学位論文要旨



No 126503
著者(漢字) 上野,善信
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,ヨシノブ
標題(和) サプライチェインの戦略的設計における能力の指標化とモデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 126503
報告番号 甲26503
学位授与日 2010.12.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7392号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 特任教授 阿部,力也
 東京大学 准教授 茂木,源人
 マネジエンス 代表 高井,英造
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

供給活動の連鎖であるサプライチェイン(Supply Chain:本研究では,SCと呼ぶ)は一般に,継続的な改善のプロセスを経て,環境に適合し,成長していく.しかし,経営環境の変化はSCが自己組織的に適応する速度を上回りつつあるため,SCの管理運営に際しては,需要充足率の低下や不良在庫の発生といった問題が生じている.そこで企業は,資源の相互補完を目的に複数企業にまたがるSCを構築することで,変化に迅速に対応し競争優位の確立を目指す.そのためには,継続的改善ではなく,戦略的つまり事前合理的にSCを設計することが必要である[Fig.1].

2. 既存研究に対する本研究の位置付け

2.1 SCの機能構造

SCMの発展の経緯からSCの機能構造を次のように階層的に整理する.つまり,在庫管理や生産管理などの機能単位の管理(現場階層),各機能を企業単位で統合する管理(企業階層),各企業をSC単位で統合する管理(SC階層)である.

2.2 モデルベースによるSCの戦略的設計

SCの設計は,まず市場や製品の特性に応じて効率的に市場に対処することが可能となるSCの供給体制(工程タイプと呼ぶ)を決定するコンフィギュレーション設計,その工程タイプに必要な機能を決定する機能設計,さらにその機能を実現するプロセスを設計する詳細設計,の三つを段階的に行う必要がある[Fig.2].

ところが,従来の継続的改善によるSC設計では,コンフィギュレーション設計を行うことが難しい.コンフィギュレーションの変更に際しては,企業をまたがった資源の再配分が必要になるためである.本研究は,SCのコンフィギュレーション設計とその結果に基づくSCの機能をモデルベースで行うためのSCモデルと,モデルを用いたSC設計の設計手順,すなわちSCMモデルの提案を目的とする.

2.3 戦略的SC設計のためのSCモデルの要件

前述したSCモデルの要件を次に示す.

1)機能を定量的に表現すること.

2)設計した機能からパフォーマンスを試算できること.

3)機能を階層構造で表現できること.

4)階層間の機能を対応付けられること.

3. SCの機能とモデル化

3.1 階層構造を考慮したSCの表現方法

設計対象とするSCの階層は,SC階層と企業階層である.それぞれの階層を表現するための要素として,サプライヤーモデル,単位モデル,輸送モデル,市場モデル,を検討する.サプライヤーモデルは,SCに原材料を供給する機能を表現する.単位モデルは,原材料を調達・加工・在庫・出荷する機能を表現する.輸送モデルは,単位モデル間での輸送機能を表現する.市場モデルは,SCが対応すべき需要の変化を表現する.SC階層のモデルは,サプライヤーモデル,単体モデル,市場モデルの組み合わせで表現する.企業階層のモデルは,複数企業からなるSCを表現するために,サプライヤーモデルおよび市場モデルに加えて,複数の単体モデルと,単体モデルをつなぐ輸送モデルの組み合わせで表現する[Fig.3].

3.2 パフォーマンス指標の選定

SCMに関する先行研究から抽出した様々なパフォーマンス指標を分類整理し,需要充足率,低在庫水準,設備稼働率の三つを本研究におけるパフォーマンス指標とした.

3.3 能力の指標の選定

情報を収集し加工して,モノを流す組織の機能を表現する単体モデルの能力を検討するために,モノを流す能力と,情報を流す能力に分けて要因とパフォーマンス指標への影響を整理し,調達在庫量,最大処理量,出荷在庫量,リードタイム,需要追従能力,計画調整能力,資源配分能力,の七つの能力指標を選定した.また,パフォーマンス指標と七つの能力指標の影響関係を因果ループにより整理した.

4. シミュレーションモデルの構築

システムダイナミクスは,モノの流れや,SC管理の意思決定プロセスを表現することに向く.よって,3章で定義したデータ相互の関係を,モノの流れを媒介にしたシステムダイナミクスモデル(以降SDモデルと呼ぶ)により表現した.SDモデルは,SCの経営環境を表現する市場およびサプライヤーのパラメータと,SCの設計変数である七つの能力指標を入力として,パフォーマンスを出力するものである.要素となるモデルは汎用的なものであり,要素となるモデルの組合せで設計対象とするSCを表現することができる[Fig.4].

