学位論文要旨



No 126596
著者(漢字) 山村,司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマムラ,ツカサ
標題(和) 米印原子力協力の核不拡散の観点からの分析・評価
標題(洋)
報告番号 126596
報告番号 甲26596
学位授与日 2011.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7403号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 教授 久野,祐輔
 東京大学 教授 入江,一友
 東京大学 教授 田中,明彦
内容要旨 要旨を表示する

米印間の民生用原子力協力は、2005年に米印両国により合意され、国際機関や多国間の協議体をも巻き込んだ一連のプロセスを経て、2008年に米印原子力協力協定の発効により実現を見た。核兵器不拡散条約(NPT)に加盟していないインドとの原子力協力は、核兵器の取得の放棄に対する報償としての原子力平和利用の恩恵の付与というNPTのバーゲンへの挑戦という側面があることから、特に原子力平和利用と核不拡散の両立の観点から、本協力の意義について総括しておくことは重要である。

本論文は、原子力平和利用と核不拡散の両立、特に、原子力資機材、技術の供給にあたっての核不拡散の確保の取組みの経緯という歴史的観点から本協力を分析、評価することを目的とするものである。第1章で本研究の背景と目的を述べた上で、第2章においては、原子力資機材、技術の供給にあたって核不拡散を確保するための制度的枠組み(二国間原子力協力協定、保障措置、NPT、輸出管理レジーム)を包含した体制を「国際原子力供給・核不拡散体制(以下、「体制」という。)」と称して、その発展過程を「体制」の構成要素の相互の関係性に着目しつつ分析した。「体制」成立の当初は、供給される原子力資機材や関連する核物質が軍事目的に転用されないことを確保することを目的とするものであったが、時代を経るにつれて、供給国による受領国の核燃料サイクル活動への規制や、包括的保障措置や核物質防護措置といった核不拡散措置の普遍化のツールとしての役割も果たすようになった。また、米印原子力協力との関係で重要な、包括的保障措置協定の受領国要件化については、NPTのバーゲンを実効性あるものにしたという点で評価することができる。しかしながら、NPTの普遍化の促進やインドに対する制裁という点での実質的意義は乏しいことが分かった。この点からインドに対して、原子力資機材、技術の移転の禁止というこれまでのアプローチとは別のアプローチが必要であるとする見方が生じる余地があるものと考えられる。また、「体制」の発展過程において米国が果たした役割も重要な点として指摘した。

第3章において、米印原子力協力の推進要因、制約要因を踏まえ、その成立に至る経緯を分析した。本協力の成立に至るプロセスの特徴として、米印両国政府だけでなく、両国内において本協力の推進に反対または慎重な立場をとる勢力、国際原子力機関(IAEA)や原子力供給国グループ(NSG)といった国際機関や多国間の協議体など多くのプレーヤーの関与により、成立に至るプロセスが複雑性及び不確実性を増したこと、特に成立の最終段階において協力の実現を加速させる多くの例外措置がとられ、プロセスにおいても特殊なものであったこと、包括的保障措置の受領国要件化の逆のプロセスであったこと、が挙げられる。

また、第4章では、米印原子力協力の性格を規定する中心文書である、米印原子力協力協定及びIAEAとインドの間の保障措置協定を、それぞれ評価、分析した。米印原子力協力協定に関しては、米国がこれまで締結した他の原子力協力協定との相違点に着目して、その特殊性を考察した。本協定の特殊性として挙げられる点は、(1)包括的保障措置協定の受諾を条件としていないこと、(2)インドが核実験を実施した際に協定の終了に至ることが明示的に示されていないこと、(3)燃料供給保証に関する詳細な条項が含まれ、燃料供給の継続と保障措置の継続がリンクするという解釈も可能な規定が含まれていること、(4)条件つきながらインドに対し、再処理に関する包括的事前同意を与えていること、(5)機微な分野における協力に関する規定が曖昧であることである。

