学位論文要旨



No 126517
著者(漢字) 山本,啓裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケイユウ
標題(和) HTLV-1 TaxとヒストンH3K4メチル化酵素SMYD3の相互作用の解析
標題(洋) Interaction of HTLV-1 Tax with an H3K4 histone methyltransferase SMYD3
報告番号 126517
報告番号 甲26517
学位授与日 2010.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第643号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスである。HTLV-1感染T細胞の腫瘍化は典型的な多段階発癌モデルに合致する事が示されているが、その分子機構の詳細は不明である。

ATLの発症にはHTLV-1 の制御タンパク質Taxが重要な役割を果たしていると考えられている。Taxは主に核内に局在するリン酸化タンパク質であり、宿主細胞のタンパク質とタンパク質間相互作用を介してウイルス遺伝子の転写活性化のみならず、宿主細胞のシグナル伝達系、遺伝子発現、細胞周期制御等を脱制御し、感染T細胞の不死化および腫瘍化に関与していると考えられている。

一方、宿主細胞の遺伝子発現制御において、ヒストン化学修飾=ヒストンコードの役割が注目されている。ヒストン化学修飾にはアセチル化、メチル化、リン酸化等があるが、これらの化学修飾がクロマチン構造制御を介して遺伝子発現を制御すると考えられている。

Taxはヒストン化学修飾分子と会合する事で遺伝子発現の脱制御に関与する事が明らかになり、これまでにヒストンアセチル化酵素活性を持つコアクチベーターCBP/p300やヒストン脱アセチル化酵素HDAC1と会合することにより、ヒストン化学修飾を介した遺伝子発現の活性化、抑制化に関与する事が報告されてきた。

ヒストンメチル化酵素とTaxとの相互作用に関しては当研究室により、ヒストンH3K9のメチル化に関与するSUV39H1をとりあげ解析を行い、TaxがSUV39H1のSETドメインを含む領域で会合する事、SUV39H1のメチル化活性依存的にTaxの転写活性化能を抑制する事等を明らかにして報告した。また、SETドメインはヒストンメチル化酵素が共通して保持する領域である事から、Taxがヒストンメチル化酵素ファミリーと広く相互作用する可能性が示唆された。

多くのヒストンメチル化酵素がヒストンH3K9を標的として遺伝子発現の抑制をもたらす一方、ヒストンH3K4のメチル化は遺伝子発現の活性化に重要な役割を果たしており、そのメカニズムも徐々に明らかにされつつある。近年新たに報告されたSMYD3はヒストンH3K4を標的としたメチル化酵素で遺伝子発現の誘導をもたらす事、大腸癌、肝癌等の腫瘍細胞等で高発現している事が報告された。HTLV-1感染によるTax標的遺伝子の過剰発現およびTaxによる腫瘍化機構の解明を目指すうえで、遺伝子発現制御に関与する分子、特に転写活性化に関与するヒストンメチル化酵素とTaxとの相互作用の検討とその生物学的意義を明らかにする事は興味ある検討課題であると考えた。

[目的]

本研究は未だ明らかにされていない転写活性化に関与するヒストンメチル化酵素とTaxとの相互作用を検討する事を目的とし、その代表例としてSMYD3をとりあげTaxとの相互作用を検討する事とした。

[方法]

1. TaxとSMYD3の会合の有無の検討:in vivoの解析はHEK293T細胞にSMYD3およびTaxを一過性に過剰発現させ、それぞれの特異抗体を用いて免疫共沈法により検討した。in vitroにおける解析は大腸菌を用いて発現誘導し、精製したGSTおよびGST-SMYD3および His-Taxもしくはin vitro translation/transcription法により合成したTaxを用いて、GST-Pull-down法により行った。また、会合領域を検討するために両タンパク質の欠損変異体を作製しGST-Pull-down法により解析を行った。

2. TaxおよびSMYD3共存下における細胞内局在変化の観察:TaxおよびSMYD3が示す細胞内局在を検討するため、TaxおよびSMYD3を一過性過剰発現させたHeLa細胞株をAlexa Fluaor抗体を用いて免疫染色し、共焦点顕微鏡で観察した。また、Tax、SMYD3共存下での細胞内局在の変化が細胞周期依存的であるかを検討するため、TaxおよびSMYD3を一過性過剰発現させたHeLa細胞株もしくはTaxを一過性過剰発現させたSMYD3安定発現HeLa細胞株(HA-SMYD3-HeLa)を、細胞周期を調整した後、免疫染色し共焦点顕微鏡で観察した。

3. SMYD3がTax活性化能へ与える影響:Taxは NF-kBシグナル伝達系およびウイルスのプロモーターであるLTRプロモーター活性の活性化に影響を与える事が報告されている。SMYD3がTaxの転写制御機能に与える影響を検討するために、Tax標的であるNF-kBのプロモーターで制御されるレポータープラスミド(p6kB-Luc)およびHTLV-1 LTRプロモーターで制御されるプラスミド(pHTLV-LTR-Luc)を用いたレポータージーンアッセイを行った。

4. HTLV-1感染T細胞におけるTax-SMYD3の相互作用の検討:T細胞におけるSMYD3のタンパク質レベルでの発現の有無を確認後、過剰発現系の実験で観察された結果が感染T細胞で観察されるかを検討した。

[結果]

1. 免疫共沈法とGST-Pull-own法の結果からTaxとSMYD3がin vivoで会合する、直接会合する事が明らかになった。また、TaxおよびSMYD3の会合領域を検討した結果、TaxはSMYD3のSETドメインを含まないC末領域で会合する事が明らかになった。

2. 細胞内局在を観察したところ、Tax単独では主に核内で観察され、SMYD3単独では核内で局在する場合と細胞質で局在する場合が観察された。TaxおよびSMYD3共存下で細胞内局在を観察したところ、SMYD3が核内に局在する時はTaxの局在が核内で観察され、SMYD3が細胞質に局在する時はTaxの局在が細胞質で観察された。核移行シグナル欠損型Tax(Tax-DN108)および核移行シグナル失活型Tax(Tax-C29A)を用いて観察したところ、Tax変異体単独では細胞質での局在が観察されたが、SMYD3およびTax変異体共存下では、SMYD3が核内に局在する時はTax変異体の局在が核内で観察された。Tax結合能欠損型SMYD3(SMYD3-DNHSCF、SMYD3-B)を用いて観察したところ、SMYD3変異体単独では細胞質に局在し、SMYD3変異体およびTax共存下ではSMYD3変異体は細胞質に、Taxは核で局在が観察された。次に、SMYD3の細胞内局在は細胞周期依存的である事から、Tax、SMYD3共存下での細胞内局在の変化が細胞周期依存的であるかを検討した。SMYD3単独ではG1期において細胞質で局在が観察され、cell cycleの進行とともに核内への移行が観察された。Tax単独では主に核内で、Tax変異体単独では細胞質での局在が観察されたが、細胞周期依存的な細胞内局在の変化は見られなかった。TaxおよびSMYD3共存下での細胞周期依存的細胞内局在の変化を観察したところ、TaxはG1期において細胞質で局在が観察され、cell cycleの進行と共に核内への移行が観察された。またTax変異体とSMYD3を用いて同様の実験を行ったところ、Tax変異体はG1期において細胞質で局在が観察され、cell cycleの進行と共に核内への移行が観察された。これらの結果からSMYD3は細胞周期依存的にTaxの細胞内局在を支配している可能性が示唆された。

3. NF-kBシグナル伝達系に関して、Tax-SMYD3共発現において、SMYD3が量依存的にTaxによる6kBプロモーターの転写活性化能を増強する事が明らかになった。また、この増強はG1期において顕著にみられた。HTLV-1 LTRプロモーター活性に関して、Tax-SMYD3共発現下ではG1期において、SMYD3はTaxによるLTRプロモーター活性の活性化能を抑制する事が明らかになった。Taxとの結合能を有するが核移行能を有さないSMYD3(SMYD3-TaxBD)を用いて同様の実験を行ったところ、NF-kBシグナル伝達系およびHTLV-1 LTRプロモーター活性共に野生型Taxを用いた際と同様の結果が得られた。

4. HTLV-1感染細胞株においてSMYD3の発現が確認され、同時に過剰発現条件下で観られたものと同様の相互作用が観察された。

[考察]

本研究では未だ会合が明らかにされていない転写の活性化に関与するヒストンメチル化酵素とTaxとの相互作用を初めて明らかにした。今回の結果からTax-SMYD3相互作用がHTLV-1感染T細胞に与える機能的影響として以下のようなモデルを考えている。HTLV-1感染後、感染細胞からTaxが発現する。Taxは細胞内のSMYD3と結合し、Tax-SMYD3複合体はSMYD3の局在変化に依存して、細胞周期依存的に細胞内局在を変化する。その際、G1期で細胞質内においてNF-kBシグナル伝達系を活性化し、S期、G2/M期で核においてLTRプロモーターを活性化する。Cell cycleの進行でこの機構が繰り返され、結果的にHTLV-1感染T細胞が不死化へ導かれる、というモデルである。以上の結果から、TaxとSMYD3との相互作用が細胞周期依存的な細胞内局在の変化を通じて、Taxの機能を制御する可能性を示唆されたと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は成人T細胞白血病(ATL)の原因ウイルスである。HTLV-1感染T細胞の腫瘍化は典型的な多段階発癌モデルに合致する事が示されているが、その分子機構の詳細は不明である。ATLの発症にはHTLV-1 の制御蛋白質Taxが重要な役割を果たしていると考えられている。Taxは主に核内に局在するリン酸化蛋白質であり、宿主細胞の蛋白質と蛋白質間相互作用を介してウイルス遺伝子の転写活性化のみならず、宿主細胞のシグナル伝達系、遺伝子発現、細胞周期制御等を脱制御し、感染T細胞の不死化および腫瘍化に関与すると考えられている。所属研究室では既にヒストンメチル化酵素SUVH1との相互作用とその意義について報告し、Taxによるエピジェネティクス制御機構の脱制御の可能性を明らかにして来た。本研究では、Taxのエピジェネティクス制御機能を更に検討する目的で、細胞癌化にかかわる事が報告されている新規ヒストンメチル化酵素SMYD3とTaxとの相互作用の検討とその生物学的意義について解析を行った。

本研究による成果として、ヒストンメチル化酵素SMYD3とTaxとの相互作用を初めて明らかにし、相互作用に必要なSMYD3の領域を決定した。この相互作用によりTaxはSMYD3の局在変化に依存して細胞周期依存的に細胞内局在が変化する事が示された。この結果は、細胞質と核において多彩な機能を示す癌タンパク質Taxの機能発現の分子基盤のモデルを初めて提示する結果である。つまり、TaxはG1期では細胞質内でNF-κBシグナル伝達系とCDK4を活性化し、S期、G2/M期では核内でウイルスプロモーターを活性化する。この繰り返しにより、HTLV-1感染T細胞の不死化が誘導される、というものである。

本研究における研究成果は、HTLV-1による宿主細胞の遺伝子発現制御機構と不死化に対する新規の知見であり、ウイルス腫瘍学的に非常な重要な視点を与えるものであると考えられる。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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