学位論文要旨



No 126530
著者(漢字) 加村,啓一郎
著者(英字)
著者(カナ) カムラ,ケイイチロウ
標題(和) メダカ内臓逆位変異体abecobeを用いた左右性形成機構の解析
標題(洋) Analysis of the mechanism of left-right axis formation using the medaka mutant abecobe
報告番号 126530
報告番号 甲26530
学位授与日 2011.01.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5592号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 准教授 吉田,学
 東京大学 准教授 越田,澄人
内容要旨 要旨を表示する

脊椎動物のからだは外見上左右対称なつくりをしている。しかし、その内部を覗いてみると、臓器の配置は左右非対称である。脊椎動物の左右性形成の過程は、マウスを中心とした先行研究より、大きく3つのstepに分けられる。(step1)対象性の破れ:マウスでは、まず初期胚に見られるnodeにおいて初めて対称性の破れが起こる。node表面には繊毛が生えており、回転運動する。その運動によってnodeに左向きの水流(nodal flow)が生じる。(step2)左右非対称な遺伝子発現:step1で生じた水流の非対称性が、シグナルとして伝わり、左側特異的に遺伝子が発現する。今までにNodalやLeftyといった遺伝子が知られており、これらの遺伝子はマウスに限らず、種を超えて高く保存されている。(step3)左右非対称な器官形成:step2で生じた左側特異的遺伝子のシグナルが、転写因子Pitx2を介して左右非対称な個々の器官形成へとつながる。具体的には、脳内の手綱核や、心臓、消化器官の配置などに左右性が見られる。マウスのnodeに相当する器官としてメダカでは体節形成期に形成されるクッペル胞が知られ、マウスと同様に繊毛の回転運動によりnodalflowが生じている。nodal flowは、ウサギ、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュでも確認されており、多くの種に共通した仕組みであると考えられる。しかし、step1とstep2をつなぐ過程、すなわちnodal flowがどのように左右非対称な遺伝子発現へとつながるのかという過程は不明であり、nodal flowのセンサーとして現在2つのモデルが提唱されている。1つ目は、「メカノセンサー説」である。nodeには動く繊毛と動かない繊毛の2種類があるという"two-cilia model"に基づき、動かない繊毛が直接的、機械的に水流を感知しているとしている。2つ目は「ケモセンサー説」であり、水流によって左側に片寄ったモルフォゲンを受容することによって、受容体が間接的、化学的に水流を感知しているとしている。変異体の遺伝子発現パターン、流体学的シミュレーション、モルフォゲン候補の探索などから、それぞれのモデルを支持するデータが提示されているが、現時点で結論は得られていない。それは、今までセンサー分子自体が不明であったからである。そこで、本研究ではそのセンサー分子を同定することを目的とした。解析には、当研究室でENU突然変異誘発によって得られたメダカ内臓逆位変異体abecobe(abc、図1)を使用した。

abcはホモ変異体の約半数の胚において、心臓のルーピングの向きおよび肝臓・胆嚢の配置が左右逆転した。また、sothpaw(Nodal相同遺伝子)ならびにleftyは野生型では体節形成期にそれぞれ側板中胚葉で左側特異的に発現する遺伝子であるが、abeにおいてその発現パターンはランダマイズした。さらに、これらの遺伝子の上流ではたらくcharonは、野生型ではクッペル胞の右側で強く非対称に発現するのに対し、abcではその発現が左右対称になっていた。そこで、charonの上流であるクッペル胞内の水流を粒子注入により可視化した。すると、abcでも野生型と同様にnodal flowが確認できた。これらの結果から、abc遺伝子はnodal flow(step1)と左右非対称な遺伝子発現(step2)の間で働くことがわかった。

abcのpositional cloningの結果、pkd111においてナンセンス変異を確認した。また、a加の別alleleでもトランスポゾン様配列の挿入によるpkd111での変異を確認した。さらに、モルフォリノアンチセンスオリゴ阻害実験およびmRNAによるレスキュー実験の結果と合わせ、a加の原因遺伝子はpkd111であると結論付けた。pkd111とは、11回膜貫通型のタンパク質(2742aa)をコードする、機能未知の遺伝子である。in situ hybridizationの結果、pkd111はクッペル胞上皮特異的に発現していた。

