学位論文要旨



No 126579
著者(漢字) 津野,陽子
著者(英字)
著者(カナ) ツノ,ヨウコ
標題(和) 都市部・農村部の一般住民における健康生成力Sense of Coherenceと資源および健康との関連性の検討
標題(洋)
報告番号 126579
報告番号 甲26579
学位授与日 2011.03.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3575号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 准教授 福田,敬
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

I.目的

アントノフスキーによって提唱された健康生成モデルにおいて、ストレッサーやそれがもたらす緊張状態に対し、sense of coherence(以下SOC)が対処資源を動員して対処を図ろうと試みる。こうした対処の成否が健康を左右し、対処の成功は健康にプラスに作用する。対処の成否は、対処資源の豊富さと、その動員力であるSOCの強さによるという理論モデルである。SOCはストレッサーに直面したとき自分の保有する対処資源から適切な対処資源を動員して対処する力であり、SOCが高ければより多くの対処資源を保有し、より多くの対処資源を動員することができ、良好な健康状態につながると考えられる。SOCと対処資源および健康状態との関連性の検討は健康生成論的視点から重要であるが、先行研究では、対象が高齢者のみ、かつ対象地域が1地域であったり、対処資源として扱う変数が限定的な場合がほとんどである。対処資源を動員する力として、SOCの媒介効果に言及した研究はみあたらず、対処資源と健康との関連性の間接効果・直接効果の両方を検証することは重要であると考える。

社会文化的背景によって得られる対処資源が異なるため、文化的背景の異なる地域での検討が必要であると先行研究でも言われているが、心理的資源と社会的資源の両方を含めての地域間比較は多くはない。地域特性を反映した対処資源の保有状況を捉え、健康生成モデルにならい、対処資源と健康との関連におけるSOCの媒介効果を地域別に検討することは重要である。

本研究では、都市部と農村部の地域間比較により、地域特性を反映する社会的資源・心理的資源を用いて健康生成モデルにならい、社会的資源・心理的資源と健康との関連におけるSOCの媒介効果を検討することを目的とした。SOCが対処資源を動員する力としてどのように機能しているか、社会的資源・心理的資源と健康との関連性の間接効果・直接効果を都市部・農村部の地域間比較により検討をした。

II.方法

1)対象者と調査方法

都市部として東京都A区、農村部として秋田県B市の一般住民を対象とした。東京都A区、秋田県B市の住民基本台帳から抽出した30~69歳の一般住民、各地域1,000人、計2,000人を対象に郵送自記式質問紙調査を2006年9月に実施した。

有効回答が得られた東京都A区269票(有効回答率26.9%)、秋田県B市363票(有効回答率36.3%)を分析対象とした。

2)調査項目

調査項目は、SOCスケール13項目5件法版、人口学的特性として性別、年齢、学歴、身体の活動制限の状況、暮らし向き、配偶者の有無、仕事の有無、同居世代、居住年数を尋ねた。社会的資源としてソーシャルサポートと地域活動参加の有無、ソーシャルキャピタルの3変数、心理的資源として自尊感情とユーモア志向性、楽観性の3変数を尋ねた。

3)分析方法

資源の健康への直接効果および間接効果の検討のため、社会的資源と心理的資源別に、SOCを媒介変数としたモデルを構築し、年齢・性別を調整してパス解析を行った。また、生活ストレッサーの健康へのSOCの緩衝効果の検討のため、SOCを媒介変数として生活ストレッサーと健康指標のモデルを構築し、年齢・性別を調整してパス解析を行った。

III.結果

人口学的特性では、都市部A区は農村部B市に比べ、学歴が高く、暮らし向きも「一般より恵まれている」と最上位に回答した割合が高くなっていた。農村部B市は都市部A区に比べ、結婚している割合が高く、居住期間は平均で10年以上長くなっており、独居の割合が低く三世代同居が多いことから、居住環境の違いが示された。社会的資源では、ソーシャルサポートは、都市部A区と農村部B市に有意な差はなかったが、ソーシャルキャピタルは、農村部B市のほうが有意に高くなっていた。心理的資源では、農村部B市に比べ都市部A区のほうが有意に自尊感情が高く、楽観性の傾向が強くなっていたが、ユーモア志向性は、地域による有意な差はなかった。

社会的資源・心理的資源と健康との関連における社会的資源の健康への直接効果は、都市部A区では主観的健康感へソーシャルサポート、人生満足度へソーシャルキャピタルとソーシャルサポートで示された。農村部B市では、精神健康へ地域活動参加の有無、身体症状へソーシャルキャピタルの直接効果が示された。都市部A区と農村部B市において、社会的資源の健康への直接効果に共通性はみられなかった。一方、SOCを媒介する間接効果は、都市部A区ではソーシャルサポート、農村部B市ではソーシャルキャピタルとソーシャルサポートで間接効果が示された。

心理的資源の健康への直接効果は、都市部A区では精神健康と人生満足度へ自尊感情と楽観性で示された。農村部B市では、精神健康へ自尊感情とユーモア志向性、人生満足度へ自尊感情、ユーモア志向性、楽観性の3変数全て、身体症状へ楽観性が直接効果を示した。都市部A区と農村部B市に共通して、自尊感情は精神健康と人生満足度に直接効果があることが明らかになった。一方、SOCを媒介する間接効果は、都市部A区では自尊感情と楽観性で示され、農村部B市では自尊感情のみで間接効果がみられた。

IV.考察

本研究の結果から、都市部・農村部の住民が保有する対処資源には、地域特性を反映した特徴があり、SOCとともに社会的資源と心理的資源は良好な健康に関連していることが明らかになった。

健康へのSOCの媒介効果は、都市部A区と農村部B市に共通してみられることが示され、SOCが社会的資源と心理的資源の両方を動員する力として機能していることが実証された。これは、アントノフスキーの健康生成モデルにおける仮説を支持する結果を示している。都市部A区と農村部B市に共通してSOCの媒介効果があったのは、ソーシャルサポートと自尊感情であった。ソーシャルサポートと自尊感情でSOCの媒介効果が示されたことは先行研究を支持する結果であるが、SOCが自尊感情を媒介する強さの程度は同じであったが、ソーシャルサポートは本研究のほうが弱くなっていた。年齢による違いや、健康指標の違いなども含めて、さらなる検討が必要である。

また、SOCは、健康に直接的に関連をもたない社会的資源や心理的資源に対しても、SOCが媒介効果を持ち、間接的に良好な健康に関連していることが示唆された。間接効果は、直接的関連がない社会的資源・心理的資源の両方で示されたことから、SOCは対処資源を良好な健康につなげる重要な役割を担っているといえるだろう。対処資源を充実することはSOCを高めることにつながり、さらに良好な健康状態につながることが示唆されたことから、実践的には、地域住民の健康を促進するため、地域で保有している対処資源の強化や地域で不足している対処資源を補うことが重要である。都市部では、自尊感情が高く自己が自立していたり、人口の移動も多いため地域活動など住んでいる地域や近所付き合いなどの関わりが薄い傾向があるが、地域活動に参加したり、地域への愛着や信頼感がある人はSOCも高く、健康状態も良好な傾向にあった。都市部では近所付き合いや地域に密着した地域活動に参加しにくい状況にあるため、社会的資源は家族や友人からのサポートや、地域とは関係のない個人的役割などにより得ており、地域に依存しないソーシャルサポートが有効に機能している。そのため、地域に密着した活動に参加することは、農村部に比べてより積極的な意味を持つと考えられ、個々人が地域との関わりを持っていくことで、新たな健康に関連する対処資源の開拓になる可能性があると考えられる。

V.本研究の示唆と限界および今後の課題

本研究の都市部・農村部の地域間比較による社会的資源・心理的資源と健康の関連およびSOCの媒介効果の検討の結果、都市部・農村部に共通してSOCは社会的資源と心理的資源との有意な関連性があり、社会的資源・心理的資源を良好な健康に媒介する重要な機能を果たしていることが示された。さらに、SOCは、健康に直接的関連をもたない社会的資源・心理的資源に対してもSOCが媒介効果を持ち、間接的に良好な健康に関連していることが示唆された。

本研究は、回収率が都市部27.0%、農村部36.5%と低いこと、都市部と農村部のサンプル抽出が各1地域ずつであったという限界がある。近年の住民基本台帳抽出による住民調査の回収率は30%程度が想定されており、本研究の結果は極端に低いわけではないが、結果を過小評価している可能性があり、解釈には配慮が必要である。本研究で都市部・農村部に共通してSOCは対処資源を良好な健康に媒介することが明らかになったが、対象は2地域のみであったことから、今後はさらに複数の地域からのサンプル抽出を行い、再現性の検討が必要である。また、本研究では地域間の異同に着目したが、先行研究では性差や対象年齢が限定しての結果も示されており、今後は性別、年代別の検討による先行研究との比較も望まれる。

また、本研究では健康状態の調査項目は自己評価による主観的な健康状態であったが、今後は血液データや検査データなど客観的な医学的データを用いることも新たな研究として望まれる。さらに、SOCは資源を良好な健康に媒介する重要な機能を果たしており、SOCを高めるための介入方策の検討が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ストレッサーに直面したとき自分の保有する対処資源から適切な対処資源を動員して対処する力であるsense of coherence(以下SOC)の、対処資源と健康との関連におけるSOCの媒介効果を検証した。SOCが対処資源を動員する力としてどのように機能しているか、社会的資源・心理的資源と健康との関連性の間接効果・直接効果を都市部・農村部の2地域間比較により検討し、主たる結果は以下の通りである。

1.都市部は農村部に比べ、学歴が高く、暮らし向きも「一般より恵まれている」と最上位に回答した割合が高くなっていた。農村部は都市部に比べ、結婚している割合が高く、居住期間は平均で10年以上長くなっており、独居の割合が低く三世代同居が多いことから、地域間の居住環境の違いが示された。

2.対処資源の保有状況は、社会的資源であるソーシャルサポートは、都市部と農村部に有意な差はなかったが、ソーシャルキャピタルは、農村部のほうが有意に高くなっていた。心理的資源では、農村部に比べ都市部のほうが有意に自尊感情が高く、楽観性の傾向が強くなっていたが、ユーモア志向性は、地域による有意な差はなかった.都市部・農村部の住民が保有する対処資源には、地域特性を反映した特徴があり、SOCとともに社会的資源と心理的資源は良好な健康に関連していることが明らかになった。

3.健康へのSOCの媒介効果は、都市部と農村部に共通してみられることが示され、SOCが社会的資源と心理的資源の両方を動員する力として機能していることが実証された。これは、アントノフスキーの健康生成モデルにおける仮説を支持する結果を示している。都市部と農村部に共通してSOCの媒介効果があったのは、ソーシャルサポートと自尊感情であった。

4.SOCは、健康に直接的に関連をもたない社会的資源や心理的資源に対しても、SOCが媒介効果を持ち、間接的に良好な健康に関連していることが示唆された。間接効果は、直接的関連がない社会的資源・心理的資源の両方で示されたことから、SOCは対処資源を良好な健康につなげる重要な役割を担っているといえる。

5.実践的には、地域住民の健康を促進するため、地域で保有している健康に関連する対処資源の強化や地域で不足している対処資源を補うこの重要性が示唆された。

以上、本論文は都市部・農村部に共通して、SOCは対処資源を良好な健康に媒介する機能を果たしていることを明らかにした。健康に直接的関連をもたない対処資源に対してもSOCが媒介効果を持ち、間接的に良好な健康に関連していることが示唆されたことは実証研究として新しく、SOCを高めるための介入方策の検討などさらなる研究に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク