学位論文要旨



No 126610
著者(漢字) 高櫻,綾子
著者(英字)
著者(カナ) タカザクラ,アヤコ
標題(和) 幼児間の親密性 : 関係性と相互作用の共発達に関する質的考察
標題(洋)
報告番号 126610
報告番号 甲26610
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第180号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋田,喜代美
 東京大学 准教授 針生,悦子
 東京大学 准教授 遠藤,利彦
 東京大学 教授 田中,智志
 東京大学 教授 佐藤,学
内容要旨 要旨を表示する

3歳は,一般に多くの幼児が保育,幼児教育の場へ参入する年齢であることに加えて,仲間への関心と相互作用における言語使用の発達を基礎に,幼児自身が主体となって相互作用を交わし,関係性を本格的に築き始める時期である。それゆえ3歳時期における仲間関係の形成を支援し,促進することは保育実践における重要な課題であり,生涯にわたって他者と関わり合いながら生きていく基盤となる。また3歳時期における保育経験が幼児の対人関係の発達に与える影響を検討することは,幼児の立場から保育の意義を具体的に捉えると同時に,近年より一層増している保育所や幼稚園に対する養育者の要望や社会的な要請などの外因的な観点からではなく,乳幼児の発達の観点から就学前教育の果たす役割を保育実践に根ざして提起する上で重要な意義を持つと考える。

本論文は,この3歳時期の発達を保育所における縦断・横断的参加観察により,生態学的に妥当性の高い保育環境のもとで捉えた上で,幼児間における関係性と相互作用の共発達を考察することにより,幼児間の親密性について明らかにすることを目的とし,全4部第8章によって論文を構成した。

第I部『親密性の射程』では,本論文の理論的枠組みを検討することを目的とし,幼児期における仲間関係と親密性に関する研究の知見と課題を整理した(第1章)。その結果,幼児が他者との間に築く多様な関係性のなかでも,仲間関係に関する質的な差異は顕著であり,この差異をもたらす要因が親密性であると指摘するとともに,親密性は幼児間の関係性と相互作用の共発達によって形成されるという示唆を導出した。

その一方で,先行研究においては児童期以降の友情関係から親密性の定義と判定方法を援用しており,幼児間独自の「親密性とは何か」,「幼児期に親密性を築くことがなぜ重要なのか」といった親密性の根幹にかかわる問題を明らかにしていないことを指摘した。

そこで本論文では幼児間における親密性の基軸として,「関係性の親密さ」(相互作用によって生じる関係性の質)と「相互作用のなかに生じる親密さ」(親密さに応じて生じる相互作用の特徴)を提起し,3つの分析視点(親密性の形成過程,親密性の具現化,幼児期の発達における親密性の意義)に基づく7つの研究を構成した(第2章)。また先行研究における方法論をめぐる問題と保育実践の独自性の観点から,本論文が幼児間の親密性を捉える方法論として,先行研究において採用されてきた短期間の調査から事前に親密性を判定し,実験によって分析するのではなく,保育所における縦断的・横断的参加観察によって得られた事例を考察する方法の意義と必要性を提示した(第3章)。

第II部『親密性の展開』では,"一緒に遊びたい","仲間に入りたい"という共に遊ぶことへの志向性から始まる二者間の相互作用を追うことで,親密性を形成し,深めていく過程を明らかにし,幼児間における親密性の定義と概念を構築することを目的とした。そこで親密性における「関係性の親密さ」の基軸に着目して,保育所における縦断的参加観察によって得たデータをもとに,3つの研究(研究1~3)を実施し,どのような相互作用によって親密性が形成されるのか(分析視点1)を検討した。

まず第4章において,保育所の3歳児クラスにおける参加観察で得られた事例をもとに,1組の幼児間における親密性の形成,深化過程(研究1)と二者間の親密性とクラス集団との関連(研究2)について検討した。その結果,3歳児二者間の親密性は,「萌芽」,「成立」,「危機」,「深化」を経ると同時に,同じクラスの子どもたち(以下,「第三者」と表記)との関係性と相互作用が「第三者の拒否」,「第三者への意識の広がり」,「第三者による二者間の危機に対する介入と援助」,「関係性の発達」へと変化することで,二者間に親密性が形成され,深化していくことが明らかとなった。さらに親密性の形成過程において生じた二者間における関係性の破綻の危機に対し,第三者からの介入と援助が認められ,それが関係性の危機を親密性の深化へと転換する機能を果たすと同時に,第三者を含む関係性への発達に寄与することが明らかとなった。

以上の結果を受けて,第5章においては,これまで明らかにされてこなかった実際の幼児間における親密性の形成,深化過程に基づく親密性を定義し,その概念として「自発性」(クラス集団のなかから互いを特別な存在として認識した上で選択し,自らの意思によって関係性を形成しようとすること),「対等性」(遊びや園生活での様々な活動に対して,対等な立場に基づく相互作用を交わすこと),「互恵性」(相手の内的状態の推測に基づく情緒的なサポートを相互に交わすこと)を構築した。

また第III部『親密性の表徴』では,親密性における「相互作用のなかに生じる親密さ」の基軸に着目して,幼児が日常的に交わす発話に関する4つの研究(研究4~7)を実施し,相手との関係性の親密さによって,いかに相互作用の内容に差異が生じるかを検討した(分析視点2)。これは第4章におけるマクロレベルでの関係性の分析(研究1&2)に対し,マイクロレベルでの相互作用分析である。

