学位論文要旨



No 126600
著者(漢字) 植上,一希
著者(英字)
著者(カナ) ウエガミ,カズキ
標題(和) 専門学校教育と専門学校生のキャリア形成 : 進学・学び・卒後
標題(洋)
報告番号 126600
報告番号 甲26600
学位授与日 2011.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第172号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧野,篤
 東京大学 教授 根本,彰
 東京大学 教授 影浦,峡
 東京大学 教授 本田,由紀
 東京大学 准教授 勝野,正章
内容要旨 要旨を表示する

<問題意識・目的>

1975年に制度化された専門学校は、中等後教育機関として発展を遂げ、新規高卒者を中心とする青年のキャリア形成ルートの一つとしてその位置を確立してきた。近年では毎年約30万人弱の青年が専門学校に進学し(学生数60万人弱)、専門学校においてそれぞれ多様なキャリア形成を行っている。

近年、従来の企業社会における「標準的」キャリア形成の在り方が変容するなかで、「標準的」ではないキャリア形成の意義と課題を検討する作業が求められている。また、教育学において、「傍系」とされる教育機関や「狭義の職業教育」を通してのキャリア形成を対象とした研究の重要性も高い。こうした点をふまえたとき、専門学校研究の重要性も高いといえる。

一方で、専門学校研究の到達点は低い。とくに以下の2点が先行研究全体の問題となっている。第一は、専門学校における教育とキャリア形成を総体的に扱う研究が欠如していることである。第二は、専門学校に対する視角の偏りとそれによる実態把握の不正確さである。たとえば、専門学校教育は「即戦力」養成として、専門学校進学は大学等進学の「代替的進学」として、そして、専門学校における学びは「就労」目的としてとらえる視角があらかじめ設定され、こうした視角から専門学校の諸要素が検討されてきた傾向が強く、これらは必ずしも実態を正確にとらえているとは言えない。

したがって、専門学校研究を発展させるためには、専門学校の総体的な把握と新たな専門学校観の提起が必要である。それが本論の目的となる。

<本論の全体的課題・方法>

本論の課題は、専門学校教育、ならびに専門学校におけるキャリア形成の諸段階(=進学時・在学時・卒後の諸段階)の実態を従来の視角にとらわれない形で総体的にとらえることである。その際、従来の研究に不足していた当事者の声を集めて内実を明らかにするという点をとくに重視する。

主に以下の3つの方法を連関させながら課題にアプローチする。第一が、制度や様々なデータをおさえたうえで、できるだけ専門学校の現場のカリキュラム編成や教える側・学ぶ側の当事者の語りから、専門学校教育やキャリア形成の実態をとらえていくということである。専門学校生30人(卒業生17人含む)、9の専門学校11学科の教育内容編成担当者への聞き取り調査を実施し、それを主たる資料として用いる。第二が、専門学校教育とキャリア形成をみるにあたって、従来ほとんど用いられることがなかった、青年期教育という観点、ならびに、「即戦力」養成にとらわれない形での職業教育という観点を用いるということである。第三が、専門学校の学科の多様性に対し、「資格教育」という制度的視点を設定し、その視点から専門学校を分類しながらそれらの相違点と共通点を探り出していくというものである。

上記の方法においては、聞き取り対象者の偏りによる一般化の限界や、既存のデータにおける学科等の分類基準と「資格教育」の分類基準の違いによる不正確さの残存といった方法上の限界は残る。こうした限界はあるが、このアプローチによって従来の専門学校研究の不備を乗り越え、今後の専門学校研究の新たな視座を提示するという射程において、一定の知見が提示できると考えられる。

<各章の具体的課題と要点>

1章 現在の専門学校をめぐる状況

現代の専門学校におけるキャリア形成を検討する前提作業としての章であり、現在の専門学校の概要を整理し、とくに、1990年代半ば以降、転機を迎えている専門学校の状況について、分野別の学生数推移の分析や、専門学校に関連する政策動向の検討を通して、以下の点を明らかにしている。

制度化以降、中等後教育機関として学生数を伸ばし、制度的地位を向上させてきた専門学校は、1990年代半ばに学生数減少に転じた。こうしたなかで、専門学校関連団体や政策においては、従来の中等後教育機関とは異なる形での専門学校の打ち出しが多くなってきている。また、分野別の学生数の推移の検討を行い、全体的な学生数減少のなかで、商業実務分野や非資格教育の工業分野等は学生数を大きく減らしている一方、資格教育分野や、大学等ではほとんどなされない独自の教育を行う文化・教養分野等が学生数を安定させている状況を示し、専門学校特有の教育に対して一定の需要があることなども示唆している。

2章 専門学校の教育

専門学校教育を規定する要素はいかなるものであるか、そして専門学校は何を重視して教育内容編成を行っているのか。2章では、専門学校の教育内容編成担当者への聞き取りを中心に、専門学校の教育内容編成の構造と、そこで養成することが目指されている能力等の特徴の検討を行うことで、以下の点を明らかにし、それをもとに、専門学校教育に対する従来の「即戦力」養成イメージの一面性を指摘している。

まず、専門学校の教育内容編成は全体的には、(1)専門学校としての諸要素、(2)職業世界との関係、(3)学生との関係、の3要素によって大きく規定されているが、その規定要素の違いから専門学校の教育内容編成も多様となっており、とくに資格教育分野と非資格教育分野でその性格が大きく異なることを明らかにしている。

しかし一方で、専門学校は全体的に就業前教育としての限界をもち、また、「就労」を目的としていると見なされがちな資格教育分野も養成施設指定制度に強く規定されているために、編成担当者は共通して「即戦力」の養成は困難であると認識していること、こうしたなかで、編成担当者の多くが重視するのは、職業教育として長い射程をもったキャリア形成の土台となる能力の養成であり、その際、学生の多くが青年であることもふまえ人間形成的側面の養成も重視していることを明らかにしている。

3章 専門学校への進学

どのような人が、どのような過程を経て、どのような要求を抱いて専門学校に進学しているのか。3章では、専門学校生への聞き取りを中心に、進学者の属性や資源などの概要の整理、進学者のキャリアルートへの接近の仕方と資源の動員の仕方の分析を中心とした進路決定過程の検討、進学者の進学要求の検討を行い、専門学校進学の特徴を以下のようにまとめ、また、それをもとに、従来の「代替的進学」という見方が一面的であることを指摘している。

まず、確認されるのが、専門学校進学者の「学力」的資源や経済的資源が高いとはいえないということである。しかし、それだけをもってして、単純に彼らの進学行動を、大学進学等の「代替的進学」としてとらえることは適当ではない。聞き取りなどからみえてくるのは、進学に際して、こうした資源に向き合い、様々に活用しながら、専門学校を経由するキャリアルートや専門学校教育に接近している専門学校生の姿であり、こうした過程を経て、具体的で積極的な進学要求を作り上げている専門学校生の姿なのであり、専門学校進学にはこのような側面があることを指摘している。

4章 専門学校における専門学校生の学びと成長

専門学校生は、在学段階のいかなる契機によって、いかなる学びや成長を行っているととらえているのか。4章では専門学校生による語りを中心にこの点の検討を行い、専門学校生の学びと成長の特徴を以下のようにまとめている。

まず、職業教育的な観点からみたとき、専門学校における学び・成長は、即戦力的な知識・技能の習得という点にとどまらず、専門学校等における多様な契機をもとに、多面的で段階的な職業世界への接近という形でとらえられる。次に、青年期教育的観点からみたとき、青年としての成長を促す多様な契機が専門学校にある。そして、こうした学び・成長を多くの専門学校生は肯定的にとらえており、その背景には彼らの進学要求に専門学校教育が一定程度対応していることがあると指摘している。

5章 卒後における専門学校の意義

卒後からみたとき、専門学校教育や専門学校における学びはいかなる意義を持つのか。5章では、大きく職業世界参入段階と参入後段階に区分し、それぞれの段階における「効果」や「意味」について、専門学校生への聞き取りを中心に分析を行い、以下のようにその特徴をまとめ、それをもとに、専門学校と職業世界との関係は先行研究が論じてきたような「即戦力」や「就労」のみの関係ではないことを指摘している。

まず確認されるのが、分野ごとの「効果」の違いとその要因であり、とくにそれは、参入段階における資格教育分野と非資格教育分野の違いとしてあらわれる。こうした確認のうえで、参入後段階において、職業世界において「即戦力」となりうる知識・技能という点では専門学校の「効果」は低いということ、しかし、一方で、専門学校というキャリアルートに多様に存在する諸契機に触れて、専門学校生は、「社会人」としての基礎能力や、職業観・職業基礎能力、自分なりのキャリアへの向き合い方などを獲得していること、そしてそれらが、卒後の彼らのキャリア形成を支える重要な要素となっていることなどを、多くの専門学校生の語りから明らかにし、そこには専門学校教育や学生のキャリア形成の過程自体が強く関係していることを指摘している。

終章 専門学校におけるキャリア形成研究の意義と課題

以上の検討をふまえ、終章では、専門学校教育と専門学校におけるキャリア形成の総体的把握を行っている。それによって得られた知見をもとに、従来の専門学校観が一面的であることを指摘し、専門学校という教育機関・キャリアルートが一定の層の青年にとって、青年としての成長という性格も含む、主体的なキャリア形成を実現するための契機となりうるという観点を提示し、こうした観点から今後の専門学校の意義や課題をとらえていく必要性を主張している。

審査要旨 要旨を表示する

専門学校は1975年の制度化以降、中等後教育機関として発展を遂げ、今日では60万人の青年が学ぶ教育機関としての地位を確立している。しかし、専門学校教育の実態を明らかにする研究は進んではおらず、「就労」のための「即戦力」の人材を育成する、大学の「代替的進学」先という見方が定説化されてきた。本論文は、この観点に疑問を呈し、専門学校を青年の多様な人生選択と自己形成のルートの一つととらえ、青年期教育の一環に位置づけてきた社会教育研究の流れを汲んで、専門学校の教師や学生など当事者の語りから、その教育の特質を描き出し、新たな専門学校像を生成しようと試みたものである。

本論文の構成と概要は以下の通りである。序章では、先行研究の持つ専門学校像とその背景が示され、専門学校が正規の学校の傍系と位置づけられてきたことが指摘される。その上で、当事者の語りによって専門学校教育の内実を明らかにすることが本論文の目的とされる。第1章では、制度化以降の専門学校の動向がとらえられる。専門学校は制度化以後90年代半ばまで、急速な拡大と地位の向上を実現してきたが、その後、学生数が減少する中で、新たな自己規定を模索していることが指摘される。第2章では、専門学校の教育内容を規定する要素が、教員の語りから描かれる。制度的な制約から、即戦力の育成は困難であり、カリキュラム編成そのものが学生たちの人間形成の土台となる能力の育成を重視していることが明らかにされる。第3章では、専門学校生がどのような経緯で、いかなる要求を抱いて進学してきたのかが、学生自身の語りから記される。進学者は学力や経済力など様々な制約条件の中で、具体的な人生イメージを描いて、専門学校を主体的に選択している姿が示される。第4章では、専門学校生が在学中にいかなる学びをし、どのように成長しているのかが、彼らの語りから構成される。彼らは専門学校での学習過程で、自分の人生を設計し、選択するという成長を示していることが描かれる。第5章では、卒業生たちは専門学校における学びをどのように意味づけているのかが示される。時間の経過とともに、専門学校の職業教育的な意義が薄れ、人間形成的な意義を強く感じていることが描かれる。終章では、専門学校が当事者にとっては、人生選択と深く関わる人間形成的な側面を強く有した中等後教育機関であることが示される。

本論文は、従来、専門学校を評価する際に見落とされていた人間形成的な側面を当事者に対する綿密なインタビューによって掘り起こすことに成功している。インタビュー対象者の一層の拡大や他の教育機関との比較など、今後の検討課題は残るものの、専門学校という通常は傍系と位置づけられがちな教育機関の実態に深く踏み込み、新たな専門学校像を提示したことには、明らかに独自性と学術的・政策的意義が認められる。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するにふさわしい水準にあるものと判断された。

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