学位論文要旨



No 126535
著者(漢字) 奥村,忠誠
著者(英字)
著者(カナ) オクムラ,タダノブ
標題(和) 野生動物管理のための分布拡大要因の把握
標題(洋)
報告番号 126535
報告番号 甲26535
学位授与日 2011.02.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3619号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 教授 三中,信宏
 宇都宮大学 教授 小金澤,正昭
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,近年の野生動物の分布拡大に影響を与えている要因を推定し,その要因についての考察を行っている。その際に,分布拡大が安定した生息地からの分散により起こっていることに着目し,安定した生息地からの距離により分布の要因が異なることを仮定した。具体的には,安定した生息地からの距離の統計量をもとに異なる解析対象範囲を設定し,解析対象範囲ごとに分布の要因を推定し,その要因について生態学的な知見から考察を行った。

第1章「序論」では,野生動物の分布が拡大している現状と拡大に合わせて被害地域も拡大し,大きな社会問題になっていることを提示した。そのために現在行われている対策について,法体制と被害現場での対応をまとめ,さらに,社会的な背景として狩猟者の減少や中山間地域の過疎高齢化の問題にも触れ,広域的なグランドデザインにもとづいた野生動物管理体制の構築の必要性を示した。また,広域的に野生動物管理を行うためには,現在の分布拡大から要因を予測する必要があることから,そのために必要な統計手法と分布予測に関する先行研究についてまとめた。さらに,分布拡大は安定的に生息可能な生息地からの分散により起こっていることから,分布拡大距離にもとづく解析対象範囲を設定して解析を行う必要について論じ,本論文の目的を述べている。

第2章「解析対象地域と分布データ」では,解析対象種であるニホンジカ・イノシシ・ニホンザル・ツキノワグマ・カモシカの分布から解析対象地域を北海道と島嶼地域を除く本州・四国・九州とした理由と解析に使用した分布データである第2回(1978年)と第6回(2003年)の自然環境保全基礎調査の調査方法について述べた。この自然環境保全基礎調査は標準地域メッシュである2次メッシュの2分の1メッシュ(約5km×5km)で作成されており,本研究では,第2回と第6回の両時期に分布が確認されたメッシュを安定メッシュ,第6回のみで分布が確認されたメッシュを拡大メッシュと定義して使用した。

第3章「分布拡大距離と解析対象範囲の設定」では,異なる解析対象範囲を設定するために,安定メッシュに連続して隣接している拡大メッシュを取り出した。その結果,イノシシが最も遠くまで分布拡大しており,分布拡大距離は57.9kmであった。次いでニホンジカ,カモシカ,ツキノワグマ,ニホンザルと続いていた。この距離はそれぞれの種の増加率との関連性が示唆された。また,分布地域ではニホンジカとイノシシでは関東北部や北陸地方などの積雪地域の縁にあたる地域への分布拡大がみられた。これには地域的な積雪の減少が関係していると考えられ,イノシシではそれに加えて,狩猟者の減少により積雪地域での狩猟圧の減少が考えられた。ツキノワグマでは平地への分布拡大がみられた。この分布拡大が,近年の人里への出没に影響していることが考えられた。ニホンザルでは分布がパッチ状であり,分布拡大はパッチ間をつなぐように起こっていた。パッチ状の分布は捕獲や生息地改変の影響を受けたことを示しており,そのパッチ間をつなぐように拡大していることはかつての分布域に回復する過程であると考えられた。また,カモシカの分布拡大は安定メッシュの周囲にしみ出すように起こっていた。これは狩猟数の減少により個体数が増加した結果であることと,本来の生息地である山奥の環境がカモシカが好む低木林から生長したことで生息に不適な環境になってきたことで,里山への分布拡大が顕著になったと予想された。また,分布拡大距離の統計量の中央値では解析対象種間にほとんど差がみられず,平均値・上側四分位・極値では種間での拡大距離の傾向は変わらなかったが,種間差は距離が長くなる程大きくなっていた。そのことから上側四分位・極値・最大値の3つの解析対象範囲を設定し,それ以外に解析対象範囲に制限を用いない全範囲を対象としたモデルで説明変数に距離を含むモデルと含まないモデルの計5つのモデルを使用した。

第4章「分布拡大要因の推定」では,分布を予測する手法としてGLM(Generalized Linear Model)を用いて解析を行った。GLMでは,応答変数としてそれぞれの解析対象範囲に含まれる拡大メッシュと非拡大メッシュを用い,説明変数として解析対象種の分布に影響を与えていると思われる12変数(標高,植生(竹林,広葉樹林,針葉樹林,草地),土地利用(田,荒地,他の農用地,耕作放棄地),人口,道路,積雪深)を用いた。GLMで得られた結果は赤池の情報量規準(AIC, Akaike Information Criterion)によるモデル選択を行い,AUC(Area Under the Curve)を用いた精度検証を行った。その結果,全範囲で説明変数に距離を含まないモデルでは,要因の影響の強さに種間差はみられるが,比較的傾向は共通しており,積雪・標高・人口などの広域で変動する要因が影響を及ぼしていることがわかった。ニホンジカやイノシシでは積雪が分布の制限要因となることが指摘されてきたが,人為的要因がそれらの種の分布に強く影響していることは,これまでに指摘されていない新たな知見である。また,全範囲で説明変数に距離を含むモデルの結果では,個体群が継続的に生息可能な安定的な生息地からの距離の影響が強いことがわかった。さらに,解析対象範囲を絞ったモデルでは,耕作放棄地や植生や人口などの小スケールで変動する要因が選ばれていた。特に,耕作放棄地は多くの種で正の要因として選ばれており,分布拡大の主要な要因であると思われた。ニホンジカ,ニホンザル,カモシカでは針葉樹林も正の要因として影響を与えていた。イノシシでは竹林が,ツキノワグマでは荒地が特筆すべき要因となっていた。これらのことから,近年の分布拡大には人口や耕作放棄地などの人為的要因が影響していることが示唆され,分布拡大を制御するためには森林の管理や耕作放棄地の整備などの土地利用が重要であると考えられた。モデルの検証では,全ての種においてそれぞれの解析対象範囲で行った解析結果の検証と予測の間でほとんど違いが見られなかったことから,解析結果としての精度は一定水準にあると思われる。また,種間の比較ではカモシカの精度が最も高くなっていた。これはカモシカの個体群が狩猟や捕獲の影響を最も受けていないことによるものと思われた。さらに,範囲が狭まる程精度が悪くなっていたことは,範囲が狭まることで対象種自体の要因が影響していることが予想され,密度や狩猟の影響も加味する必要があるものと思われた。

