学位論文要旨



No 126549
著者(漢字) 中山,香映
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,カエ
標題(和) 13, 14- dihydro- 15- keto- prostaglandin F(PGFM)値およびNitric oxide metabolites(NOx)値と分娩所要時間、分娩時出血量との関連
標題(洋)
報告番号 126549
報告番号 甲26549
学位授与日 2011.02.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3573号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

遷延分娩や弛緩出血は、母児に深刻な影響をもたらす。しかしながら、これらの異常の最大の要因である陣痛すなわち子宮収縮の評価・予測は困難であり、未だ、遷延分娩や弛緩出血の予測はできていない。生体内の物質の中でも、子宮平滑筋の収縮に関係する13, 14- dihydro- 15- keto- prostaglandin F2α(PGFM)および子宮平滑筋の弛緩に関係するNitric oxide metabolites(NOx)を測定することにより、陣痛すなわち子宮収縮状態を評価することができる。これらの値が、その後の子宮平滑筋の収縮状態に反映され、分娩所要時間や分娩時出血量と関連していれば、遷延分娩や弛緩出血を予測できる可能性がある。

[目的]

本研究では以下のことを目的とする。

1. PGFM値およびNOx値について分娩所要時間、分娩時出血量と最も関連が強い時期(妊娠期、分娩第1期、胎盤娩出前後)や検体の種類(母体静脈血、唾液、臍帯静脈血)について検討する。

2. 分娩所要時間、分娩時出血量と関連のある既知の因子を調整しても、子宮収縮関連物質であるPGFM値およびNOx値が分娩所要時間、分娩時出血量と関連するかを検討する。

[方法]

調査期間は、2009年6月から2010年2月までで、調査場所は、都内にあるA病院の産科であった。調査対象は、A病院の産科に通院し、妊娠、分娩に影響する合併症のない妊婦であった。

妊娠32-34週に調査参加募集を行い、妊娠34-36週の妊婦健診時に調査参加同意を得たのち、母体静脈血および唾液を採取した。陣痛が開始した分娩第1期に母体静脈血および唾液を採取し、胎盤娩出前後に母体静脈血、唾液および臍帯静脈血を採取した。母体静脈血の血球算定検査を実施するとともに、採取した検体は、遠心分離し、測定まで-80℃で保存した。後日、母体静脈血の凝固・線溶検査、母体静脈血、唾液および臍帯静脈血のPGFM値(Prostaglandin F2α, 13, 14- Dihydro- 15- Keto- , EIA Kitにて測定)およびNOx値(Nitrate / Nitrite Colorimetric Assay Kitにて測定)の測定を行った。

診療録から、対象者の年齢、妊娠・分娩歴、身長、非妊娠時体重、分娩時体重、既往歴の有無、妊娠期の異常の有無、分娩時妊娠週数、入院時内診所見、前期破水の有無、分娩所要時間、分娩時出血量等を得、児の情報として、性別、出生時体重、身長、アプガースコア等の情報を得た。診療録の情報から妊娠リスクスコアを算出した。

対象者の特性に関する変数、分娩所要時間、分娩時出血量、PGFM値、NOx値等について記述統計量を算出し、初産婦と経産婦の比較を行った。妊娠期、分娩第1期、胎盤娩出前後の母体静脈血、唾液および臍帯静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩所要時間(分娩第1~2期、分娩第3期、総分娩時間の3項目)、分娩時出血量(分娩第1期~第3期、1時間値、2時間値、総出血量の4項目)との関連を検討した。その中で、分娩所要時間、分娩時出血量と最も関連のあった、分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値に着目し、PGFM値、NOx値を中央値未満と中央値以上の2群に分け、さらにそれらを組み合わせて4群(分類I群:PGFM値中央値以上およびNOx値中央値以上、分類II群:PGFM値中央値未満およびNOx値中央値以上、分類III群:PGFM値中央値未満およびNOx値中央値未満、分類IV群:PGFM値中央値以上およびNOx値中央値未満)に分類し、分娩所要時間、分娩時出血量との関連について検討した。

倫理的配慮として、調査参加には、本人および家族の同意を得た。調査参加後でも、自由に取りやめることができること、必要な医療処置が優先されることなどについて説明し、配慮した。なお、東京大学医学部研究倫理委員会および調査場所の臨床等倫理委員会の承認を得た。

[結果]

調査の説明を行った120名のうち、同意が得られたのは、初産婦61名(61%)、経産婦39名(39%)の100名であった。そのうち、帝王切開者4名、陣痛誘発・促進剤使用者35名を除く、初産婦30名(49.2%)、経産婦31名(50.8%)の61名を分析対象とした。

対象者の年齢は、初産婦が30.6±3.8(mean±SD)歳、経産婦が33.9±3.2歳で有意な差があった。妊娠リスクスコアは、全体では2.5±2.0点で、初産婦と経産婦で有意な差はなかった。妊娠・分娩に影響するような疾患を持つ者はいなかった。

総分娩時間は、初産婦は621.2±319.4分(10時間21分)、経産婦は312.1±191.0分(5時間12分)であった。分娩第3期以外の時期において、経産婦の方が有意に短かった。

総出血量は、初産婦が437.8±290.3ml、経産婦が481.8±273.6mlであった。いずれの時期においても、初産婦と経産婦の間に分娩時出血量の有意な差はなかった。

検体の採取時期や種類において、分娩所要時間、分娩時出血量と最も関連があったのは、分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値であった。

分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩所要時間の関連を検討した結果、初産婦において、PGFM値が高い方が、分娩第1期~2期および総分娩時間が有意に短かった。一方、NOx値と分娩所要時間には関連が認められなかった。経産婦においては、NOx値が高い方が、分娩第3期の時間が有意に短かった。

総分娩時間と関連(r > 0.2)の認められた変数は、年齢(r=-0.214, p=0.097)、初産婦・経産婦の違い(r=-0.557, p < 0.001)、分娩時妊娠週数(r=0.351, p=0.006)、入院時内診所見(r=-0.359, p=0.005)であった。これらの変数を独立変数とし、総分娩時間を従属変数として多変量解析を行った結果、分類I群(PGFM値中央値以上およびNOx値中央値以上)は、それ以外の群と比べて総分娩時間が有意に短く、分類III群(PGFM値中央値未満およびNOx値中央値未満)は、それ以外の群より総分娩時間が有意に長かった。

分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩時出血量の関連を検討した結果、全体では、PGFM値が高い方が、1時間値の出血量が有意に多かった。一方、NOx値が高い方が、分娩第1期~3期、2時間値、総出血量が有意に多かった。

総出血量と関連(r > 0.2)の認められた変数は、分娩時妊娠週数(r=0.332, p=0.009)、分娩第2期の時間(r=0.212, p=0.101)、出生時体重(r=0.457, p < 0.001)、分娩第1期の母体静脈血のPLT(r=-0.218, p=0.100)、AT(r=-0.378, p=0.003)、FDP(r=0.256, p=0.052)であった。これらの変数を独立変数とし、総出血量を従属変数として多変量解析を行った結果、分類III群は、それ以外の群より総出血量が有意に少なかった。

[考察]

分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩所要時間の関連を検討した結果、初産婦では、PGFM値が高い方が、分娩第1期~2期の時間および総分娩時間が有意に短かった。PGFM値およびNOx値を中央値未満と中央値以上に分けた群を組み合わせた4群の検討においても、NOx値にかかわらず、PGFM値が中央値以上群(分類I群、分類IV群)は、中央値未満群(分類II群、分類III群)と比較して分娩第1期~2期の時間および総分娩時間が半分程度であった。多変量解析において、PGFM値およびNOx値を連続値で投入した際に、PGFM値は総分娩時間と有意に関連したが、NOx値は関連が認められなかった。以上のことから、分娩所要時間には、NOよりもPGの影響の方が大きいのではないかと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、陣痛すなわち分娩時の子宮収縮状態を子宮平滑筋の収縮系因子および弛緩系因子である生体内の物質を用いて評価し、分娩所要時間、分娩時出血量との関連を検討したものである。

