学位論文要旨



No 126614
著者(漢字) 崔,碩桓
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ソックアン
標題(和) 労働法における管理職労働者の法的地位 : 日米独における管理職労働者の「適用除外」と「特別規制」に着目して
標題(洋)
報告番号 126614
報告番号 甲26614
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第251号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神作,裕之
 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 水町,勇一郎
 東京大学 教授 高原,明生
 東京大学 教授 浅香,吉幹
内容要旨 要旨を表示する

今日の労働法における最大の課題は、昨今の雇用環境の変化に労働法規制が如何に対応しているのか、また、対応すべきなのかという問いに集約されるだろう。この課題への労働法の試みは二つの局面で現れる。第一は、労働者および就業形態の多様化に応じて、画一化された規制ではなく、多様化した規制へと労働法規制の再編を試みる動きである(「規制の多様化」)。第二は、古典的労働法が、その典型的対象として想定してきた伝統的労働者概念に必ずしも合致しない独立自営業者等の非労働者に対して、その就業実態および経済的従属関係に鑑みて、労働者概念を再検討することにより何らかの労働法的保護(の一部)を及ぼそうとする動きである(「労働者概念の再検討」)。

かかる現代的な課題を内包する素材であるにもかかわらず、これまで十分な研究がなされてこなかったのが、本論文において検討する「管理職労働者」の問題である。管理職労働者は、労働者としての地位を持ちながらも一般労働者とは異なる例外的規制(異別取扱い)を受けてきた。こうした異別取扱いの規制内容の検討は、規制の多様化の一場面であるし、異別取扱いの対象となる管理職労働者の人的要件を具体的にどう画定するかは、労働者概念の再検討に対応する作業ということができ、現代労働法の直面している2つの課題に対しても有益な示唆を与えうると考えられる。

管理職労働者に対する異別取扱いを問題にする場合、(1)いかなる事項について管理職労働者に一般労働者と異なる取扱いが行われているのかの確認作業(異別取扱いの対象事項の確認)、(2)異別取扱いの対象となるのはいかなる管理職労働者か(異別取扱いの対象管理職労働者の画定:異別取扱いの人的要件)、(3)異別取扱いは具体的にどのような効果をもたらすものか(異別取扱いの手法:適用除外か、管理職労働者に特有の[実体的あるいは手続的]特別規制か)、そして(4)以上のような対象事項・対象者にそうした異別取扱いをするのは何故か(異別取扱いの根拠)、が問題となる。それぞれの要素について、本論文では以下の観点から分析を加えた。まず、異別取扱いの根拠について「要保護性(当該規制を適用して目的とする保護を与える必要性)の欠如」、「(当該規制を適用することの不都合から要請される)異別取扱の必要性」、「(個々の規制を超えた法全体における概念の明確性から要請される)法横断的明確性」という三つの分析軸を設定した。

比較対象国としては、各国の管理職労働者の取扱いを概観した後、各法律の規制毎にその異別取扱いの手法として適用除外方式を採用するアメリカと、管理職概念について種々の変遷があり、現在は法横断的な統一的管理職概念を志向し、かつ、異別取扱いの手法としては特別規制として手続規制を採用しているドイツから有益な示唆が得られると考えられ、両国を比較法対象国とした。

ドイツとアメリカの労働法における管理職労働者に対する異別取扱の分析から以下の知見を得られた。

第一に、管理職労働者の異別取扱の根拠について、ドイツの集団法では時系列的な流れにしたがって、要保護性の欠如から異別取扱の必要性へとその比重を移行させていったことが明らかとなった。この移行に対応して、法規制の在り方も異別取扱いの要件および手法の両側面で積極的な対応がなされていた。集団法(事業所組織法)の分野においては、事業所内の事業所委員会(Betriebsrat)による従業員代表制の機能との関連で、管理職員の要保護性の欠如とともに、管理職員を一般従業員と区別して扱う異別取扱の必要性が主要な根拠として提示されてきたのであるが、やがて、管理職員の独自の利益保護の必要性が提起されるにつれ、管理職代表委員会という独自の集団的利益代表制度の構築という制度的転換に至った。また、個別法である解雇制限法においても、保護対象から除外されてきた管理職員について、その異別取扱の根拠は、当初の要保護性の欠如から異別取扱の必要性へと劇的な転換をみせた。他方、労働時間法は、法改正において、管理職員概念の「法横断的明確性」という伝統的な異別取扱の根拠とは一線を画した新たな根拠を導入している点で注目された。

アメリカの場合、異別取扱いの根拠について、集団法(全国労働関係法NLRA)では異別取扱いの必要性が、個別法(公正労働基準法FLSA)において要保護性の欠如が論じられてきた。ただし、集団法の場合、必要性を強調するあまり、要保護性の欠如に対する考慮が疎かにされてきたという側面もあり、これは多くの判例および学説において常に批判の対象とされている。

第二に、根拠と要件に関係についてであるが、ドイツの事業所組織法と解雇制限法の両法においては、要保護性の欠如という異別取扱いの根拠が後退し、管理職員も労働法規制の保護の対象であるという認識が生ずるようになった。しかし、管理職員の要件を積極的に変更したわけではなかったため、異別取扱の根拠の変化に対応して異別取扱いされる管理職員の要件を適宜見直したわけではない。むしろ、異別取扱いの手法を従前の適用除外から実体的特別規制(解雇制限法)、あるいは、手続的特別規制(事業所組織法)へと転換させることによって、要件における概念調整をすることなく対応したと捉えることができる。これに対して、アメリカのNLRAの場合は、異別取扱の必要性と言う根拠に基づく異別取扱いを維持してきたものの、この根拠自体に対する疑義が提起され、異別取扱いの要件の解釈においても対立が生じた。適用除外という規制手法を採用する場合、異別取扱の根拠(具体的には要保護性の欠如)を要件に忠実に反映しようとする(保護の必要のない者を適用除外とするべく要件設定をする)こととなり、そうした規制手法の問題点が現れたものともいえる。FLSAでは、時間外延長勤労手当の支給除外という根拠を、報酬水準の最低線の確保といった方法を通じて、要件に忠実に反映したということが見て取れる。

第三の異別取扱の手法では、ドイツの場合、事業所組織法では適用除外の対象として規定されてきた管理職員に対して独自の利益代表を通じた保護の必要性が認識され、管理職員代表委員会という別途の制度的基盤を通じて手続的特別規制を導入している点が注目される。ドイツでは、事業所組織法で採用された管理職員の概念を、全く別の法目的を目指す労働時間法でも援用している。その結果、事業所組織法にいう管理職員が労働時間法にの保護から除外されることに論理的連関を見いだすことは困難である。しかしながら、ドイツ法では、一方で、法横断的な管理職員概念の明確性を確保するという要請が意識され、他方で、そうした概念で把握される管理職員については別途の協議体(管理職代表委員会)を制度化することで、労働時間法という実体的保護の適用を排除しても、管理職代表委員会を通じた手続的特別規制によって妥当な労働時間規制を確保することとされた。異別取扱いの手法として、単なる適用除外ではなく特別規制、それも手続的特別規制を用意して対応したものと評価することができる。

他方、アメリカの場合は一貫して適用除外の手法を採択しているが、こうした多少硬直した感のある二者択一の手法から生じる諸問題を解決するために、個別の法分野で要請される最適化された要件をより客観的かつ具体的に設定する方法をとっている。また、個別法に合わせて、行政命令という形を取りながら、環境変化に対応した最適化された要件設定を試みている。法改正を通じた透明かつシンプルな規制を志向するアメリカの試みは、適用除外の手法を維持しながらも、規制の硬直性を克服する努力として理解される。

日本法においては労働組合法2条但書1号における「使用者の利益代表者」、労働基準法41条2号の「管理監督者」という概念を中心に管理職労働者に対する異別取扱い規制が行われている。

まず、労組法2条但書1号において、異別取扱の根拠として一般労働組合の自主性を確保するという「異別取扱いの必要性」が要件に積極的に反映され、直接的対立関係が重要なメルクマールとして把握されている点が取り上げられる。現在、判例は、既存の学説対立を踏まえながら、一般労働組合の自主性の問題は実質的かつ具体的に判断しなければならないという方向で解釈を行っている。他方で、使用者の利益代表者のみからなる労働組合は一般労働者の組合の自主性阻害の問題を生じないことから、許容されるとする解釈は適切と考えられる。

次に、労基法41条の管理監督者に関する解釈であるが、異別取扱の根拠に関して現行の判例および学説が「要保護性の欠如」に立脚した解釈を行っている反面で、行政解釈は「異別取扱の必要性」を積極的に取り入れる解釈をしている。多様な異別取扱いの根拠を考慮するという本論文の分析視角からすれば、両者を考慮した方向が支持される。こうした考慮を踏まえた検討は労基法38条の4が規定する企画業務型裁量労働制やホワイトカラー・エグゼンプションの立法提案においても有効であった。「異別取扱いの必要性」を重視した場合に生じる問題点として指摘される「保護からの排除」は特別規制の方法を通じて克服する方向が考えられる。労基法41条の規制手法は厳格な適用除外であることから、要件への過剰な依拠という傾向が見受けられ、硬直的な対応をもたらすという問題点を生む。これに対し、労使委員会を通じた手続的特別規制(裁量労働制の場合)、健康確保措置や罰則を伴う週休二日制等の実体的特別規制(ホワイトカラー・エグゼンプションの場合)といった特別規制の方式を通じて、より現実に適した労働時間規制の可能性が開かれると考えられる。

最後に、過半数代表制の解釈において触れておく。労基法41条2号の管理監督者に対する被選挙権を制限する現行の異別取扱のシステムは、一見したところ、人的対象者の要件と異別規制の対象事項が乖離した規制として把握できるが労基法規制の中で明確性を有し労働者集団に所属されて統一的規制の下に置かれている点では、現行の規制は妥当なものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、労働法の一般規制とは区別した取り扱いがなされる管理職労働者について、どのような事項について、どのような人的要件のもとに、どのような異別取扱いが、いかなる根拠によってなされるのか、を独米日三国の比較法研究を踏まえて解明しようとしたものである。労働法において、管理職労働者を異別に取り扱うという仕組みは古くから採用されてきたが、その法的構造を個別的労働関係法と集団的労働関係法の両分野にわたって、しかも、比較法的観点から本格的に掘り下げて研究した業績は国内外を問わずほとんど存しない。本論文はそうした未検討の課題に取り組み、管理職労働者の異別取扱いの法的構造を解明することを通じて、多様化する就労構造に対応した今後の労働法規制のあり方についても有益な示唆を探ろうとしたものである。

本論文は5章からなる。

第1章では、問題の所在と本研究の分析軸を提示する。著者は、現代の労働法の直面する大きな課題として、第1に、労働者および就業形態の多様化に対応して「規制の多様化」が模索されていること、第2に、伝統的労働者概念の範疇に入らない独立自営業者等の増加に対して、労働者概念を拡張的に再構築することにより労働法的保護を及ぼそうとする「労働者概念の再検討」の議論があることを指摘する。そして、伝統的労働法における管理職労働者の取扱いは、労働法の画一的規制の例外を認め、そのような例外的規制の対象労働者を画するために一般労働者と異なる管理職労働者の概念を定立して対処してきたのであり、上記の今日的労働法の課題を考える上で示唆に富む素材であることを指摘する。

こうした問題意識の下、本稿は管理職労働者が一般労働者の規制とどのように異別取扱いされているのかを検討するために、(1)異別取扱いの対象事項、(2)異別取扱いの対象管理職(人的要件)、(3)異別取扱いの規制手法(適用除外、実体的特別規制・手続的特別規制)、(4)異別取扱いの根拠(要保護性の欠如、異別取扱いの必要性、法横断的明確性)、という分析軸を設定する。

そして、日本、ILO、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、韓国における管理職労働者の取扱いを概観した後、次の理由からドイツとアメリカを比較対象国としている。すなわち、ドイツでは管理職概念について変遷があり、現在は法横断的統一的管理職概念を志向し、かつ、異別取扱いの手法としては手続的特別規制を採用している。これに対して、アメリカでは各法律の規制毎に別途の管理職労働者概念を用い、その異別取扱い手法は適用除外方式を採用している。このように多くの点で対照的な規制を採用しているドイツ・アメリカについて比較法分析を加えることによって、多くの有益な示唆を得ることが期待できるとする。

