学位論文要旨



No 126548
著者(漢字) 角田(沢田),秋
著者(英字)
著者(カナ) ツノダ(サワダ),アキ
標題(和) 統合失調症を有する人への訪問看護ケアの分析 : ケアを規定する患者特性と患者群の類型化の検討
標題(洋)
報告番号 126548
報告番号 甲26548
学位授与日 2011.02.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3572号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 福田,敬
 東京大学 准教授 松山,裕
内容要旨 要旨を表示する

序文

西欧諸国や米国における精神医療は、1960年代より脱施設化と地域ケアへの移行が進み、重度精神障害者であっても、短期間の急性期治療を終えたのち、外来通院とコミュニティサービスを利用して地域で暮らすようになった。一方、わが国は入院環境での治療が中心であり、地域で生活を支える医療や福祉の整備が不十分であった。2004年厚生労働省「精神保健医療福祉の改革ビジョン」によって、ようやく地域生活中心へと方向転換がはかられ、患者の入院日数を減らし再発を防ぐ精神科訪問看護の機能の充実が求められている。しかし、精神科訪問看護の業務量やケアはとらえにくいとされ、また対象やケア内容のデータの蓄積もなく、訪問看護ステーションからの精神科疾患対象の訪問看護の実施は十分には普及していない。そこで本研究では、すでに精神科訪問看護を実施している事業所を対象に調査を行い、実態を調査し、先行研究で実施が予測される、家族ケア、エンパワメント、モニタリングの実施の有無を検証すること、またケア量や内容に関連する患者特性を明らかにすること、そして、提供されたケアをもとに、対象者を分類し、精神科訪問看護におけるケアタイプの抽出を行い、実施率向上のための方策を検討した。

方法

全国訪問看護事業協会に登録している訪問看護ステーション3,307事業所に対し予備調査を行い、認知症を除く精神疾患患者を対象とした訪問看護を実施しているとした664事業所を対象とした。統合失調症患者への訪問看護を実施した看護師に、直近の訪問で実施したケア内容、該当患者の属性と機能評価(GAF: Global Assessment of Functioning, SBS: Social Behavior Schedule)について調査票への記入、管理者には施設の特性について記入を依頼した。収集された495事例を本調査の分析対象とした。

提供されたケアの因子構造を検討するため、ケア項目の因子分析(最尤法、Promax回転)を行った。つぎに、訪問看護投入量(平均滞在時間×月あたり訪問回数)を従属変数とし、対象者の属性・機能を独立変数とした重回帰分析を行った。投入する因子を決定するために、質的データについてはt検定を用い投入量の差の検定を行い、量的データについては投入量との相関分析を行った。つぎに、各ケースのケアの配点をもとに、ケースをWard法によるクラスター分析で分類し、分類された4群について、各群のケアと利用者の特徴を明らかにするため、一元配置分散分析(群間の対比較にはTukeyの多重比較)、χ2検定によって、群間比較を行った。

結果

対象者の平均年齢は55.0歳(SD=13.9, 範囲14~96)であり、女性が61.8%であった。同居者がいる者が56.4%であり、GAF得点の平均は52.9点(SD=18.8)、SBS得点は平均15.9点(SD=10.4)であった。一回あたり53.2分(SD=17.5, 範囲15~120)の訪問を月5.6回(SD=3.3, 範囲1~21)実施し、訪問看護投入量(平均滞在時間×月あたり訪問回数)は平均295.6分(SD=200.0, 範囲20~1170)であった。直近の訪問では平均で9.0項目のケアを直接実施、7.7項目のケアを観察・アセスメントしていた。ケア項目ごとにみると、実施率が高かったのはエンパワメントにまつわるケア(「肯定的フィードバック」(92.5%)、「自己効力感を高める援助」(86.9%)、「コントロール感を高める援助」(73.9%))であった。

精神科訪問看護ケアリスト(22項目)の因子分析の結果、【生活に関わる援助】【症状マネジメント】【エンパワメント】【家族関係援助】の4因子に分類され、各因子のクロンバックα係数は0.58~0.76であった。

つぎに、訪問看護投入量を従属変数とし、性別・年齢・合併症の有無・精神科入院歴の有無・ホームヘルプ利用の有無・SBS得点を説明変数として強制投入した重回帰分析の結果、SBS得点 (β=0.237, p<0.001)が訪問看護投入量ともっとも強い関連が認められ、年齢(β=-0.118, p<0.05)、合併症の有無(β=-0.103, p<0.05)についても、統計的に有意な関連が示された。

22項目のケアの得点を用い、対象者を階層的クラスター分析で分類し、デンドログラムをもとに分類したところ、提供されたケアの類似性から4群に分類された。群間比較では、2,4群の年齢と訪問看護開始年齢が3群に比べ有意に低く、GAF得点が1群に比べ有意に低くSBS得点が有意に高かった。訪問滞在時間、訪問看護投入量は第4群がほかすべての群より統計的に有意に多かった。χ2検定の結果、群間で有意な差が認められたのは、同居家族の有無(χ2=79.0, df=3, p<0.001)、本人からの電話相談の有無(χ2=28.7, df=3, p<0.001)、家族からの電話相談の有無(χ2=17.6, df=3, p=0.001)、電話相談がないこと(χ2=18.6, df=3, p<0.001)、作業所の利用(χ2=12.3, df=3, p<0.01)、地域生活支援センターの利用(χ2=8.9, df=3, p<0.05)、ホームヘルプサービスの利用(χ2=10.7, df=3, p<0.01)であった。

