学位論文要旨



No 126521
著者(漢字) 島津,奈緒未
著者(英字)
著者(カナ) シマヅ,ナオミ
標題(和) 断層モデルを考慮した確率論的設計用入力地震動の提案
標題(洋)
報告番号 126521
報告番号 甲26521
学位授与日 2010.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第647号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 鬼頭,秀一
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

近年の建築物や構造物の耐震性については、安全限界のみならず、使用限界や疲労限界といった、様々な性能が、要請されるようになり、それぞれの性能のグレードに応じた地震動レベルが設定される必要がある。また、地球環境問題の観点から、構造物の長寿命化が重要視されて、供用期間中に大地震などの外乱に遭遇しても、その後、継続使用できることを念頭においた設計を考えなくてはいけない。

一方で、従来の設計用入力地震動の作成手法としては、観測記録を用いる手法、設計スペクトルを設定して模擬地震動を作成する手法、および敷地周辺の地域特性に基づいて想定地震の断層モデルを設定して模擬地震動を作成する手法などが用いられている。これらの方法において、地震動のハザードとの関係を明確化する必要がある。地震ハザード評価に基づく場合は、確率と対応した地震動強さから設計スペクトルを設定して、模擬地震動を作成することとなるが、地域特性が十分に考慮されてなかったり、地震像が明確でない場合も多い。

性能設計の観点からは、設計用入力地震動として、任意の確率レベルと対応し、かつ地域特性を反映した時刻歴波形が求められる。

本論文では、断層モデルに基づく模擬地震動を用いて、断層パラメータの不確定性をモデル化して設定することにより、地震ハザード曲線を作成し、そこから目標性能に対応する超過確率を求め、それに対応する地震動レベルを選定することで、確率論的設計用入力地震動を策定する手法を提案することを目的とした。

第1章では、はじめに、研究の背景および目的について述べた。続いて、研究の位置づけを明らかにするために、確率論的地震ハザード解析、断層モデル、および経験的グリーン関数法に関する既往研究についてまとめた。

第2章では、本論文で提案する確率論的設計用入力地震動の作成手法の概要について述べた。以下に、その概要を示す。

(1) 敷地の選定

(2) 地震発生のモデル化

検討対象サイト周辺で発生する地震を、地震発生モデルに基づいて、以下の6種類に分類する。

(1)内陸の活断層による地震

(2)プレート間で発生する地震

(3)スラブ内で発生する大地震

(4)内陸で発生する地震のうち活断層が特定されていない場所で発生する地震

(5)プレート間で発生する中小地震

(6)スラブ内で発生する中小地震

これら6種類の地震発生モデルにおいては、同一モデル内の地震の情報量がほぼ同じ程度であるため、断層モデルを設定する際の、断層パラメータの与え方や断層パラメータのばらつきの与え方が、地震発生モデルごとにほぼ共通しているといえる。

(3) 予備的な確率論的地震ハザード評価

断層破壊のシナリオを付与する地震を選定するために、一般的な距離減衰式による地震ハザード評価を行う。その後、各地震発生モデルおよび各地震の地震ハザードへの寄与率を算出する。地震ハザード曲線および寄与率の曲線に基づいて、設計目標の安全レベルに対応する超過確率周辺の地震動強さをもたらす地震発生モデルおよび地震を、断層破壊のシナリオを付与する地震(以降、シナリオ地震と呼ぶ)として選定する。

(4) 断層破壊シナリオの付与と断層モデルの設定

シナリオ地震の断層モデルを設定する。その際、断層モデルごとに断層パラメータのばらつきを考慮してモデル化を行う。シナリオ地震の断層パラメータのばらつきの設定手法は、各地震の過去のデータや既往の研究成果に拠るものとする。

(5) 断層モデルによる強震動の計算

断層モデルに基づき、経験的グリーン関数法によって強震動を計算する。

(6) 地震ハザード曲線の算定

(5)で計算した地震動に、断層モデルのばらつきの重みに応じて、生起確率を分配する。ハザード曲線を描く地震動強さの指標を決定し、地震ハザード曲線を算定する。

(7) 設計用入力地震動の策定

(6)の地震ハザード曲線に基づいて、設計目標の安全レベルに対応する確率を用いて、地震動を選定する。複数の地震が選ばれた場合は、すべてを設計用入力地震動として考える。

第3章では、距離減衰式による地震ハザード曲線の計算方法についてまとめ、具体的な計算例を示すにあたり、東京・大手町を対象敷地として、予備的な地震ハザード評価を行った。ここでは、距離減衰式として、安中他(1997)による最大速度の距離減衰式を用いた。震源距離は、断層最短距離として、対数標準偏差で0.5のばらつきを与えた。更に、地震発生モデルごとおよび地震ごとに、地震ハザードへの寄与率の曲線を算出した。

シナリオ地震の安全レベルとして、ここでは原子力施設における基準地震動および弾性設計用地震動を想定し、最大速度で20 kineから50 kine程度の範囲において、寄与率の大きな地震動をシナリオ地震として選定することとした。

その結果、寄与率の高い地震発生モデルとしては、(2)プレート間で発生する大地震と(1)内陸の活断層による地震が選定され、そのうち、1923年関東地震と、関東平野北西縁断層帯、立川断層帯、および伊勢原断層に起因する地震を、シナリオ地震として選定した。また、直下地震の地震ハザードへの寄与率はあまり高くなかったが、ここでは、シナリオ地震として選定し、検討を行うこととした。

第4章では、断層モデルに基づく強震動評価を、確率論的地震ハザード評価に組み込むために、断層モデルのばらつきの検討を行った。

まず、既往研究に基づき、断層モデルによる強震動評価に、大きく影響を与えうる断層パラメータを抽出した。さらに、これらの断層パラメータについて、個々の断層パラメータのばらつきの性質について、分析と分類を行った。ばらつきの性質の分類方法は、LLNL(2002)と山田他(2007)によった。

続いて、3章で選定したシナリオ地震の、断層モデルおよび断層パラメータのばらつきを設定した。断層パラメータのばらつきのモデル化において、震源情報がよく分かっている1923年関東地震については、強震動の短周期領域に影響を及ぼす断層パラメータ(短周期レベル、アスペリティの位置)と、長周期領域に影響を及ぼす断層パラメータ(マグニチュード)に分けて、モデル化を行った。短周期レベルとマグニチュードのばらつきのモデル化においては、過去の地震データを用いて、ばらつき幅の評価を行った。

1923年関東地震に比べて、震源情報が少ない活断層による地震については、アスペリティの位置についてのみ、ばらつきを検討した。

直下地震の断層モデルについては、原子力安全基盤調査研究(2006)の断層モデルを用い、ばらつきを検討する断層パラメータとしては、震源断層位置、断層上端深さ、および応力降下量を検討した。

第5章では、設定した断層モデルに基づいて、評価法として確立している経験的グリーン関数法により強震動の計算を行った。ここでは、経験的グリーン関数法を用いることで、地震動の震源から敷地までの伝播経路特性、および敷地における地盤増幅特性に関する情報は、グリーン関数の中に含まれていると考え、不確定性が無いものとして扱った。

一方で、断層の破壊過程の不確定性を考慮するため、地震動の位相の初期値をランダムとして、断層モデルごとに、複数パターンの計算を行った。直下地震については、東京・大手町の直下を震源とする適切な小地震が得られなかったため、原子力安全基盤調査研究(2006)の基盤波に東京の地盤構造モデルを適用して、東京・大手町の地表における加速度波形を算出した。

第6章では、計算された地震動それぞれに、生起確率の付与を行った。シナリオ地震の生起確率は、地震の活動間隔や断層変位速度から求めた。さらに、地震動の生起確率については、断層パラメータのばらつきの性質によって、個々の断層モデルを重み付けし、シナリオ地震の生起確率をそれぞれ分配した。断層の破壊過程の不確定性を考慮した計算によって得られた地震動については、すべて等価なものとして個々の断層モデルの生起確率を分配した。これらの地震動を用いて、50年超過確率に対する確率論的地震ハザード曲線を作成した。地震動強さの指標は、例として最大速度と最大加速度を設定したが、地震ハザード曲線は地震動波形群により構成されているので、任意の指標により整理することが可能である。

第7章では、6章で作成した確率論的地震ハザード曲線から、確率論的設計用入力地震動の策定例を示した。目標性能の例として、信頼性指標β=3を設定し、それに対応する50年超過確率を求め、最大加速度を指標とした地震ハザード曲線から設計用入力地震動を選定した。その結果、関東地震(マグニチュードのばらつきを考慮した断層モデル)と、直下地震(Mj 6.0、アスペリティの深さが中間、アスペリティの実効応力が大きい場合の断層モデル)の2波が選定された。また選定された関東地震を用いて、計算波形の位相とランダム位相とで、模擬地震動を作成し、地震動特性の差異について検討を行った。

上述の手順により確率論的設計用入力地震動を策定する方法の提案を行い、第8章で本研究の結論と課題についてまとめた。

本論文は、従来の方法では十分に反映されない設計用入力地震動に対する要求と地震学的な知見を、できるだけ多く取り込んで、合理的かつ普遍的な策定手法として、体系化することを試みたものであり、以下に示す成果が得られた。

・確率論的地震ハザード評価に、断層モデルに基づく地震動評価を組む手法を整備した。

・確率論的地震ハザード評価において、断層モデルのパラメータのばらつきを確率論的に取り扱う方法について、東京・大手町を対象に例を示した。

・過去の大地震や地域特性を踏まえた地震動評価を反映した上で、地震動強さと超過確率とを対応づけ、性能設計に適用可能な設計用入力地震動の作成方法を示した。

本論文で提案した手法は、細部においては精査が不足しているものもあり、改善の余地を多く残しているものの、建築物や構造物の設計用入力地震動の策定において、構造設計実務の上でも目指すべき一つの方向性を示すことができたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「断層モデルを考慮した確率論的設計用入力地震動の提案」と題し、全7章からなる。断層モデルに基づく模擬地震動を、断層パラメータの不確定性をモデル化して設定することにより、地震ハザード曲線を作成し、目標性能に対応する超過確率に対応する地震動レベルを選定することで、確率論的設計用入力地震動として策定する手法の提案を行うものである。

第1章は研究の背景および目的を論じている。第2章では、本論文で提案する確率論的設計用入力地震動の作成手法の概要について述べている。6種類の地震発生モデルを基本に、距離減衰式を用いて地震ハザード評価を予備的に行い、地震発生モデルと地震の選定の上で、断層破壊シナリオと断層パラメータのばらつきのモデル化を行う。強震動の生成は経験的グリーン関数法により、断層の地震発生確率に応じて波形を計算しそれらに基づいて、地震ハザード評価を行うことで、模擬地震動群からなる地震ハザードモデルが作成できるとしている。設計用入力地震動は、設計目標の安全レベルに対応する確率に対して選定される。

第3章では、具体的な計算例を示すにあたり、東京・大手町を対象敷地として、予備的地震ハザード評価に基づいて、プレート間の大地震と内陸の活断層によるものを寄与率の高い地震として選定している。第4章では、それらの地震に対して断層モデルのパラメータのばらつきについて、既往研究を参照してモデルを設定している。とくに1923年関東地震に対しては、短周期レベルとマグニチュードのばらつきのモデル化において、過去の地震データを用いてばらつき幅の評価を行っている。また震源情報の少ない活断層による地震に対しては、アスペリティの位置によりばらつきを与えている。

第5章では設定した断層モデルに基づき、評価法として確立している経験的グリーン関数法により強震動を多数生成している。断層モデルは、既往の研究成果を参照して設定している。第6章でそれらをもとに地震動の生起確率を分配し、確率論的地震ハザード曲線を作成している。地震動強さの指標としては例として最大速度と最大加速度を採用しているが、ハザード曲線は地震動波形群により構成されているので、任意の指標により整理することが可能である。

第7章では、6章で作成した確率論的地震ハザード曲線から、確率論的設計用入力地震動の策定例を示している。安全レベルの例として、信頼性指標β=3を設定し、それに対応する50年超過確率を求め、最大加速度を指標とした地震ハザード曲線から設計用入力地震動を選定している。その結果、関東地震(マグニチュードのばらつきを考慮した断層モデル)と、直下地震(マグニチュード6.0、アスペリティの深さが中間、アスペリティの実効応力が大きい場合の断層モデル)の2波が選定されている。また選定された関東地震を用いて、計算波形の位相とランダム位相とで、模擬地震動を作成し、地震動特性の差異について検討を行っている。

上述の手順により確率論的設計用入力地震動を策定する方法の提案を行い、課題とともに第8章で結論をまとめている。本論文は、従来の方法では十分に反映されない設計用入力地震動に対する要求と地震学的な知見をできるだけ多く取り込んで、合理的かつ普遍的な策定手法として体系化することを試みたものであり、以下に示す成果を明らかにしている。

・確率論的地震ハザード評価に、断層モデルに基づく地震動評価を組む手法を整備している。

・確率論的地震ハザード評価において、断層モデルのパラメータのばらつきを確率論的に取り扱う方法について、東京・大手町を対象に例を示している。

・過去の大地震や地域特性を踏まえた地震動評価を反映した上で、地震動強さと超過確率とを対応づけ、性能設計に適用可能な設計用入力地震動の作成方法を示している。

以上のように、本論文で提案した手法は、確率論的ハザード評価に断層モデルの知見を反映させた新規性を有するもので、建築物や構造物の設計用入力地震動の策定において、構造設計実務の上でも目指すべき一つの方向性を示している。したがって、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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