学位論文要旨



No 126554
著者(漢字) 廣川,敦士
著者(英字)
著者(カナ) ヒロカワ,アツシ
標題(和) 木造耐力壁の柱脚柱頭接合部における拘束効果
標題(洋)
報告番号 126554
報告番号 甲26554
学位授与日 2011.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3621号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 稲山,正弘
 東京大学 准教授 井上,雅文
内容要旨 要旨を表示する

第1章 研究の背景と目的

耐力壁形式の戸建木造住宅の水平力に対する安全性は、一般に壁量を充分に満たすことで確認されるが、平成12年の建築基準法等改正により終局耐力と靭性を考慮した耐力壁の評価方法が導入され、耐力壁の柱脚柱頭接合部が先行破壊しないことが前提条件とされている。在来軸組構法では柱脚柱頭接合部の簡易計算法としてN値計算法が一般に用いられているが、ある一定の条件に基づく反曲点高さと耐力壁充足率が仮定された個別解であり、また上階の軸力が下階に直接伝達されるため、出隅柱の引抜力を過剰に安全側に評価することが既往の実験等により明らかとなっている。また、直交壁などの立体架構効果により柱脚柱頭接合部の引抜力が低減されることは知られているが、定性的評価に留まっており、設計式への反映には到っていない。本論文では、耐力壁の柱脚柱頭接合部における直交壁の拘束効果が発現するメカニズムを実験や解析によって明らかにするとともに、上階耐力壁の転倒モーメントによる軸力が境界梁により下階の柱に応力再配分される計算法を提示し、枠組壁工法による水平加力試験により計算法との比較検証を行なう。

第3章 直交壁による端辺拘束を考慮した水平せん断性能の静的非線形解析

本章では、直交壁による加力方向壁線の端辺拘束に着目した。直交壁を有する1層壁線モデルを対象として、壁線模型による水平せん断試験と、有限要素法による静的非線形解析を行なった。

【実験および解析の対象躯体】 実験は表1に示した6体のうち3体について行ない、解析は柱脚の拘束条件で2シリーズに分け、合計10パターンについて行った。CWシリーズは加力方向壁線の引張力が生じる柱脚柱頭に引張金物を配置したもの、N-CWシリーズは金物の無いものを表す。末尾の-Tおよび-Cは直交壁の接続位置を示す。

【壁線模型による水平せん断試験】

(1)実験方法 S-P-F材(40×40mm)と針葉樹合板(3mm厚)からなる壁線模型(CW1-T・CW2-T・CW3-T、縮尺1/3)に対し、一方向繰返し載荷の水平せん断試験を行った。試験体頂部2ヶ所に羽子板ボルト、脚部4ヶ所にHD金物を設置し、加力方向壁線の水平変位を測定するとともに、HD金物ボルト軸部に2枚の歪ゲージを貼付けて直交壁線脚部の引抜力を測定した。

(2)結果と考察 加力方向壁線全体の剛性・最大荷重に明確な差は見られなかったが、隅角部に直交耐力壁を配置したCW3-Tでは隅角部の引抜力の軽減が観察された(図1)。CW3-Tの直交壁脚部の応力状態から、加力方向壁線から1P離れた柱脚には、加力方向壁線端部の引抜力は伝達されないことが示唆された(図2)。

【壁線模型の非線形解析】

(1)解析 表1に示した耐力壁線について、接合部を非線形バネ要素として2次元モデル化し、有限要素法による材料非線形解析を行なった。

(2)結果 柱脚柱頭金物のないN-CWシリーズでは、直交壁が引張側に配置されると剛性・耐力とも増加した。CW0・CW3-T・N-CW3-Tの脚部引抜力と荷重の関係を求め、CW3-T・N-CW3-Tについて直交壁部面材釘のせん断力総和を脚部引抜力に加算したところ、CW0の脚部引抜力とよく一致した(図3)。

(3)直交壁効果の簡略化 直交壁の端辺拘束効果として、直交壁部面材釘のせん断性能の総和を2分したものを接合バネとして、加力方向壁線単体の柱頭と柱脚に配置したモデル(直交壁効果モデル2)と、構造計算指針に基づき1P離れた脚部金物を合算して柱脚に配置したモデル(構造計算指針モデル)について、脚部鉛直変位を比較した(図4)。直交壁効果モデル2は脚部変位をよく再現しており、直交壁効果は面材釘のせん断性能によって定量し得ることが示唆された。

第4章 面材張り耐力壁の柱脚柱頭接合部引抜力算定法

本章では、面材張り有開口鉛直構面を対象として、ラーメン置換により柱頭柱脚接合部応力を求める計算法を2層有開口鉛直構面に適用し、枠組壁工法の実大水平加力試験で測定した耐力壁接合部軸力と比較した。

【耐力壁接合部軸力の引抜力計算法】 本計算法では、面材張り有開口鉛直構面を、面材単位の壁柱として開口部のたれ壁・腰壁も含めてラーメン置換し、上下階間の境界梁が上下階の面材壁柱から入力されたモーメントを下階の各耐力壁接合部に再配分することとしているが、境界梁を平面保持仮定となる剛体とは見なさず、境界梁の鉛直方向反力は鉛直構面両端の壁柱に集中して働くものとし、境界梁のせん断力分布は一定と仮定している(図5)。柱脚柱頭接合部の引抜力は、面材壁の負担モーメントによる軸力NA、鉛直荷重による軸力NW、および境界梁の転倒モーメントによる付加軸力に分配比αを乗じたαNMの加算で得られる。

面材壁の剛性が壁量に比例するものとみなせば、各面材壁が許容耐力に相当するせん断力を負担しているとき、上式は壁倍率を用いた式に書き換えられるが、実際の建物では上下階の壁量充足率の比(余裕率比)を考慮する必要がある。

【枠組壁工法有開口鉛直構面の水平加力試験】

(1)2層有開口鉛直構面の水平加力試験および単体壁の面内せん断試験 枠組壁工法による実大2層有開口鉛直構面試験体3体(図6)の水平加力試験、および鉛直構面を構成する単体壁の負担せん断力の推定を目的に単体壁試験体11体(図7)の面内せん断試験を行なった。耐力壁接合部には引抜力測定用金物を用いて、たて枠上下の引抜力を推定した。

(2)試験結果 無開口部分の壁量が同じ場合でも、面材の張り方により1/150rad時の耐力に差異が見られ、掛け張りタイプ面材のたれ壁・腰壁部分のせん断力負担が大きいことが分かった。いも張りタイプは開口脇のたて枠脚部に引抜力が集中し、掛け張りタイプでは開口脇から1本内側の面材継ぎ目のたて枠に引抜力が分配された。セットバック形状タイプでは、2層目端部の引抜力が1層目のセットバック部分で分配されることが示唆された。

(3)たて枠引抜力の計算値と実験値の比較 各面材壁の算定用壁倍率および存在応力を用いて各たて枠に生じた引抜力を算定し、2層鉛直構面試験体の1層目の真のせん断変形角が1/150rad時に測定された引抜力と比較した(図8)。算定にあたっては、鉛直荷重は無視し得るものとし、算定用壁倍率による引抜力の算定においては各層の水平せん断力が等しいため余裕率比に代わり存在壁量比を用いた。総2階形状については、掛け張りタイプ・いも張りタイプともに、引張側最外端の引抜力はよく一致し、最外端から内側1本目のたて枠に付加軸力が分配された状態も再現できており、概ね安全側の評価を得られることが確認できた。セットバック形状のNo2-3については、存在応力による算定値は実験結果と概ね一致するか、安全側の評価が得られた。また、本計算法では、従来の計算法では評価できなかった掛け張りタイプの開口壁についても適用可能であることが示された。

図1 隅角部に生じた引抜力

図2 直交壁脚部の応力状態(CW-3-T)

