学位論文要旨



No 126501
著者(漢字) 福田,一徳
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,カズノリ
標題(和) 中国の輸出抑制策がレアアース市場に与える影響とその対策に関する研究
標題(洋)
報告番号 126501
報告番号 甲26501
学位授与日 2010.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7390号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 加藤,淳子
 東京大学 准教授 加藤,泰浩
 東京大学 講師 村上,進亮
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,最近特に政治・経済の両面において大きな注目を集めているレアアースをテーマとした研究である。我が国は,レアアースの国内需要のほぼ全量を海外からの輸入に依存しており,そのうちの約9割を中国から調達している。ところが,過去数年の間に,中国はレアアースの輸出抑制策を著しく強化している。この動きを受けて,我が国では,レアアースに関する供給不安が高まっている。

本論文では,レアアースをめぐる様々な問題のうち,特に中国の資源政策全体における輸出抑制策の位置づけ,輸出抑制策がレアアース市場に与える経済的影響,輸出抑制策の国際法上の問題点に焦点をあてて分析を行った。また,以上の3点を中心とした分析を踏まえた上で,今後の我が国のレアアース対策のあり方について政策提言を行った。なお,レアアースについては,これまで主に地質学や材料工学の観点から多くの研究がなされてきたが,社会科学の側面からアプローチを行った研究は非常に少ない。とりわけ,上記の3点を総合的に取り扱った研究は,本論文が初めてである。

本論文の第1章では,レアアースに対する注目が高まっている現状を紹介した上で,なぜレアアースの問題が我が国にとって極めて重要なのかを説明する。また,先行研究を概観するとともに,今後我が国が効果的なレアアース対策を実施するためには,上述の3点を含めたレアアースをめぐる各種の問題に関する正確かつ体系的な理解が必要であることを述べる。そして,そのような体系的な理解の向上に貢献し,かつ今後のレアアース対策のあり方に関する政策提言を行うことが本論文の目的であることを述べる。

第2章では,レアアースの定義にはじまり,その用途や需給の現状と見通し等,レアアースに関する基礎的な事実関係を整理して示す。レアアースは,それ自体の需要は比較的小さいものの,多種多様な製品に高い付加価値や機能を与えるために必要不可欠の原料であり,我が国の産業競争力強化や地球温暖化対策をはじめとする環境対策に極めて重要な役割を果たしていることを述べる。

レアアースの需要については,世界的に大きく伸びており,今後は地球温暖化対策の進展等に伴いさらに急速に伸びる可能性があることを示す。供給については,現状では中国がほぼ独占しているものの,レアアースの鉱床自体は世界各地に分布しており,過去には米国等の様々な国で生産が行われていたことを述べる。また,レアアースの資源量は比較的豊富であるものの,「重希土」に属するレアアース元素を産出する鉱山は限られており,現状では「重希土」の生産は中国に極端に集中していることを示す。

第3章では,中国の非鉄金属政策について分析を行う。中国は多くの非鉄金属について世界有数の生産国であるが,近年の急激な経済成長等によって非鉄金属の消費量が大幅に拡大したことから,世界有数の消費国にもなっていることを紹介する。そして,中国の非鉄金属需給の状況は,「国内の需給が逼迫しつつある非鉄金属」と「圧倒的な供給力をベースに世界市場を支配できる非鉄金属」の2つのグループに分類できることを明らかにする。

さらに,中国政府が発表した非鉄金属関連の各種文書を分析することにより,需給の2つの側面はそれぞれ中国の非鉄金属政策に反映されており,政策にも2つの側面があることを示す。そのうちの1つの側面が,中国が圧倒的な供給力を有するレアアース等の各種資源の生産や輸出を制限することであり,中国がそれらの措置を通じて国内産業の高度化を目指しているとみられることを説明する。また,中国が実施している各種の輸出抑制策の詳細な内容を紹介する。

第4章では,中国の輸出抑制策がレアアース市場に与える影響に関する経済学的な分析を行う。具体的には,計量モデルを用いて,中国の輸出抑制策のうち増値税の還付引き下げと輸出税の引き上げが2003年6月から2008年6月までのレアアース価格に与えてきた影響を分析する。

この分析の結果としては,(1)中国による上記措置の実施後にレアアース価格が有意に上昇する強い傾向があることと,(2)上記措置が繰り返し実施される中で,措置実施後の価格上昇が従来よりも早いタイミングで起きるようになっていること,の2点が得られている。(1)の結果から,中国の輸出抑制策は近年の急激なレアアース価格上昇の原因の1つであることが明らかになったと考える。

