学位論文要旨



No 126534
著者(漢字) 佐藤,三穂
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ミホ
標題(和) 職業を持つ2型糖尿病患者のセルフケア、心理的well-being、perceived positive changeに影響を与える職場要因に関する研究
標題(洋)
報告番号 126534
報告番号 甲26534
学位授与日 2011.01.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3568号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 准教授 東,尚弘
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

わが国において糖尿病患者は増加の一途をたどり、2型糖尿病がその大部分を占めている。糖尿病の治療の目的は高血糖の是正にあるため、患者は血糖コントロールに必要なセルフケアを続けていくことが必要である。一方で、生涯に渡って糖尿病を管理していくことが求められるため心理的な問題を抱えやすいという特徴を持つ。

就労は、成人期にある人の主要な社会的役割のひとつであり、就労している糖尿病患者は生活時間の多くを職場で費やす。よって、どのような職場要因が療養に影響を与えるのかを明らかにすることは重要である。しかし、職場という社会的文脈に着目した研究の蓄積は少なく、職場に着目している限られた過去の研究においても、療養に影響を与える職場要因を患者の視点から十分に拾い上げていないという課題を持っている。またこれらの研究では、職場要因が与える影響をセルフケア行動、または心理指標いずれかとの関連のみで検討している。行動や心理的次元に焦点を当てた指標に加え、ライフ次元であるPPCに着目することで患者の療養生活を包括的に捉えることが可能である。

そこで、本研究では、職業を持つ2型糖尿病患者を対象に、生活の主要な場である職場に着目して、糖尿病の療養に影響を与える職場要因について、患者の語りから記述的に明らかにし(研究1)、研究1で明らかになった職場要因が、糖尿病の療養生活を構成するセルフケア、心理的well-being、PPCにどのような影響を与えるかについて定量的に検討する(研究2)ことを目的とした。

研究1:面接調査

1.対象と方法

2型糖尿病と診断されている通院患者を対象に、2007年10月~2008年4月にかけて半構造化面接を行った。男性15名、女性10名で、年齢は34~65歳(30代3名、40代8名、50代11名、60代3名)、非常勤勤務をしている人は8名であった。質問内容は、「勤務形態や仕事の内容」、「仕事をしながら糖尿病の管理を続けていく上で大変だと感じていること」、「仕事をしながら糖尿病を管理する上で大切だと思うこと」「糖尿病の管理による仕事への影響」、「職場や周囲の人達に望むこと」であった。逐語録を作成し、Loflandらの方法を参考にコーディングを行い、カテゴリーを作成した。

北海道大学医学研究科・医学部医の倫理委員会の承認を得て実施した。

2.結果

患者の語りから、「仕事や職場の環境要因に関するもの」と「仕事や職場への本人の関わり方に関するもの」に分類される10個の要因が明らかとなった。「仕事や職場の環境要因に関するもの」として、「仕事の負担が強い」、「自由裁量度が低い」、「付き合いや接待が多い」、「仕事や仕事上の付き合いが予定外に入る」、「夜勤がある」、「仕事の内容が変わる」が抽出され、「仕事や職場への本人の関わり方に関するもの」として、「職場で公表する」、「周囲の目や関係性を割り切って考える」、「病気について話せる人や、経験を共有できる人がいる」、「仕事には支障を与えていないと思える」が抽出された。

研究2:配票調査

1.対象と方法

2医療施設に2008年8月~10月の期間に通院した2型糖尿病患者を対象に、各施設の外来で無記名自記式の質問紙を配布して郵送にて回答を得た。226名に配布し188名(回収率83.2%)からの回答を得て、そのうち就労者している30~65歳である121名を分析対象とした。調査期間は2008年8月~10月であった。

対象者は、男性74.4%、女性25.6%であり、平均年齢は52.6±8.6歳であった。内服療法のみの人が61.9%、インスリン療法をしている人が29.2%、就労形態では、非正規雇用(パート・アルバイト・契約・臨時・派遣社員)が25.2%であった。

調査項目は、職場要因に関する項目は、「仕事の過重負担」、「自由裁量度」、「仕事上の付き合い」、「所定の時間外での仕事」、「夜勤」、「人事異動・仕事内容の変化」、「職場での公表」、「職場への同調性」、「職場で相談できる人」、「糖尿病による仕事への影響」であった。療養に関する項目は、セルフケアの指標として「食事セルフケア行動」、「運動セルフケア行動」、「自己効力感」、心理的well-beingの指標として「抑うつ」、「情緒的ディストレス」、そして「PPC」であった。職場要因と療養の関連について、偏相関分析と重回帰分析を用いて検討した。

北海道大学大学院保健科学研究院倫理委員会の承認を得て実施した。

2.結果

患者の語りから明らかになった職場要因と療養との関連性について定量的な検討を行った。「食事セルフケア行動」、「自己効力感」、「抑うつ」、「情緒的ディストレス」、「PPC」を従属変数とした重回帰分析のモデルに対して、職場要因は中等度の説明力を持っていた。

