学位論文要旨



No 126519
著者(漢字) 茂木,秀彦
著者(英字)
著者(カナ) モテギ,ヒデヒコ
標題(和) TRAF6によるIL-2シグナル伝達の負の制御機構
標題(洋)
報告番号 126519
報告番号 甲26519
学位授与日 2010.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第645号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 吉田,進昭
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

TRAF6欠損マウスは自己免疫疾患により末梢組織に炎症が認められる。またTRAF6欠損マウスのリンパ球を移植した野生型マウスでも同様に末梢組織に炎症が起こり、同時に活性化したT細胞の増加が見られる。これはTRAF6欠損によりT細胞が活性化状態になり、それが自己免疫疾患の一因であることを示唆する。またTCR刺激による活性化によりT細胞中のTRAF6が発現上昇することが報告されている。

以上よりTRAF6がT細胞中でT細胞活性を制御している可能性が考えられる。

またこれまでにT細胞におけるTRAF6の機能に関する報告として、TRAF6はTCR刺激によるNF-kBの活性化を正に制御するという報告や、TRAF6はTCRシグナルにおいてPI3K、Aktを負に制御するという報告がある。

しかし、T細胞におけるTRAF6の詳細な機能解明は未だなされていない。

【目的】

T細胞におけるTRAF6の機能とその分子メカニズムを詳細に解明する。

【結果】

(1);TRAF6はT細胞内で負の制御因子として機能している。

野生型マウス、TRAF6欠損マウスそれぞれのT細胞にTCR刺激を加えると、野生型マウスに比べ、TRAF6欠損マウスで有意な増殖の亢進が認められた。またT細胞の増殖に重要なサイトカインであるIL-2の産生も同様にTRAF6欠損マウスで優位な亢進が認められた。またこのIL-2産生亢進はmRNAでも認められた。

そのためIL-2産生に関与することが知られている転写因子(NF-kB、AP-1、NFAT)の解析を行った。その結果、TCR刺激によるNF-kBの活性化、NFATc1の発現は野生型マウス、TRAF6欠損マウスで差は認められなかったが、AP-1の活性化がTRAF6欠損マウスで有意に亢進していることが認められた。またAP-1はc-Fos、c-Junなどの二量体で構成されているためc-Fos、c-Junの核内の発現を検討した。その結果c-Junの発現に差は認められなかったが、c-Fosの発現がTRAF6欠損マウスで亢進していた。

以上の結果より、TRAF6はT細胞内で負の制御因子として機能していると考えられる。

TRAF6欠損マウスで見られる増殖亢進のメカニズムは以下のモデルが考えられる。

TCR刺激→核内c-Fos発現亢進→AP-1活性化亢進→IL-2産生亢進→増殖亢進

(2):TRAF6はIL-2シグナル上で負の制御因子として機能している。

T細胞はTCR刺激によりIL-2を産生し、産生されたIL-2はオートクライン的に自身のIL-2受容体(IL-2R)に作用することで増殖が誘導されると考えられている。またオートクラインIL-2によるIL-2刺激がIL-2産生に関与するという報告もある。そこで、IL-2中和抗体存在下でTCR刺激を行うことで、T細胞から産生されるIL-2を中和し、IL-2刺激が入らない状態し、その時のIL-2のmRNAを野生型マウス、TRAF6欠損マウスで比較した。その結果IL-2中和抗体存在下でのIL-2のmRNAは野生型マウスとTRAF6欠損マウスで同程度に減少していた。この結果はTRAF6がIL-2シグナル中で負の制御因子として機能している可能性を示唆している。

そこで野生型マウス、TRAF6欠損マウスそれぞれのIL-2シグナルを検討すると、TRAF6欠損マウスでc-Fosの発現を誘導すると考えられているErkの活性化亢進が認められた。これらの結果からTRAF6はIL-2シグナル中で負の制御因子として機能していると考えられる。

(3):マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を用いたIL-2シグナルの検討

TRAF6欠損マウスは野生型マウスに比べてT細胞の活性化が認められている。そのため、上記のマウスT細胞を用いた系では元々の活性化状態が違う細胞を比べている可能性があり、IL-2シグナルのおけるTRAF6の詳細な機能解明は難しいと考えた。この問題を解決するには、マウスT細胞以外の細胞を用いた系でIL-2シグナルの検討を行う必要がある。そこで、マウス胎児繊維芽細胞(MEF)を用いたIL-2シグナル検討系を確立した。これは野生型MEFとTRAF6欠損MEFにIL-2Rαβγを発現させ、IL-2刺激を加えることで、IL-2シグナルを検討するモデルである。

このモデルにおいても、野生型MEFに比べ、TRAF6欠損MEFでErkの活性化の亢進が認められた。

次にTRAF6欠損MEFにTRAF6を戻したMEFを構築し、TRAF6欠損MEFとIL-2シグナルを比較した。その結果、TRAF6を戻したTRAF6欠損MEFに比べ、TRAF6欠損MEFでErkの活性化の亢進が認められた。またErkの下流であるc-Fosの発現もTRAF6欠損MEFで亢進が認められた。

また野生型MEFにTRAF6を過剰発現させたMEFと野生型MEFのIL-2シグナルを比較すると、TRAF6を過剰発現させた野生型MEFでErkの活性化の減弱が認められた。

これらの結果からMEFを用いたIL-2シグナル検討系においてもTRAF6はIL-2シグナルにおいて負の制御因子であることが確認された。

(4):IL-2RβにTRAF6は結合する。

IL-2のレセプターであるIL-2RはIL-2Rα,β,γの三量体で構成されている。IL-2Rを調べる中でIL-2Rβ上にTRAF6結合配列があり、更にTRAF6結合配列は様々な種で高度に保存されていることを発見した。またIL-2RβとTRAF6がIL-2Rβ上のTRAF6結合配列依存的に結合することを実験的に確かめた。

(5):TRAF6はIL2Rβ結合依存的にIL-2シグナルを制御している。

上記の結果からIL-2シグナルにおけるTRAF6の負の制御機能はIL-2Rβ結合依存的に起きているのかを確かめるため以下の実験を行った。

IL-2RβのTRAF6結合配列に部分変異を入れ、TRAF6と結合できないIL-2Rβを発現させたMEFを構築し、正常なIL-2Rβを発現させたMEFとIL-2シグナルの比較を行った。

その結果、正常なIL-2Rβを発現させたMEFに比べ、TRAF6結合配列に部分変異をいれたIL-2Rβを発現させたMEFでErkの活性化の亢進、c-Fosの発現の亢進が認められた。

そのため、IL-2シグナルにおいてTRAF6はIL-2Rβとの結合依存的にIL-2シグナルを制御していることが示唆された。

(6):TRAF6はIL-2シグナルにおいてJak1の活性化を制御している。

IL-2シグナルにおいてErkの活性化は上流のJak1の活性化によっておこると考えられている。またIL-2Rβ上のJak1の結合部位はTRAF6結合部位と非常に近傍にあることが報告されており、更にこれまでの結果からTRAF6はIL-2Rβ結合依存的にIL-2シグナルを制御していることが分かっている。以上よりIL-2シグナルにおいてTRAF6はJak1の活性化に影響を与えている可能性が考えられる。

そこで、前述のMEFの系を用いてJak1の活性化の検討を行った。

TRAF6欠損MEFにTRAF6を戻したMEFとTRAF6欠損MEFを比較すると、TRAF6欠損MEFでJak1の活性化の亢進が認められた。またTRAF6結合配列に部分変異をいれたIL-2Rβを発現させたMEFと正常はIL-2Rβを発現させたMEFを比較すると、TRAF6結合配列に部分変異を入れたIL-2Rβを発現させたMEFでJak1活性化の亢進が認められた。

この結果からTRAF6はIL-2シグナルにおいてJak1活性化を負に制御し、更にそれはIL-2Rβ結合依存的に起こることが分かった。

【まとめ】

上記の結果のようにTRAF6はIL-2シグナルを負に制御しており、そのメカニズムとしてTRAF6がJak1活性を負に制御していることが考えられる。

現在TRAF6がどのようにJak1活性を制御しているかの解明を進めている。

審査要旨 要旨を表示する

TRAF6はTNFRスーパーファミリーやToll/IL-1Rファミリーからのシグナルを転写因子NF-kBやAP-1の活性化へと導くタンパク質として知られている。またTRAF6欠損マウスの解析によりTRAF6が、骨代謝、免疫寛容、自然免疫や皮膚付属器形成等様々な生命現象に関わることも報告されており、その重要性が注目されている。近年、これまでとは異なるTRAF6の機能が報告された。従来、TRAF6は転写因子NF-kBやAP-1の活性化を正に制御する因子と考えられてきたが、T細胞のTRAF6はCD28補助シグナルにおいて負の制御因子として機能することが報告された。しかしT細胞におけるTRAF6の機能ついては明確な結論に至っておらず更なる解析が必要である。本研究では、TRAF6欠損マウスの胸腺細胞を用いてTRAF6の新たな機能を明らかにした。

野生型マウス(WT)及びTRAF6欠損マウス(Traf6-/-)のCD4+T細胞にTCR刺激を加えると、WTに比べてTraf6-/-で細胞増殖の亢進が認められた。またT細胞の増殖に重要なサイトカインIL-2もタンパク産生、mRNA発現共にTraf6-/-で亢進が認められた。次にIL-2産生に関与する転写因子(NF-kB、AP-1、NFAT)の解析を行った結果、TCR刺激によるNF-kBの活性化、NFATc1の発現はWT、Traf6-/-で差は認められなかったが、AP-1の活性化がTraf6-/-で亢進していることが認められた。またAP-1の構成因子であるc-Fosの発現亢進も認められた。以上の結果より、TRAF6はc-Fos及びAP-1の活性化を負に制御することで、IL-2産生、細胞増殖を負に制御していることが示唆された。

次にTRAF6によるc-Fos及びAP-1の活性化制御メカニズムを検討した。T細胞はTCR刺激によりIL-2を産生し、そのIL-2が自身のIL-2受容体(IL-2R)に作用することで増殖が誘導される。またこのIL-2刺激がc-Fosの発現やIL-2産生を誘導する。そこで、IL-2中和抗体存在下でTCR刺激を行うことで、TCR刺激により誘導されたIL-2 mRNA量を検討した。その結果IL-2中和抗体存在下でのIL-2 mRNAはWTとTraf6-/-で同程度までに減少した。この結果はTRAF6がIL-2シグナルを負に制御している可能性を強く示唆している。

そこでIL-2シグナルにおけるTRAF6の機能を検討した。T細胞を活性化しIL-2受容体の発現を誘導後、IL-2中和抗体で細胞を休止させ、再びIL-2で刺激した。その結果、Traf6-/-においてc-Fosの発現を誘導すると考えられているJAK1、Erkの活性化亢進が認められた。即ちTRAF6はIL-2シグナルを負に制御することでc-Fosの発現を制御していることが示唆された。

次にTRAF6によるIL-2シグナルの制御機構について検討した。IL-2Rはα,β,γの三量体で構成されている。アライメント解析によりIL-2Rβ上に様々な種で高度に保存されているTRAF6結合配列が存在することが判明した。さらにその配列を介してIL-2RβとTRAF6が結合することも確認した。そこで、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)を用いたIL-2シグナル再構成系により以下の実験を行った。IL-2RβのTRAF6結合配列に部分変異を入れ、TRAF6と結合できないIL-2Rβ(E300A)を発現させたMEF(IL-2Rα+βE300A+γ)と、正常なIL-2Rβを発現させたMEF(IL-2Rα+β+γ)のIL-2シグナルを比較した。その結果MEF(IL-2Rα+βE300A+γ)において、JAK1・Erkの活性化亢進、c-fos・mRNAの発現亢進が認められた。これらの結果から、TRAF6はIL-2シグナルをIL-2Rβ結合依存的に負に制御することで、c-Fosの発現を制御するというTRAF6の新たな機能を明らかにした。

なお、本論文は、秋山泰身、井上純一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって検証したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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