Pkdll1はPkdlファミリーの1つである。そこで、Pkdlからその機能を類推した。Pm(Polycystic Kidney Disease)は腎臓が肥大する病気であり、腎臓では尿細管液の流れを繊毛で感知している。Pkd1は繊毛上でメカノセンサーとして働いており、Pkd1が尿細管液の流れを感知すると、複合体を形成するPkd2(Ca(2+)チャネル)を通して細胞内にCa(2+)が流入する。また、マウスやゼブラフィッシュではPkd2の機能欠損により内臓逆位が生じることが報告されており、また、マウスのnodeの繊毛にPkd2が局在することも知られていた。一方、Pkd1のノックアウトマウスでは内臓逆位は生じず、nodeの繊毛にも局在していない。そのため、左右性形成におけるPkd2のパートナーは今まで不明であった。以上の事実から、クッペル胞内でも左右性形成において腎臓と類似の現象が生じていると仮定すると、Pkd111がPkd2と複合体を形成することによりnodal flowのセンサーとして働いていると考えられる。そこで、まず、メダカにおけるpkd1とpkd2の発現をin situ hybridizationで調べた。その結果、期待通り、体節形成期においてpkd1の発現はほとんど検出できなかった一方、.雌d2は胚全体にほぼ一様に発現していた。また、pkd2のモルフォリノアンチセンスオリゴ阻害実験においても内臓逆位が生じたことから、メダカにおいてもpkd2が左右性形成に関わっていることが示された。そこで次に、Pkd1l1とPkd2の相互作用の有無を調べた。MycとFLAGをそれぞれ付けたメダカPkd1l1C末側断片とPkd2全長をHEK293T細胞に導入し、免疫共沈降をおこなった。その結果、Pkd1l1C末とPkd2の相互作用を検出した。また、クッペル胞におけるPkd2の細胞内局在を免疫染色により調べたところ、Pkd2は野生型においては繊毛上に局在するが、a加ではその局在が失われていた。なお、細胞質におけるPkd2の局在はabcでも変化なく存在した。そこで、Pkdll1に対する抗体を作製し、クッペル胞におけるPkd1l1の細胞内局在も確認した。すると、やはり野生型においては繊毛に局在するものの、pkd2のノックダウン胚においてはその局在が失われていた。これらの結果から、Pkd1l1とPkd2は相互に依存してクッペル胞の繊毛に局在していることがわかった。

"two-cilia model"では、nodeの中心にある繊毛は、その動きに必須なダイニン重鎖であるLef-right dynein(Lrd)を持つ一方、nodeの周縁にある繊毛はLrdを持たないため動けず、nodal flowのセンサーとして機能していると考えられていた。そこで、Pkd1llはクッペル胞の周縁にある動かない繊毛に局在することによってセンサーとして働いていると考え、Pkd111の免疫染色をおこなった。しかし予想に反して、Pkd1llは、周縁の繊毛のみならず、クッペル胞の全ての繊毛に局在していた。さらに、Lrdについても免疫染色をおこなったところ、やはり全ての繊毛で染色が確認され、周縁の繊毛においてもLrdが存在することがわかった。実際に、クッペル胞の繊毛の動きをライブイメージングで観察したところ、確かに周縁の繊毛も動いていることが確認できた。

以上の結果より、Pkd111とPkd2はクッペル胞の繊毛上で複合体を形成して、nodal flowのセンサーとして働いていることが示唆された。また、それらの繊毛は全て動く繊毛であることも示された。これらの結果は今までの"two-cilia model"にはあてはまらず、私は新たなモデルを提示した(図2)。それは、クッペル胞の繊毛は1種類であり、同時に以下の2つの役割を担っている、というものである。すなわち、クッペル胞の繊毛は(1)回転運動によってnodal flowを作ると同時に、(2)繊毛上のPkdll1とPkd2を介してnodal flowを感知していると考えられる。これを"dual-function cilia model"と名付けた。

今後の課題としては、大きく2点挙げられる。1点目は、Pkd111がメカノセンサーとして働いているのか、ケモセンサーとして働いているのかという問題である。Pkd1ファミリーには、腎臓でメカノセンサーとして働くPkd1以外にも、舌で酸味受容体として働くPkd113や精子で先体反応に関わるPKDREJなどが知られており、Pkd1llも多様なセンシングメカニズムのうちの1つを担っていると考えられる。ただし、動く繊毛の上で機能しているという結果から考えると、nodal flowの方向を機械的に感知することは難しく、現時点ではケモセンサーの可能性が高いと考えている。2点目は、dua1-function ciliaがメダカ以外の種でも保存されているのかという問題である。本研究と同時期に、マウスにおいてもPkd1l1の解析がおこなわれており、マウスでもPkd111はPkd2と相互作用して左右性形成に関わっていることが示された(D.Norris(MRC Harwe11)、私信)。この結果より、Pkd111とPkd2の複合体を介したnodal flowのセンシングメカニズムは種を越えて保存されていると考えられる。しかし、マウスにおいてはPkd1l1の局在観察がおこなわれていないため、動く繊毛との関係性は不明なままであり、dual-fUnction ciliaの保存性については今後の課題となる。

本研究において、私は、メダカ内臓逆位変異体abecobeの解析を基にして、長年不明であった左右性形成におけるPkd2のパートナーがPkd1l1であることを明らかにした。さらに、Pkd1l1とPkd2の複合体が動く繊毛に局在することを示すことによって、nodal flowのセンシングメカニズムに"dual-function cilia model"という新たなモデルを提示することができた。これらの結果は、脊椎動物の左右性形成機構の解明に大きな進展をもたらすと共に、今後の研究の方向性を示すものとなった。

図1メダカ内臓逆位変異体abecobe(5日胚)

図2nodal flowの作用機序(dual-function cilia model)