また、インドとIAEAの保障措置協定の意義、課題をNPTに加盟する核兵器国に適用されるボランタリーオファー型の保障措置協定との比較の観点から検討した。同協定の意義として、(1)インドに移転される原子力資機材の転用防止の確保によるインドに対する原子力資機材移転の促進、(2)軍民分離の促進による民生プログラムの透明性の向上、(3)他の国への保障措置の適用に関連する情報のIAEAへの提供、(4)軍縮のフェーズに備えた保障措置の受入れ経験の蓄積といった点、また、課題として、(1)インドの保障措置の恒久性に疑義が残る点、(2)現時点で保障措置の対象となる原子力施設が限定されている点を同定した。

第2章から第4章を踏まえて第5章では、米印原子力協力の総合的評価を行った。「体制」への影響の評価を中心とし、必要に応じて核軍縮への影響の評価も取り入れた。また、評価手法としては、「体制」の規範力に与える影響の観点から本協力を評価する規範論的評価とインドを「体制」に組込むことによる実質的な利益と実質的な損失とを比較して評価する実践論的評価の2つの手法を採用した。

規範論的評価の場合、インドが包括的保障措置協定を締結しない状況にとどまったまま、原子力協力の恩恵を受けることになる今回の米印原子力協力に対し、肯定的評価を与えることは難しい。また、インドに限定した例外扱いを行った点、協定文言が曖昧である点、本協力の実現過程の性急さに示される、米国の外交政策や国際政治における核不拡散規範の維持のプライオリティの低下も批判の対象となる。

実践論的評価においては、他の国や国際的な核不拡散取組みに対する影響、インドの原子力平和利用プログラムへの影響、インドからの核拡散リスクへの影響、インドの軍事プログラムへの影響、国際的な核軍縮推進の取組みに対する影響の観点から、本協力の実現による利益、損失の評価を行った。その結果、原子力平和利用と核不拡散の両立という側面、核軍縮を加えた側面、また他の国のグループ(核兵器国、NPT加盟の非核兵器国、インド以外のNPT非締約国)との公平性の観点、いずれにおいても、少なくとも現時点で肯定的評価は難しいことが分かった。これは、マイナス要素が大きいというよりは、保障措置の適用拡大やインドの核兵器プログラムへの制約など、インドの譲歩があれば、プラスと評価されていたと考えられる要素が、インドの譲歩が少なすぎるためにそうはなっていないことに起因しているように考えられる。従って、今後のインドや国際社会の取組み次第では、将来的に本協力を肯定的に捉えることができるようになる余地はあるものと考えられる。

第6章では、第5章の評価を踏まえ、米印原子力協力を長期的に見て意義あるものにするための措置について提言を行った。こうした措置として、インドの原子力プログラムの透明性の向上及び核兵器プログラムの縮小、インドのNSGへの参加、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准、NPT非締約国に対する原子力協力にあたってのクライテリアベーストアプローチの検討が挙げられる。

また、米印原子力協力の評価を通じて原子力と核の国際秩序が抱える課題が明らかになったが、こうした課題に対処するための措置について提言を行った。こうした措置として、原子力協力の要件の共通化、核兵器保有国に適用される保障措置の有効化策の検討が挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

米印間の民生用原子力協力は、2005年に両国により合意され、国際機関や多国間の協議体が入った一連のプロセスを経て、2008年に米印原子力協力協定の発効により実現を見ている。核兵器不拡散条約(NPT)に加盟していないインドとの原子力協力は、核兵器取得放棄に対する報償としての原子力平和利用の恩恵というNPTのバーゲンへの挑戦という側面があり、特に原子力平和利用と核不拡散の両立の観点から、本協力の意義について総括しておくことは重要であるとしている。この背景のもとに、本論文は、原子力平和利用と核不拡散の両立、特に、原子力資機材、技術の供給にあたっての核不拡散の確保の取組みの経緯という歴史的観点から本協力を分析、評価することを目的としている。

本論文は7章より構成されている。第1章は背景と目的である。第2章では、原子力資機材、技術の供給にあたって核不拡散を確保するための制度的枠組みを包含した体制を「国際原子力供給・核不拡散体制(以下、体制)」と称して、その発展過程を「体制」構成要素の相互の関係性に着目しつつ分析している。米印原子力協力との関係で重要な包括的保障措置協定の受領国要件化については、NPTのバーゲンを実効性あるものにしたという点で評価することができるとしている。同時にNPTの普遍化の促進やインドに対する制裁という点での実質的意義は乏しいとしている。この点からインドに対して、原子力資機材、技術の移転の禁止というこれまでのアプローチとは別のアプローチが必要であるとする見方があると考えている。

