No | 126578 | |
著者(漢字) | 高本,健史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカモト,タケシ | |
標題(和) | 結腸直腸癌・肝転移に対する術前化学療法の休薬による肝予備能の回復 | |
標題(洋) | Recovery of Liver Function After the Cessation of Preoperative Chemotherapy for Colorectal Liver Metastasis | |
報告番号 | 126578 | |
報告番号 | 甲26578 | |
学位授与日 | 2011.03.09 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3574号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 今日、結腸直腸癌の肝転移(Colorectal Liver Metastases: CRLM)の患者に長期生存をもたらす治療は、外科的切除のみである。しかし、約80%の患者で腫瘍の数や大きさ、肝外転移の存在などにより手術適応がないとされている。最近では腫瘍の大きさを小さくし、切除不能とされていた転移性肝腫瘍を切除適応と変えうる、奏功率の高い、5-フルオロウラシル+ロイコボリン+オキサリプラチン(FOLFOX)や5-フルオロウラシル+ロイコボリン+イリノテカン(FOLFIRI)といった化学療法が出現してきた。 その一方で、これらの術前化学療法の問題として、非腫瘍肝における組織病理学的な肝障害、いわゆる"YellowLiver"を呈する肝脂肪変性(Steatosis)や 脂肪性肝炎(steatohepatitis、SH)"Blue Liver"を呈する類洞閉塞症候群(Sinusoidal Obstruction Syndrome、SOS)生じることが分ってきた。さらに、長期にわたる化学療法は、肝切除術後合併症を増やし、術後肝不全による手術死亡率が上がるという報告もある。このような術前補助化学療法を受けた患者が術後肝不全を回避する方法は未だ見出されていない。 本邦では、肝切除前に肝予備能を評価する方法として、ICG試験が広く受け入れられている。著者らの施設では、長らくICGR15値とCTによって計測される許容される予定残肝容積をもとにした幕内基準を遵守しており、1000例以上の肝硬変症例を含めた肝切除術後死亡率ゼロを経験している。現在、この基準はウイルス性肝炎を基盤とする肝細胞癌手術の安全基準としてわが国で広く利用されている。一方で、化学療法後の肝障害をどのように評価し、手術適応をどのように決めるべきか、についてはまだ明らかになっていない。肝炎ウイルスなどによる慢性肝障害がないCRLMの患者場合、ICGR15値は本来正常(10%未満)である。しかし、最近著者らは、術前化学療法を行っている患者でしばしばICGR15値が増悪しており、さらに、休薬期間でそれが改善される症例を経験し、このような病態でも肝予備能評価にICGR15値が有用ではないかと仮定した。 【目的】 本研究で我々は、術前補助化学療法を受けたCRLMの患者に対して、化学療法休薬期間中のICGR15値を経時的に測定し、肝予備能の改善について調査した。そして、ICGR15値を用いた基準を適用して肝切除の術式を選択することの妥当性と安全性について検討した。 【対象と方法】 2007年4月から2009年5月まで、日本赤十字社医療センター肝胆膵外科にて経験したCRLMに対する根治的切除は、136例であった。このうち、腫瘍の多発、腫瘍が大きい、主要な脈管と近接していることを理由として、当科受診前にオキサリプラチンやイリノテカンを含む化学療法を施行されていた55例(男女比27:28)を研究対象とした。男女比が27対28、平均年齢は 59.6±1.6歳であった。原発巣は大腸癌39例、直腸癌16例であった。 術前に施行された化学療法は、以下のとおりであった。すべての患者が、5-フルオロウラシル+ロイコボリン+オキサリプラチン(FOLFOX)または5-フルオロウラシル+ロイコボリン+イリノテカン(FOLFIRI)の組み合わせで化学療法を受けていた。24例がFOLFOXまたはFOLFIRIのどちらか1種類のみ(FOLFOX, 21; FOLFIRI, 3) 26例が、2種類以上の化学療法を受けていた。対象症例のFOLFOXまたはFOLFIRIの投与サイクル数は、平均で14.2±1.7サイクルであった。 手術適応基準は、腫瘍の個数にかかわらず、術前に同定された腫瘍が全て完全に切除でき、必要な残肝容積が確保できれば、腫瘍の個数にかかわらず、肝切除の適応とした。ICGR15値と予定残肝容積(FRLV)の解析によってできた基準(幕内基準)により決定された。その基準とは、すなわち、腹水がなく、血清総ビリルビン値が、正常値であるという前提のもと、ICGR15値が10%未満であれば、右肝切除まで許容でき、ICGR15値が10%以上20%未満であれば、左肝切除、右傍正中領域切除、右外側領域切除など全肝容積の3分の1切除まで許容でき、ICGR15値が20%以上30%未満であれば、クイノー分類における亜区域切除まで許容できるというものである。もし、予定残肝容積比率が全肝容積の40%を下回る場合は、術後の肝不全を予防するために、術前に門脈塞栓術(PVE)を施行し、予定残肝の肥大を促した。また、ICGR15値が異常値で、予定残肝容積が前述の基準から不十分であるとされた場合は、化学療法の休薬期間を延長し、ICG試験を2~4週間毎に行った。化学療法の休薬期間は最低2週間と定めた。 術後合併症は、2004年と2009年に提起された、Clavien-Dindo分類にしたがって分類された。全ての患者から6ヶ月以上の経過観察の情報が得られた。 化学療法が肝機能障害に与える影響について調査すべく、来院時と、可能であれば、化学療法終了後2週間以内のICG検査について調査した。ICG試験は手術決定後、術前精査の段階で必ず施行し、休薬期間中はくり返し行った。そして、すべてのICGR15測定値と休薬期間や化学療法のサイクル数との相関関係を検討した。さらに、患者別のICGR15値の経時的変化も検討した。2回以上のICG検査を2週間以上の間をあけて施行した患者を対象とし、化学療法終了時と手術直前のICGR15値や血算・生化学検査を比較した。 病理組織診断では、肝脂肪変性Steatosis、脂肪性肝炎Steatohepatitis (SH)、類洞閉塞症候群(SOS)について、それぞれの診断基準に基づき診断した。今回は、30%以上のSteatosis、中等度以上のSOS、SHの1つ以上がある場合を組織学的肝障害ありと定義した。 【結果】 対象患者55例のうち中、30例が幕内基準を満たして、すぐに手術を予定された。ICGR15値が異常値を示し、かつ、予想残肝量が予定術式では不十分だったため、25例の患者が追加の休薬期間を要した。9例に対して門脈塞栓術を施行した。最終的には、すべての症例が、残肝容積比率の十分な増大または、休薬期間中のICGR15値の改善が得られ、幕内基準を満たす術式を実施した。休薬期間は平均7.5±0.5週間であった。 55例のうち、2例で休薬期間中に肝外病変(傍大動脈リンパ節転移と仙骨転移)の進行を認め、さらに2例の患者で、開腹時に切除しきれない腹膜播種が見つかり、肝切除を断念した。よって肝切除術は51例に施行された。 術後肝不全の併発や手術関連死亡はなかった。また、20例(39%)で術後合併症が発生した。Grade III以上の重篤な合併症は3例(5.8%)で、術後腹腔内出血が2例、腹腔内膿瘍1例であった。後出血の2例には、開腹止血術、腹腔内膿瘍の1例には、経皮経肝ドレナージ術を施行した。 55例中21例において、化学療法終了後2週間以内にICG検査を施行した。5例が6サイクル未満、16例が6サイクル以上のFOLFOXやFOLFIRIによる化学療法を受けていた。その2群間におけるICGR15値の平均値は、9.8 ±2.6%対18.6 ±3.0%であり、6サイクル以上のFOLFOXおよびFOLFIRIを受けていた患者群が有意差に高いICGR15値を示していた。(p=0.039) 休薬期間の長さとICGR15値の関係を図1に示す。55例に合計89回のICG検査を施行し、それを全て解析に採用した。ICGR15値は休薬期間が長くなるにつれて、減少していった。休薬直後(ICGR15値が平均16.8±1.9%)の値と比べると、休薬してから、2-4週経過した時点でのICGR15値(12.9±1.0%, p=0.043)、4-8週経過後のICGR15値(11.4±1.4%, p=0.011)と8週以上経過後のICGR15値(11.1±1.5%, p=0.006)では、いずれも有意な改善を認めた。 さらに、FOLFOXおよびFOLFIRIを合計6サイクル以上受けた43例、66回のICGR15値検査を選り分けて、ICGR15値の変化と休薬期間の関係を調査した。やはり、ICGR15値は、時間が経過するごとに徐々に低下すなわち改善しており、休薬してから2-4週経過した時点でのICGR15値(12.9 ±1.6%, p=0.010)、4-8週でのICGR15値(12.4 ±1.8%, p=0.010)、8週以上でのICGR15値((11.8 ±1.7%, p=0.003)はいずれも、休薬してから2週間以内のICGR15値(18.9±1.6%)に比して有意な低下・改善を示している。また、8週以上の休薬期間を置いた21症例のうち、12症例は、10%を上回る軽度異常値(15.4 ±0.9%)でとどまっていた。 休薬期間内における同一患者におけるICGR15値の変化を19例の患者に対して調査した。ICG試験は、術前化学療法の休薬期間が4週以内(14.0±1.9日)に施行され、休薬してから44.7±4.4日後(肝切除術4.8±0.9日前)に施行されたICG検査の結果と比較した。その同一患者におけるICGR15値の変化を図2に示す。ICGR15値の平均値を比べると、休薬開始直後と休薬期間終了時で、17.7±2.3% から 11.6±1.2%に低下・改善した。(p=0.001) ICGR15値が10%以上の異常値を示した患者は全例休薬期間中に改善を認めた。同時に測定されたAST、ALT、ALP、γ-GTP、血清アルブミン、血清総ビリルビン、プロトロンビン時間、血小板数の休薬開始直後と休薬期間終了時の平均値との間には、いずれも有意な変化を認めなかった。 切除標本の非癌部病理組織学的評価の結果、類洞閉塞症候群(SOS)が、26例(51%)に診断された。17例が軽度、8例が中等度、1例が重度の診断であった。26例中24例は、FOLFOXによる術前化学療法を受けていた。30%以上の肝脂肪変性steatosisは6例(11.8%)、脂肪性肝炎は3例(5.9%)であり、そのうち2例は、FOLFIRIによる術前化学療法を受けていた。合計16例の患者に、組織学的肝障害を認めた。手術直前のICGR15値は、組織学的肝障害があった群となかった群では、11.7±1.3% 対 11.0±0.9 (p=0.34)であった。手術直前のγ-GTP値の上昇や術中出血量の増加が、組織学的肝障害があった群で有意に認められた。 化学療法の休薬期間終了時に、ICGR15値が10%未満と正常であった症例と、10%以上であった症例の間で比べると、術中出血量や術後合併症率、組織学的肝障害発生率に有意差は認めなかった。 【結語】 化学療法後の肝障害患者において、ICGR15値を用いた術式選択基準を適用して肝切除を安全に遂行できた。 ICGR15値で表される肝予備能は、特にFOLFOXやFOLFIRIを6コース以上受けた患者において、最低2~4週間以上の休薬で改善が期待できる。 図1 化学療法休薬期間中のICGR15値の推移 休薬期間2週間以内、2~4週間、4~8週間、8週以上の各期間のICGR15値を、平均値(%)としてプロットした。各々の群に含まれたICG検査の数を図の下に示す。 図2 症例別ICGR15値の推移 症例毎のICGR15値の推移を休薬期間4週以内にICG検査が施行できた19例について示す。ICGR15値の平均は、17.7±2.3%から11.6±1.2%へ改善した。(p=0.001) | |
審査要旨 | 本研究は、これまで不明であった、以下の2つの事項 術前補助化学療法による肝障害は可逆的なのか。 慢性肝炎・肝硬変に対する肝切除を中心に用いて来られたICGR15値に基づいた許容肝切除量の基準(いわゆる幕内基準)は、新たな問題として出現した化学療法による肝障害の肝切除にも安全に適応できるのか。 を明らかにするため、全身化学療法後に複数回のICG試験で肝予備能を経時的に評価した。さらに、幕内基準を用いた肝切除術式を実行して、その安全性を検討した。以下の結果を得ている。 55例合計89回のICG検査が解析された。ICGR15値は休薬期間が長くなるにつれて、減少していった。休薬直後(ICGR15値が平均16.8±1.9%)の値と比べると、休薬してから、2-4週経過した時点でのICGR15値(12.9±1.0%, p=0.043)、4-8週経過後のICGR15値(11.4±1.4%, p=0.011)と8週以上経過後のICGR15値(11.1±1.5%, p=0.006)では、いずれも有意な改善を認めた。 休薬してから2-4週経過した時点でのICGR15値(12.9 ±1.6%, p=0.010)、4-8週でのICGR15値(12.4 ±1.8%, p=0.010)、8週以上でのICGR15値((11.8 ±1.7%, p=0.003)はいずれも、休薬してから2週間以内のICGR15値(18.9±1.6%)に比して有意な低下・改善を示している。また、8週以上の休薬期間を置いた21症例のうち、12症例は、10%を上回る軽度異常値(15.4 ±0.9%)でとどまっていた。 同一患者の休薬開始時と休薬終盤におけるICGR15値の平均値を比べると、休薬開始直後と休薬期間終了時で、17.7±2.3% から 11.6±1.2%に低下・改善した。(p=0.001) ICGR15値が10%以上の異常値を示した患者は全例休薬期間中に改善を認めた。同時に測定されたAST、ALT、ALP、γ-GTP、血清アルブミン、血清総ビリルビン、プロトロンビン時間、血小板数の休薬開始直後と休薬期間終了時の平均値との間には、いずれも有意な変化を認めなかった。 肝切除症例51例の切除標本の非癌部病理組織学的評価の結果、類洞閉塞症候群(SOS)が、26例(51%)に診断された。17例が軽度、8例が中等度、1例が重度の診断であった。26例中24例は、FOLFOXによる術前化学療法を受けていた。30%以上の肝脂肪変性steatosisは6例(11.8%)、脂肪性肝炎は3例(5.9%)であり、そのうち2例は、FOLFIRIによる術前化学療法を受けていた。合計16例の患者に、組織学的肝障害を認めた。手術直前のICGR15値は、組織学的肝障害があった群となかった群では、11.7±1.3% 対 11.0±0.9 (p=0.34)であった。 化学療法の休薬期間終了時に、ICGR15値が10%未満と正常であった症例と、10%以上であった症例の間で比べると、術中出血量や術後合併症率、組織学的肝障害発生率に有意差は認められなかった。 以上、本論文は、全身化学療法によって生じる肝障害・肝予備能低下を、ICG試験によって評価することができ、また、それが休薬2~4週間で改善することが明らかにした。また従来用いられたICGR15値による許容肝切除容量の基準(いわゆる幕内基準)が全身化学療法による肝障害に対しても適応可能であること示した。本研究では、全身化学療法後に肝切除を行う際の、肝臓手術の安全性の向上に寄与する可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |