学位論文要旨



No 126595
著者(漢字) 井上(中島),尚子
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ(ナカシマ),ナオコ
標題(和) 次世代湿式再処理プロセスの核拡散抵抗性高度化のための保障措置システムの研究
標題(洋)
報告番号 126595
報告番号 甲26595
学位授与日 2011.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7402号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 久野,祐輔
 東京大学 教授 岡本,孝司
内容要旨 要旨を表示する

1.本研究の背景と目的

ウラン資源の有効利用と将来にわたるエネルギーセキュリティの観点から、原子力先進国を中心に次世代原子力システムの検討が行われている。中でも次世代湿式再処理プロセスは、実現可能性が高い有力技術として開発が進められており、低除染化やPu非単離化等、核拡散抵抗性の内在的障壁を高めるとも考えられている。しかし、高速炉サイクルを念頭に置く、この再処理技術はPu取扱量が増大する可能性がある上に、新たな再処理技術は既存の保障措置技術が適用できない部分もあり、保障措置の「検知性」を低下させる可能性がある。この背景に基づき、本研究では、次世代湿式再処理プロセスを対象に、核拡散抵抗性を高度化できる保障措置システムを提案することを目的とした。

2.次世代湿式再処理システムに求められる核拡散抵抗性

第1章の緒言に続き、第2章では次世代湿式再処理プロセスが有するべき核拡散抵抗性を特定するために、次世代原子力システム開発に関連して過去に実施された主要な核拡散抵抗性検討プログラムを対象に、核不拡散の体系、その中での核拡散抵抗性とその構成要素である内在的特性と外在的措置(保障措置等)の関係を分析整理した。その結果、内在的特性を高めるには限界がある一方で、保障措置は、国家の拡散行為を検知する機能を有し、また、それに対して何重ものバリアを提供できることが分かった。したがって、その検知機能を強化し、検知確率を高めることが次世代湿式再処理プロセスの核拡散抵抗性の高度化に現実的かつ強力に貢献するであろうと考察された。このためには、事業者にとって受容可能な範囲で保障措置、特に正確な計量と連続監視等による転用等の拡散行為の兆候を適時に検知するアプローチの確立が重要と考えられた。

3.次世代湿式保障措置システムの要件

第3章では、第2章で特定された核拡散抵抗性高度化の方向性に沿って、次世代湿式再処理プロセスの保障措置システム要件を特定するために、IAEA保障措置及び日本の再処理施設に関わる保障措置がどのように構築され、発展してきたかを整理した。その結果、現在の保障措置手段である「計量管理を基本的に重要な保障措置手段とし、その補助的手段として封じ込め監視を共に用い、大量のPuを扱う施設では申告通りの運転を確認できる追加的手段を組み合わせる」ことや技術的目標である「1有意量(SQ)の核物質(未照射Puの場合で8kg)の適時(Puで1カ月)な転用検知」は政治的意図も含んだ長期にわたる多くの国際的な議論の下でようやく確立されたものであり、この保障措置の根幹を変更することは現実的ではないことが分かった。このため、これら国際合意に基づいて構築された基準や概念は尊重されるべきで、その延長上で可能な限り技術的な追及を行う、その上でその基準を超えた場合や概念の成立が困難な場合は他の追加的措置や不拡散上の措置により、事業者にとって受容可能な範囲で拡散行為が十分検知でき、核拡散の抑止につながるシステムを開発するという方向性がより重要である。この方向性で、次世代湿式保障措置プロセス保障措置システムの要件は以下のように集約された。

(1)より正確かつ高頻度でインベントリ把握が可能な計量管理

(2)適時性の高い転用/不正使用検知能力の高度化

(3)事業者受容性

(3)の事業者受容性を念頭に、(1)と(2)の組み合わせを「設計による保障措置」概念"Safeguards by Design"下で開発及び適用実施していくことで国際的コンセンサスの得られる保障措置システムが構築できると考えられた。

4.次世代湿式再処理プロセス保障措置システムの検討

第4章では、第3章で特定した次世代湿式再処理プロセス保障措置要件を満たす保障措置システムの具体例を提示し、提案を行った。提案するシステムは高速増殖炉サイクル実用化研究開発の主要概念である先進湿式再処理プロセスを念頭に、特に溶液系におけるPuを対象とした。具体的には、以下の組み合わせである。

(1) より正確かつ高頻度でインベントリ把握が可能な計量管理

1) 実在庫調査(PIT)/実在庫検認(PIV)等価の中間在庫調査(IIT)/中間在庫検認(IIV)概念の導入

2) 計量フレンドリーなプロセス設計と運転モード

(2)適時性の高い不正使用/転用検知能力の高度化

1) インラインモニターによるリアルタイム計量(RTA)と不正使用/転用検知能力の高度化

2) 遠隔監視及びリアルタイム監視対象の拡大、査察のランダム化75)との組み合わせによる検知能力の高度化

(1)のためには、現在の保障措置体系には存在しないIITの概念を導入し、PIT/PIVと同レベルの正確性を有するIIT/IIVを実施し、高頻度で物質収支を実質的に閉じることにより、MUFの不確かさ(σMUF)を小さく的確に管理することを考える。これを事業者に受容可能な形で実現可能とするために、小プロセスインベントリ設計を取り入れ、主要槽には既存のディップチューブマノメーター(DIPT)に加え、トレーサーを正確に添加できる装置を取り付けて計量仕様槽とし、トレーサー・同位体希釈マススペクトロメトリー(IDMS)で溶液量及び溶液中の核物質量を正確に定量できるように設計(計量フレンドリーな設計)する。IIT/IIV時には核物質をこれらの槽に集中させるような運転モード(計量フレンドリーな運転)をあらかじめ設計に組み込んでおく。これにより、比較的短時間に正確なインベントリ把握ができ、「より正確かつ高頻度でインベントリを把握できる計量管理」が可能となる。

(2)の適時性の高い不正使用/転用検知能力の高度化のために、インライン濃度測定センサーとして「密度計測-微分パルスボルタンメトリー(DPV)」を用いた「酸/U/Pu濃度プロセスモニタリング」に着目した。DPVで測定できるU,Pu濃度と、DIPTから測定できる溶液密度、過去の研究を元に提案された密度式を用いることで、U,Pu濃度及び酸濃度をリアルタイム計量とモニタリングが可能になる。これを遠隔監視と組み合わせることでより効率的に転用や不正使用の未申告活動を高い確率で適時に検知でき、検知能力の高度化が可能になる。

5.提案した保障措置システムの評価

第4章で提案したシステムの性能を評価するために、第5章では(1)の計量管理についてはσMUFケースタディを、(2)の検知能力高度化については、第4世代原子力システム国際フォーラム(GIF)核拡散抵抗性と核物質防護評価手法ワーキンググループ(PR&PP WG)が開発したマルコフモデルアプローチを用いて検知確率を評価した。(3)の事業者受容性についてはそのファクターを特定した。

(1)σMUFケーススタディ

簡単な次世代湿式再処理施設モデルに、本論文で提案するPIT/PIV等価のIIT/IIV概念の導入を図った場合に、これらが計量管理の正確さの指標であるσMUFに与える効果を評価するため、インベントリやバッチサイズ、測定の不確かさを変えた8つのケースを設定して各々のσMUFを評価した。その結果、小プロセスインベントリ設計のプロセスはPuのσMUFを低減するのに大きな効果を有することが分かった。また、計量フレンドリーなプロセス設計及び運転モードを適用することでPuのσMUFを1SQ以下で管理できる可能性があり、さらに、トレーサー・IDMS法により直接Puを定量する等により、20日~30日という現在のIIV間隔に近い日数でIIT/IIVが設定でき、保障措置目標である「有意量の核物質の転用の適時な探知」を達成可能であることが分かった。

(2) マルコフモデルアプローチを用いた検知確率評価

本アプローチを開発した米国のYue他の論文を元に、先進湿式再処理プロセスをモデルに提案するた保障措置システムを適用した先進システムと、既存のLASCAR型保障措置を適用したリファレンスシステムについて、マルコフモデルアプローチを用いて検知確率を算出し、両者の比として評価した。算出に当たっては再処理プロセスの多様な保障措置技術に対応するため、Yue他が提案した保障措置に係るパラメータの拡張を行った。その結果、提案する保障措置システムは各溶液工程の検知確率及びプロセス全体の検知確率を向上させることが分かった。特に、溶解~入量計量、化学分離工程で顕著であり、これは、正確性及び信頼性の高い分析法を広く適用したこと、また、合理的に実施できる技術導入を念頭に、運転パラメータや核物質の監視が連続で可能となることによる検知能力の向上が大きく寄与していると考えられた。したがって、運転パラメータの変更による転用や不正使用のより迅速な検知が可能となることが分かった。

(3)事業者重要性のファクター

提案する保障措置システムは事業者にとって受容可能であることを念頭に置いているが、六ヶ所再処理工場の保障措置設計を通して得られた知見をまとめた報告書中の事業者負担に関する記載を分析し、事業者受容性のファクター以下の3点に整理した。

施設に保障措置を適用するために係るコスト

(2) 保障措置実施が運転に支障を与えるために係るコスト

商業機密保護

これらのファクターのうち、商業機密保護については別途検討が必要であるものの、(2)や(3)については、問題が起きてからの対処やフォローアップの負担及び検知確率の向上の効果を考えれば提案する保障措置システムの投資効果としては大きいと考えられる。したがって、提案する保障措置システムは設計の早期の段階から導入することにより、事業者受容性は満たせると考えられた。

6.結論

以上により、次世代湿式再処理プロセスを対象に保障措置の技術的目標を満足しつつ、高い検知能力を有することで核拡散抵抗性を高度化できる保障措置システムを提案できたと考える。本提案の実現に向けては、工学的規模での試験やシミュレーション技術を利用するなどした適用に先立つ実証研究、また、設計の早期に取り入れる方向での検討("Safeguards by Design")が今後必要となる。

審査要旨 要旨を表示する

原子力エネルギーの利用拡大において核拡散抵抗性が一段と求められる。高速炉サイクル用次世代湿式再処理プロセスでは低除染化やPu非単離化等が核拡散抵抗性の内在的障壁を高めると考えられているがPu取扱量が増大し既存の保障措置技術が適用できない部分もあり保障措置の「検知性」を低下させる怖れがある。本研究では、次世代湿式再処理プロセスを対象に、核拡散抵抗性を高める保障措置システムを提案することを目的としている。本論文は6章で構成されている。第1章は背景と目的であり、第2章、第3章は次世代再処理プロセスの核拡散抵抗性の特徴を整理した後、そこに求められる要件を示している。第4章はそれらを満たす保証措置システムを提案し、第5章ではその評価を行っている。第6章は結論である。

次世代湿式再処理プロセスに求められる核拡散抵抗性を特定するために、過去に実施された主要な核拡散抵抗性検討プログラムを調査し、検知機能の強化と検知確率を高めることが核拡散抵抗性の高度化に現実的かつ強力に貢献すると考えている。また、そのためには、事業者にとって受容可能な範囲で保障措置、特に正確な計量と連続監視等による転用等の拡散行為の兆候を適時に検知するアプローチの確立が重要と考えている。第3章ではこのような核拡散抵抗性高度化の方向性に沿って、まずIAEA保障措置及び日本の再処理施設に関わる保障措置がどのように構築され発展してきたかを整理している。その結果、現在の保障措置手段である計量管理を基本的に重要な保障措置手段とすることと、技術的目標である1有意量(SQ)の適時な転用検知が重要であるとしている。これら国際合意に基づいて構築された基準や概念は尊重されるべきで、その延長上で可能な限り技術的な追及を行うべきとしている。このような検討に基づき、次世代湿式再処理プロセス保障措置システムの要件として、より正確かつ高頻度でインベントリ把握が可能な計量管理、及び適時性の高い転用/不正使用検知能力の高度化と事業者受容性の3つを導き出している。

第4章ではこの要件を満たす保障措置システムを提案している。提案するシステムは先進湿式再処理プロセスを念頭に、特に溶液系におけるPuを対象としている。具体的には、(1)より正確かつ高頻度でインベントリ把握が可能な計量管理と、(2)適時性の高い不正使用/転用検知能力の高度化の組み合わせである。

(1)のためには、中間在庫確認(IIT/IIV)の概念を導入し、年次在庫確認(PIT/PIV)と同レベルの正確性を有するIIT/IIVを実施し、高頻度で物質収支を実質的に閉じることにより、MUFの不確かさ(σMUF)を小さく的確に管理する。これを事業者に受容可能な形で実現可能とするために、小プロセスインベントリ設計を取り入れ、トレーサー・同位体希釈マススペクトロメトリー(IDMS)で核物質量を正確に定量できるように設計(計量フレンドリーな設計)している。

(2)の適時性の高い不正使用/転用検知能力の高度化のために、インライン濃度測定センサーとして「密度計測-微分パルスボルタンメトリー(DPV)」を用いた「酸/U/Pu濃度プロセスモニタリング」に着目している。これを遠隔監視と組み合わせることでより効率的に転用や不正使用の未申告活動を高い確率で適時に検知でき、検知能力の高度化が可能になるとしている。

第5章では(1)の計量管理についてはσMUFケースタディによる評価を、(2)の検知能力高度化については、マルコフモデルアプローチを用いて検知確率を評価している。(1)では小プロセスインベントリ設計のプロセスはPuのσMUFを低減するのに大きな効果を有することが示されている。また、計量フレンドリーなプロセス設計及び運転モードを適用することでPuのσMUFを1SQ以下で管理できる可能性があり、さらに、直接Puを定量する等により、20日~30日という現実性のある日数で正確なIIT/IIVが設定できると結論づけている。(2)では、提案する保障措置システムを適用した先進システムと、既存のLASCAR型保障措置を適用したリファレンスシステムについて、マルコフモデルアプローチを用いて検知確率を算出し両者の比として評価している。その結果、提案する保障措置システムは各溶液工程の検知確率及びプロセス全体の検知確率を向上させることが分かったとしている。事業者受容性については六ヶ所再処理工場の保障措置設計に係る報告書中の事業者負担に関する記載を分析し、保障措置を適用するために係るコスト、及び保障措置実施が運転に支障を与えるために係るコスト、商業機密保護の3つのファクターが重要であるとしている。

第6章結論においては、次世代湿式再処理プロセスを対象に保障措置の技術的目標を満足しつつ、高い検知能力を有することで核拡散抵抗性を高度化できる保障措置システムを提案できたと考えている。

本論文を要するに、次世代湿式再処理プロセス保障措置システムに求められる要件を3つに整理したのち、具体的にこれらの要件を満たす保障措置システムを、より高度かつ高頻度での計量管理と適時性の高い検知能力の高度化の観点で提案し、その有効性を評価したものであり研究のオリジナリティー、応用性が高い。このように、本研究は、原子力工学特に国際保障学に対する貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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