第3章において、米印原子力協力の推進要因、制約要因を踏まえ、その成立に至る経緯を分析している。本協力の成立に至るプロセスの特徴として、米印両国政府だけでなく、両国内において本協力の推進に反対または慎重な立場をとる勢力、IAEAや原子力供給国グループ(NSG)といった国際機関や多国間の協議体など多くのプレーヤーの関与により、成立に至るプロセスが複雑性及び不確実性を増したこと、特に成立の最終段階において協力の実現を加速させる多くの例外措置がとられ、プロセスにおいても特殊なものであったことがあったことなどが示されている。

また、第4章では、米印原子力協力協定及びIAEAとインドの間の保障措置協定を評価、分析している。米印原子力協力協定の特殊性として挙げられる点は、(1)包括的保障措置協定の受諾を条件としていないこと、(2)インドが核実験を実施した際に協定の終了に至ることが明示的に示されていないこと、(3)燃料供給保証に関する詳細な条項が含まれれていること、(4)条件つきながらインドに対し、再処理に関する包括的事前同意を与えていること、(5)機微な分野における協力に関する規定が曖昧であることを示している。

第2章から第4章を踏まえて第5章では、米印原子力協力の総合的評価を行っている。評価手法としては、「体制」の規範力に与える影響の観点から本協力を評価する規範論的評価と、インドを「体制」に組込むことによる実質的な利益と実質的な損失とを比較して評価する実践論的評価の2つの手法を採用している。

規範論的評価の場合、インドが包括的保障措置協定を締結しない状況にとどまったまま、原子力協力の恩恵を受けることになる今回の米印原子力協力に対し、肯定的評価を与えることは難しいとしている。また、インドに限定した例外扱いを行った点、協定文言が曖昧である点、本協力の実現過程の性急さに示される米国の外交政策や国際政治における核不拡散規範の維持のプライオリティの低下も批判の対象となると考えている。

実践論的評価においては、他の国や国際的な核不拡散取組みに対する影響、インドの原子力平和利用プログラムへの影響、インドからの核拡散リスクへの影響、インドの軍事プログラムへの影響、国際的な核軍縮推進の取組みに対する影響の観点から、本協力の実現による利益、損失の評価を行っている。その結果、原子力平和利用と核不拡散の両立という側面、核軍縮を加えた側面、また他の国のグループ(核兵器国、NPT加盟の非核兵器国、インド以外のNPT非締約国)との公平性の観点、いずれにおいても、少なくとも現時点で肯定的評価は難しいことが分かったとしている。インドの譲歩が少なすぎるためにそのようになった所があると考えている。従って、今後のインドや国際社会の取組み次第では、将来的に本協力を肯定的に捉えることができるようになる余地はあるとしている。

第6章では、第5章の評価を踏まえ、米印原子力協力を長期的に見て意義あるものにするための措置について提言している。インドの原子力プログラムの透明性の向上及び核兵器プログラムの縮小、インドのNSGへの参加、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准、NPT非締約国に対する原子力協力にあたってのクライテリアベーストアプローチの検討が指摘されている。また、米印原子力協力の評価を通じて原子力と核の国際秩序が抱える課題が明らかになったが、こうした課題に対処するための措置について提言を行っている。こうした措置として、原子力協力の要件の共通化、核兵器保有国に適用される保障措置の有効化策の検討が挙げられるとしている。

第7章は結論を述べたものである。

本論文を要するに、米印原子力協定を核不拡散の観点から分析し、規範論的および実践論的評価を行い、それを踏まえての提言を示したものである。規範論的観点からは「体制」の規範に反するとし、実践論的評価では、協力による損失が協力による利益を上回るとの結論に至っている。同時に本協力を肯定的評価に転じさせる評価の観点も明らかにしている。このように、本研究は、日印協定を核不拡散の観点から深く分析評価したものであり、原子力工学特に国際保障学に対する貢献が少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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