったところ,アポトーシスはほとんどみられない一方で,G1 arrest(miR-34a, miR-224, miR-532) またはG2 arrest (miR-222) がみられ,細胞周期の停止が主な機序であることが明らかとなった(図5).

考 察

本稿では,数百あるmiRNAの機能解析を効率的にすすめることを目的とした,miRNA発現ウイルスライブラリーならびにカスタムマイクロアレイを用いたmiRNA機能スクリーニング法について提示した.本法では,カスタムマイクロアレイを用いる事で,ウイルスライブラリーを単独で用いた場合と比較して以下の利点を有する。

(1)簡便な検出:positive screeningは,マイクロアレイを用いずともウイルスライブラリー単独で可能である.すなわち,注目する形質に関連するmiRNA前駆体がenrichされるような実験を行い,enrichされた前駆体をクローニングならびにシークエンシングを行う事で各クローンを同定する.しかしながら,相当数のシークエンシングが必要となりかなりの労力を要する.カスタムマイクロアレイを用いた場合,一回の実験で各クローンのコピー数変化を半定量的に検出可能であり簡便な同定が可能である.

(2)形質を負に制御するmiRNAの同定 (negative selection):形質を負に制御するmiRNAについては,そのクローン数が減少するため,上記の様な方法では同定不可能であり,本法のようにマイクロアレイを用いる必要がある.形質を負に制御するmiRNAの例として,細胞増殖を抑制するmiRNAや転移を抑制するmiRNAがあり,これらの同定は発がんメカニズムの解明や,これらを用いた新規治療法へとつながる可能性が期待される.

本稿ではまた,miRNA機能スクリーニング系を用いて膵がん細胞株MIA PaCa-2の増殖抑制的miRNAを5種類同定した(miR-29b, miR-34a, miR-222, miR-224, miR-532).興味深いことに,このうちの一つであるmiR-34aは,すでに腫瘍抑制的miRNAとして報告されているものであった.miR-34aはp53により活性化され,CDK4やE2F3を主要な標的として抑制することにより腫瘍抑制効果を持つと考えられている.その他4種類のmiRNAに関して,膵がんとの関連は明らかでないが,その細胞増殖抑制効果についてさらに検討をすすめたい.

結 論

・マイクロRNA前駆体発現ウイルスライブラリーならびにカスタム作成マイクロアレイを組み合わせることにより,マイクロRNA機能スクリーニング系を構築することが可能であった.

・この系を用いて,膵がん細胞株MIA PaCa2の増殖を抑制するマイクロRNA 5種類(miR-29b, miR-34a, miR-222, miR-224, miR-532)を同定した.

・このうち4種類については,細胞への導入により細胞周期の停止がみられた(miR-34a, -224, -532におけるG1 arrestおよびmiR-222におけるG2 arrest).

図1

図2

表1

図3

図4

図5

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、代表的な非コードRNAの一つであるマイクロRNA (miRNA) の体系的な機能解析を可能とするために、miRNA発現ウイルスライブラリーならびにカスタム作成マイクロアレイを用いてmiRNA機能スクリーニング系を構築し、さらにこれを用いて膵がん細胞株の増殖に関与するmiRNAの同定を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.454のmiRNA前駆体配列に対して,890のオリゴヌクレオチドプローブを設計し,これを搭載したカスタムマイクロアレイを作成した.

2.ウイルスライブラリー導入した細胞株のゲノムDNAから,ウイルスベクター由来のmiRNA前駆体をPCRで増幅する過程の再現性を,self-self hybridization実験を行い確認した.すなわち,同一のゲノムDNAから複数回のPCRを行い,これを混合し2つのPCR産物プール(Pool I, Pool II)を作成し,これをそれぞれCy3, Cy5で蛍光ラベル化,カスタムマイクロアレイ上へハイブリダイゼーションし,蛍光強度比を算出したところ,コピー数の少ないものから多いものまで蛍光強度比はほぼ1であり,良好な相関関係であることを示した(相関係数 R ~0.9).

3.この手法で実際に目的とするmiRNAの同定が可能であるかを検証するために,膵がん細胞株MIA PaCa-2にウイルスライブラリーを導入し,細胞増殖に関連するmiRNAのスクリーニングを行い,log10(コピー数比)がほぼ-1以下となるクローン,すなわち細胞増殖抑制的miRNAを5種類同定した(miR-29b; miR-34a; miR-222; miR-224; miR-532).

4.スクリーニングで同定された細胞増殖抑制的なmiRNAの細胞増殖抑制効果を,(1)レンチウイルスベクターならびに(2)合成miRNAを用いて個別に検証し,いずれの実験系においても細胞増殖抑制効果を確認した.

5.これら細胞増殖抑制的miRNAの作用機序を明らかにする一端として,PI染色を行いflow cytometryによる細胞周期の解析を行い,アポトーシスはほとんどみられない一方で,G1 arrest(miR-34a, miR-224, miR-532) またはG2 arrest (miR-222) がみられ,細胞周期の停止が主な機序であることが明らかにした.

以上、本論文はmiRNA発現ウイルスライブラリーとカスタム作成マイクロアレイの組み合わせにより効率的なmiRNA機能スクリーニング系を構築し、これを用いて膵がん細胞株増殖抑制的miRNAを同定した。本研究は,遺伝子発現に重要な働きをするもののその多くが機能不明なmiRNAの効率的な機能解析に重要な貢献をなすと考えられる。また、膵がん細胞株の解析で同定された増殖抑制的miRNAは、今後の治療薬への応用研究へ貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク