学位論文要旨



No 126520
著者(漢字) 吉岡,剛
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,ツヨシ
標題(和) 金融工学手法を用いたエネルギー事業のリスク管理手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 126520
報告番号 甲26520
学位授与日 2010.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第646号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 森口,祐一
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

近年、日本におけるエネルギー事業においては、エネルギー市場の自由化や地球温暖化対策の必要性からエネルギー事業の多様な形態がみられる。一方、このようなエネルギー事業は、多くの不確実性あるいはリスク(燃料調達、制度、自然条件等)の影響をうけるため、これらのリスクを適切に管理していく必要がある。また、この制度リスクとしては、様々なものがあるが、特に2010年4月から東京都の環境確保条例による排出量取引制度が始まるなど新たな制度へ柔軟に対応していく必要がある。

本研究では、個別事業だけではなく、複数事業へのリスク管理手法について、定量的かつ実用的な分析手法を示すことを目的とした。そこで、ケーススタディとして、コージェネレーション(CGS)を用いたエネルギーサービスプロバイダ(ESP)事業および地熱発電事業を取り上げ、各事業におけるリスクの定量化およびリスク対応策について金融工学手法を用いた分析を行い、エネルギー事業のリスク管理手法の検討を行ったものである。

第1章では、序論として、本研究の背景、目的を示した。

第2章では、エネルギー事業を取り巻く現状として、新たな形態のエネルギー事業者およびエネルギー事業に関連する法制度の動向を整理した。また、これらの動向を踏まえて、本研究のケーススタディの対象事業として、CGSを用いたESP事業と地熱発電事業を取り上げることとした。

第3章では、エネルギー事業が抱えるリスクと対応策として、ケーススタディの各対象事業において、事業価値に関わる各種要因を構造化し、事業価値に影響を与えるリスク要因の抽出を行った。また、事業のリスク分析および評価のフローを説明した。

第4章では、ケーススタディとして、CGSを用いたESP事業のリスク分析を行った。まず、ケーススタディの事業モデル、各種設定条件を設定し、ベースケースとなるエネルギー面、経済面の評価を行い、次に事業の不確実性要因をモデル化し、モンテカルロシミュレーションによって事業リスクの定量化を行った。さらに、事業リスクを軽減する方策を検討し、その効果を分析した。最後に東京都制度がESP事業に与える影響を分析した。

第5章では、ケーススタディとして、地熱発電事業のリスク分析を行った。ここでは4章と同様に、まず、ケーススタディの事業モデル、各種設定条件を設定し、ベースケースとなるエネルギー面、経済面の評価を行い、次に事業の不確実性要因をモデル化し、モンテカルロシミュレーションによって事業リスクの定量化を行った。さらに、事業リスクを軽減する方策を検討し、その効果を分析した。

第6章では、複数のリスクを抱える総合リスクの対応策として、ポートフォリオおよびリアルオプション手法を用いた分析を行った。ポートフォリオについては、東京都制度下において、複数事業をバンドリングすることによる効果を分析するとともに、実際の事業投資における課題と投資方策を示した。リアルオプションについては、延期オプションを対象に、各事業における臨界収益率を算出し、各事業の投資のタイミングについて示した。

第7章では、結論として、前章までに得られた結果をまとめ、また今後の課題を示す。

本研究では、金融工学手法を用いたエネルギー事業の分析により、CGSを用いたESP事業と地熱発電事業を対象に、各事業が抱えるリスク要因とその影響度を示し、対応策とその効果を確率論的かつ定量的に明らかにした。とくに東京都制度という新しい制度下においては、CGSを用いたESP事業における各対象施設の基準排出量を決める使用燃料(都市ガスまたはA重油)や地熱発電事業における環境価値の価格が各事業に与える影響が非常に大きいことを明らかにした。また、個別事業では対応しきれないリスク、東京都制度における制度リスクへの対応として、ポートフォリオ理論やリアルオプション手法の活用方法およびその効果を明らかにした。ポートフォリオについては、効率的フロンティアと対比させながら実事業への投資における最適なポートフォリオの考え方を示すとともに、東京都制度下においては、ESP事業と地熱発電事業が補完関係にあることを見出し、事業特性の異なる事業をポートフォリオに組み込むことの有効性を示した。さらに、リアルオプション手法により各事業における実際の収益率と臨界収益率を比較し、単体では投資が実行されない事業でも複数のポートフォリオを組んだ事業や地熱発電事業を合わせて行うことで、投資のタイミングを早めることができることを示した。

本研究では、エネルギー事業のリスク管理手法を示すなかで、CGSを用いたESP事業と地熱発電事業をケーススタディとして行うことで、より具体的な評価・分析手法を示すことができた。また、対象事業はCGSを用いたESP事業と地熱発電事業と限られたものであるが、その評価・分析手法の考え方、フローは他のエネルギー事業に共通するものであり、また制度リスクの影響やポートフォリオ、リアルオプションなどの評価手法は、他のエネルギー事業に対しても有効かつ汎用性の高い手法を示すことができたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、エネルギーサービス事業や自然エネルギー事業などの新たな形態のエネルギー事業の普及に向けて各事業が抱えるリスクの適切な管理手法が課題となっているため、不確実性下におけるエネルギー事業のファイナンシャルリスクを金融工学手法により定量化し、これを管理するための方策を研究することを目的としている。具体的には、各エネルギー事業が抱えるリスクとしてエネルギー価格だけではなく、需要変動や倒産リスクなどのプロジェクトリスク、さらに東京都環境確保条例(東京都制度)のような制度リスクに対する影響度と対応策を定量的に示すとともに、各リスクを含めた複合的なリスクに対する対策として、複数事業をバンドリングしたポートフォリオや投資の柔軟性を考慮するリアルオプション手法を用いた総合的なリスク管理手法を示している。

以下に各章の要旨を示す。

第1章は、序論として、本研究の背景、目的を述べている。

第2章は、エネルギー事業を取り巻く現状として、新たな形態のエネルギー事業として、エネルギーサービスプロバイダ(ESP)事業やコージェネレーション(CGS)および地熱発電事業の有望性を示し、またエネルギー事業に関連する法制度の複雑な動向を整理している。これらの動向を踏まえて、本研究のケーススタディの対象事業として、CGSを用いたESP事業と地熱発電事業を取り上げることを示している。

第3章では、エネルギー事業における事業のリスク分析および評価のフローを説明している。また、エネルギー事業が抱えるリスクと対応策として、ケーススタディの各対象事業において、事業価値に関わる各種要因を構造化し、事業価値に影響を与えるリスク要因の抽出および一般的なリスク対応策を示している。

第4章では、ケーススタディとして、CGSを用いたESP事業のリスク分析を行っている。まず、ケーススタディの事業モデル、各種設定条件を設定し、ベースケースとなるエネルギー面、経済面の評価を行い、次に事業の不確実性要因をモデル化し、モンテカルロシミュレーションによって事業リスクの定量化を行っている。さらに、事業リスクを軽減する方策として、エネルギー需要・エネルギー調達コストの変動リスクに対しては事業者と顧客が契約する料金設定の方法、倒産リスクに対しては格付け(累積デフォルト率)を用いた投資対象事業の考え方とその効果を定量的に示している。また、東京都制度がESP事業に与える影響として、各対象施設の用途およびESP事業開始前に使用していた燃料(都市ガス、A重油)に応じて、リスクの度合いが異なることを示すとともに、複数事業をバンドリングすることにより、リスクヘッジをすることが可能であることを示している。

第5章では、ケーススタディとして、地熱発電事業のリスク分析を行っている。ここでは4章と同様に、まず、ケーススタディの事業モデル、各種設定条件を設定し、ベースケースとなるエネルギー面、経済面の評価を行い、次に事業の不確実性要因をモデル化し、モンテカルロシミュレーションによって事業リスクの定量化を行っている。さらに、事業リスクを軽減する方策としては、設備利用率の変動リスクに対して、坑井対策のコスト・設備利用率改善率・坑井対策の実施タイミングの重要性を明らかにし、エネルギー販売価格の変動リスクに対しては、固定価格買取制度として20円/kWh程度の売電単価であれば大きなリスクヘッジ効果があることを示している。また、東京都制度下において、環境価値が1万円/t-CO2以上の単価で長期契約できれば、東京都制度が地熱発電事業にとって魅力的な制度であることを示している。

第6章では、複数のリスクを抱える総合的なリスクの対応策として、ポートフォリオおよびリアルオプション手法を用いた分析を行っている。ポートフォリオについては、実際の事業投資における課題と投資方策について論じている。東京都制度下においては、単体事業から複数事業に総投資事業額が大きくなるにつれてポートフォリオの標準偏差が小さくなり、効率的フロンティアに近づくことを示すとともに、事業者の投資戦略(資金総額、リスク許容度)に応じた投資判断の必要性を示唆している。さらに、リアルオプションについては、延期オプションを対象に、Pindyckモデルを改定した偏微分方程式による解析解および格子法(二項モデル)による数値解の評価方法を示すとともに、延期可能年数を5年とした場合における事業価値のボラティリティ(σ)に対する臨界収益率を求める近似式を算出している。この近似式を用いて算出する臨界収益率と実際の収益率を比較し、単体では投資が実行されない事業でも複数のポートフォリオを組んだ事業や地熱発電事業を合わせて行うことで、投資のタイミングを早めることができることを示している。

第7章では、結論として、前章までに得られた結果をまとめている。

本論文では、金融工学手法を用いたエネルギー事業の分析により、CGSを用いたESP事業と地熱発電事業を対象に、各事業が抱えるリスク要因とその影響度を示し、対応策とその効果を確率論的かつ定量的に明らかにした。とくに東京都制度という新しい制度下においては、CGSを用いたESP事業における各対象施設の基準排出量を決める使用燃料(都市ガスまたはA重油)や地熱発電事業における環境価値の価格が各事業に与える影響が非常に大きいことを明らかにした。また、個別事業では対応しきれないリスク、東京都制度における制度リスクへの対応として、ポートフォリオ理論やリアルオプション手法の活用方法およびその効果を明らかにした。ポートフォリオについては、効率的フロンティアと対比させながら実事業への投資における最適なポートフォリオの考え方を示すとともに、東京都制度下においては、ESP事業と地熱発電事業が補完関係にあることを見出し、事業特性の異なる事業をポートフォリオに組み込むことの有効性を示した。さらに、リアルオプション手法を用いることで、複数のポートフォリオを組んだ事業や地熱発電事業を合わせて行うことが投資のタイミングを早めることの有効性を示している。

エネルギーサービス事業や自然エネルギー事業を対象とし、東京都制度のような新しい制度を含めた複数の総合的なリスクに対するリスク分析およびその対応策を示した報告は、これまであまり例がなく、本論文はエネルギーサービス事業や自然エネルギー事業におけるリスク管理手法を新しい視点と手法で取り組んだという点で非常に独創的な研究である。また、本研究で対象とした事業はCGSを用いたESP事業と地熱発電事業と限られたものであるが、その評価・分析手法の考え方は他のエネルギー事業に共通するものであり、また制度リスクの影響やポートフォリオ、リアルオプションなどの評価手法は、他のエネルギー事業に対しても有効かつ汎用性の高い手法を示していることから、エネルギーサービス事業や自然エネルギー事業の更なる普及に資することができるという意味で、非常に有益な環境学的研究である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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