学位論文要旨



No 126532
著者(漢字) 加藤,千枝子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,チエコ
標題(和) 日本人サンプルを用いた15番染色体長腕領域における自閉症感受性候補遺伝子の検討
標題(洋)
報告番号 126532
報告番号 甲26532
学位授与日 2011.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3566号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 准教授 垣内,千尋
 東京大学 講師 後藤,順
内容要旨 要旨を表示する

○はじめに

自閉症は(1)社会的な相互交渉の質的な障害、(2)コミュニケーション機能の質的な障害、(3)活動と興味の範囲の著しい限局性の3つを主な特徴とする脳の発達障害である。広義に捉えると児童100人に約1人が該当する。男女比は、4:1で男児に多い。自閉症発症のメカニズムはまだ不明であるが遺伝要因が関与することは遺伝疫学的検討から明らかである。罹患一致率が一卵性双生児で60~90%、二卵性双生児で0~24%というのが多くの研究の見解であり、このような知見をもとに連鎖研究や関連研究などの手法により自閉症の原因遺伝子の探索が数多く行われてきている。しかし、明らかな原因遺伝子の同定には至っていない。その理由の一つとして、自閉症が複数の遺伝子が関与する複雑疾患であることが考えられる。つまり、複数の疾患感受性遺伝子の変異が小さな寄与をすることにより質的形質としての罹病性が規定され、これに環境要因が加わって発症するというモデルである。民族により感受性遺伝子が異なる可能性もある為、海外で行われた研究結果を単純に日本人に当てはめることが必ずしも正しいとは限らないが、日本人における大規模なゲノム解析が行われるだけの対象を得ることは容易ではなく、海外での報告を参考に本研究を行った。

本研究では、自閉症との関連が示唆されているいくつかの候補領域の中から染色体変異を示す症例が最も多く報告されており、さらに自閉症様症状を現すAngelman syndrome (AS)における染色体異常の領域でもある15番染色体長腕領域(15q11-q13)に着目した。15q11-q13領域には父性発現遺伝子のあるlarge proximal domain (~2Mb)と母性発現遺伝子のあるmaternal expression domain (MED;~500kb)とどちらの親由来でも発現する遺伝子のあるdomain (~2Mb)がある。前者2つの領域にあるインプリンティング遺伝子の発現はSNRPN (small nuclear ribonucleoprotein polypeptide N) プロモーター領域にあるimprinting center (IC)によって制御されている。MEDには2つのインプリンティング遺伝子(UBE3AとATP10C)が位置しており、どちらの親由来でも発現する遺伝子としてGABA受容体遺伝子GABRB3、GABRA5、GABRG3がある。UBE3Aはubiquitin-protein ligase E3Aをコードしており、ASの発症に関与している。ATP10C遺伝子産物はアミノリン酸脂質を輸送するATP分解酵素で、細胞膜の整合性の維持に関与しており、中枢神経系における細胞シグナリングに重要な役割を持つ。GABRB3、GABRA5、GABRG3は自閉症者の海馬でGABA受容体の密度の減少がみられることや自閉症者でGABA作動性の抑制反応の低下がみられることから自閉症研究において注目されている。そこで、本研究ではMEDとICにある41 SNPsについてとGABA受容体遺伝子領域にある11 SNPsについて解析し、これらと自閉症との関連を検討した。

○対象と方法

対象は疾患群133人(男性115人、女性18人)と健常群191人(男性66人、女性125人)である。自閉症の診断は2人の児童精神科医が診察し、両親からのインタビューを元にDSM-IVの診断基準に基づいて行った。健常群は面接と問診、性格・生活習慣に関しての質問紙による調査を行い、自閉症スペクトラム障害や主要な精神疾患および身体疾患に罹患していないことを確認した。

なお、研究実施に当たって、東京大学大学院医学系研究科・医学部ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査委員会の承認を受け、被験者(必要時は保護者)に研究内容についての口頭・文書による説明と書面による同意を得た。

DNAは被験者の末梢血リンパ球からフェノールクロロホルム法により抽出した。ABI PRISM 7900HTで解析可能なAssay-on-DemandTMのSNPsからMEDとICを含む領域にある41 SNPsとGABA受容体領域にある11SNPsについてABI PRISM 7900HT Sequence Detection System (Applied Biosystems、CA)で解析した。これらのうち多型が認められなかった10SNPsについては続く統計解析からは除外し、残りのSNPsについてSNP解析ソフトHaploViewを使って各SNPsの対立遺伝子頻度を比較した。連鎖不平衡度はD´で計算し、ハプロタイプブロックを調べその頻度を比較した。また、統計解析ソフトStatcelを使って各SNPsの遺伝子型頻度をχ2検定で比較した。さらに、MED領域にあるSNPsについてはTDT解析をHaploViewを使って行った。

○結果と考察

(1)MED領域

対象全体で対立遺伝子頻度に有意な差はみられなかった。SNP8 (rs7164989)の遺伝子型分布に有意差を認めた(p=0.0235)。5つのハプロタイプブロックが認められたがどのハプロタイプブロックも有意差はなかった。対象を男性に限定すると対立遺伝子頻度には有意な差は認められず、遺伝子型頻度についてはSNP15 (rs1549477)とSNP16 (rs1549478)についてそれぞれp=0.0460、p=0.0323の有意差を示した。4つのハプロタイプブロックを認めたがどのハプロタイプブロックも有意差はなかった。個々の検定で認められた有意差は多重検定の特異性を考慮するとすべて消失した。

対象全体におけるTDT解析によりSNP5 (rs4474655)とSNP3 (rs28687287)について有意差が認められた(permutation test p=0.00330、0.0420)。対象を男性に限定するとSNP5、SNP3、SNP25 (rs4906629)、SNP28 (rs17637170)の4SNPsで有意差が認められた(permutation test p=0.000300、0.00160、0.0113、0.0326)。これらについても同様に多重検定の特異性を考慮すると有意差は消失した。

SNP3、5、8はSNRPNとSNRPN upstream reading frame(SNURF)のintron regionにあり、SNRPNはその下流がUBE3Aとアンチセンスでオーバーラップしている。SNRPNは父親由来染色体から転写されるインプリンティング遺伝子であり、母親由来染色体からのみ発現するUBE3Aの発現を調節している。本研究では、UBE3AにあるSNPsと自閉症に関連は認めなかったが、SNRPNにあるSNPsでは関連がある傾向を示した。SNRPNによる発現調節を介してUBE3Aが自閉症の発症に直接的に関与している可能性がわずかだが示唆される。

SNP25とSNP28はATP10Cのintron regionにある。ATP10Cはaminophopholipid-transporting ATPasesのサブファミリーで二重膜をはさんだアミノリン脂質の輸送に関わっており、ASの原因遺伝子であることがわかっている。ASが自閉症様症状を示すことからこれらのSNPsが自閉症に関係している可能性がある。

(2)GABA受容体領域

対象全体でも男性限定でも対立遺伝子頻度や遺伝子型頻度、ハプロタイプブロックについて有意な差が認められたSNPやハプロタイプブロックはなかった。

本研究ではGABRB3、GABRA5、GABRG3と自閉症は関連がないことがわかった。

本研究にはいくつかの問題点がある。研究全体において健常対照群は疾患群と年齢・性別が一致していない。しかし、双生児研究や家族研究、ならびに自閉症の発症年齢が極めて低いことから考えて自閉症の診断確定への出生後の環境要因の寄与は主たるものとは考えられないので年齢の差は大きな問題とはならないと考えられる。男女比については、自閉症が女性より男性に多いことから対象を男性に限定をして解析を行ったが、全体での結果とほぼ同じ結果が得られた。なお、自閉症の診断方法については、本研究ではその日本語版がなかったことからAutism Diagnostic Observation Schedule (ADOS)やAutism Diagnostic Intaview-Revised(ADI-R)を用いていないが、最初の診断から6ヶ月のフォローを行っており-診断の信頼性は十分高いと考えている。

○考察

本研究では、自閉症感受性領域と考えられている15番染色体長腕領域(15q11-q13)と自閉症との関連について、日本人を対象に検討した。まず15q11-q13領域で母親由来染色体の重複が繰り返し確認されているMEDとその上流にあるIC領域を検討した。MEDにあるUBE3Aと自閉症の関連は認めなかったが、UBE3Aの発現を調節しているSNRPNのSNPsでは関連がある傾向を認め、SNRPNによる発現調節を介してUBE3Aが自閉症発症に間接的に関与していることが示唆される。

また、15q11-q13領域にあり、海外で自閉症感受性遺伝子として報告されているGABRB3、GABRA5、GABRG3について日本人を対象に検討したが、本研究では関連は認められなかった。

これらの所見はまだ予備的なものであり、今後更なる検討が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は遺伝要因と環境要因が複雑に関与してその診断基準を満たすだけの特徴をもつようになると考えられている自閉症について、海外での研究結果を参考にして日本人を対象に自閉症感受性候補遺伝子の検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.自閉症で重複がしばしば報告されている染色体15q11-q13領域にある41SNPsについて健常対照群と比較した。対立遺伝子頻度、遺伝子型分布、ハプロタイプブロック、TDT解析において統計学的に有意な差が認められなかったが、rs7164989, rs1549477, rs1549478, rs4474655, rs28687287, rs4906629, rs17637170において自閉症と関連する傾向がみられた。これらのSNPの座位からSNRPNを介してUBE3Aの発現が調節されて自閉症の診断基準を満たすだけの特徴をもつことに関わる可能性を示唆した。

2. 海外で関連が報告されているGABRB3, GABRA5, GABRG3を含むGABA受容体領域にある11SNPsについて健常対照群と比較した。対立遺伝子頻度、遺伝子型分布、ハプロタイプブロックにおいて統計学的に有意な差は認められなかった。

以上、本論文は日本人において染色体15q11-q13領域にあるSNP解析を行い、自閉症の診断基準を満たすだけの特徴の発現に関連する遺伝子多型がSNRPNにあり、SNRPNにより発現調節を受けているUBE3Aに働きかけて表現型を示す可能性を明らかにした。日本人における自閉症関連遺伝子の特定にわずかながら貢献するもの考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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