5. SCの配分設計とモデル化

SC階層モデルと企業階層モデルは同じSCを,異なる粒度で表現しているため,それぞれを表現する能力には対応関係がある.この対応関係は,SC上において市場の需要と生産計画による供給を分離するデカップリングポイントと,供給計画に立案に際して一番初めに立案する基準工程の位置により異なる.また,デカップリングポイントと基準工程の位置は,SCにおける工程タイプと対応付けることができる[Fig.5].つまり,SCのコンフィギュレーション設計とは,工程タイプに応じた階層間の能力の対応関係を選択することである.本研究では,さらに品質機能展開の手法を応用し,環境に応じて適切な工程タイプを選択する方法を示した.

6. 設計手順の詳細

3章および4章で検討したSCモデルを用いてSCの現状を分析し,新しいSCを設計する手順を詳細に整理した.

7. 事例による検証

7.1 検証の手順

あるプリンタ製造会社のSCMの事例に対して,6章で整理した手順を下記の通り当てはめることで,本研究で提案する手法の有効性を示した.

1)企業階層のモデルを同定しシミュレーションを行う.現実のパフォーマンスと比率を,Ol(Operation Level)値とする.本研究では,現実のパフォーマンスを再現するために,離散シミュレートによるモデルを用いた.

2)本ケースの工程タイプは見込み生産である.対応する階層間の能力の対応関係により企業階層モデルからSC階層のモデルを同定しシミュレーションを行う.企業階層のシミュレーション値との比率をCr(Coordinate Ratio)値とする.

3)AS-ISモデルを評価する.現状のSCのCr値を改善する(機能をコーディネイトする)ことによりどの程度パフォーマンスが改善されるかを評価した.

4)5章で検討したフレームワークを用いて,TO-BEのSCの概念設計を行う.本ケースではTO-BEのSCの工程タイプは,"延期化"が望ましいと分かった.

5)SC階層モデルの機能設計を行う.追加の投資を行わず既存の設備を利用した場合のシミュレーションを行い,その結果と,Cr値,Ol値により現場階層のパフォーマンスを予測する.目標とするパフォーマンスが得られる場合は,次に進む.得られない場合は,SCに対する追加投資により能力を増強することを検討する.本研究では,投資額と能力の改善しろの定量的関係が所与である前提で,最適化手法により投資配分を決定する方法を示した.

6)SC階層モデルの機能設計結果をもとに,企業階層モデルへの配分設計を行う.配分設計は,Cr値を1.0に近づけるように,企業階層モデルの能力を変更することで行う.本研究では,最適化手法を用いて設計変数である企業階層モデルの能力の最適化を行った.

7.2 検証の結果

設計の結果をFig.6に示す.本章の検証により,本手法に関して下記のことが可能であることが分かった.

・環境に合わせたSCの概念設計を行い,形式的に機能設計に連携すること.

・SCの機能設計を定量的に行い,パフォーマンスをシミュレートすること.

・SCの機能設計を階層構造に従って,詳細化すること.

・SCのコーディネイトを定量的に評価すること.

8. 結言

8.1 研究の成果

本研究で示したモデルは,能力を指標化し能力とパフォーマンスの関係をSDモデルで表現することにより,デカップリングポイントと基準工程によって工程タイプを表現すること,企業間の機能連携の摺り合わせを定量的に表現することが可能であることが分かった.このモデルを用いることで,環境変化に対応するSCの設計のために,コンフィギュレーションの検討,資源の配分設計,機能の配分設計(すなわち組織間の機能連携の摺り合わせ)を検討することが可能になった.

8.2 今後の課題と発展

SCに対する追加投資によって能力を増強する場合には,投資と能力の改善の関係を事前に把握しておく必要がある.また,企業階層における機能設計結果に基づいて,企業を超えた資源の再配分を行う際には資源の流動性の考慮が必要である.さらに,SCの生み出すキャッシュフローを詳細に把握するためには,オペレーションコストの考慮が避けられない.これらの検討については今後の課題であると認識する.

