学位論文要旨



No 126552
著者(漢字) 福田,玄明
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ハルアキ
標題(和) 対象への働きかけを考慮したアニマシー知覚の認知メカニズムに関する検討
標題(洋)
報告番号 126552
報告番号 甲26552
学位授与日 2011.02.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1038号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 植田,一博
 東京大学 教授 藤垣,裕子
 東京大学 教授 開,一夫
 東京大学 准教授 横山,ゆりか
 東京大学 教授 長谷川,壽一
内容要旨 要旨を表示する

1.アニマシー知覚の性質と本論文の目的

我々は生物と非生物を見分けることができると考えられている.このような生物性の知覚はアニマシー知覚と呼ばれる.アニマシー知覚は人間の社会的認知の基礎となると言われ(Michotte, 1963),盛んに研究されている.それら先行研究により,対象が相互作用を行う能力をもつことがアニマシー知覚を引き起こすことが明らかにされている(Arita et. al., 2005; Johnson, Slaughter & Carey, 1998).このように対象の相互作用を行う能力を知覚することがアニマシー知覚を生じさせることは明らかにされているが,自分自身で実際に働きかけを行うという対象との関係性がアニマシー知覚を生じさせる可能性については調べられていない.

そこで,本論文の第I部では,2つの認知心理学実験(実験1ならびに2)を通して,実験参加者の働きかけに対して反応するロボットを対象として用い,実験参加者自身が実際に働きかけを行う場合と他者の働きかけを観察する場合との間で,対象に感じられるアニマシーを比較し,対象との関係性がアニマシー知覚に与える影響を調べた.さらに,第II部では,3つの認知神経科学実験(実験3~5)を通して,対象に働きかけを行う際の脳活動を計測することで,アニマシー知覚の脳内機序を検討した.最近の研究では,アニマシー知覚に関する脳部位として,下部前頭回(IFG)と側頭上溝(STS)の二つの候補が挙げられている(Wheatley, Milleville & Martin, 2007).しかしながら,アニマシー知覚は生物と非生物を見分ける能力であるにも関わらず,実際の生物を用いて脳活動を調べた研究は著者の知る限り存在しない.そこで,実験3では,実際の生物と非生物を用いて,それらに働きかける際の脳活動を比較することで,アニマシー知覚に関係する脳内機序を検討した.さらに,IFGは知識や文脈に依存した処理であるトップダウン処理と関連があることが,STSは対象の持つ特徴による刺激依存的な処理であるボトムアップ処理と関連があることが指摘されている(Engel et. al., 2008; Stanley, Gowen & Miall, 2010).このため,アニマシー知覚においても,IFGが知識や文脈に基づいたトップダウン処理により対象にアニマシーを帰属させる過程に,STSが対象の持つ特徴のボトムアップ処理によりアニマシーを知覚する過程に関与している可能性が考えられる.実験4と5では,実物の生物と非生物を用い,その運動と見た目を統制することで,アニマシー知覚におけるトップダウン処理とボトムアップ処理に関係する脳活動を検討した.

このように第I部,第II部を通して,対象へ働きかける際のアニマシー知覚を検討することにより,アニマシー知覚の認知メカニズムに関する新しい知見を得ることが本論文の目的である.上述のように,対象への働きかけを考慮している点,さらに,第II部では実際の生物を用いてアニマシー知覚を計測している点が,本論文の新規な点である.

2.実験1 働きかけの有無と感じられるアニマシーの関係

目的

対象として小型ロボットを用いた上で,その運動を統制し,対象へ自分自身で働きかける場合と他者の働きかけを観察する場合とで対象から感じられるアニマシーを計測し比較した.

方法

16名が実験に参加した.実験参加者は,実際に自分自身で対象に働きかけるか(操作条件),他者が対象に働きかけているところを観察するか(観察条件)した後,感じられるアニマシーを評定する質問紙に答えた.対象であるロボットの運動として目標追従性の観点から3種類を設定し,その運動にあわせた走光性課題,1/fゆらぎ課題,正規乱数課題の3課題を実験参加者に行ってもらった.ロボットの運動の目標追従性の大きさは,走光性課題>1/fゆらぎ課題>正規乱数課題であった.すなわち,走光性課題におけるロボットの運動は完全に予測通りなのに対して,正規乱数課題におけるロボットの運動はまったくの不規則であった.また,1/fゆらぎ課題におけるロボットの運動は,予測不可能でありながら緩やかな規則性を持っていた.

結果

図1に示す通り,観察条件では対象の目標追従性が高い走行性課題ほどアニマシー評定(生物性)が高くなったのに対して,操作条件ではアニマシー尺度は走光性課題よりも目標追従性の低い1/fゆらぎ課題で高くなった(F (2,30)=12.446, p < .01).このことは,自ら働きかける場合と他者の働きかけを観察する場合とでは,アニマシーの評定が変化することを示している.このような結果が得られた理由として以下のような仮説が考えられる.自ら働きかける場合では,実験参加者の働きかけに対してロボットの運動がフィードバックされる.しかし,走光性課題と正規乱数課題では,ロボットの運動は完全に予測可能もしくは予測不可能なため,フィードバックをロボットの次の運動の予測に活かすことはできない.一方,1/fゆらぎ課題のロボットの運動は予測不可能でありながら規則性を持つため,ロボットの運動を予測するためのトライアルアンドエラーが行われる.それによりロボットがもつ行動の内部モデルを推測しようとすることがアニマシー知覚の大きさを強めた可能性が考えられる.

3.実験2 働きかけの時間変化によるアニマシー知覚への影響の変化

目的

実験1の結果から,働きかけに対する反応から行動の内部モデルを推測することがアニマシー知覚に影響したという仮説を提案した.トライアルアンドエラーを繰り返すことで,ロボットの行動モデルを推測するにはある程度の時間枠が必要だと考えられる.したがって,もしこの仮説が正しければ,実験1と同様の実験を,十分に働きかけを繰り返すことができない条件で行えば,実験1で得られたような操作条件と観察条件の間のアニマシー評定の差はなくなると予測される.そこで実験2では,課題遂行時間を1分に縮めて,実験1と同様の実験を行った.

方法

12名が実験に参加した.課題遂行時間が1分であること以外,実験手続きは実験1と同様であった.

結果

実験1と異なり,操作条件と観察条件の間でアニマシーの評定に違いは現れなかった(F (2, 22)=.304, p=.74).この結果は,感じられるアニマシーが,観察条件と操作条件の間で異なるには,十分な量の働きかけが必要なことを示している.これにより,実験2においても,自分自身で働きかけを行う場合には,対象のもつ反応の規則性,予測不可能性から対象の内部モデルを推測することにより,強いアニマシーが引き起こされるという仮説が支持された.

4.実験3 生物/非生物へ働きかける際の事象関連電位

目的

実際の生物と非生物とを用いて,それらに実験参加者がリーチングを行う際の事象関連電位を計測し比較した.これにより,対象へ働きかける際のアニマシー知覚に関わる脳活動を明らかにする.

方法

13名が実験に参加した.実験参加者が箱の中で動いているカメ(生物条件)もしくはロボット(ロボット条件)に対してリーチングを行う際の事象関連電位を計測し,条件間で比較した.ロボットの運動は事前に記録されたカメの運動を基にプログラムした.これにより,生物に働きかける場合と非生物に働きかける場合の脳活動の違いが事象関連電位に現れることが期待される.

結果

図2に示した通り,働きかける対象が生物である場合とロボットである場合との間で,リーチング行動中に左前頭下部(F7)および右側頭部(P8)において,事象関連電位の違いが認められた(F7; t (12)=2.57, p < .05, T8; t (12)=2.260, p < .05).このことは,2つの脳内過程がアニマシー知覚に関与している可能性を示唆する.また,先行研究の知見を考慮すると,本実験で得られた2つの生物/非生物の脳波の差異はそれぞれIFGとSTSの活動によると推察される.

5.実験4 アニマシーの帰属に関する事象関連電位

目的

実験3では,左前頭下部と右側頭部における活動がアニマシー知覚に関与している可能性が示唆された.しかし,対象である生物とロボットの見た目が統制されておらず,運動も厳密には統制されていなかったため,これらの部位がアニマシー知覚に関わるどのような認知処理と関係しているのかは明らかになっていない.そこで,実験4では,アニマシー知覚のトップダウン処理と関係する脳活動を検討するため,ロボットとカメにケースをかぶせて見た目を統制し,カメの運動と同じ運動をするロボットを用いて,実験3と同様の実験を行った.ロボットとカメの運動と見た目が同じになるように統制されているため,対象の持つ特徴(すなわち運動や見た目)のボトムアップ処理によるアニマシー知覚は生じないと考えられることから,トップダウン処理により生じるアニマシー知覚と関係する脳活動のみが計測できると期待される.

方法

12名が実験に参加した.実験参加者は,2秒間だけ,見た目からも運動からも生物なのかロボットなのか判別できない対象(カメかロボット)を観察した.その後,対象を生物と感じるか,ロボットと感じるかを回答した.さらに,その対象へのリーチングに伴う事象関連電位を計測した.

結果

対象が実際にはカメであれロボットであれ,実験参加者が対象を生物だと感じている時とロボットだと感じている時とでは,リーチングにおける左側頭下部(F7)の事象関連電位における正の電位の振幅が異なり,カメだと感じた時に大きくなることが明らかになった(F(2,11)=4.67, p < .05).この結果は,実験3の左前頭下部の結果と一致しており,左側頭下部の活動が対象に主観的にアニマシーを帰属させる処理に関与している可能性を示唆する.

6.実験5 運動の生物らしさに関する事象関連電位

目的

実験4において,実験3で示された左前頭下部の活動はトップダウン処理によるアニマシーの帰属と関連している可能性が示唆された.しかし,実験3で示された右側頭部の活動がどのような認知過程と関連しているのかは不明のままである.右側頭部はSTSを含み,右側頭部はアニマシー知覚に関するボトムアップ処理に関与している可能性が考えられる.そこで,運動からアニマシーを引き起こすボトムアップ処理と関連する事象関連電位を特定するために,対象の運動の生物的特徴を変化させつつ,実験4と同様にリーチング時の事象関連電位測定を行なった.これにより,生物的特徴のボトムアップ処理によるアニマシー知覚と関係する脳活動を明らかにした.

方法

ロボットの運動は実際の生物の運動から物理的特徴を段階的に差し引いていくことで定義し,生物的特徴の少ない順に,カメの平均速度による直進運動,カメの運動と速度と方向変化の平均ならびに分散の点で等しいランダム運動,カメの運動と時系列特性が同じであり速度と方向変化の平均ならびに分散の点で等しい運動,カメから計測された運動の4種類であった.そこに本物のカメも加え5条件で比較した.その他の手続きはすべて実験4と同様であった.

結果

対象の運動の持つ生物的特徴が少ないほど,リーチングにおける右側頭部(P8)の事象関連電位の正の電位の振幅が大きくなるという結果が得られた(F(4,11)=3.547, p < .05).この結果は,実験3における右側頭部の差と一致しており,右側頭部において,対象の生物的運動特徴の処理が行われる可能性を示唆する.

7.結論

第I部(実験1,2)では,自分自身で働きかける場合と他者の働きかけを観察する場合とで,強くアニマシーを感じる運動特徴が変化することを示した.これにより,アニマシーを感じる対象との関係性,すなわち対象への働きかけによって,異なる認知メカニズムが働く可能性が示唆された.すなわち,対象に自分自身で働きかけを行う場合にのみ,対象の行動の内部モデルの推測が可能となり,その内部モデルを推測すること自体がアニマシー知覚を引き起こす可能性が示唆された.

第II部(実験3,4,5)では,実際の生物を用いて,対象への働きかけに伴う事象関連電位を計測することで,アニマシー知覚の脳内機序を調べた.実験3では,左前頭下部と右側頭部における事象関連電位がアニマシー知覚と関係していることが示された.また,これらの事象関連電位の差異はそれぞれIFG,STSの活動と関係していることが推察された.さらに,実験4と5では,実験3で得られた左前頭下部の活動が対象に対するアニマシーの帰属であるトップダウン処理に,右側頭部の活動がアニマシーに関する運動特徴のボトムアップ処理にそれぞれ関係していることを示唆する結果を得た.このことは,アニマシー知覚が,主観的に対象にアニマシーを帰属させる過程と自動的に対象の特徴からアニマシーを知覚する過程の二つの過程から成っていること示唆する.

このように,本論文は,第I部と第II部を通して,これまでのアニマシー知覚研究では考慮されてこなかった対象への働きかけを考慮して,実際のロボットと生物を用いた実験を行うことで,アニマシー知覚が異なる二つの認知メカニズムから成っていることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

我々は生物と非生物を見分けることができると考えられている。このような生物性の知覚,すなわちアニマシー知覚は人間の社会的認知の基礎をなすと言われ,心理学をはじめとする諸分野で盛んに研究されてきた。その結果,対象が相互作用を行う能力をもつことがアニマシー知覚を引き起こすことが明らかにされている。しかしながら,実際に自ら働きかけを行うという対象との関係性がアニマシー知覚を生じさせる可能性についてはこれまで調べられてこなかった。本論文は,この可能性に焦点を当て,対象へ自ら働きかけを行うことがアニマシー知覚に与える影響を2つの認知心理学実験により解明した上で,対象へ働きかけを行う際の脳活動を計測した3つの認知神経科学実験によりアニマシー知覚の脳内機序を検討した論文である。第1章で,上記のような学術的背景ならびに研究目的について説明した後,本論文が2部構成をとっており,第I部で2つの認知心理学実験(実験1と2)について,第II部で3つの認知神経科学実験(実験3~5)について説明するという本論文の構成を示している。

実験1(第I部第2章)では,実験参加者の働きかけに対して反応するロボットを対象として用い,実験参加者からの働きかけへの目標追従性の程度が異なる3種類の運動をロボットにさせ,実験参加者自身が実際に働きかけを行う条件(操作条件)と他者の働きかけを観察する条件(観察条件)との間で,対象に感じるアニマシーを比較している。その結果,観察条件ではロボットの運動の目標追従性が高いときほど感じられるアニマシーが高くなるという先行研究と整合的な結果が得られたのに対して,操作条件では目標追従性の程度が中程度の運動に対して感じられるアニマシーが最も高くなるという新しい知見を得ている。実験1の操作条件では,ロボットの目標追従運動の規則性を予測するためのトライアルアンドエラーにより,ロボットがもつ行動の内部モデルを推測しようとすることがアニマシー知覚を高めた可能性が考えられる。このようにトライアルアンドエラーによりロボットの内部モデルを推測するには,ある程度の時間,ロボットに働きかける必要がある。そこで実験2(第I部第3章)では,ロボットに働きかける時間を大幅に減少させて実験1と同様な実験を行い,この可能性を検討している。その結果,どの種類の運動でも操作条件と観察条件とで感じられるアニマシーに差は見られなかった。このことから,自ら働きかけを行う操作条件では,対象のもつ目標追従運動の規則性から対象の内部モデルを推測した結果,対象が規則性と不規則性の中間の性質をもつ運動を行う場合に,強くアニマシーが引き起こされた可能性があることを述べている。このように本論文第I部では,これまで調べられてこなかった,実際に自ら働きかけを行うという対象との関係性がアニマシー知覚を生じさせる可能性を実験的に検証しており,その成果は認知心理学においても社会的ロボティクスにおいても高く評価されるものである。

近年,アニマシー知覚に関する脳内機序の解明が盛んに進められており,関連する脳部位として下前頭回(IFG)と上側頭溝(STS)の二つの候補が挙げられている。しかしながら,アニマシー知覚は生物と非生物を見分ける能力であるにも関わらず,実際の生物を用いて脳活動を調べた研究は存在しない。そこで実験3(第II部第5章)では,実際の生物(カメ)と非生物(ロボット)を対象として,それらに働きかける(リーチングする)際の脳活動を事象関連電位により比較することで,アニマシー知覚に関係する脳内機序を検討している。その結果,生物条件と非生物条件とで,左前頭下部と右側頭部に事象関連電位の違いが認められたことを報告している。この結果は,下前頭回と上側頭溝を関連部位として挙げている先行研究の結果と整合的であるが,実際の生物を対象として用いている点,計測が困難なリーチング時の脳活動を計測している点で独創的な実験だと高く評価できる。さらに,下前頭回は知識や文脈に依存した処理であるトップダウン処理と,上側頭溝は対象のもつ特徴による刺激依存的な処理であるボトムアップ処理と関連があると指摘されているため,アニマシー知覚においても,下前頭回が知識や文脈に基づいたトップダウン処理により対象にアニマシーを帰属させる過程に,上側頭溝が対象のもつ特徴のボトムアップ処理によりアニマシーを知覚する過程に関連していると予測される。実験4(第II部第6章)と実験5(第II部第7章)では,実験3と同様に実際の生物(カメ)と非生物(ロボット)を対象として,その運動と外見を統制することで,上記の予測が正しいことを示している。主観的なアニマシーの帰属に関連する左前頭下部の活動と,運動の特徴からのアニマシーの知覚に関連する右側頭部の活動とが独立していたことから,これらの実験は,アニマシー知覚がトップダウン処理,ボトムアップ処理という2つの独立した過程からなる知覚であることを実験的に示唆した点で高く評価できる。

以上のように,本論文は,1)これまで議論されてこなかった,実際に自ら働きかけを行うという対象との関係性がアニマシー知覚を生じさせる可能性について実験的に検討し,アニマシー知覚研究の新しい方向性を開いた点,2)実際の生物を対象として用い,計測が困難なリーチング状況での事象関連電位を計測している点,3)アニマシー知覚がトップダウン処理,ボトムアップ処理という2つの独立した過程からなる知覚であることを実験的に示唆した点,において高く評価できる。したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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