また,上記(2)が生じた理由については,さらにゲーム理論を用いた考察を行い,上記措置の度重なる実施によって中国のレアアース輸出者にとっての合理的な行動が変質したことが背景にあると考えられることを示す。すなわち,度重なる輸出抑制策の強化が,従来は競争関係にあった中国のレアアース輸出者間に協調を成立させ,その結果,中国全体が独占的供給者として振舞うことが可能になり,そのことが上記(2)を生じさせたと考えられることを述べる。

さらに,上記(1),(2)の結果を踏まえ,中国の輸出抑制策が我が国を含む世界のレアアース消費者に与える影響について考察を行う。ここでは,中国の輸出抑制策によって,狭い意味でのレアアース消費者(中国から直接レアアースを輸入する企業)のみならず,広い意味でのレアアース消費者(レアアースを原料に含む製品を生産する企業や,当該製品を購入する一般消費者)にも幅広く影響が及ぶと考えられることを示す。また,急激な価格上昇は,スムーズな価格転嫁を困難にすることを通じ,特にレアアースを原料に用いる部材メーカーの収益を圧迫すると考えられることを説明する。

第5章では,各種資源に対する中国の輸出抑制策の国際法上の問題点について検討する。具体的には,中国の輸出抑制策のうち,輸出数量制限と輸出税のWTO協定整合性を検討する。

過去数年の間に著しく強化された中国の輸出抑制策は,我が国のみならず米国や欧州をはじめとする多くの国・地域の懸念事項となっている。2009年夏には,米国,欧州,メキシコによって,中国の輸出数量制限や輸出税等の措置がWTO協定に違反している疑いがあるとの申立てが行われ,以後本件に関するWTOの紛争解決手続が進められている。本件は,輸出数量制限及び輸出税のWTO協定整合性を正面から取り扱う初の事例であり,WTOの紛争解決機関が本件について今後どのような法的判断を示し,その内容が中国の政策決定にどのような影響を与えることになるのかが非常に注目される。

この章では,まず,WTOの紛争解決手続の全体像や,輸出規制に関連する過去の紛争事例を簡単に紹介する。次いで,中国の輸出抑制策に関する本紛争案件の経緯や,紛争当事国(米国,欧州,メキシコ,中国)による主張の内容及び主要な争点について説明する。また,本論文執筆時点(2010年9月中旬)では,本紛争案件に関するWTOの「紛争解決小委員会(パネル)」による法的判断は示されていないが,この章ではそれに先立って,中国の輸出数量制限及び輸出税がWTO協定に整合的な措置として認められるかどうかを検討する。この点については,WTOの関連協定,紛争当事国から示された主張の内容,過去のWTOの判例等を参考にしながら詳細な分析を行う。

第6章では,第2章から第5章までの分析を踏まえた上で,今後の我が国の「レアアース対策」のあるべき姿に関する詳細な政策提言を行う。具体的には,既に政府を中心に実施されている「レアメタル対策」の内容を吟味した上で,「レアメタル対策」の4つの柱(海外での資源確保,リサイクル,代替材料開発,備蓄)のそれぞれについて,レアアースを対象とした更なる対策の方向性や,更なる対策を実施する上での課題及び留意事項を指摘する。また,上述の4つの柱に関する考え方に加え,国際的な枠組の中で進めることが可能な対策のあり方について考え方を述べる。WTOをはじめとした多国間の枠組の活用方法や,中国との対話を通じたレアアースの安定供給確保の仕組み作りの可能性などについて言及する。

最後に,第7章では,第2章から第6章までの内容を簡単にまとめた上で,全体の結論を示す。とりわけ,予算等の限りある政策資源をレアアース対策に継続して重点的に投入するとともに,我が国の産学官のレアアース関係者が持つ様々な知見を一体的に活用し,効果的・効率的な対策を実施することの重要性を強調する。

以上が本論文の概要である。なお,レアアースをめぐる情勢はめまぐるしく変化しているが,本論文では2010年9月中旬までの状況に基づいて考察を行った。

審査要旨 要旨を表示する

現在,我が国においては,レアアースの安定供給が大きな問題となっている。レアアースは使用量こそ少ないものの,各種工業製品の製造に必要不可欠なものとなっており,その安定供給の確保は工学的見地においても,重要な課題となっている。一方,世界の生産は大部分が中国一か国で占められているという問題がある。本論文は,レアアースの安定供給のための分析を目的としている。これまで,その重要性にも関わらず,レアアースの安定供給に関する研究は,ほとんど行われていない。本論文では,まず,中国の政策を分析し,中国がレアアースにおける国家的な管理を強めていることを実証的に示した。さらに,中国の政策のWTO/GATTとの整合性について国際法上の観点をも含め分析している。これらに基づき,我が国の取るべき政策について論じている。

第1章では,レアアースに対する注目が高まっている現状を紹介した上で,なぜレアアースの問題が我が国にとって極めて重要なのかを説明している。第2章では,レアアースの定義にはじまり,その用途や需給の現状と見通し等,レアアースに関する基礎的な事実関係を整理して示している。レアアースは,それ自体の需要は比較的小さいものの,多種多様な製品に高い付加価値や機能を与えるために必要不可欠の原料であり,我が国の産業競争力強化や地球温暖化対策をはじめとする環境対策に極めて重要な役割を果たしていることを述べ,その需要については,世界的に大きく伸びており,今後は地球温暖化対策の進展等に伴いさらに急速に伸びる可能性があることを示している。供給については,現状では中国がほぼ独占していることを述べている。また,「重希土」に属するレアアース元素を産出する鉱山は限られており,現状では「重希土」の生産は中国に極端に集中していることを示しており,論文の目的を明らかにしている。

第3章では,中国の非鉄金属政策について分析を行っている。中国は多くの非鉄金属について世界有数の生産国であるが,世界有数の消費国にもなっていることを紹介している。そして,中国の非鉄金属需給の状況は,「国内の需給が逼迫しつつある非鉄金属」と「圧倒的な供給力をベースに世界市場を支配できる非鉄金属」の2つのグループに分類できることを明らかにしている。さらに,中国政府が発表した非鉄金属関連の各種文書を分析することにより,需給の2つの側面はそれぞれ中国の非鉄金属政策に反映されており,政策にも2つの側面があることを示している。そのうちの1つの側面が,中国が圧倒的な供給力を有するレアアース等の各種資源の生産や輸出を制限することであり,中国がそれらの措置を通じて国内産業の高度化を目指しているとみられることを述べている。また,中国が実施している各種の輸出抑制策の詳細な内容を紹介している。

第4章では,中国の輸出抑制策がレアアース市場に与える影響に関する経済学的な分析を行う。具体的には,計量モデルを用いて,中国の輸出抑制策のうち増値税の還付引き下げと輸出税の引き上げが2003年6月から2008年6月までのレアアース価格に与えてきた影響を分析している。さらに,分析の結果を踏まえ,中国の輸出抑制策が我が国を含む世界のレアアース消費者に与える影響について考察を行っている

第5章では,各種資源に対する中国の輸出抑制策の国際法上の問題点について検討している。具体的には,中国の輸出抑制策のうち,輸出数量制限と輸出税のWTO協定整合性を検討する。2009年夏には,米国,欧州,メキシコによって,中国の輸出数量制限や輸出税等の措置がWTO協定に違反している疑いがあるとの申立てが行われ,以後本件に関するWTOの紛争解決手続が進められている。本件は,輸出数量制限及び輸出税のWTO協定整合性を正面から取り扱う初の事例であり,WTOの紛争解決機関が本件について今後どのような法的判断を示し,その内容が中国の政策決定にどのような影響を与えることになるのかが非常に注目されている。この章では,まず,WTOの紛争解決手続の全体像や,輸出規制に関連する過去の紛争事例を紹介している。次いで,中国の輸出抑制策に関する本紛争案件の経緯や,紛争当事国による主張の内容及び主要な争点について説明し,中国の輸出数量制限及び輸出税がWTO協定に整合的な措置として認められるかどうかについての検討を行っている。

第6章では,第2章から第5章までの分析を踏まえた上で,今後の我が国の「レアアース対策」のあるべき姿に関する詳細な政策提言を行う。具体的には,既に政府を中心に実施されている「レアメタル対策」の内容を吟味した上で,「レアメタル対策」の4つの柱(海外での資源確保,リサイクル,代替材料開発,備蓄)のそれぞれについて,レアアースを対象とした更なる対策の方向性や,更なる対策を実施する上での課題及び留意事項を指摘する。また,上述の4つの柱に関する考え方に加え,国際的な枠組の中で進めることが可能な対策のあり方について考え方を述べる。WTOをはじめとした多国間の枠組の活用方法や,中国との対話を通じたレアアースの安定供給確保の仕組み作りの可能性などについて言及する。最後に,第7章では,第2章から第6章までの内容を簡単にまとめた上で,全体の結論を述べている。

これまで,中国のレアアース政策を実証的に分析し,そのWTO/GATTという国際貿易体制・国際法との整合性からの観点から分析した研究はこれまでになく,資源工学的な見地はもとより社会工学的な側面からも本論文は高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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