Fig.1 戦略的SC設計の必要性

Fig.2 戦略的SC設計の手順

Fig.3 SCとSCMの階層構造

Fig.4 能力の選定,因果ループ,SDモデル

Fig.5 工程タイプの表現

Fig.6 現状SCと設計結果

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、企業活動の競争力を高めるためには戦略的にサプライチェインを設計することが重要課題であるとの認識に基づき行われたものである。

一般的にサプライチェイン(Supply Chain:本研究ではSCと呼ぶ)は、継続的な改善のプロセスを経て、企業活動が置かれる経営環境に適合し、成長する。しかし、現代の経営環境の変化はSCが自己組織的に適応する速度を上回りつつあるため、SCの管理運営に際しては、需要充足率の低下や不良在庫の発生といった問題が生じている。そこで企業は、資源の相互補完を目的に複数企業にまたがるSCを構築することで、変化に迅速に対応し競争優位の確立を目指しているが、SCの継続的改善ではなく、戦略的つまり事前合理的にSCを設計することが重要課題とされている。本研究では、SCの設計を体系化し、サプライチェインの設計支援の可能性と有効性を議論しながら、サプライチェインのコンフィギュレーション設計とその結果に基づくサプライチェインの機能をモデルベースで行うためのサプライチェインモデルと、モデルを用いたサプライチェイン設計の設計手順、SCMモデルの提案を研究目的としている。

先ず、SCMの発展の経緯の視点からSCの機能構造を階層構造として整理している。在庫管理や生産管理などの機能単位の管理(現場階層)、各機能を企業単位で統合する管理(企業階層)、各企業をSC単位で統合する管理(SC階層)である。この機能構造に基づき、SCの設計において、市場や製品の特性に応じて効率的に市場に対処することが可能となるSCの供給体制(工程タイプと呼ぶ)を決定するコンフィギュレーション設計、その工程タイプに必要な機能を決定する機能設計、さらにその機能を実現するプロセスを設計する詳細設計、の三つの設計を整理し、それらを段階的に行う必要があると指摘している。本研究は、SCのコンフィギュレーション設計とその結果に基づくSCの機能をモデルベースで行うためのSCモデルと、モデルを用いたSC設計の設計手順、すなわちSCMモデルを提案している。

設計対象とするSCの階層を、SC階層と企業階層であるとし、各階層を表現するための要素として、サプライヤーモデル、単位モデル、輸送モデル、市場モデルを検討している。また、SCMに関する先行研究から抽出した様々なパフォーマンス指標を分類整理し、需要充足率、低在庫水準、設備稼働率の三つを本研究におけるパフォーマンス指標とすることを提案している。情報を収集し、加工して、モノを流す組織の機能を表現する単体モデルの能力を検討するために、モノを流す能力と、情報を流す能力に分けて要因とパフォーマンス指標への影響を整理し、調達在庫量、最大処理量、出荷在庫量、リードタイム、需要追従能力、計画調整能力、資源配分能力、の七つの能力指標を選定している。また、パフォーマンス指標と七つの能力指標の影響関係を因果ループにより整理している。

本研究では、SC管理の意思決定プロセスにおけるデータ相互の関係を配慮し、モノの流れを媒介にしたシステムダイナミクスモデル(以降SDモデルと呼ぶ)によりSCを表現した。SDモデルは、SCの経営環境を表現する市場およびサプライヤーのパラメータと、SCの設計変数である七つの能力指標を入力として、パフォーマンスを出力する。SC階層モデルと企業階層モデルは、同じSCを異なる粒度で表現しており、SC上において市場の需要と生産計画による供給を分離するデカップリングポイントと、供給計画に立案に際して一番初めに立案する基準工程の位置により様々なSCを表現していることを可能としている。これにより、デカップリングポイントと基準工程の位置を、SCにおける工程タイプと対応付け、品質機能展開の手法を応用し、環境に応じて適切な工程タイプを選択する方法をSCの設計方法として提案している。

本研究で提案するSCモデルを用いてSCの現状を分析し、新しいSCを設計する手順を詳細に整理した。あるプリンタ製造会社のSCMの事例に対して、本研究で整理した手順を適用することで、提案する手法の有効性を示している。

本研究で示したモデルは、能力を指標化し、能力とパフォーマンスの関係をSDモデルで表現することにより、デカップリングポイントと基準工程によって工程タイプを表現すること、企業間の機能連携の摺り合わせを定量的に表現することが可能であることを示唆した。このモデルを用いることで、環境変化に対応するSCの設計のために、コンフィギュレーションの検討、資源の配分設計、機能の配分設計(すなわち組織間の機能連携の摺り合わせ)を検討することが可能であることが示され、SCの戦略的な設計手法への期待がもたれる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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