学位論文要旨



No 126523
著者(漢字) 横井,孝暁
著者(英字)
著者(カナ) ヨコイ,タカアキ
標題(和) セーシェルドームの季節・経年変動に関する研究
標題(洋) Seasonal and Interannual Variations of the Seychelles Dome
報告番号 126523
報告番号 甲26523
学位授与日 2010.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5588号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 升本,順夫
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 准教授 中村,尚
 東京大学 准教授 渡部,雅浩
 東京大学 教授 山形,俊男
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

南西インド洋のセーシェル共和国付近には、湧昇ドームが存在している(MasumotoandMeyersl998)。これを以降、場所に因みセーシェルドーム(以下SD)と呼ぶ事にする。SDの経年変動は、ドームのすぐ南の海域で発生・発達するサイクロンの数と有意な相関がある(Xieetal.2002)だけではなく、夏季インドモンスーンの開始時期にも影響を与えている(Annamalaieta1.2005;Izumoetal.2008)。したがって、SDの変動メカニズムを正確に理解する事は非常に重要である。そこで本研究では、海洋大循環モデル(OGCM)を用いて、このSDの季節・経年変動に関するメカニズムを詳細に調べた。更に、地球温暖化予測に用いられているCMIP3大気海洋結合モデル(CGCM)の中で、SDの季節変動メカニズムが再現されているか定量的に検証した。

2.モデルの概要

MOM3を基にしたOGCMの結果を解析した。計算領域は14.75°E-69.25°W、52.0°S~30.0°Nで、水平解像度はO.5°、鉛直25層(表層付近は10m間隔)である。季節変動の研究では、NCEP/NCAR再解析データ(Kalnayetal.1996)の年平均データにより20年間スピンアップした後、月平均気候値で9年問駆動した。その最後の5年分のデータを解析に使用した。更に、SDの季節変動に関して得られた知見を基にして、23個のCMIP3モデルの内、解析に必要な変数がそろっている22個の大気海洋結合モデルを解析した。また、経年変動の研究では、スピンアップ後、NCEP/NCAR再解析データの1978年~2007年の日平均データによりモデルを駆動した。

3.SDの季節変動

SDの季節変動メカニズムを調べる為、50°-75°E、5°~1O°S、深さ約100mの矩形領域(図1参照)を考え、その領域における蓄熱量を求めたところ、顕著な半年周期の変動が表れた。同様の季節変動は観測や同化データでも見られた。この半年周期変動の原因は、熱収支解析より鉛直熱輸送が最も大きく貢献している事が分かった(図2)。そこで、鉛直熱輸送の変動を支配している鉛直流の変動を調ベたところ、局所的な風応力によるエクマン湧昇の効果が支配的であり、遠方強制の効果は比較的弱い事が分かる(図3)。

また、顕著に現れたエクマン湧昇の半年周期変動は、台形型をしたcurlτの項(上式の右辺第一項)の季節変動と、インドモンスーン(ドーム直上では、夏季のモンスーン時に南東風、冬季のモンスーン時に北西風)に伴う逆三角形型をしたβの項(上式の右辺第二項)の季節変動との重ね合わせの結果である。cudfの項を分解すると、-eTX/dyの変動が支配的であり、oτy/oxの変動はごく弱い事も分かった。これはSDがインドモンスーンの影響の及ぶ範囲と、南東貿易風が吹いていて1年中風応力の符号が変わらない範囲との境界に存在している為であると考えられる。

4.CMIP3モデルにおけるSDの季節変動の再現性

20°C等温面の深さで見ると、ドーム自体は多くのモデルで再現されているものの、中心の位置が正確に再現できているのは5つのモデルのみである(図4)また、SDの特徴的な半年周期変動は、ほとんどのモデルで卓越していなかった。そこで、半年周期変動が卓越する原因である、ドーム域でのエクマン湧昇の季節変動を調べたところ、惑星β項を含む項の逆三角形型の変動の再現性に問題が見られ(図5)、夏季のインドモンスーンが冬季のインドモンスーンに比べて強く、期問が短いという、重要な特徴を忠実に再現出来ていなかった。これは、インド洋における熱帯収束帯の季節的な南北シフトのモデルバイアスに起因する事が明らかとなった。

5.SDの経年変動

経年変動を調べる為に、矩形領域における20℃等温線深度偏差で、セーシェルドーム指数を定義した。この指数には、12-2月に最も経年変動の振幅が大きくなる季節性が見られたので、12-2月の偏差が±0.9標準偏差を超える年をイベントとして定義した。その結果、1982/83、1994/95、1997/98、2002/03、2006/07年がドームの弱い年となったので、この5イベントの合成解析を行った。熱収支を計算したところ、主に鉛直移流偏差によって5月から12月にかけて、ドーム城が異常に暖められている事が分かった(図6)。更に、沈降流偏差には、先行研究で指摘されていた、ロスビー波によるものだけでなく、局所的なエクマン沈降偏差も寄与している事が明らかとなった(図7)。一方で、ドームの強い年は、弱い年のほぼミラーイメージで説明できるが、ロスビー波よりも局所的なエクマン湧昇偏差の寄与が大きい事が分かった。異常の経年変動は、ダイポールモード現象の影響を強く受けている事も明らかになった。

6.SD域の海面水温の季節・経年変動メカニズム

上記のSDの季節・経年変動が、その直上の海面水温に与える影響を明らかにする為、海洋表層の混合層水温の変動メカニズムを解析した。

混合層水温の季節変動は、4月に最も暖かく、8月に最も冷たくなっている事が分かった。更に混合層厚の変動を調べたところ、12月から5月にかけて薄くなっていた。そこで、混合層水温の季節変動メカニズムを調べる為に混合層水温変化率を調べた結果、海面熱フラックスが南半球の夏季から秋季にかけて薄い混合層を効率良く暖めている事が分かった。水平熱移流は10月~4月まで海面熱フラックスに比べて絶対値が小さく、また、鉛直乱流混合に伴う鉛直過程は1年中混合層を冷却しているが、その寄与は海面熱フラックスに比べて小さい事が分かった(図8)。

また経年変動では、SDが弱い年に混合層水温が平年よりも暖かくなり、2月に正の偏差がピークになる事が分かった(強い年は、弱い年のほぼミラーイメージで説明できる)。そこで、混合層水温変化率偏差を計算したところ、鉛直過程偏差と水平移流偏差が、2月の正の混合層水温偏差に最も大きく寄与している事が明らかになった(図9)。このうち、水平移流偏差には、ドームの北側の東風応力偏差がもたらす南向きのエクマン熱輸送偏差が影響を及ぼしている。また、鉛直過程の偏差は、亜表層の温度躍層が押し下げられている事により鉛直方向の水温勾配が緩くなる為に、通常よりも冷却の効果が弱くなり、正偏差が現れている、それに対し、海面熱フラックス偏差は、水平移流偏差よりも絶対値は小さいが、混合層水温を冷却する方向に働いていた。これは、混合層厚が異常に厚くなっている為で、短波放射により混合層を暖める効率が低下するからである。

本研究の成果は、SD域の海面水温がモンスーンの開始時期やサイクロンの発生数に大きな影響を与える為、気候変動の予測精度の向上に大きく貢献する事が期待される。

図lWOA98の100m深における年平均の水温。

図2:矩形領域内での熱収支。

図3:矩形領域内での鉛直速度とその各成分。

図4:WorldOceanAtlas1998、および22個のCMIP3モデルの年平均20°C等温面の深さ[m]、等値線間隔は20mで、100mよりも浅い領域に影を付けている。

図5:NCEP/NCAR再解析データ、及びCMIP3モデル内でのSD域におけるエクマン湧昇(太実線)、風応力のcurlを含む項(灰色実線)、惑星β項を含む項(破線)の季節変動(単位10-5mls)

図6:SDが弱い年における矩形領域内の上層100mの熱収支偏差。○印は95%の信頼区間で有意である事を示す。

図7:SDが弱い年における矩形領域内の鉛直流偏差.○印は95%の信頼区間で有意である事を示す。

図8:矩形領域の混合層における熱収支の季節変動。

図9:SDが弱い年における矩形領域の混合層の熱収支偏差,○印は95%、■印は90%の信頼区間で有意である事を示す,

審査要旨 要旨を表示する

熱帯インド洋南西部における表層海洋変動は、海面水温の変動を通じてアジア・アフリカモンスーンの変動やサイクロンの発生頻度などに影響を及ぼすとともに、インド洋ダイポールモード現象などを通じて全球の気候とも強く関連している。また、この海域にはセーシェルドームと呼ばれる冷水湧昇域が存在し、生態系も含めた表層海洋の変動にとって重要な構成要素であることが指摘されている。したがって、セーシェルドームの変動機構を正確に理解する事は非常に重要であるが、現場観測データが限られていることなどから、その理解は進んでいない。

