学位論文要旨



No 126527
著者(漢字) 二村,徳宏
著者(英字)
著者(カナ) ニムラ,トクヒロ
標題(和) 月および小惑星表面反射スペクトルによる宇宙風化度・組成推定モデルの研究
標題(洋) A model for estimating the composition and degree of space weathering of lunar and asteroidal surfaces by reflectance spectroscopy
報告番号 126527
報告番号 甲26527
学位授与日 2011.01.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5589号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 准教授 吉川,一朗
 東京大学 教授 加藤,學
 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 准教授 安部,正真
内容要旨 要旨を表示する

小惑星の大部分は、進化過程で破壊されて小さくなる。そのため、地球、火星、月ほど強い浸食、熱変成、再溶融をほとんど経験していないと考えられている。よって、それを構成する鉱物組み合わせ、鉱物の化学組成、水質変成・熱変成・宇宙風化などの二次的過程の程度を調べることにより、太陽系内での初期物質分布とそれらが経験した温度・圧力などの環境を理解し、太陽系生成論モデル計算における制約条件を与えることができる。

この固体惑星表面の鉱物学的特長を遠隔探査によって解明するために有用な方法の1つが可視・近赤外反射分光である。しかしながら、その解析には以下の2つの問題が存在する。

(1) 小惑星のように空気のない天体表面上では、宇宙風化という現象が存在する。これは太陽風や微小隕石衝突を含む宇宙空間の厳しい環境による変化である。宇宙風化によって、反射スペクトルは赤化、暗化、吸収帯弱化が生じる[Pieters et al., 1993]ため、固体惑星表面の反射分光解析が困難である。

(2) 可視・近赤外反射分光データは多種の鉱物に起因する複数の幅広い吸収帯が接近して複合吸収帯を形成しているため、反射分光データ解析において各鉱物の吸収帯分離抽出が困難である。

本研究では、上記2点の問題解決を行った。

はじめに、宇宙風化作用により生成されるナノ還元鉄(npFe0)粒子を含んだ蒸着層を持つレゴリス粒子の光散乱特性を、Hapke (2001)に倣いモデル化した。具体的には、吸収係数への効果以外に境界反射率変化も考慮しモデル化することで、問題(1)を解決した。本モデルを用いることで、従来から難題とされてきた、月のレゴリスのような宇宙風化度が大きい反射スペクトルにおいても、宇宙風化層の厚さと宇宙風化層中のnpFe0の体積濃度を見積もることを可能にした。

次に、珪酸塩の吸収係数について考察した。珪酸塩鉱物の複雑な吸収スペクトルを個別の吸収帯に分離する1つの方法として、修正ガウス関数モデル(MGM)[Sunshine et al., 1990]が一般的に使用されている。本研究では、主要造岩鉱物であるカンラン石、低Ca輝石、および高Ca輝石の化学組成(Fe、Mg,、Ca量)と吸収帯パラメータ(吸収帯の中心波長、幅、強度比)の関係を求めた。また、同じく主要造岩鉱物である斜長石の吸収帯の中心波長、幅、強度比も求めた。そして、この関係をMGM計算に組み込むことにより、問題(2)を解決した。

以上2つのモデルおよび鉱物混合モデルを用いて、大気のない固体天体の可視・近赤外反射スペクトルから、天体表面物質の鉱物組み合わせ、構成鉱物の化学組成、鉱物の粒子サイズ、宇宙風化度を推定できる統一モデルを構築した。

そして、本研究で構築した統一モデルを3つの小惑星(6 Hebe、433 Erosおよび25143 Itokawa)の可視・近赤外反射分光データに適用し、解析で推定されたそれらの表面組成が隕石中に豊富なHコンドライト(6 Hebe)およびLLコンドライト(433 Eros、25143 Itokawa)に対応することを示した。その事実は、他の既存の手法によっても明らかにされていたが、本研究では、それら小惑星の表面物質のMg値、カンラン石・低Ca輝石・高Ca輝石・斜長石という4つの鉱物混合比、粒子サイズ、宇宙風化度について、可視・近赤外反射スペクトルを解析することのみで決定した。さらに各小惑星のレゴリスについて、宇宙風化作用によってできた蒸着層の厚さおよびその層内のnpFe0の体積濃度を別個に決定した。その結果、3つの小惑星の間で蒸着層の厚さとnpFe0の体積濃度に違いがあるということを新たに発見した。前者は、重力が小さく細粒のレゴリスを長く保持できず、表面が岩石や粗粒のレゴリスからなる天体において、その表面が細粒なレゴリスを保持している天体より長く宇宙風化にさらされていると考えることで説明できる。これは重力の大きな天体において、内部の新鮮な物質が掘り返され表面が刷新されていることを示唆している。後者は天体表面での金属鉄の存在度の違いによって説明できる。この発見は、HコンドライトがLLコンドライトよりも金属鉄に富んでいるという事実と整合的である。また同じLLコンドライト的組成を持つにもかかわらず、433 Erosは25143 Itokawaよりも高いnpFe0の体積濃度を示しており、25143 Itokawaよりもサイズが大きな433 Eros上ではLLコンドライト鉱物組み合わせ中の金属鉄を珪酸塩から分離する何らかのメカニズムがある可能性を示唆している。例えば、433 Erosに十分な細かさのレゴリスがあって、振動により金属鉄がレゴリス表面に濃集することが考えられる。NEAR探査機が発見したPondはそのようなメカニズムによって形成されたかもしれない。

