学位論文要旨



No 126547
著者(漢字) 吉田,俊太郎
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,シュンタロウ
標題(和) 分子標的薬による大腸癌治療効果に関する臨床病理学的および分子生物学的検討
標題(洋)
報告番号 126547
報告番号 甲26547
学位授与日 2011.02.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3571号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学医科学研究所付属病院 准教授 高橋,聡
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 多田,稔
 東京大学 教授 深山,正久
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

生活習慣を含めた様々な要因によると思われる、世界的な大腸癌患者の増加が報告されている。本邦でも、男性の癌死因の第3位、女性では第1位と最も重要な癌となってきている。医療技術の進歩にもかかわらず、進行大腸癌で発見される症例も多く、その予後は依然として5年生存率で10%を切る厳しい状況である。1990年に入り、進行大腸癌症例に対する、5-FUを用いた化学療法の生存延長および患者QOLの向上への寄与が明らかとなり、以降積極的な化学療法を中心とした治療が検討されるようになった。その後2000年に入り新たな抗癌剤が臨床の現場に登場したことで、median survival time(以降MST)の延長が次々に報告されるようになった。そのような流れに拍車をかけたのが、分子標的薬剤の出現である。抗VEGFヒト化マウスモノクローナル抗体であるbevacizumabと、抗EGFRヒト化マウスモノクローナル抗体であるcetuximabの出現により、2005年ころより進行大腸癌治療に新たな展開が開けてきた。

今回の研究では、進行大腸癌化学療法に着目し、当科で加療を受けた大腸癌症例をレトロスペクティブに解析し、分子標的薬を含めた治療の効果をあきらにすると共に、特にcetuximab治療における治療抵抗性因子についても検討した。

方法

1.進行・再発大腸癌治療の検討

5-FUによる大腸癌化学療法を開始した2002年から2009年11月までの間に、東京大学消化器内科において進行・再発大腸癌に対する化学療法を施行した71例を対象に、年齢、性別など患者背景を調査すると共に、その治療成績および予後を治療法によるMSTの検討を、Kaplan-Meier法を用いて検討した。

2. Cetuximab治療症例の分子生物学および臨床病理学的検討

EGFRより下流のシグナルがその治療抵抗性に関わるとの報告があり、当院および関連施設であるJR東京総合病院においてcetuximab治療を受けた12例を対象に、臨床病理学および分子生物学的検討を行った。具体的にはcetuximab治療抵抗性のbiomarkerとされている、KRAS、BRAFおよびPIK3CA変異とPTENの発現について検討し、治療効果との相関につき検討した。

3. 新たなbiomarkerとしてのRASAL1の検討

大腸癌cell lineを用いて、RAS protein Activator Like-1 (以降RASAL1)を強制発現させた細胞と、野生株に対するcetuximab治療の影響を、MTT assay系、ウエスタンブロッティングを用いて評価し、cetuximabを投与した症例において、免疫組織化学染色にてRASAL1の発現と治療効果との相関につき検討した。

結果

1.進行・再発大腸癌治療の検討

2002年8月から2009年10月までの期間に、大腸癌化学療法を目的に当院入院した症例は92例あり、そのうち、年齢、performance statusが不良、本人家族の希望無いといった理由のためBest supportive care(以降BSC)の方針となった12例、他院加療を希望された9例は、今回の検討から除外した。その結果、71例が検討の対象となった。年齢中央値は62.0歳、性別は男性39例、女性32例であった。病変の局在を右側結腸、左側結腸、直腸の3領域に分類すると、それぞれ22例、32例、17例であった。診断時のTMN分類による病期では、stageIが4例、stageIIが6例、stageIIIが19例、stageIVが42例で、stageIV症例中92.9%にあたる39例が肝転移巣を有し、肺転移は16.7%にあたる7例は肺転移巣を有していた。

分子標的薬を用いた症例は34例あり、bevacizumabのみが22例、cetuximabのみが6例、両薬剤を使用した症例が6例あった。71症例におけるMSTは、37.6ヶ月と良好であった。Bevacizumab治療は28人(39.4%)に対して行なわれ、そのうちResponse Evaluation Criteria in Solid Tumors(以降RECIST)による治療効果判定が可能であった22症例につき、成績を評価した。CRは0人、PRは7人(31.8%)、SDは9人(40.9%)、PDは6人(27.3%)で、奏功率は31.8%、病勢コントロール率は72.7%と良好であった(表4)。TTPは、11.3ヶ月で、併用治療別でみるとFOLFIRI群がやや長い傾向があったが、有意差はなかった(p=0.62)。

Cetuximab治療は12人(16.9%)に対して行なわれ、全例がRECISTによる治療効果判定が可能であった。CRは0人、PRは3人(25.0%)、SDは3人(25.0%)、PDは6人(50.0%)で、奏功率は25.0%、病勢コントロール率は50%であった。Time To disease Progression (以降TTP)は、3.3ヶ月で、併用治療別でみるとCPT-11併用群のTTPとMSTが有意に延長されていた(p=0.042、p=0.001)。全症例において、分子標的薬使用の予後への寄与を評価したところその使用は有意に予後の延長に寄与していた(p=0.030)。

Cetuximab治療症例分子生物学および臨床病理学的検討

当科およびJR東京総合病院において2008年10月から2009年11月までにEGFR免疫染色陽性が確認され、cetuximab治療を行った合計12例を検討の対象とした。年齢中央値は61.5歳、男性8人、女性4人であった。病変部位は左側結腸が8人と多かった。術後adjuvant治療を除く、cetuximab投与前の平均化学療法数は3.0回であった。組織学的には高分化腺癌が多く認められた。KRASのアミノ酸変異は、G12V 2例、G13D 1例で、KRAS変異は全体の25%に認められた。BRAFおよびPIK3CAの変異を持つ症例は認められなかった。PTENの免疫染色による発現低下の頻度は4/12(33.3%)であった。治療効果との関連では、KRAS変異のある症例のTTPが1.3ヶ月、変異のない症例のMSTが4.3ヶ月と、有意差はないものの(p=0.22)変異症例でTTPが短くなる傾向がみられた。PTEN発現低下のある症例のTTPが4.1ヶ月、発現低下のない症例のTTPが5.1ヶ月と効果との関連は見られなかった。

2.新たなbiomarkerとしてのRASAL1の検討

トランスフェクションにより、恒常活性型RASAL1発現細胞を、ヒト大腸癌細胞株であるCaCO2細胞にて作製し、RASAL1の発現をウエスタンブロッティングにて確認したところ、野生株ではRASAL1の発現を認めず、トランスフェクションした細胞において、発現が増強していることを確認した。また、その下流であるリン酸化ERKの活性が抑制されており、RASAL1の恒常発現により、下流のシグナルが抑制されていることも確認できた。つづいて、細胞増殖を検討したところ、恒常活性型RASAL1発現細胞では、その細胞増殖が抑えられていた。Cetuximab濃度を1μg/mlとして、24時間後の野生株CaCO2細胞および恒常活性型RASAL1発現細胞と野生株細胞のcetuximab治療感受性をみたところ、野生株では細胞増殖抑制効果を認めないものの、恒常活性型RASAL1発現細胞では細胞増殖は有意に抑えられていた(p<0.05)。ウエスタンブロッティングにてcetuximab治療による細胞内シグナルの経時的変化をみると、RASAL1強制発現細胞において、下流のシグナルであるp-ERKが抑制されていることが確認できた。以上の結果から、RASAL1の発現低下が腫瘍増殖を促進することが予想されたため、当院にて化学療法を行なった71例中、組織入手が可能で、解析の同意のとれた48例において、RASAL1の発現を確認した。発現低下症例は12例(25.0%)で、その発現低下と大腸癌の予後との関与は認められなかった。

RASAL1の発現の有無とcetuximab治療抵抗性に関して検討では、発現低下が認められたのは3例(25%)で、RASAL1発現低下の症例のTTPが3.1ヶ月、発現低下のない症例のTTPが4.1ヶ月で、有意差は認めなれなかった(p=0.58)。KRAS変異症例を除いて検討すると、その発現低下が治療抵抗性と関連していることが示唆された(p=0.069)。

結論

進行・転移大腸癌の予後は、分子標的治療薬も含めた化学療法の進歩により改善してきていることが示された。分子標的治療薬による治療に関しては、本邦においても、海外の報告同様の成績となっており、大腸癌化学療法のおける有効な薬剤と考えられる。特にcetuximab治療においては、その治療抵抗性の指標となるbiomarkerが存在する可能性があり、当院症例でもKRAS変異は治療抵抗性への関与が疑われた。あらたな、治療抵抗性因子と考えられたRASAL1の検討では、大腸癌細胞株におけるRASAL1の発現低下は、細胞増殖を促進し、cetuximab治療に抵抗性を示した。当院症例において検討すると、KRAS変異のない症例においては、RASAL1の発現低下がcetuximab治療に対する治療抵抗性のbiomarkerとなっている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は大腸癌化学療法における分子標的薬の治療効果および治療抵抗性因子を明らかにするため、治療効果の検討および治療症例の分子生物学および臨床病理学的検討による、新たな治療抵抗性因子の探索を行い、下記の結果を得ている。

1.進行・再発大腸癌における平均生存期間は37.6ヶ月であり、分子標的薬を用いた症例においては、その使用は有意に予後の延長に寄与していた。

2.抗EGFR抗体治療薬であるcetuximabによる治療を行った症例では、奏功率が25.0%、病勢コントロール率が50%であり、EGFRより下流のシグナルであるKRASのアミノ酸変異は25%に認められ、KRAS変異がcetuximabによる治療への抵抗性因子となる傾向がみられた。

3.新たな治療抵抗性因子として、RAS-GTPase-activating proteins(RASGAPs)のひとつであるRAS protein Activator Like-1 (RASAL1)につき、ヒト大腸癌細胞株にて検討したところ、RASAL1の発現が腫瘍増殖を抑制することが示唆され、また、その発現がcetuximabによる細胞増殖抑制効果を増強することが示された。

4.RASLAL1の発現低下は、進行・再発大腸癌症例の25.0%で認められ、その発現低下が大腸癌の予後規定因子ではなく、KRAS変異がない症例に対するcetuximab治療における、治療抵抗性因子になり得ることが示唆された。

以上、進行・転移大腸癌症例および大腸癌細胞株の解析から、RASAL1の発現低下は、新たなcetuximab治療に関する抵抗性因子となる可能性を示した。本研究は、抗EGFR抗体治療薬のあらたな治療抵抗性因子の検討であり、分子標的薬の作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる

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