No | 126515 | |
著者(漢字) | 半野,勝正 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハンノ,カツマサ | |
標題(和) | メダカ由来環境水バイオマーカー遺伝子を用いたダイオキシン類及び重金属類の複合影響の評価 | |
標題(洋) | New method to evaluate environmental toxicities in environmental water using the 20 biomarkers for exposure to dioxin isomers and heavy metals in early developmental stage embryos of medaka (Oryzias latipes). | |
報告番号 | 126515 | |
報告番号 | 甲26515 | |
学位授与日 | 2010.12.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第641号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 現在,わが国で行われている環境中の有害化学物質のモニタリングは,化学分析可能な化学物質を対象として,主に機器分析により行われており,必ずしも実際の生態系を反映したモニタリングとはなっていない。メダカは,OECD/NEA,JISなどで指定された水圏環境の標準試験生物としての歴史があり,実際の環境評価に使われてきたが,現場で実際に利用されている内容は急性毒性(個体の死),孵化率,奇形の発生などの生体観察のみを指標としたものが主流であった。現在の環境水の状況は,ダイオキシン類等の有機塩素化合物やPFOS (perfluorooctanesulfonate)等の有機フッ素化合物に代表される内分泌攪乱作用物質及びそれらの複合が汚染の主流になり,必ずしも肉眼観察による生物毒性影響の把握だけでは原因物質の解明に辿りつけない状況がある。 本研究の目的は,メダカ胚の生体内における環境水バイオマーカー遺伝子(環境水モニタリングに適した遺伝子)の発現変動を解明することにより,化学物質の複合汚染等に対する生物毒性影響を早期に予知し,その原因物質を推定する手法を開発することである。 第1章では,メダカ卵をダイオキシン類に曝露した場合のダイオキシン類のメダカ卵内への浸透量をGC/MSで測定するとともにメダカ胚の発生段階に現れる発生異常を実体顕微鏡により観察し,その関連性を検討した。第2章では,ダイオキシン類等の環境汚染物質に対しての異物代謝応答の働きで知られているCYP1A1遺伝子の発現誘導と特に哺乳類のダイオキシン類異性体に対する生物毒性の指標とされているTEF(毒性等価係数)との関連性を明らかにした。また,メダカには4種類のAhR(1b-1, 1b-2, 2a, 2b)と1種類のAhRRが存在していることを明らかにした。第3章では,化学物質(ダイオキシン類と重金属類)に24時間及び48時間曝露後のメダカ胚から全RNAを抽出し,メダカcDNAマイクロアレイにより遺伝子発現の誘導と抑制が顕著な「環境水バイオマーカー遺伝子」を網羅的に探索した。第4章では,環境水バイオマーカー遺伝子を用いて複数の化学物質の曝露による生物への複合効果を環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導により評価する手法について検討した。 【結果及び考察】 第1章メダカ胚発生段階におけるダイオキシン類の生物影響 ダイオキシン類(2378TCDD, 10ug /L, 200uL)に曝露した場合のヒメダカ胚に蓄積する量をGCMS (ガスクロマトグラフ質量分析)・SIM(Selected Ion Monitoring)法により定量した。2378T4CDDは曝露後6時間(脳・耳胞分化開始期:Stage 20)までに約32 pg程度まで急激に蓄積し,その後24時間後(血流開始期:Stage 25)まではあまり増加しなくなった。曝露24時間後から再度ゆっくり増加し,最終的には64 pg/ 胚となった。生物影響として,Stage 32(体節完成期)に尾部に血栓が現れ,Stage 34(胸鰭血流開始期)から血流速度が非常に遅くなり,Stage 35(内臓血管形成期)に血流が停止する発生異常が誘発された(図1)。 第2章 ダイオキシン類異性体曝露によるメダカ胚内のCYP1A1の発現誘導量 13種類のダイオキシン類異性体にStage 17胚を曝露し,6時間,24時間及び48時間後にCYP1A1発現誘導量を調べた(図2;縦軸は相対発現量を示す)。曝露後24時間及び48時間後のメダカ胚のCYP1A1の発現誘導量比は,哺乳類を対象として算出されたTEF値(ダイオキシン類毒性等価係数)と非常に高い相関性を示し,メダカ(メダカ胚)においても哺乳類と同等の生体異物代謝経路が存在していることが示唆された(表1)。また,この条件下で曝露濃度と発現量に直線関係があり,CYP1A1の発現量は多様なダイオキシン類の影響指標として有用であることが示された。一方,メダカには4つのAhR遺伝子(AhR1b-1, AhR1b-2, AhR2a, AhR2b)と1つのAhRRが存在し,AhR2aとAhRRが,ダイオキシン類曝露に対する発現量が大きいことからダイオキシン類の影響指標として有力なバイオマーカー遺伝子であることが示された。 第3章 cDNAマイクロアレイによる環境水バイオマーカー遺伝子の網羅的探索 メダカ胚において多種多様の環境水に特異的に発現誘導する環境水バイオマーカー遺伝子を探索するため,メダカcDNAマイクロアレイを利用した網羅的探索を行った。ダイオキシン類標準10試料,重金属類標準6試料と実試料(処分場周辺水)2試料の計18試料から全RNAを抽出し,36,398種類のメダカ関連遺伝子及び転写産物を搭載したメダカカスタムアレイ(Agilent社製)を用いて,曝露後 24時間及び48時間においてコントロール胚との発現比が2倍以上,若しくは0.5倍以下の特異的発現を示した遺伝子を抽出した。その中からリアルタイムPCRにて特異的発現誘導を確認することができた18遺伝子と上記アレイに搭載されておらず既に特異的誘導を確認している2遺伝子(AhR2a,AhRR)の計20遺伝子を環境水バイオマーカーとして選定した。アレイから探索された18遺伝子間の発現誘導量の相関を調べたところ正の高い相関 (R>0.5)を持つ4つの遺伝子グループが分類された(表2),各グループは,表3に示すように遺伝子の細胞応答機能に共通性が見られた。 第4章 環境水バイオマーカー遺伝子を用いた複合化学物質の生物影響評価 複数化学物質の混合曝露による環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導を確認するため,ダイオキシン類 (2378T4CDD,PCB126, 各0.1ug-TEQ/L)と重金属類(Pb:1mg /L,Hg:0.5mg/L)の等量混合において曝露時間48時間後の「環境水バイオマーカー遺伝子」の発現誘導量をレーダー図に示して検討した。なお,各図の縦軸は,コントロール(DMSO 0.1%)を1とした場合の各試験液曝露による遺伝子の相対発現量を示す。最終濃度(2378T4CDD;0.1ug-TEQ/L+Pb;1mg/L)の混合試験液に曝露した場合の複合効果を図3に示す。曝露48時間後において,第1グループのCYP1A1とAhRRが著しく相乗的に発現が誘導された。 一方,第2グループのER-αとRAR-αに計算値と比較して明瞭な発現抑制が見られた。これに対して,最終濃度(PCB126;0.1ug-TEQ/L+Pb;1mg/L)の混合試験液に曝露した場合(図4)は,RAR-α(第2グループ)に相乗的な発現誘導が,ER-αに計算値と比較して明瞭な発現抑制が認められた。RAR-αは胚形成時における血管や骨の形成に大きく関与する遺伝子であることが報告されており(Hayashida et al., 2004),今回のPCB126+PbのようにRAR-αの発現抑制が見られない試料に曝露した胚では,血流阻害はほとんど起こらなかったが,RAR-αの発現抑制が見られた試料(例えば2378T4CDD+Pb)では,血流阻害が発生する胚の割合が非常に高く,生物毒性影響(血流阻害)の発生と高い関連性を示唆していた。 一方,県内の最終処分場浸出水(処分場B2水)に曝露した場合の「環境水バイオマーカー遺伝子」の発現誘導パターンとその形状から混入成分と推定された水銀(Hg)とアルミニウム(Al)の発現誘導パターン図を図5に示す。処分場B2水の化学分析結果は,Alが3.0mg/L,Hgが0.01mg/L(排水基準値;0.005mg/L)であった。実際,アルミニウム(Al,3.0mg/L)と水銀(Hg,0.01mg/L)の各相当量を単独曝露した場合の環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導量から計算した発現パターンと処分場B2の環境水バイオマーカー遺伝子の発現パターンを比較したところ,ほぼ同じパターンとなった。また,この結果からHgとAlの複合曝露によるバイオマーカー遺伝子の発現誘導への影響はないことが推定された(加算性が成立する)。 【結論】 本研究の結果,以下のことを新たに明らかにした。 1)ダイオキシン類(2378TCDD)のメダカ卵への浸入パターンは,曝露開始後6時間 (脳・耳分化開始期:20期)の間に急激に浸透し,その後24時間後(血流開始期:25期)から48時間後(体節血流開始期-鰓血管完成期:30-31期)までに再度卵内濃度がゆっくり浸透し,最終的には64pg/eggとなり,その後は定常状態となるパターンである。生物影響として,Stage 32(体節完成期)に尾部に血栓が現れ,Stage 34(胸鰭血流開始期)から血流速度が非常に遅くなり,Stage 35(内臓血管形成期)に血流が停止する発生異常が誘発された 2)曝露濃度一定(1ug/L)下におけるCYP1A1の相対発現誘導比(2378T4CDDの発現誘導量を1とした場合の他異性体の発現誘導量)は,哺乳類を対象とした算出されたTEF値(ダイオキシン類毒性等価係数)と非常に高い相関性があり,ダイオキシン類異性体に対する応答性は哺乳類と同等であることを確認した。CYP1A1はメダカでも有力な環境水バイオマーカー遺伝子であることが明らかになった。また、メダカには4種類のAhR(1b-1, 1b-2, 2a, 2b)と1種類のAhRRが存在している。4種のAhRの中でマイクロアレイに搭載していなかったAhR2aとAhRRもダイオキシン類 (2378T4CDD)に高い誘導性が認められ,環境水バイオマーカー遺伝子として有用であることが示された。 3)メダカcDNAマイクロアレイを利用して,化学物質標準液及び環境水に一定時間曝露後に特異的に発現変動をする遺伝子の網羅的抽出を行い,合計20種類の環境水バイオマーカー遺伝子を選定した。 4)今回選定した環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導を指標とすることにより,化学物質(ダイオキシン類と重金属類)の混合曝露によるメダカ胚への複合影響の確認と評価及び環境水に混合している化学物質の種類と生物毒性(血流阻害)の推定(予測)が可能であることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文は4章からなり、第1章はダイオキシン類異性体のメダカ胚への生物毒性と浸透状況についての解析、第2章はダイオキシン類異性体を曝露した場合のメダカ胚におけるCYP1A1等生物毒性関連遺伝子の発現誘導の解析、第3章は環境水バイオマーカ遺伝子(環境モニタリングに適した遺伝子)の網羅的探索、第4章は環境水バイオマーカー遺伝子を用いた化学物質の複合影響と実環境水を用いた生物毒性評価について述べられている。 現在の環境水の状況は、低濃度で多数の内分泌攪乱物質及びそれらの複合汚染が主流になり、個々の化学物質を個別に化学分析する今までの方法では原因物質の解明に辿りつけない状況がある。申請者はメダカ胚の生体内における環境水バイオマーカー遺伝子の発現変動を解析することにより、化学物質の複合汚染等に対する生物毒性影響を早期に予知し、その原因物質を推定する手法の開発を目指した。 第1章では、ダイオキシン類異性体を曝露した場合のメダカ胚への生物毒性が哺乳類において確立しているダイオキシン類毒性等価係数(TEF)にほぼ比例することを明らかにした。また、メダカ胚内へのダイオキシン類の浸透状況についてGC/MSにより定量分析を行った。その結果、ダイオキシン類は曝露後6時間の間に急激にメダカ胚に浸入しその後ゆっくりと上昇し定常状態になる浸透パターンを示すことを明らかにした。 第2章では、ダイオキシン類等が異物として生体内に浸入する場合に異物代謝応答の働きで知られているCYP1A1とその核内誘導を担うAhR関連遺伝子の発現誘導について解析した。その結果、CYP1A1の発現誘導量は、TEFと非常に高い相関性があり、ダイオキシン類異性体に対するメダカの応答性は哺乳類と同様であることを確認した。CYP1A1はメダカでも有力な環境水バイオマーカー遺伝子であることが明らかとなった。また、メダカには、合計4種類のAhR(AhR1b-1、AhR1b-2、AhR2a、AhR2b)と1種類のAhRRが存在することを明らかとし、ダイオキシン類異性体曝露による各AhRの発現誘導の結果から、4つのAhRの中でAhR2aの発現誘導性が最も高く、環境水バイオマーカー遺伝子として用いることが可能であることを明らかとした。また、ダイオキシン類の生物毒性発現の抑制的制御機構を司るとされるAhRRもCYP1A1と同様にダイオキシン類の毒性と相関性の高い発現誘導性を示し、環境水バイオマーカー遺伝子として有効であることを明らかにした。 第3章では、マイクロアレイ法により環境水バイオマーカー遺伝子の網羅的探索を行った。メダカ胚試料としてダイオキシン類10試料、重金属類6試料と実試料2試料及びメダカ培養細胞3試料の計21試料から全RNAを抽出し、メダカ関連遺伝子及び転写産物の36,398種を搭載したメダカカスタムcDNAマイクロアレイを用いて、曝露後 24時間及び48時間においてコントロール胚との発現比が2倍以上、若しくは0.5倍以下の特異的発現を示した遺伝子を抽出した。その中からリアルタイムPCR法にて特異的発現誘導が確認できた18遺伝子とアレイに搭載されておらず第2章で特異的誘導を確認した2遺伝子(AhR2a、AhRR)の計20遺伝子を環境水バイオマーカー遺伝子として選定した。 第4章では、環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導のパターンからダイオキシン異性体及び重金属類について、固有の発現誘導パターンがあることを解明した(単独曝露)。 また、ダイオキシン類異性体の複合曝露及びダイオキシン類と重金属類の混合曝露による環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導パターンを解析し、各組合せに対して特有の発現誘導パターンがあることを解明した(複合影響)。更に、実際の環境水(廃棄物最終処分場浸出水)を用いて、環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導パターンを解析し、その特徴を上記の知見と照合することにより、本手法は、環境水の生物毒性を評価し、生物毒性の原因となる化学物質を特定することが可能であることを明らかにした(実環境水への適用)。 複数の化学物質による複合汚染の可能性を持つ環境水の生物毒性影響について複数の環境水バイオマーカー遺伝子の発現誘導パターンの解析から評価する本法は、将来起こるであろう生物毒性を外見的異常が見出されない48時間以内の曝露試験で予見でき、化学物質の複合汚染による生物毒性の発生メカニズムの解明も可能とする点で画期的な手法である。 なお、本論文第2章は、Oda S.、Mitani H.との共同研究でChemosphere誌に公表済みであり、論文提出者が筆頭著者として主体となって解析、および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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