本研究は、端成分鉱物の可視・近赤外吸収係数スペクトルを鉱物の吸収帯の特徴を組み込んだガウス関数によって規定することにより、未知変数の数を大幅に減らし、それと混合モデルおよび宇宙風化モデルとの統一的同時適用によって、未知の鉱物混合物の反射スペクトルから、その物質の同定をしようという野心的で斬新な試みである。これは、世界初の試みであり、将来も引き続き発展する可能性のある手法である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、6章からなる。第1章はイントロダクションであり、固体天体の物質科学的研究について、特に、可視・近赤外反射分光研究の観点から紹介している。固体天体表面の鉱物学的特長を遠隔探査によって解明するための有用な方法として可視・近赤外反射分光研究がこれまで行われてきたが、分光データの解析法について2つの問題点を提示している。

第2章では、第1章で提示された問題点の一つである宇宙風化作用の取扱いについて述べられている。月・小惑星のように大気のない天体表面では、反射スペクトルに暗化、赤化、吸収帯弱化が生じる宇宙風化作用という現象が存在し、分光データ解析を困難にしている。本研究では、宇宙風化作用で生成されるナノ還元鉄(npFe0)粒子を含んだ蒸着層を持つレゴリス粒子の光散乱特性をモデル化することにより、宇宙風化層の厚さおよび宇宙風化層中npFe0体積濃度の見積もりを可能とし、可視・近赤外反射分光データから宇宙風化作用について新しい議論を行った。

第3章では、第1章で提示したもう一つの問題点である鉱物吸収帯の分離法について述べられている。可視・近赤外反射スペクトルは、多種の鉱物に起因する複数の幅広い吸収帯が接近して複合吸収帯を形成しているため、これらを各鉱物吸収帯に分離することを困難にしている。本研究では、特に主要造岩鉱物の化学組成(Fe、Mg,、Ca量)と吸収帯パラメータ(吸収帯の中心波長、幅、強度比)との関係をモデル化することでこの問題点を解決した。これにより、端成分鉱物を仮定しなくても、可視・近赤外反射分光データ解析を可能にしただけでなく、端成分鉱物の化学組成まで議論できるようにした。

第4章では、第2、3章で開発したモデルを統合し、大気のない固体天体の可視・近赤外反射スペクトルから、その鉱物組み合わせ、構成鉱物の化学組成、鉱物の粒子サイズ、宇宙風化度を推定できる統一モデルを構築している。

第5章では、本研究で構築した統一モデルを三つの小惑星の可視・近赤外反射分光データに応用し、解析で推定した鉱物組成および化学組成から、6Hebe がHコンドライトに、433Erosと 25143Itokawa がLLコンドライトに対応する表面組成であることを明らかにした。各小惑星のレゴリスについて、宇宙風化作用によってできた蒸着層の厚さ、およびその層内のnpFe0の体積濃度を個別に決定した。さらに、Hコンドライト的な 6Hebeと LLコンドライト的な 433Eros や 25143Itokawaとの間にnpFe0体積濃度の違いがあり、それが金属鉄の存在度と整合的であるという新しい知見を得ている。また蒸着層の厚さを宇宙風化年代と関連づけることにより、惑星表面物質年代の議論を可能とした。本研究によって、宇宙風化の進みやすさや進行度の指標を議論することが可能になり、今後の宇宙風化研究において大きな貢献が期待できる。

第6章は、本論文のまとめであり、得られた結果およびモデルの将来性が簡潔にまとめられている。

本研究は、端成分鉱物の可視・近赤外吸収係数スペクトルを鉱物の吸収帯の特徴を組み込んだモデルによって規定することにより、未知変数の数を大幅に減らし、それと混合モデルおよび宇宙風化モデルとを統一的に同時適用することによって、未知の鉱物混合物の反射スペクトルから、物質同定を行う意欲的で斬新な研究である。これは、世界初の試みであり、発展性がある手法として高く評価できる。また、このモデルを小惑星の可視・近赤外反射分光データに適用して、表面鉱物化学組成の異なる小惑星において、宇宙風化層中のnpFe0の体積濃度に違いがあることを初めて明らかにしたことも高く評価できる。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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