第6章では,第4章における事例検討を踏まえ,幼児にとって身近な発話である「ね」を用いた発話(以下,「ね」発話;一緒に遊ぼうね,ね~仲間に入れて)に着目して,「ね」発話のカテゴリーを作成した上で,3歳児クラスのなかから1組の子どもを対象児として選定し,「ね」発話の使用と関係性の変化との関連を検討した(研究4)。その結果,「ね」発話は15機能別カテゴリーに分類され,親密性の形成と深化に伴い,親密な二者間における「ね」発話数の増加と使用傾向の類似性が認められるとともに,第三者との間で「ね」発話を使用した相互作用において理解の差異が生じることが明らかとなった。

この結果を受け,第7章では,「ね」発話が幼児間の親密性指標として妥当であるかを明らかにするため,幼児間で展開される一連の発話連鎖における聞き手との関係性(研究5),話し手と聞き手の交替時における聞き手の反応(研究6),「ね」発話と同様に多用されている終助詞「よ」との比較(研究7)に着目して,「ね」発話の選択と使用について分析した。その結果,幼児は先行研究が指摘してきたように,発話時点において聞き手に与える印象や伝える情報の所有権を考えた上で「ね」発話を使い分けているというよりも,「共に遊ぶことへの志向性」を基盤にした他児との相互作用において「ね」発話を実際に使用し,それに対する聞き手からの反応を得ることで「ね」発話とともに終助詞「よ」,「終助詞なし」を選択的に使用することを学習し,その使い分けが遊びの成立と展開を促進することが示され,「ね」発話が幼児間の親密性指標となることが明らかとなった。

以上より,第IV部『全体的考察と発展的展望』では,これまでの知見をまとめた上で,幼児間における関係性と相互作用の共発達について総合的に考察し,幼児間の親密性に関する発達モデルを提起するとともに,幼児期の発達における親密性の意義を検討した(分析視点3)。その結果,幼児間の親密性に関する発達モデルにより,幼児間の親密性の形成と深化が一次元の直線的な関係性の変遷によるのではなく,様々な関係性と相互作用の共発達が複雑に関連しあうことによって成り立っていくことが示された。すなわち3歳時期の幼児間においては,特定の他児との親密性を形成,深化させていく一方で,二者間の関係性と相互作用の発達を取り囲む,より大きな関係性と相互作用の共発達が展開されていることで,各幼児が形成した親密性がクラス集団のなかで結びつけられ,集団としての発達が促進されるとともに,新たな親密性を形成していくことが可能になる。

よって3歳時期において親密性を形成することは,仲間に対する関心の広がりと関係性の形成を希求し,実際にそれを促進し得る心身の発達を満たすとともに,社会的に多くの幼児が保育所や幼稚園での集団生活を経験する際の安全基地としても重要な意義を持っていると指摘できる。よって3歳時期に形成された親密性がそれ以降の発達段階における親密性形成とどのような連続性を有するのかについて検討することを今後の課題にする。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、3歳時期の幼児の発達について、保育の場における長期縦断参加観察から、幼児二者間の関係性と相互作用の関連に焦点を当て、幼児間の親密性を分析検討したものである。論文は4部8章から構成される。

第I部では、親密性の射程として、第1章において幼児期における仲間関係と親密性に関する理論並びに先行研究を整理概括している。続く第2章では、幼児間における親密性を検討するにあたり、「関係性の親密さ」と「相互作用の中に生じる親密さ」の2軸を提起し、親密性の形成過程、親密性を示す特徴、幼児期の発達における親密性の意義の検討という3分析視点を導出している。そして第3章では、これらの分析視点に基づき、親密性を捉える方法論について、保育所における縦断的・横断的参加観察に基づく事例研究法の妥当性と必要性を論じている。

第II部では、親密性の形成過程を検討している。第4章では、3歳児2名1組の1年間の親密性形成において萌芽、成立、危機、進化の諸相がみられ、各々第三者の拒否、第三者への意識の広がり、第三者の二者間への介入と援助、さらなる関係の発達を生み出す様相を記述し、2者間の親密性がその後の仲間関係形成の基盤となり、園生活での活動の足場となる点を指摘している。第5章では、幼児期の親密性を、「自発性」・「対等性」・「互恵性」の3点から定義し、各々の獲得時期および関係性と相互作用の特徴を整理している。

第III部では、幼児間の相互作用における親密性を示す特徴として「ね」発話に注目し、第6章では「ね」発話の機能カテゴリーを15に分類し、親密性の形成・深化と共に「ね」発話の使用の質が変化することを明らかにしている。また続く第7章では、関係性の認知に基づいて「ね」発話を幼児が使い分けており、会話の聞き手となる他児の反応に応じて「ね」を選択使用していること、また終助詞「ね」と「よ」について、「よ」が正確な理解を求め遊びの方向性の維持と展開のために使用されるのに対し、「ね」が共感や一体感という共に遊ぶことへの志向性をもって使い分けをしている点を事例から示している。

第IV部では、これらの観察事例研究を踏まえ総括し、幼児間における親密性の発達的意義を総合的に考察し、本論文の理論的課題や発展すべき点など、今後の課題を論じている。

本論文は、幼児期初期3歳における2者間の親密性の形成過程を精緻な記述研究によって初めて明らかにし、その関係が保育実践においてもつ意義や生涯にわたる他者との対人関係の基礎となる側面を示した点で独自性がある優れた学術論文であり、これからの保育学・教育学研究に新たな視座を提示した論文であると高く評価された。よって、本論文は、博士(教育学)の学位を授与するに十分にふさわしい水準にあるものと判断された。

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