審査要旨 要旨を表示する

近年,全国で野生動物の分布拡大が確認され,それに伴い農林業被害地域も拡大し,大きな社会問題となっている。本論文では,分布拡大の要因が個体群を安定的に維持できる生息地からの距離に影響されると仮定し,異なる解析対象範囲を用いて解析することで分布拡大要因の把握を試みた。また,解析結果として得られた分布拡大に影響する要因については,生態学的な知見から考察を行った。

第1章では,序論として野生動物の分布と被害地域が拡大し,大きな社会問題になっていることを提示した。そのために現在行われている対策について,法体制と被害現場での対応をまとめ,さらに,社会的な背景として狩猟者の減少や中山間地域の過疎高齢化の問題にも触れ,広域的な野生動物管理体制の構築の必要性を示した。また,広域的に野生動物管理を行うためには,現在の分布拡大の要因を把握する必要があることから,そのために必要な統計手法と分布要因に関する先行研究についてまとめた。さらに,分布拡大の距離にもとづく解析対象範囲を設定して解析を行う必要性について論じ,本論文の目的としている。

第2章では,解析対象地域と分布データについて記している。解析対象地域は解析対象種であるニホンジカ・イノシシ・ニホンザル・ツキノワグマ・カモシカの分布から本州・四国・九州とした。解析に用いた自然環境保全基礎調査は標準地域メッシュである2次メッシュの2分の1メッシュ(約5km×5km)で作成されており,本研究では,第2回(1978年)と第6回(2003年)の両時期に分布が確認されたメッシュを安定メッシュ,第6回のみで分布が確認されたメッシュを拡大メッシュと定義して使用した。

第3章では,分布拡大距離の要因について論じ,その距離をもとに解析対象範囲を設定した。結果では,イノシシが最も遠くまで分布拡大しており,分布拡大距離は57.9kmであった。次いでニホンジカ,カモシカ,ツキノワグマ,ニホンザルと続いていた。また,ニホンジカとイノシシの関東北部や北陸地方などの積雪地域の縁にあたる地域への分布拡大は,地域的な積雪の減少が関係していると考えられた。ツキノワグマの平地への分布拡大は,近年の人里への出没に影響していることが考えられた。ニホンザルのパッチ状の分布は捕獲や生息地改変の影響を受けたことを示しており,そのパッチ間をつなぐように拡大していることはかつての分布域に回復する過程であると考えられた。カモシカは狩猟数の減少により個体数が増加した結果であることと,本来の生息地である山奥の環境が生息に不適になってきたことで,里山への分布拡大が顕著になったと予想された。

第4章では,分布拡大要因の推定を行っている。分布を予測する手法として一般化線形モデル(Generalized Linear Model,以下GLM)を用いて解析を行った。GLMでは,応答変数としてそれぞれの解析対象範囲に含まれる拡大メッシュと非拡大メッシュを用い,説明変数として解析対象種の分布に影響を与えていると思われる12変数(標高,植生,土地利用,人口,道路,積雪深など)を用いた。その結果,全範囲で説明変数に距離を含まないモデルでは,要因の影響の強さに種間差はみられるが,比較的傾向は共通しており,積雪・標高・人口などの広域で変動する要因が影響を及ぼしていた。ニホンジカやイノシシでは積雪が分布の制限要因となることが指摘されてきたが,人為的要因が強く影響していることは,これまでに指摘されていない新たな知見である。また,全範囲で説明変数に距離を含むモデルの結果では,安定的な生息地からの距離の影響が強いことがわかった。さらに,解析対象範囲を絞ったモデルでは,耕作放棄地や針葉樹林や人口などの小スケールで変動する要因が選ばれていた。特に,耕作放棄地と針葉樹林は多くの種で正の要因として選ばれており,分布拡大の主要因であると思われた。これらのことから,分布拡大を制御するためには耕作放棄地の活用や整備,間伐や除伐などの針葉樹林の手入れなどの方法を検討し,野生動物が侵入しにくい環境を作っていくことが重要であると考えられた。

以上のように本研究は,近年の野生動物の分布拡大要因を統計的手法により明らかにしたものである。その結果は,野生動物と社会経済活動の共存の可能性について展開することが可能であり,自然共生社会の構築に大きく貢献するものである。よって審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク