No | 126546 | |
著者(漢字) | 森本,卓行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリモト,タカユキ | |
標題(和) | 持続したシナプス活動により誘導されるミトコンドリア依存性シナプス前短期可塑性 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126546 | |
報告番号 | 甲26546 | |
学位授与日 | 2011.02.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3570号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | シナプスの長期可塑性は、ある種の記憶等との関連から多くの知見が得られ、そのメカニズムに関しても一定の理解がなされつつある。一方で、シナプスの短期可塑性は様々な刺激パターンに対するそのシナプスの応答を決める重要な因子であるのみならず、高次脳機能の時空間制御において重要な生理的役割を担うと考えられているが、その分子機序に関しては殆どわかっていないのが現状である。短期可塑性の代表的な例の一つに、高頻度刺激後の一過的なシナプス応答の増強であるテタヌス後増強 (posttetanic potentiation: PTP) がある。PTPに関しては様々な実験系でよく研究されているものの、不明な点も多い。特に、今回我々が扱う海馬CA1領域のSchaffer側枝とCA1錐体細胞とのシナプス (以下、CA3-CA1シナプス) では、PTPを始めとした短期可塑性のメカニズムについて、未だに多くの研究者を納得させられるだけの実験結果が得られていない状況である。 我々は、今回、海馬スライス標本において、低頻度刺激後にも短期増強が起きることを示し、PTPと比較しながら実験を行うことによって、刺激頻度と応答の関係に関して知見を得、CA3-CA1シナプスのシナプス前性短期可塑性について新たな考察を加えることができた。そして、ミトコンドリアによるシナプス前部のカルシウム濃度制御が短期可塑性に重要な役割を果たしている可能性を示すことができた。 我々はまず、5Hz 3minの低頻度刺激を加え、その応答を詳細に解析した。電気刺激により発火する軸索の本数の指標(入力)となるfiber volleyを、立ち上がりの最大勾配を計測することによって定量化すると、fiber volleyは5Hz刺激中に減弱した後、5Hz刺激終了後数分のタイムスケールで回復することが観察された。一方、シナプス応答の指標(出力)である興奮性シナプス後電位 (Excitatory postsynaptic potential: EPSP)は5Hz刺激の最初の数十秒の間増強した後減弱に向かい、5Hz刺激終了後は一度ベースライン近くまで跳ね上がり、その後再び減弱し、十数分のタイムスケールで回復していくことが観察された。この5Hz刺激終了後の一過的な増強の際、fiber volleyはまだ回復しておらず、見かけのEPSPの増強よりも大きなシナプス増強が起きている可能性が示唆された。そこで、我々は、この低頻度刺激後の短期増強と思われる現象について、詳細な解析とメカニズムの解明を行うことにした。 まず、GABAA受容体のアンタゴニストであるピクロトキシン (100μM) あるいはNMDA受容体のアンタゴニストであるD-APV (50μM)をそれぞれ投与し、コントロール群と比較する実験を行ったところ、低頻度刺激後の短期増強に顕著な影響はみられなかった。このことから、低頻度刺激後の短期増強にGABAA受容体やNMDA受容体が関与している可能性は低いことが示唆された。 次に、テストパルスをpaired pulseにして、paired-pulse ratio (PPR)をモニターすることで、シナプス前性の変化が低頻度刺激後に起きているかどうかを調べた。一般に、PPRが大きいシナプスほど刺激に対する神経伝達物質の放出確率が低いことが知られている。この実験では、低頻度刺激後に一過的なPPRの減少が観察され、この変化は低頻度刺激後の短期増強とほぼ同じタイムスケールであったことから、低頻度刺激後の短期増強は、シナプス前性の放出確率の増大によるものである可能性を示唆する結果となった。 我々は、PTPについてもテストパルスをpaired pulseにしてPPRをモニターする実験を行った。非常に興味深いことに、PTPでのPPRの変化は、変化量、タイムスケール共に、低頻度刺激後の短期増強におけるPPRの変化と同等であった。このことは、高頻度刺激後の短期増強と低頻度刺激後の短期増強が同様の発現メカニズムを共有している可能性を示唆している。そこで、我々は、高頻度刺激後の短期増強と、低頻度刺激後の短期増強を比較することで、CA3-CA1シナプスの短期可塑性についてより深い理解が得られるのではないかと考えた。 我々はまず、CA3-CA1シナプスでPTPへの関与の報告のあるPKCに関して、阻害剤を用いてPTP及び低頻度刺激後の短期増強への関与を調べた。Chelerythlene、BIS I、Ro-31-8425の3つの阻害剤について実験を行った。Chelerythlene (5μM)に関しては、EPSPのベースラインの減弱が観察されたため、可塑性への影響を検討する実験は行わなかった。BIS I (8μM) およびRo-31-8425 (10μM)に関しては、いずれもベースラインに顕著な影響が無く、PTPおよび低頻度刺激後の短期増強にも影響は無かった。Chelerythleneがミトコンドリアのエネルギー産生に影響を与えるという報告があることもあり、chelerythleneのベースラインへの影響は副作用である可能性がある。BIS I及びRo-31-8425は、これまでの報告から判断して十分効果があると考えられる条件で投与していることから、PKCが短期可塑性に関与することには否定的な結果となった。これら以外に、PKA inhibitor H-89 (2μM) 、CaMKII inhibitor KN-93 (5μM) 、myosin light chain kinase inhibitor ML-7 (10μM)についてもベースラインへの影響とPTP及び低頻度刺激後の短期増強への影響を調べたが、顕著な影響は観察されなかった。 次に我々は、細胞内カルシウム貯蔵庫としてのミトコンドリアの役割を考え、コンディショニング刺激中にシナプス前終末内のミトコンドリアにカルシウムが蓄積し、コンディショニング刺激後に放出されることで短期増強を誘導している可能性を検討した。ミトコンドリアは細胞質より電位が百数十ミリボルト低く、ミトコンドリアへのカルシウム流入は電気化学的勾配を利用して受動的に起こると考えられている。流入経路に関しては、mitochondrial Ca2+ uniporterと呼ばれる、未だチャネルかキャリアかが不明の分子が考えられている。一方、カルシウムの放出に関しては、mitochondrial Na+/Ca2+ exchanger (mNCX)によるナトリウム依存的な放出と、他の未知のキャリアによるナトリウム非依存的な放出、及びpearmeability transitionというこれらとは異なる現象によると考えられている。我々は、コンディショニング刺激後には、シナプス前終末内のカルシウム濃度だけでなくナトリウム濃度も高まっていることを考慮に入れ、mNCXのinhibitorであるtetraphenylphosphonium (TPP+)を用いて実験を行った。1μMのTPP+を投与してもEPSPのベースラインは影響を受けなかった。一方、同じ濃度のTPP+の投与によって、PTP及び低頻度刺激後の短期増強が有意に減少した。これらの結果から、高頻度刺激後および低頻度刺激後のいずれの短期増強においてもミトコンドリアからのカルシウム放出が関与している可能性が示唆された。ミトコンドリアからのカルシウム排出のほかの経路であるpermeability transitionに関わる分子のCA3特異的ノックアウトマウスの解析では、PTPや5Hz 3min刺激後の可塑性に顕著な影響が見られなかったことから、短期可塑性に関与するのはmNCXからの放出に比較的限られるのかもしれない。 なお、当研究室でのタイプ3のリアノジン受容体のノックアウトマウスの実験結果やThapsigargin (3μM)の投与でCA3-CA1シナプスでの高頻度及び低頻度刺激後の短期可塑性に顕著な影響を与えなかったことなどから、小胞体からのカルシウム放出の影響は小さいと考えられるが、更なる検討が必要である。 以上の結果から、CA3-CA1シナプスにおける短期増強において、PPRの解析から、高頻度刺激と低頻度刺激で共通した現象が起こっている可能性が示唆され、それがコンディショニング刺激によってミトコンドリアにカルシウムが蓄積し、刺激後に放出されることで増強を引き起こす現象である可能性を示唆する結果が得られた。 今回の我々の研究では、CA3-CA1シナプスの短期可塑性にミトコンドリアが関与していることが示唆されたことに加え、異なった刺激時に起こる短期増強の比較からCA3-CA1シナプスの短期可塑性のメカニズムに関して、これまでよりかなり踏み込んだ考察を加えることができたのではないかと考えている。 | |
審査要旨 | 本研究は脳におけるシナプス伝達において重要な役割を担うと考えられている短期可塑性について、海馬CA3領域から伸びるSchaffer側枝とCA1領域の錐体細胞とのシナプス (以下CA3-CA1シナプス)を実験系として、電気生理学的方法により解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.電気刺激した際のSchaffer側枝の興奮性の指標 (入力の指標)となるfiber volleyを立ち上がりの傾きの最大値を取ることによって定量化し、シナプス応答 (出力の指標)と同時に観察する方法を発案した。CA3-CA1シナプスで5Hz 3min刺激を加える実験では、5Hz 3min刺激中にfiber volleyは減弱していき、5Hz 3min刺激終了後数分のタイムスケールで回復していくことが示唆された。一方、シナプス応答は5Hz 3min刺激中に一旦増強した後減弱していき、5Hz 3min刺激後一旦ベースライン付近まで、応答が増加し、再び十数分のタイムスケールにわたって減弱した。5Hz 3min刺激後にはfiber volleyが回復していないにもかかわらずシナプス応答が増加しており、短期増強が起きている可能性が示唆された。 2.GABAA受容体の阻害剤であるピクロトキシン (100μM) やNMDA受容体の阻害剤であるD-APV (50μM) の投与によって、5Hz 3min刺激後のシナプス応答に顕著な影響は観察されなかった。5Hz 3min刺激後の応答の増加にGABAA受容体やNMDA受容体を通る電流は寄与して可能性が低いと示唆された。 3.シナプス前部からの小胞放出確率の指標であるpaired pulse ratio (PPR) の変化を観察したところ、100Hz 1sの高頻度刺激後と5Hz 3min の低頻度刺激後で定量的に似たPPRの変化が観察された。高頻度刺激後と低頻度刺激後で、共通するシナプス前性の変化が起きている可能性が示唆された。 4.100Hz 1s後の短期増強 (post-tetanic potentiation: PTP)と5Hz 3min刺激後のシナプス応答に関して、PKCの阻害剤Ro-31-8425 (10μM) 、BIS I (8μM) 、PKAの阻害剤H-89 (10μM) 、CaMKIIの阻害剤kn-93 (5μM) 、myosin light-chain kinase 阻害剤ML-7 (10μM) の投与による顕著な影響は観察されなかった。上記の酵素がPTP及び5Hz 3min刺激後の応答の増加に寄与している可能性は低いと考えられた。 5.PTPと5Hz 3min刺激後のシナプス応答に関して、thapsigargin (3μM)の投与によって顕著な影響は観察されなかった。このことから、小胞体からのカルシウム流出がPTP及び5Hz 3min刺激後の応答の増加に寄与している可能性は低いと考えられるが、この点に関してはさらなる追求が必要である。 6.PTPと5Hz 3min刺激後のシナプス応答に関して、mitochondrial Na+/Ca2+ exchanger (mNCX) 阻害剤TPP+ (1μM)によりPTP及び5Hz 3min刺激後のPPRに有意な差が観察された。一方で、ミトコンドリアからのカルシウムの他の流出経路であるpermeabity transitionに関わる分子cyclophilin DをCA3特異的にKOしたマウスではPTP及び5Hz 3min刺激後のPPRに顕著な差が見られなかった。ミトコンドリアから流出するカルシウム、特にmNCXを通って流出するカルシウムが高頻度刺激後および低頻度刺激後に短期可塑性に関与している可能性が示唆された。 以上、本論文はCA3-CA1シナプスにおいて、低頻度刺激後にも高頻度刺激後と同様のPPRの変化が起こることを示し、ミトコンドリアからのカルシウム流出が高頻度刺激後及び低頻度刺激後の短期可塑性に関与している可能性を示した。本研究はCA3-CA1シナプスでのシナプス前性の短期可塑性に新たな知見を加えたもので、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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