学位論文要旨



No 126592
著者(漢字) 上澤,明央
著者(英字)
著者(カナ) ウエサワ,ノリヒサ
標題(和) 亜鉛還元法を用いたシリコン粒子製造技術の開発
標題(洋)
報告番号 126592
報告番号 甲26592
学位授与日 2011.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7399号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 岡田,文雄
 東京大学 准教授 三好,明
 東京大学 教授 幾原,雄一
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

地球温暖化の解決策の一つとして太陽光発電の有効利用が挙げられる。太陽電池生産量は近年急速に増加しているものの普及には至っていない。太陽電池普及の障害は「価格」にある。太陽電池の低価格化をもたらし、世界的な普及を行うには太陽電池の原料となる高純度シリコンをいかに安く大量に供給できるかが鍵となる。従来の高純度シリコン製造法であるSiemens法や冶金法は、それぞれ生産効率や純度に欠点を持ち、太陽電池に特化した高純度シリコンの製造には適していない。そこで本研究では、高純度シリコンを安価に大量に生産し得る「亜鉛還元法」に着目する。亜鉛還元法は約1000oCの高温下において、四塩化ケイ素を亜鉛蒸気で還元し固体シリコンを生成する反応である。

本手法は30年程前から知られる手法であるが、反応経路や反応速度定数など反応に関して未解明な部分が多く、反応器設計への指針が得られていない。さらに、生成シリコンが様々な形状を示すため応用に応じた固体シリコンの形状制御が必要となる。本研究では、亜鉛還元法を用いた高純度シリコン製造法を実現するために必要となる反応解析、反応器解析及び生成シリコンの形状制御を行うことを目的とする。

第2章 亜鉛還元法の反応解析

亜鉛還元法を用いたシリコン生成の実施例はこれまでに存在するものの、四塩化ケイ素と亜鉛蒸気を高温下で反応させ固体シリコンを生成させることに終始しており、反応条件の最適化のために試行錯誤を繰り返しているのが現状である。反応経路や反応速度定数といった反応に関する理解が不十分なため、反応器設計を行う上で必要となる反応器形状や操作条件といった指針が得られていない。

本研究では、量子化学計算(Gaussian)を用いて亜鉛還元法の反応経路及び反応速度定数の推定を行い、反応モデルを構築した。反応モデルとして、反応中間体と推測されるSiCl2を経由して固体シリコンを生成する反応を仮定した。さらに、反応器形状由来の物質移動の情報を組み込んだ固体シリコン生成の数理モデルを構築した。反応収率と気相滞留時間の関係を構築した数理モデルから算出した。これらの反応に関する基礎的な情報は亜鉛還元法の生産プロセスへの応用を考える上で必要不可欠となる。

第3章 実験装置設計

従来の亜鉛還元法の反応系は亜鉛ガスの導入に難があり、亜鉛ガス流量を制御しながら反応を行うことが出来ていない。また未反応の亜鉛や副生成物の塩化亜鉛が、冷却された排ガス管内部で凝縮し、管内閉塞が生じるという技術的な課題が存在した。本実験系では、亜鉛ガスの導入に際して化学工学的に亜鉛蒸発装置の設計を行い、亜鉛蒸発装置内の温度とキャリヤーガスであるアルゴン流量を精密に制御し、原料亜鉛ガスの導入量の制御に成功した。さらに、副生成物の凝縮によるガス管内の閉塞問題は、副生成物を回収するトラップを2段にして解決した。以上のように原料導入及び排気系の設計を行い、亜鉛還元反応の反応解析を行うために実験装置を設計した。実験用の反応器は高純度シリコン生成のため全て石英を用いた。

第4章 亜鉛還元法の反応器解析

反応器設計への指針を得るためには、反応のみならず反応器形状に由来した移流や拡散といった物質移動の情報を含んだ数理モデルを構築することが重要となる。第2章で構築した数理モデルを検証するために、第3章で構築した実験装置を用いて亜鉛還元反応の平衡論と速度論の研究に取り組んだ。反応温度、原料モル比、ガス滞留時間等の反応条件をそれぞれ変化させたときの反応収率の変化を実験的に確認した。反応温度が高いほど反応収率が低い傾向が確認され、総括反応が発熱反応であることと一致する結果を得た。また、滞留時間が長くなるにつれて反応収率が高くなることを確認し、反応が数十秒程度のオーダーで進行することを明らかにした。さらに、亜鉛還元反応を2次反応と仮定することで見かけの活性化エネルギーを算出した。これらの結果から第2章で構築した固体シリコン生成の数理モデルが妥当であると結論付けた。

次に、反応器内の混合状態を把握するために、流体計算を用いて反応器内の流動状態を検討した。これらの反応に関する基礎的な情報は、亜鉛還元法の生産プロセスへの応用を考える上で必要不可欠であることを示している。

第5章 生成シリコンの結晶形態

亜鉛還元反応で生成するシリコンは様々な形状を有しており、応用に応じて固体シリコンの形状制御が必要となる。多様に存在するシリコン生成物の中で、針状、球状、シリコンナノワイヤーの3種の生成シリコンに着目した。生成するシリコンナノワイヤーは表面ラフネスを有しており、高付加価値のシリコンナノワイヤーである。太陽電池以外の用途として高効率の熱電素子など地球規模での環境問題の解決に役立つ材料としての応用が期待できる。

反応条件が生成シリコン形状に対してどのような影響を与えるかを実測し、それらの形状変化が原料である四塩化ケイ素濃度、反応速度と相関があることを確認した。

針状シリコン及びシリコンナノワイヤーの生成メカニズムは、吸熱反応が原因による温度低下で生成した亜鉛液滴を起点としたVapor-Liquid-Solid (VLS)成長で説明し、反応場中に存在し得る亜鉛液滴が生成シリコンの形状に大きな影響を及ぼす結晶成長メカニズムを提案している。また、反応器内において温度振動が起こることも明らかにしており、亜鉛液滴の生成に関与している可能性を示している。

第6章 総括

亜鉛還元反応を行うための実験系を構築し、反応工学的な観点から亜鉛還元法の平衡論及び速度論といった反応に関する研究を行った。反応温度、原料比、ガス滞留時間の変化が反応収率に及ぼす影響を調べ、実験結果を説明し得る固体シリコン生成の数理モデルを構築した。また、本手法により生成するシリコンは、針状・球状・シリコンナノワイヤー等様々な形状を示した。反応解析に関する研究から素反応過程に吸熱反応が存在することが推測されており、吸熱反応が原因で反応場中に生成する亜鉛液滴により様々な形状のシリコンが生成するメカニズムの提案を行った。特に、取得した針状シリコンは純度が7N(99.99999%)と高く、太陽電池への応用の可能性を示した。

亜鉛還元法は30年ほど前から研究が行われているものの、反応制御の難しさから反応条件を変化させてその影響を系統的に調べる研究が行われてこなかった。これに対し、本研究では実験装置を化学工学的に設計し、反応条件の精密な制御と亜鉛還元反応の定量的評価に成功した。反応工学的な見地から亜鉛還元法における平衡論及び速度論の反応に関する理解を行い、生成するシリコン形状の変化に至るまでの解明を行った点に特徴がある。

亜鉛還元法を用いて高純度シリコンの製造を行う場合、現在のバッチ式のリアクターでは生産速度の観点からの限界が存在するため、本研究の解析結果を基にした流動床のような連続式の反応器の展開が求められる。

審査要旨 要旨を表示する

「亜鉛還元法を用いたシリコン粒子製造技術の開発」と題した本論文は、高温下において四塩化ケイ素を亜鉛蒸気により還元し高純度シリコンを生成する亜鉛還元法に着目し、亜鉛還元反応の平衡論や速度論といった反応に関する研究及び生成する固体シリコンの形状変化に関する研究結果をまとめたものであり、6章から構成されている。

第1章は序論であり、研究背景および研究目的を述べている。冒頭では、近年の環境意識の高まりに対する太陽電池の有用性に関して説明している。太陽電池の製造に必要な高純度シリコン製造法であるSiemens法や冶金法などを紹介し、これらの高コストなシリコン製造法と比較することで亜鉛還元法の利点を挙げ、高純度シリコンを安価かつ大量に製造する亜鉛還元法について述べている。次に、既往の亜鉛還元法によるシリコン生成の実施例を紹介すると共に、反応に関する理解が不十分であるため生産用の反応器設計への指針が得られていないこと、また、生成する固体シリコンの形状が多様であるため、形状に対する制御が必要であることを述べている。最後に、亜鉛還元法を用いた高純度シリコン製造法を実現するために必要となる反応解析、反応器設計及び生成シリコンの形状制御を行うことを研究目的として述べている。

第2章では、亜鉛還元法の反応解析に関して述べている。反応条件が亜鉛還元反応に及ぼす影響に関して系統的に調べた研究はこれまで行われておらず、反応器設計を行う上で必要となる反応器形状や操作条件といった指針が得られていないことを述べている。次に、未解明な亜鉛還元反応を解明するために、量子化学計算(Gaussian)を用いて反応経路及び反応速度定数を推定し、反応モデルを検討している。さらに、得られた反応モデルを基に各濃度成分の物質収支を取り、反応器形状に依存する移流や拡散といった物質移動の情報を含んだ数理モデルの構築を行っている。数理モデルを解くことにより、滞留時間に対する反応収率の依存性といった反応器設計に重要となる情報を反応工学的に求めている。

第3章では、反応条件を変化させて亜鉛還元反応を行うために、前章で述べた数理モデルを基に作製した石英製の実験装置に関して述べている。既往の亜鉛還元法では、亜鉛ガスの導入に難があり、また、未反応の亜鉛や副生成物の塩化亜鉛による排ガス管の閉塞という技術的な課題が存在したことを説明している。一方、本実験系では、亜鉛ガスの導入に際して、亜鉛蒸発装置内の温度とキャリヤーガスであるアルゴン流量を精密に制御し、原料亜鉛ガスの導入量の制御に成功している。さらに、排ガス管内の閉塞を防ぐために、未反応の亜鉛や副生成物である塩化亜鉛を回収するトラップを2段にすることで閉塞の問題を解決している。

第4章では、亜鉛還元法の反応器解析に関して述べている。構築した実験装置を用いて亜鉛還元反応の平衡論と速度論の研究に取り組み、反応温度、原料モル比、ガス滞留時間等の反応条件を変化させたときの反応収率の変化を実験的に確認している。反応温度が高いほど反応収率が低い傾向が確認され、総括反応が発熱反応であることと一致している。また、滞留時間が長くなるにつれて反応収率が高くなることを確認し、反応が数十秒程度のオーダーで進行することを明らかにしている。さらに、亜鉛還元反応を2次反応と仮定することで見かけの活性化エネルギーを算出している。これらの結果から構築した反応モデルが妥当であると結論付けている。

次に、反応器内の混合状態を推測するために、流体計算を用いて反応器内の混合状態に関して検討し、これらの反応に関する基礎的な情報は、亜鉛還元法の生産プロセスへの応用を考える上で必要不可欠であることを示している。

第5章では、生成する固体シリコンの結晶形態制御に関して論じている。多様に存在するシリコン生成物の中で、針状、球状、シリコンナノワイヤーの3種の生成シリコンに着目し、反応条件が生成シリコン形状に対してどのような影響を与えるかを実測し、それらの形状変化が原料である四塩化ケイ素濃度、反応速度と相関があることを述べている。針状シリコン及びシリコンナノワイヤーの生成メカニズムは、吸熱反応が原因による温度低下で生成した亜鉛液滴を起点としたVapor-Liquid-Solid (VLS)成長で説明しており、反応場中に存在し得る亜鉛液滴が生成シリコンの形状に大きな影響を及ぼす結晶成長メカニズムを提案している。また、反応器内において温度振動が起こることも明らかにしており、亜鉛液滴の生成に関与している可能性を示している。

以上、本論文は反応工学的な見地から、亜鉛還元法における平衡論及び速度論の反応に関する理解から生成するシリコン形状の変化に至るまでの解明を行ったものである。反応、物質移動などの多様なプロセスを総合的に捉えており、化学工学への貢献は大きいと考えられる。また、太陽電池用の高純度シリコンを安価に大量合成できる可能性を示した点は、工学への貢献が大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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