食事セルフケア行動との関連では、夜勤が多い人ほど食事セルフケアを実行できていず、職場で公表しているほど実行しており、職場での同調性が高い人ほど実行できていないという結果であった。自己効力感との関連では、職場で公表している人ほど自己効力感が高く、職場での同調性が高い人ほど、糖尿病による仕事への影響がある人ほど、自己効力感が低いという結果であった。抑うつとの関連では、仕事上の付き合いがある人ほど抑うつの程度が低く、糖尿病による仕事への影響がある人ほど抑うつの程度が高いという結果であった。情緒的ディストレスの関連では、自由裁量度が高い人ほど、また職場で相談できる人がいるほど情緒的ディストレスが低く、糖尿病による仕事への影響がある人ほど情緒的ディストレスが高いという結果であった。PPCとの関連では、仕事上の付き合いがある人ほど、職場で公表している人ほど、また職場で相談できる人がいるほど、PPCが高く、夜勤がある人ほど低いという結果であった。

総合考察

本研究では、療養に影響を与える職場要因が先行研究で示されているものより多岐に渡っていること、そしてこれらの職場要因は、セルフケア、心理的well-being、またはPPCに独自の影響を与えていることが明らかとなり、糖尿病患者の療養生活を理解する上で職場に着目する重要性を示したと言える。

自由裁量度の低さは、心理的な負担を伴いやすくさせている要因であること、夜勤は、食事セルフケア行動の継続という問題のみならず、糖尿病のある人生にうまく対処し生活を組み立てていくことを難しくさせている要因であることが示され、仕事や職場がどのような環境にあるのかを把握することの必要性が明らかとなった。

職場で公表すること、そして周囲の目や関係性を割り切ることはセルフケアの実施を促進しており、職場で糖尿病の治療や健康管理の仕方について相談できる人の存在は、心理的適応、そして糖尿病のある人生の対処の成否に関連しているが示された。また、仕事には支障を与えていないと思えることが心理的well-beingを損なわず糖尿病の管理を継続していく上で重要であることが示され、仕事や職場に対して患者本人がどのように関わっているかに関する要因が療養を左右する要因として重要であることが明らかとなった。

本研究は、面接調査と配票調査を併用することにより、就労している2型糖尿病患者の療養に影響する職場要因の特徴について当事者の語りと定量的な関連から明らかにし、療養に影響を与える職場要因の理解を深め、患者の視点にたった支援のあり方を考える上で職場という文脈に着目することの重要性を示したと言える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、職業を持つ2型糖尿病患者の療養に影響を与える職場要因をセルフケア、心理的well-being、perceived positive change(PPC)との関連から明らかにすることを目的として、面接調査及び配票調査を実施した。職業を持つ2型糖尿病患者25名を対象とした面接調査では、糖尿病の療養に影響を与える職場要因を患者の語りから記述的に明らかにし、職業を持つ2型糖尿病患者121名を対象とした配票調査では、面接調査で明らかとなった職場要因がセルフケア、心理的well-being、PPCにどのような影響を与えるのかを定量的に検討しており、以下の結果を得ている。

1.面接調査の結果、療養に影響を与える職場要因として、「仕事の負担が強い」、「自由裁量度が低い」、「付き合いや接待が多い」、「仕事や仕事上の付き合いが予定外に入る」、「夜勤がある」、「仕事の内容が変わる」という「仕事や職場の環境要因に関するもの」に分類される要因と、「職場で公表する」、「周囲の目や関係性を割り切って考える」、「病気について話せる人や、経験を共有できる人がいる」、「仕事には支障を与えていないと思える」という「仕事や職場への本人の関わり方に関するもの」に分類される要因が明らかとなった。

2.面接調査で明らかとなった職場要因とセルフケア、心理的well-being、PPCとの関連について、セルフケアの指標として「食事セルフケア行動」、「運動セルフケア行動」、「自己効力感」、心理的well-beingの指標として「抑うつ」、「情緒的ディストレス」、そして「PPC」を従属変数とした重回帰分析を用いて検証した結果、職場要因は、各重回帰分析のモデルに対して中等度の説明力を持っていた。自由裁量度が高い人ほど情緒的ディストレスが低く、夜勤が多い人ほど食事セルフケアの実施程度が低く、PPCが低いという結果であった。職場で公表している人ほど、食事セルフケアを実施しており、自己効力感が高く、PPCが高いという結果であった。周囲の目や関係性を気にして職場への同調性が高い人ほど、食事セルフケアの実施程度が低く、自己効力感が低いという結果であった。職場で糖尿病の治療や健康管理の仕方について相談できる人がいる人ほど、情緒的ディストレスが低く、PPCが高いという結果であった。糖尿病による仕事への影響を感じている人ほど、抑うつの程度が高く、情緒的ディストレスが高く、自己効力感が低いという結果であった。

以上、本論文は職業を持つ2型糖尿病患者の療養に影響を与える職場要因が先行研究で示されているものより多岐に渡っていることを示した。そしてそれぞれの職場要因が与える影響をセルフケア、心理的well-being、PPCという療養を構成する3つの側面との関連から検証することで、各職場要因の特徴を多面的に明らかにし、2型糖尿病患者の療養生活を理解する上で職場要因に着目する重要性を示した。本論文は、2型糖尿病患者の療養生活の理解を深め、支援を考案する上で重要な貢献を果たすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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