そこで申請者は、インド洋域の変動を現実的に再現できる海洋大循環モデルを用いて、セーシェルドームの季節・経年変動機構およびセーシェルドーム域における混合層水温とドームの変動との関係を詳細に調べた。

第1章は、セーシェルドームに関連する研究のレビューが行われている。世界各地に存在する同様な冷水湧昇域の重要性を指摘した後、熱帯インド洋南西部の海面水温と各地の気候変動との関連についてはこれまでに幾つか先行研究があるものの、セーシェルドームそのものの変動機構は未だ明らかになっていないことを指摘し、本論文の問題提起を行った。

第2章では、セーシェルドームの季節変動機構を調べた。セーシェルドーム域での海洋表層蓄熱量変動に顕著な半年周期が現れることを示した。ドーム域における熱収支解析を行うことにより、この半年周期変動は、主に局所的な風応力によるエクマン湧昇に伴う鉛直熱輸送が原因であり、遠方強制の効果は比較的弱い事が分かった。また、エクマン湧昇に現れる半年周期変動は、風応力の回転成分の季節変動と、インドモンスーンに関連したベータ項の季節変動との重ね合わせの結果であることも分かった。このことから、セーシェルドームがインドモンスーンの影響範囲と、南東貿易風卓越する地域との境界に存在している地域的な特殊性が重要であることを初めて示した。

第3章では、地球温暖化予測に用いられている大気海洋結合モデルの中で、セーシェルドームの季節変動が再現されているかを定量的に検証した。その結果、多くのモデルでインドモンスーンの季節的な非対称性をうまく再現できず、そのためにセーシェルドームの半年周期変動も再現されていないことが明らかとなった。

第4章において、セーシェルドームの経年変動機構が調べられた。セーシェルドームの強弱を表す指数を用いて、通常よりもセーシェルドームが弱かった年と強かった年を定義し、それぞれで合成解析を行った。弱かった年のドーム域での熱収支解析の結果、主に鉛直移流偏差によって5 月から12 月にかけて、ドーム域が異常に暖められている事が分かった。さらに、この鉛直移流偏差は、先行研究で指摘されていた、ロスビー波による遠隔強制だけでなく、局所的なエクマン沈降偏差も寄与している事が明らかとなった。一方、ドームの強い年は、弱い年の逆の偏差で説明できるが、局所的なエクマン湧昇偏差の寄与がより大きい事が分かった。このような経年変動は、インド洋におけるダイポールモード現象の影響を強く受けている事も示唆された。

第5章では、第4章までに明らかになった季節・経年変動が、その直上の海面水温に与える影響を明らかにするため、海洋表層の混合層水温の変動機構を解析した。混合層水温は、4 月に最大、8 月に最小となる季節変動を示し、南半球の夏秋の水温上昇期には、同時期に薄くなる混合層を海面熱フラックスが効率良く暖める事が重要であることが分かった。

一方、混合層水温の経年変動では、セーシェルドームが弱い年は平年よりも暖かくなり、2 月に正の偏差が極大となる。この変動には、水平移流と鉛直過程の偏差が大きく寄与していることが分かった。水平移流には、東風偏差による南向きのエクマン熱輸送が、また鉛直過程としては、ドームの弱化に伴って温度躍層下部の水温の鉛直勾配が小さくなり、通常の冷却効果も弱化することが重要である。また、セーシェルドームの強い年には、ほぼ逆の偏差が卓越して混合層水温の低下がもたらされていることが示された。ドーム現象と直上の混合層水温の変動との関連性を明確に示した結果はこれまでになく、特筆すべき新たな成果である。

以上のように、本研究は、セーシェルドームの季節・経年変動機構を明らかにし、さらにその直上の混合総水温の変動機構とセーシェルドームの盛衰との関係を明らかにすることで、全球の気候変動にも影響を与える熱帯インド洋南西部における表層海洋変動メカニズムの解明に大きく寄与するものである。大気海洋結合系の中でのセーシェルドームの役割など、今後明らかにすべき点も残されているが、気候変動に直接結びつく海面水温との関連を詳細かつ定量的に調べた意義は大きく、今後、気候変動の予測精度向上にも大きく貢献する事が期待される。

なお、本論文の内容に関連して、山形俊男氏および東塚知己氏との共著論文が3編あるが、いずれも申請者が主体となって計算及び解析をおこなったものであり、申請者の寄与が十分であると判断される。

以上の理由により、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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