遷延分娩や弛緩出血は、母児の予後に深刻な影響をもたらす。これらの発症には子宮収縮が最大の要因として関わっている。しかしながら、子宮収縮すなわち陣痛の評価・予測は困難であり、未だ、遷延分娩や弛緩出血の予測はできていない。生体内の物質の中でも、子宮平滑筋の収縮に関係する13, 14- dihydro- 15- keto- prostaglandin F2α(PGFM)および子宮平滑筋の弛緩に関係するNitric oxide metabolites(NOx)を測定することにより、陣痛すなわち子宮収縮状態を評価することができる。これらの値が、その後の子宮平滑筋の収縮状態に反映され、分娩所要時間や分娩時出血量と関連していれば、遷延分娩や弛緩出血を予測できる可能性がある。そこで、本研究では、(1)PGFM値およびNOx値について分娩所要時間、分娩時出血量と最も関連が強い時期(妊娠期、分娩第1期、胎盤娩出前後)や検体の種類(母体静脈血、唾液、臍帯静脈血)について検討すること、(2)総分娩時間、総出血量と関連のある既知の因子を調整しても、子宮収縮関連物質であるPGFM値およびNOx値が総分娩時間、総出血量と関連するかを検討することを目的として調査し、下記の結果を得た。

1.検体の採取時期や種類において、分娩所要時間、分娩時出血量と最も関連があったのは、分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値であった。

2.分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩所要時間の関連を検討した結果、初産婦において、PGFM値が高い方が、分娩第1期~2期および総分娩時間が有意に短かった。一方、NOx値と分娩所要時間には関連が認められなかった。経産婦においては、NOx値が高い方が、分娩第3期の時間が有意に短かった。

3.総分娩時間と関連(r > 0.2)の認められた変数は、年齢(r=-0.214, p=0.097)、初産婦・経産婦の違い(r=-0.557, p < 0.001)、分娩時妊娠週数(r=0.351, p=0.006)、入院時内診所見(r=-0.359, p=0.005)であった。これらの変数を独立変数とし、総分娩時間を従属変数として多変量解析を行った結果、分類I群(PGFM値中央値以上およびNOx値中央値以上)は、それ以外の群と比べて総分娩時間が有意に短く、分類III群(PGFM値中央値未満およびNOx値中央値未満)は、それ以外の群より総分娩時間が有意に長かった。

4.分娩第1期の母体静脈血中PGFM値およびNOx値と分娩時出血量の関連を検討した結果、全体では、PGFM値が高い方が、1時間値の出血量が有意に多かった。一方、NOx値が高い方が、分娩第1期~3期、2時間値、総出血量が有意に多かった。

5.総出血量と関連(r > 0.2)の認められた変数は、分娩時妊娠週数(r=0.332, p=0.009)、分娩第2期の時間(r=0.212, p=0.101)、出生時体重(r=0.457, p < 0.001)、分娩第1期の母体静脈血のPLT(r=-0.218, p=0.100)、AT(r=-0.378, p=0.003)、FDP(r=0.256, p=0.052)であった。これらの変数を独立変数とし、総出血量を従属変数として多変量解析を行った結果、分類III群は、それ以外の群より総出血量が有意に少なかった。

6.分類I群(PGFM値中央値以上およびNOx値中央値以上)は、総分娩時間は短いが総出血量が多く、分類III群(PGFM値中央値未満およびNOx値中央値未満)は、総分娩時間は長いが総出血量が少なかった。

以上の結果より、子宮収縮状態の評価は、収縮・弛緩の両側面で検討していく必要があり、特に、分娩第1期の母体静脈血中PGFM値が低いと分娩所要時間が長くなり、NOx値が高いと分娩時出血量が多くなる可能性が示唆された。

子宮収縮状態を子宮平滑筋の収縮系因子および弛緩系因子である生体内の物質を用いて評価し、分娩所要時間、分娩時出血量との関連を検討した研究は見当たらず、また、PGFM値およびNOx値と分娩所要時間、分娩時出血量との関連が認められたことは新しい知見であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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