図3 隅角部の脚部引抜力

図4 脚部鉛直変位

図5 ラーメン置換モデルの概略

図6 2層有開口鉛直構面試験体

図7 単体壁試験体

図8 実験結果と計算値の比較

審査要旨 要旨を表示する

耐力壁形式の戸建木造住宅の水平力に対する安全性は、一般に壁量を充分に満たすことで確認されるが、平成12年の建築基準法等改正により終局耐力と靭性を考慮した耐力壁の評価方法が導入され、耐力壁の柱脚柱頭接合部が先行破壊しないことが前提条件とされている。在来軸組構法では柱脚柱頭接合部の簡易計算法としてN値計算法が一般に用いられているが、ある一定の条件に基づく反曲点高さと耐力壁充足率が仮定された個別解であり、また上階の軸力が下階に直接伝達されるため、出隅柱の引抜力を過剰に安全側に評価することが既往の実験等により明らかとなっている。また、直交壁などの立体架構効果により柱脚柱頭接合部の引抜力が低減されることは知られているが、定性的評価に留まっており、設計式への反映には到っておらず、実際の施工状況を反映した計算法は確立されていない。また、1階と2階の開口位置がずれた鉛直構面やセットバック・オーバーハング形状などについても必要引抜力を算定できる計算法が求められている。

本論文では、木造耐力壁における柱脚柱頭接合部に生じる引抜力の正確な推定に資することを目的とし、以下の研究を行なっている。第1章諸言、第2章既往の研究で問題点を明らかにし、第3章では、建物出隅をモデル化した直交壁を有する1層鉛直構面を対象とし、水平加力試験および有限要素法による非線形解析を行ない、耐力壁の柱脚柱頭接合部における直交壁の拘束効果が発現するメカニズムを調べた。その結果、隅角部に生じた浮き上がり引抜力は、直交壁隅角部の合板に打たれたせん断釘に分担され、耐力壁の脚部拘束が弱い場合には耐力壁の水平せん断性能が向上し、脚部拘束が強固な場合にはその接合部に生じる引き抜き鉛直力が軽減される傾向が見られた。また、その効果は直交壁隅角部の面材に打たれた釘のせん断性能で評価できることが示唆された。第4章では、上下階耐力壁から境界梁に入力された転倒モーメントによる軸力が境界梁により下階の柱に応力再配分される計算法を提示し、枠組壁工法の実大2層有開口鉛直構面の水平加力試験により計算法との比較検証を行なった。簡易計算法は、総2階形状・セットバック形状を問わず容易に接合部軸力を推定でき、大きな軸力が生じる最外端や開口脇等において実験結果と比較的よく一致し、概ね安全側の評価を得ることができた。とくに、軸力分配比を適切に設定することで、引張側最外端とその内側1本目のたて枠の引抜力を推定することが可能である。また、従来の計算法では評価できなかった掛け張りタイプの開口壁についても適用が可能であるが、L型やコ型の面材壁に中間折れ型の変形が生じた場合に、中間のたて枠に生じる引抜力を評価できない点が課題であることを明らかにした。第5章では、総2階建住宅の実大振動試験において柱脚柱頭接合部の軸力を測定し、第4章に示した計算法およびN値計算法を用いて軸力を推定し、比較検証を行なった。N値計算法ではとくに出隅の引抜力を過剰に評価する傾向が見られたのに対し、簡易計算法では柱頭柱脚の軸力を精度良く評価できた。ただし、対象とした鉛直構面と直交する方向の水平力による影響や、立体架構効果の影響についてはさらなる検討が必要であることが明らかになった。

以上本論文は、直交壁効果による耐力壁の浮き上がり抑制効果について、実験的および解析的な評価を行い、そのメカニズムを明らかにした上で、面材張り耐力壁接合部軸力の簡易計算法を2階建て枠組壁工法建物に適用し、実用性の高い壁倍率による簡易算定式を提案している。実大実験による検証から導かれた結果はそれらの有用性が高いことを示しており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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