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、メダカ内臓逆位変異体abecobe (abc)の表現型解析、原因遺伝子同定とその機能解析により、脊椎動物の左右性形成機構を明らかにしている。脊椎動物のからだは臓器の配置などに左右非対称性がみられる。その非対称性は、マウス初期胚のnode(魚類では相同器官のクッペル胞(KV))上の繊毛運動による左向きの水流(nodal flow)によって初めて生じる。しかし、nodal flowがいかにしてその下流の左右非対称な遺伝子発現につながるのかは、いくつかの仮説が提唱されているものの未だ不明である。それは、nodal flowのセンサー分子自体が不明であったからである。本論文は、abcの解析により、そのセンサーと思われる分子を明らかにした。

abcはホモ変異体の約半数の胚において、心臓のルーピングの向きおよび肝臓・胆嚢の配置が左右逆転した。また、野生型で見られる左右非対称な遺伝子の発現パターンはabcにおいてはランダマイズした。KV内の水流を粒子注入により可視化すると、abcでも野生型と同様にnodal flowが確認できた。abcのpositional cloningの結果、pkd1l1においてナンセンス変異を確認した。また、abcの別alleleでもトランスポゾン様配列の挿入によるpkd1l1での変異を確認した。さらに、モルフォリノアンチセンスオリゴ阻害実験およびmRNAによるレスキュー実験の結果と合わせ、abcの原因遺伝子はpkd1l1であると結論付けた。pkd1l1とは、11回膜貫通型のタンパク質(2742 aa)をコードする機能未知の遺伝子である。in situ hybridizationの結果、pkd1l1はKV上皮特異的に発現していた。

Pkd1l1はPkd1ファミリーの1つである。そこで、Pkd1からその機能を類推した。PKD (Polycystic Kidney Disease)は腎臓が肥大する病気であり、腎臓では尿細管液の流れを繊毛で感知している。Pkd1は繊毛上でメカノセンサーとして働いており、Pkd1が尿細管液の流れを感知すると、複合体を形成するPkd2(Ca2+チャネル)を通して細胞内にCa2+が流入する。マウスやゼブラフィッシュではPkd2の機能欠損により内臓逆位を生じることが報告されており、また、マウスのnodeの繊毛にPkd2が局在することも知られていた。一方、Pkd1のノックアウトマウスでは内臓逆位は生じず、nodeの繊毛にも局在していない。そのため、左右性形成におけるPkd2のパートナーは今まで不明であった。以上の事実から、KV内でも左右性形成において腎臓と類似の現象が生じていると仮定すると、Pkd1l1がPkd2と複合体を形成することによりnodal flowのセンサーとして働いていると考えられる。in situ hybridizationとモルフォリノアンチセンスオリゴ阻害実験の結果から、メダカにおいてもpkd2はKVに発現し、左右性形成に関わっていることが示された。また、免疫共沈降実験の結果、Pkd1l1とPkd2の相互作用が検出された。さらに、免疫染色の結果から、Pkd1l1とPkd2は相互に依存してKVの繊毛に局在していることがわかった。

いわゆる"two-cilia model"では、nodeの中心にある繊毛はその動きに必須なダイニン重鎖であるLeft-right dynein(Lrd)を持つ一方、nodeの周縁にある繊毛はLrdを持たないため動けず、nodal flowのセンサーとして機能していると考えられていた。そこで、Pkd1l1はKVの周縁にある動かない繊毛に局在することによってセンサーとして働いていると考え、Pkd1l1の免疫染色をおこなった。しかし予想に反して、Pkd1l1は、周縁の繊毛のみならず、KVの全ての繊毛に局在していた。さらに、Lrdについても免疫染色をおこなったところ、やはり全ての繊毛で染色が確認され、周縁の繊毛においてもLrdが存在することがわかった。実際に、KVの繊毛の動きをライブイメージングで観察したところ、確かに周縁の繊毛も動いていることが確認できた。

以上の結果より、Pkd1l1とPkd2はKVの繊毛上で複合体を形成して、nodal flowのセンサーとして働いていることが示唆された。また、それらの繊毛は全て動く繊毛であることも示された。これらの結果は今までの"two-cilia model"にはあてはまらず、本論文では新たなモデル"dual-function cilia model"が提示された。それは、KVの繊毛は1種類であり、同時に以下の2つの役割を担っている、というものである。すなわち、KVの繊毛は(1)回転運動によってnodal flowを作ると同時に、(2)繊毛上のPkd1l1とPkd2を介してnodal flowを感知していると考えられる。

論文提出者は、メダカ内臓逆位変異体abecobeの解析を基にして、長年不明であった左右性形成におけるPkd2のパートナーがPkd1l1であることを初めて明らかにした。さらに、Pkd1l1とPkd2の複合体が動く繊毛に局在することを示すことによって、nodal flowのセンシングメカニズムに"dual-function cilia model"という新たなモデルを提示することができた。これらの結果は、脊椎動物の左右性形成機構の解明に大きな進展をもたらすと共に、今後の研究の方向性を示すものであり、評価に値する。

なお、本論文は、小林大介氏、上原由佳氏、越田澄人氏、飯島典生氏、工藤明氏、横山尚彦氏、武田洋幸氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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