1群<独居者援助型>は独居者が6割であり、半数の者はホームヘルプを利用していた。看護師は医療を提供し、生活に関する援助をモニタリングしていた。2群<重症者への家族援助型>は年齢が最も若く、社会機能が最も低かった。9割弱は同居者がおり、訪問看護では家族援助を多く実施し、また対象者をケアする家族を支援するという、間接的な援助を行っていた。3群<他援助がある人へのモニタリング重視型>は、家族またはホームヘルパーの援助がある者が多く、看護師はモニタリングのケアを中心に行っていた。4群<重症者への本人援助型>は発症年齢、現在の年齢が若く、社会機能が低かった。全てのケア項目において他群よりケアの実施率が高く、訪問滞在時間が長くなっていた。若年で機能レベルが低い対象者に、多種類のケアを時間をかけ実施しており、また訪問時間外の利用者からの電話相談も多く実施されていた。

考察

本研究では、訪問看護ステーションの看護師が、統合失調症を有する人に実施するケアの内容と対象者についての実態調査を行い、以下の新たな知見を得ることができた。一つ目は、精神科訪問看護において特徴的なケアが示されたこと、二つ目は、精神科訪問看護におけるケア量増加を予測する利用者特性が明らかになったこと、三つ目は、精神科訪問看護の対象者とケアの特徴的なタイプを明示したことである。

実施された精神科訪問看護のケアのうち、エンパワメントに関するケアの実施率が高く、家族援助、モニタリングも実施されていることが確認できた。精神科領域において、エンパワメントはリカバリー(回復)を促進するとされ、また個別の家族心理教育は、精神疾患の再発と再入院を予防することが明らかになっている。これらのケアを精神科訪問看護において高率に実施していることは、精神科訪問看護が、患者の再発予防に効果がある一因であると考えられる。

精神科訪問看護のケア量増加に影響する患者特性として最も強い関連が認められたのは、社会機能が低いことであり、年齢が若いこと、合併症があることも、ケア量増加に関連していた。訪問看護業務は、訪問予定があらかじめ決められ提供されるが、その中で社会機能が低い対象で投入量が増えるという本結果は、妥当な結果であるといえる。また、病状が不安定な対象に対し、精神状態のコントロールとともに、薬物の作用・副作用の査定や、その副作用で起こりうる合併症、運動・食事へのケア等を実施することで、ケア量が増大していることが考えられる。

また、実施ケアの配分をもとに整理された4つのケアタイプからは、群によって、家族支援や訪問時間外の電話相談を多く実施するなど業務量が増大しており、家族支援や電話相談への報酬加算など、業務量に応じた手当てを行うことが、訪問看護ステーションによる精神科訪問看護の普及に有効ではないかと考えられた。

訪問看護提供者が、精神科訪問看護の量と内容、およびケアタイプを知識として持つことで、看護スタッフは精神科訪問看護経験が少なくとも、ケアをデザインし、プラン展開をしやすくなると考える。また管理者にとっては、複数のケースに対するマンパワーの配分が容易になり、ケア量と内容の予測がつくことで、日々の訪問業務に精神科疾患対象の訪問を組み込みやすくなる。精神科訪問看護を実施していない全国の半数以上の訪問看護ステーションが精神科疾患対象の訪問を始めることで、精神科病院からの退院のための受け皿が大幅に増加することが期待できる。また本研究において、利用者の状態と業務内容・業務量のデータを示したことは、訪問看護報酬体制整備のための基礎資料となり、精神科訪問看護の普及を後押しできると考える。欧米諸国に遅れること半世紀ではあるが、我が国がもつ訪問看護ステーションという資源を十分に活用することで、精神科医療の脱施設化と地域生活への移行はさらに促進できると考える。今後は、本研究の各群の対象者と援助者に対象を絞り、群ごとのニーズ調査を行い、さらなる普及のための方策を考えていく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、精神医療体制の地域移行を進めるわが国において、サービスの普及が期待されている精神科訪問看護について全国調査を実施し、分析したものである。訪問看護ステーションの看護師が統合失調症を有する人に実施したケアの内容と、その対象者の特性について分析し、以下の結果を得た。

1.精神科訪問看護において特徴的なケアには、国内外の先行研究からその実施が予測された「エンパワメント」「家族ケア」「モニタリング」の実施があることが確認され、特に「エンパワメント」に関するケアが高率に実施されていた。

2.精神科訪問看護におけるケア量増加を予測する利用者特性として、社会機能が低いことがもっとも強く関連しており、次いで、年齢が若いこと、合併症があることが関連していた。

3.精神科訪問看護の対象者をケア実施度の特徴をもとにクラスター分析を用いて分類したところ、ケアと対象者の属性に特徴のある<独居者援助型><重症者への家族援助型><他援助がある人へのモニタリング重視型><重症者への本人援助型>の4群に分類できた。群間で、同居者の有無、社会機能、訪問看護以外の援助者の有無に差が認められ、対象者によって異なるサービス提供パターンがあることが示された。

以上、本論文は、これまで業務の予測が困難と捉えられてきた精神科訪問看護が、利用者の基礎属性や機能から、ケア量と内容、パターンを予測できるものであり、身体疾患対象の訪問看護同様に、訪問看護ステーションにおける訪問業務に組み込める可能性を示した。このことは、訪問看護ステーションによる精神科訪問看護の普及に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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