学位論文要旨



No 126499
著者(漢字) 赤羽,淳
著者(英字)
著者(カナ) アカバネ,ジュン
標題(和) 超圧縮型キャッチアップとTFT-LCDの技術的特性 : 台湾TFT-LCD産業の発展メカニズム
標題(洋)
報告番号 126499
報告番号 甲26499
学位授与日 2010.12.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第288号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 教授 伊藤,正直
 東京大学 准教授 新宅,純二郎
 東京大学 教授 田嶋,俊雄
 東京大学 教授 丸川,知雄
内容要旨 要旨を表示する

本稿は、TFT-LCDの技術的特性という視点を取り入れながら、台湾TFT-LCD産業の発展メカニズムを分析したものである。以下、章ごとの要点を記し、TFT-LCDの技術的特性という視点を取り入れたことによって、どのような示唆が得られたのかを整理していく。

まず序章では、これまでの台湾経済論の主な分析視点を整理し、パソコン産業、半導体産業の発展メカニズムを振り返った。その結果、パソコン産業、半導体産業は行為主体こそ異なるものの、いずれも効率的な分業体制によって国際価値連鎖にうまく関与する形で発展してきたことが先行研究によって明らかにされていた。その意味では、この二つの産業の発展メカニズムはともに戦後の台湾経済が辿ったコンテクストで説明することができることがわかった。一方、TFT-LCD産業については、その発展スピードの速さを中心に従来の枠組みではとらえきれない可能性が序章で指摘されたのである。

こうした問題の所在を受けて、第1章では台湾TFT-LCD産業の発展過程を経年的に整理し、先行研究をサーベイした。その結果、特に2000年代初頭からの急速なキャッチアップのスピードを説得的に説明する必要性を提起した。

第2章では、序章および第1章で述べてきた問題関心に基づき、本稿の分析視点を提示した。従来の論点の中では、特に企業の後発性利益追求の方法である追随戦略を分析視点の基軸に据えた。一方で新しい視点としては、TFT-LCDの技術的特性を取り入れた。それは、生産工程の特徴、生産コスト構造、競争優位の構成要素という三つの側面から具体的に捉えることができた。後の章の分析において、生産工程の特徴は製造装置を介した技術移転を想起させ、生産コスト構造は将来のビジネスモデルを考える際のヒントにつながり、そして競争優位の構成要素は資金調達メカニズムの分析の重要性を示唆することになる。いずれもTFT-LCD産業の独自の要件であり、企業の追随戦略にも大きな影響を及ぼすと考えられた視点である。

これらの準備作業を踏まえて、第3章からは本格的な分析を展開した。まず、第3章では、「日本企業の役割」、「台湾側の社会的条件」、「台湾政府の役割」、「台湾TFT-LCD企業の追随戦略」といった要素に注目しながら、台湾TFT-LCD産業の立ち上がりのメカニズムを半導体産業との比較も交えて分析した。その結果、日本企業は量産技術の出し手となるだけではなく、上流産業の整備や初期の技術開発の面でも積極的な関与をしたことがわかった。また、パソコン産業、半導体産業が先行して発達していたことでTFT-LCD産業の事業環境に有利な条件が整っていた中、台湾政府の産業振興策がTFT-LCD産業の勃興を側面から支える一方、台湾TFT-LCD企業は技術の定着化とキャッチアップを目的とした追随戦略をとっていたことが明らかとなった。そして以上の分析結果をまとめると、TFT-LCD産業では、台湾政府がイニシアティブをとるわけでもなく、日本企業、台湾政府、台湾TFT-LCD企業の三者がそれぞれの思惑に基づいてTFT-LCD産業の勃興に関与していったことがわかったのである。このように、総じてTFT-LCD産業の立ち上がりは、従来の台湾経済論の考え方で説明できる部分が多かった。このことは、別の新しい産業の勃興メカニズムを見る際にも、従来の分析視点が依然として有効になる可能性を示唆している。

第4章では、台湾TFT-LCD企業の追随戦略と生産工程に生じたイノベーションの関係に焦点を絞り、台湾TFT-LCD産業の急速な発展の背景を探った。TFT-LCD産業では装置企業をハブとした企業間のインタラクションにより装置企業に製造ノウハウや歩留まり改善のコツが蓄積されたが、その結果、第5世代の頃に技術上のブレイクスルーが生じ、製造装置が飛躍的に進化した。またそれは、人に体化していた暗黙知的なノウハウが装置企業によって形式知的な技術に転換され、その技術が製造装置に埋め込まれたことも意味していた。そして、そうした製造装置を購入することで、新世代のガラス基板導入を敢えて遅らせる追随戦略を採用していた台湾TFT-LCD企業が、急速なキャッチアップを遂げたことがうかがえたのである。このように技術的特性の視点から、台湾TFT-LCD産業の急速なキャッチアップメカニズムを明らかにした点は、本稿の最大のインプリケーションである。

第5章では、急速な発展を支えた資金調達メカニズムの分析を行った。TFT-LCD産業は装置産業であり、ガラス基板の拡大化が競争優位を形成した。また、継続的な設備投資も重要であることから、円滑な資金調達メカニズムがTFT-LCD企業の生命線になるといっても過言ではなかった。友達光電の事例分析の結果、有利な外部環境を活かしながら間接金融と直接金融のバランスをとりつつ、初期には親企業の信用力にも依存しながら戦略的に資金調達手段の多様化を図ってきた様子が浮き彫りになったのである。このように、TFT-LCDの技術的特性に着目したことによって、資金調達の重要性が明確に意識され、そのメカニズムの分析に挑んだことも本稿の貢献といえるだろう。

第6章では、2000年代後半から先行TFT-LCD企業が製造ノウハウのブラックボックス化を進めていることにより、台湾TFT-LCD企業の追随戦略が限界を迎えつつあることに言及し、それに代わるビジネスモデルを検討した。分析の結果、台湾TFT-LCD企業は日系の部材・装置企業と提携を結ぶべきであることを見出した。この台日垂直共創モデルは、TFT-LCDが多くの部材から成り立ち、昨今では研究開発費や工程間のすり合わせのコストが高くなっているという特徴を考慮したことで導出されたものである。つまりTFT-LCDの技術的特性に注目しなければ、思いつくことはできなかったアイディアといえよう。キャッチアップの最後の道程で行き詰まりを見せている点は、TFT-LCD産業のみならず台湾経済全体の課題であった。しかし一方で、台湾経済全体に適用できる汎用的な解決策が存在するとは考えにくく、現実的には産業ごとに個別に解決策を検討する必要があるのだろう。技術的特性というTFT-LCD産業独自の要件を取り入れたζとで、本稿はキャッチアップの天井をブレイクスルーする具体的な手立ても仮説的に示すことができたのである。

最後に、本稿の分析結果から派生する二つの重要な研究課題について言及する。第一の課題は、本稿が取り入れた産業の技術的特性や資金調達の分析視点を台湾のパソコン産業、半導体産業の分析にフィードバックさせることである。そもそも生産工程に注目する視点は、韓国の半導体産業を分析した吉岡からヒントを得たものであった。然らばファウンドリという台湾独自のビジネスモデルの発展過程を技術的特性の切り口で分析してみる価値は大いにあるだろう。また、中小企業を源流とするパソコン産業の場合、勃興期の資金調達がどのように行われていたのかは興味深いテーマである。当時は金融の自由化も進んでおらず、株式市場も今日ほどは発達していなかった。TFT-LCD産業のケースとは異なり、何らかのインフォーマルな資金調達メカニズムがそこには存在したのではないだろうか。いずれにせよここでぱラフな仮説を示すことしかできないが、こうした視点を意識すればパソコン産業や半導体産業の発展メカニズムをより立体的に把握できるのは間違いない。また、その結果を踏まえてTFT-LCD産業も含めたこれら三つの産業を相互に比較すれば、台湾ハイテク産業の総合的な議論にも厚みが増すことであろう。

第二の課題は、資金調達メカニズムについて国際比較を行うことである。たとえば先行企業であるシャープや三星電子と友達光電の資金調達メカニズムの比較を行い、そこに見出せる共通点および相違点を整理することである。この三社はいずれもテレビ向けのTFT-LCDを主要なドメインとし、大型のガラス基板サイズに対応した生産ラインを導入している。そのため、資金調達戦略にも一定程度の共通性が見出せるものと思われる。しかし他方で、日本、韓国、台湾の金融市場の特徴が異なることも事実である。こうした外部環境の違いは、三社の資金調達戦略の違いにもおそらく反映してくるであろう。いずれにせよこのような国際比較を行うことによって、台湾TFT-LCD産業のキャッチアップの過程や現在のポジションが、資金調達の観点からも相対化できることが期待される。

本稿では時間及び資料の制約から、以上の研究課題に正面から取り組むことはできなかった。ただ、いずれも産業や国の枠を超えて本稿の分析視点を援用していくことになるので、今後は筆者の重要な研究課題として優先的に取り組んでいきたい。

審査要旨 要旨を表示する

(1)全体的評価

韓国・台湾の後発企業(二番手企業)は、半導体産業、パソコン産業、TFT-LCD産業の3つにおいて、2000年代に目覚しい発展を遂げてきた。この3つの産業の発展メカニズムと企業活動の特徴を解き明かすことは、中進国化した東アジア諸国・地域の産業発展の過去の歴史と今後の方向性を見ていく上で、重要な意義をもつと言えよう。

これら3つの産業のうち、半導体産業とパソコン産業については、既存の研究がすでに相当数あり、それらの研究では、過去の関連産業(家電産業や電卓産業)の幅広い技術・経験の蓄積とその活用、国際価値連鎖(IVC)に依拠した受託生産方式の進展という特徴が指摘されてきた。他方、2007年現在、台湾(45%)と韓国(35%)で世界市場の8割を占めるTFT-LCD産業の場合には、先行する研究がほとんどないだけでなく、半導体産業などの発展で適用された従来の議論では、その急速な発展を必ずしも説明することができない。とりわけ、台湾のTFT-LCD産業は、2000年代に入ってから極めて短い期間に急速なキャッチアップ(超圧縮型キャッチアップ)を実現しており、この点を解明する新たな研究が要請されている。

本学位請求論文は、以上の問題意識を持ちつつ、台湾のTFT-LCD産業の急速な発展を解明するための重要な要因として、次の3つの検討を課題に設定する。すなわち、(1)産業の立ち上がり段階における日本企業、政府、台湾企業のそれぞれの役割の検討、(2)TFT-LCD産業がもつ生産工程面での技術的特性、とりわけ高度な技術力を必要とする装置産業の生産工程で生じた技術革新と、その技術革新の結果を積極的に取り込んだ台湾企業の追随戦略の検討、(3)ガラス基板のサイズの拡大に伴って、2,3年ごとに必要となる大規模な設備投資、これに要する巨額の資金の調達を可能にした条件の解明、という3つの課題を設定する。そして、これらの検討を踏まえた上で、新たな技術革新のもとで、後発企業である台湾企業がどのような戦略を今後とるべきかについて、著者の考えを提示している。

本学位請求論文は、これら3つの課題に取り組むために、台湾と日本で当該企業に対する聞き取り調査を、2007年から4年間にわたって精力的かつ集中的に実施し、同時に中国語を含む関係資料・文献を幅広く検討して、台湾TFT-LCD産業の発展過程を丁寧に跡付けることに成功した。本論文は、半導体産業、パソコン産業に比べて研究が大きく立ち遅れていた、TFT-LCD産業に関する日本では初めてといってよい本格的な実証的研究と評価することができ、学位授与に値する学術的貢献とみなすことができる。

(2)本論文の各章の構成とその要旨

以下、本論文の構成と内容を簡単に紹介し、併せて著者の議論の特徴を列記する。

まず序章で著者は、TFT-LCD産業が、台湾のハイテク産業の中で、半導体産業やパソコン産業以上に、短期間のうちに急速な発展を遂げてきたこと、さらに世界市場において最大のシェアを占めるに至った事実を統計的に確認する。同時に、TFT-LCD産業が、政府の役割が大きかった半導体産業や、受託生産企業として国際競争力を向上させてきたパソコン産業とは異なる発展を遂げてきた事実に注目し、その発展メカニズムの解明の必要性を強調する。

次いで第1章で著者は、台湾のTFT-LCD産業の発展を、(1)黎明期(1990年代初頭~90年代末)、(2)勃興期(90年代末~2000年代初頭)、(3)発展期(2000年代初頭~同後半)の3つの時期に区分する。そして、それぞれの時期に刊行された先行研究を丁寧にサーヴェイした上で、従来の研究は、同産業の発展スピードの異常な速さ、発展に見られる質的な局面転換の様子、設備投資資金の調達方法を十分解明していないと主張し、企業レベルの追随戦略とTFT-LCDの技術的特性に着目することの重要性を指摘する。

第2章は、本論文の大きな特徴である、台湾企業の追随戦略とTFT-LCD産業に固有の技術的特性の2点に焦点をあてる。この章で著者は、TFT-LCD製造の後発企業にとって重要な戦略は、自前技術の自主開発ではなく、先行企業が開発した技術と知識の体系をいかにうまく利用するかという追随戦略(二番手企業戦略)にあることを主張し、この戦略がTFT-LCD産業の技術的特性と密接に関係している点に注意を促す。

次いでTFT-LCD産業の生産工程が、半導体産業と共通するアレイ工程、液晶産業に固有のセル工程、労働集約的なモジュール工程の3つからなることを指摘した上で、他のハイテク産業に比べて部材費の割合が圧倒的に高いこと、2年から3年ごとに拡大されるガラス基板のサイズが企業の競争優位を左右すること、そのために新しいガラス基板(世代交代)を導入するタイミングと設備投資戦略が決定的に重要になることを明らかにする。このことは、ある国のTFT-LCD産業の発展パターンが、製造装置企業(装置産業)、組立企業(狭義のTFT-LCD産業)、部材企業の三者の関係に強く規定されていることを意味する。

第3章で著者は、以上の技術的特性を踏まえた上で、黎明期のTFT-LCD産業の発展を支えた要因を分析する。具体的には、(1)日本企業からの積極的な技術導入、(2)政府の奨励政策、(3)TFT-LCD企業の追随戦略の3つを取り上げ、工業技術研究院の役割が決定的な意義をもち、政府と企業が技術の自主開発を重視した半導体産業と異なって、日本企業からの技術導入とその後の日本企業の継続的な関与が極めて重要であった事実を明らかにする。

第4章は、本論文の最も重要な部分で、装置産業に生じたいくつかの生産工程面での技術革新(スリットコート方式、液晶滴下方式の開発など)が、それまで人に体化した暗黙知に依拠した技術を形式知的技術に変え、後発企業である台湾企業が2000年代初め以降(ガラス基板の第5世代以降)のキャッチアップを可能にした経緯を説得的に説いている。

第5章は、生産工程にイノベーションが生じた後、より大きなガラス基板の製造に向かう台湾のTFT-LCD企業が、どのようにして巨額の設備投資資金を確保したのかの解明に向かう。設備投資は半導体産業でもパソコン産業でも金額的に巨額であり、技術革新が早いため、迅速な対応を迫られる。じつはこの点に関する研究はほとんどなく、本論文は台湾TFT-LCD企業を代表する友達光電(AUO)を事例として取り上げて、この問題に取り組んでいる。具体的には、ガラス基板の第3世代から第7.5世代までに導入した12の生産ラインに要した4500億元の投資資金を、友達光電が銀行からの借入れと資本金の増強(台湾証券市場とニューヨーク株式市場への上場)によって実現したプロセスを、企業からの聞き取り調査、同社の事業活動年報、業界紙の記事などを活用して明らかにする。

第6章では、台湾TFT-LCD企業が直面している新たな問題、つまり「キャッチアップの天井」に焦点を当てる。この天井は、同産業の製造装置企業とTFT-LCD企業との間の変化によってもたらされた。つまり、第4章でみたように、2000年代初めまでは、人に体化した暗黙知的なノウハウが形式知的技術として製造装置に埋め込まれ、その結果、台湾企業は有利に事業を展開できた。ところが、2000年代後半から、日本や韓国の先行TFT-LCD企業が製造ノウハウのブラックボックス化を図り、台湾企業の技術的な脆弱性が露呈するに至った。こうした状況への対応として、著者はいくつかの可能なシナリオを提示し、台湾企業は日本の部材・装置企業との間で提携関係を強化する道(台日垂直共創モデル)が最も現実的で有効であると主張する。

終章では、これまでの論点と結論を改めて図を使って簡潔に述べた上で、今後の研究課題として、本論文の視角(技術的特性への着目)を台湾の他のハイテク産業にも適用してその有効性を検証することと、設備投資に必要な資金確保の方法を台湾・韓国・日本の企業の間で国際的に比較することの2点を示し、本論文を締めくくっている。

(3)未解決の問題と今後の課題

以上、本論文は台湾のTFT-LCD産業の発展メカニズムについて本格的にメスをいれた実証水準の高い研究である。とはいえ、審査委員の間からは次の3点について、研究の不十分さや今後の課題が指摘されたことも、付記しておく必要があろう。

第一は、黎明期の台湾TFT-LCD産業の発展をどう説明するのかの問題である。この点について、著者は第3章で、最も重要な要素を日本企業との技術的連携に求めた。ただし、日本企業の台湾への技術供与や技術指導の背景は明らかにされているものの、受け手であった台湾企業における技術導入のプロセスが、必ずしも十分に解明されたわけではない。個別企業レベルにおける技術導入の実態が紹介されていれば、第3章の記述は厚味を増し、議論もより説得的になったものと思われる。

第二は、第4章における台湾企業の設備投資に必要な資金確保の分析に関する問題である。著者は友達光電を事例に丹念にその過程を追っているが、分析の中心は本社の裏書き保証のもとで実施された銀行借入れや、国内証券市場、ニューヨーク市場へのタイムリーな対応という、事実関係の確認に重点を置いたものとなっている。一方、企業の資金調達は、内部留保、銀行借入れ、社債・株式発行のいずれをとるにしても、企業側の財務戦略と不可分の関係にあり、この点を明らかにするためには、財務分析が不可欠となる。この点の考察が十分ではないとの指摘があった。

第三は、台湾のTFT-LCD産業の発展メカニズムをどう評価するのかという、より大きな課題に関する問題である。TFT-LCD産業だけでなく、半導体産業、パソコン産業における台湾企業の目覚しい発展の特徴のひとつは、アムスデンや佐藤幸人も指摘するように、台湾企業が、二番手企業としての技術的な後発性を、新たな競争優位に転換していった点にある。この点について著者が最も強調するのは、生産工程において生じたイノベーションとこれをうまく取り込んだ台湾企業の追随戦略であった。しかし、同様のことは、韓国企業、さらには日本企業にも生じており、台湾企業に固有の要因とは言えない。そうだとすると、台湾TFT-LCD産業の急速な発展の背後には、韓国や日本と異なる台湾独自の企業経営システムが関係していた可能性もある。この点について、つまり台湾企業の発展メカニズムについて、もっと大胆に議論を展開してもよかったのではないのかというコメントが、審査委員の中から期待も込めてなされた。

以上、いくつかの問題を指摘した。しかし、こうした問題は本論文の価値を損なうものでは決してない。1点目の問題は、著者自身自覚した上で、台湾で企業からの聞き取り調査を繰り返し、企業秘密に関わるためにデータが十分揃わなかったという事情があり、2点目の問題は、著者自身が終章で課題のひとつとして述べているからである。また、3点目の問題については、台湾のTFT-LCD産業について実証研究を積み重ねてきた赤羽氏が、今後よりいっそう説得力と普遍性をもった東アジア地域内のハイテク産業の国際比較研究を進めていくための、将来に向けての新たな課題とみなすべきであろう。

したがって、本審査委員会は全員一致で、本論文が博士号(経済学)を授与するのにふさわしいという結論に達した。

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