第2章では、日本における管理職労働者の異別取扱いについて分析している。すなわち、集団法上の規制としては、労働組合法2条但書1号の「使用者の利益を代表する者」および労働基準法上の過半数代表制を、個別法上の規制としては、労働時間規制の適用除外に関する労働基準法41条2号の管理監督者および労働時間について独特のみなし時間制を定めた同38条の4の企画業務型裁量労働制を取り上げている。そして、雇用環境の変化に対応した規制の現代化がなされていないこと、多様な異別取扱い手法の存在が十分考慮されていないこと、法規制と実務における管理職労働者概念の乖離などの問題点があることを指摘する。

第3章は、ドイツにおける管理職労働者の分析である。集団法の領域では、当初、事業所組織法(BetrVG)上、管理職員(leitende Angestellte)は事業所委員会(Betriebsrat)を通じた従業員代表制度の対象から単純に適用除外されていたが、今日では、立法により事業所委員会とは別個の管理職員代表委員会(Sprecherausschuss)を通じてその独自の利益を主張できるに至っている。他方、個別法の領域では、労働時間法(ArbZG)の立法過程において、1938年労働時間令(AZO)の下での管理職労働者の適用除外規制が厳格に過ぎ現実に合致していないとの批判を踏まえた議論がなされた。すなわち、労働時間に対する裁量や手厚い処遇等の規制目的に対応した除外要件が検討されたが、最終的には、EU指令の影響と規制の明確性を理由に、事業所組織法の管理職員概念を援用した点が注目された。やはり個別法に属する解雇制限法(KschG)では、当初、管理職労働者に対する全面適用除外を定めていたが、経済環境の変化によって、管理職労働者にも解雇規制の必要性が認識されたため、管理職労働者への原則適用へと態度を大きく転換した。その際、管理職概念については、事業所組織法のそれと完全には合致しない独自の管理職労働者概念が定められている。なお著者は、個別法の両法律の規制事項についても、管理職員代表委員会による関与の可能性があり、集団を通じた手続規制が確保されている点も注目に値すると指摘する。

第4章は、アメリカ法の分析である。まず、集団法においては、全国労働関係法(NLRA)の監督者(supervisor)は、人事権または業務指示の権限を中心とする12の権限のほか、使用者の利益の為に行動すること、独立的判断を行うことがその要件となっており、その効果として法規制からの適用除外が規定されている。加えて、経営的被用者(managerial employee)も判例によって適用除外とされている。ただし、異別取扱いの必要性を強調するあまり、適用除外により保護が失われることに対する考慮が疎かにされてきた側面があり、これが多くの判例における意見の対立の原因ともなっていると、著者は指摘する。

他方、個別法分野の公正労働基準法(FLSA)における管理職(executive)および運営職(administrative)に対する適用除外は、時間外労働手当支給という法律の趣旨に対応し、業務内容の特性と、一定以上の収入が保障されていることを除外要件としており、法規制の目的と異別取扱いの根拠の一貫性が確保されている点を指摘する。

第5章は、ドイツとアメリカの比較法分析を整理し、それを踏まえた日本法に関する考察である。

管理職労働者の異別取扱いの根拠と要件設定および異別取扱いの手法の関係について、次のような分析を加える。すなわち、ドイツでは異別取扱いの根拠が要保護性の欠如から異別取扱いの必要性に移行し、さらに、法横断的明確性の要請による統一的管理職員概念が志向されている。この場合、当該規制の要保護性が欠如していないのに、規制の例外を認めるような要件設定となることがあり、法規制目的と異別取扱い要件にズレが生じうる。しかし、ドイツではこの問題は、異別取扱い手法において、適用除外ではなく特別規制(解雇制限法では実体的特別規制、事業所組織法では手続的特別規制)に転換することによって対処されていることを明らかにする。これに対してアメリカでは、異別取扱いの必要性(集団法)と要保護性の欠如(個別法)という法規制内在的な根拠に基づく異別取扱いであるため、異別取扱いの要件設定にもそれが忠実に反映されている。そして、異別取扱いの手法としては適用除外方式を採るので、特に公正労働基準法では異別取扱いの根拠たる要保護性の欠如を適切に反映した要件設定が追求されていることを指摘する。

こうした比較法的検討を踏まえて、日本法について次のような考察を行っている。まず、労働組合法2条但書1号の「使用者の利益を代表する者」については、異別取扱いの根拠を、「要保護性の欠如」に求めることはできず、一般従業員の組織する労働組合の自主性を確保するという「異別取扱いの必要性」に求められるべきこと、そうすると異別取扱いの要件設定は、労働組合の自主性阻害の判断に帰着すべきこと、そして、異別取扱いの根拠が要保護性の欠如ではない(使用者の利益代表者も労働基本権を享受すべき勤労者である)ことを考慮すると、異別取扱いの手法も適用除外ではなく、一般労働者との混合組合の法適合性は否定するが利益代表者のみから構成される組合の法適合性は認めるという特別規制を採用したものと解釈すべきことを主張する。

次に、労働基準法41条2号の「管理監督者」に関する議論を分析し、判例・学説の多くは「要保護性の欠如」を、行政解釈はこれに加えて「異別取扱いの必要性」を異別取扱いの根拠と解釈していることを指摘する。そして筆者は、異別取扱いの根拠が多様であり得、規制手法を含めた法制度全般の視点から異別取扱いを検討すべきというスタンスから、両根拠を反映する解釈を支持する。こうした考慮を踏まえた検討を企画業務型裁量労働制やホワイトカラー・エグゼンプションの立法提案にも及ぼし、異別取扱いの問題点(保護からの排除)は、労使委員会を通じた手続的特別規制(裁量労働制の場合)、健康確保措置や罰則を伴う週休二日制等の実体的特別規制(ホワイトカラー・エグゼンプションの場合)といった特別規制を通じて対処することで、より現実に適した労働時間規制の可能性が開かれるとする。

最後に、労働者の多様化に対応した今後の労働法規制のあり方との関係で、労働者の保護の必要、多様化に応じた異別取扱いの必要、そしてその判断の明確性といった複合的な要請に応えるには、ホワイトカラー・エグゼンプションで提示されたような適用除外の客観要件に、実体的特別規制・手続的特別規制など複合的なアプローチを組み合わせる規制方法があり得べき一つの規制モデルを示唆しているとする。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては次の点が挙げられる。

第1に、すぐれた着眼によりこれまで深く検討されたことのない分野を開拓するとともに、統一的分析軸によるオリジナリティの高い考察により、管理職労働者の異別取扱いの構造を解明したことである。管理職労働者を一般労働者とは異別に取り扱う制度自体は古くから伝統的労働法の中に組み込まれていたが、日本のみならず諸外国でもこれを本格的に検討した先行研究はほとんど存しない。本論文は、この未開拓領域に、労働者の多様化に応じて労働法規制をどう再編すべきか、伝統的労働者概念では捉えられない就労者の増加に対して労働者概念をどう再構成して必要な保護を及ぼすか、といった現代労働法の重要課題と共通する問題が潜んでいることに着目する。そして統一的な分析軸(異別取扱いの対象事項、対象者、手法、根拠)を設定し、かつ、異別取扱いの根拠と対象者の要件設定の関係など、分析軸の相互関係にまで踏み込んで検討したことにより、これまで未解明であった管理職労働者の異別取扱いの構造を明らかにしている。とりわけ、一見、異別取扱いの要件設定が不可解と見える場面も、異別取扱いには多様な根拠があることを踏まえると理解可能であることを論証したり、異別取扱いの手法が適用除外か特別規制かによって、要件設定の考え方も異なりうることを示すなど、今後の労働法規制の多様化を考える際にも参考となる異別取扱いの構造と手法を解明したことは、独創性に富む貴重な学術的貢献と認められる。

第2に、比較法研究のスケールの大きさである。従来、管理職労働者について特定の国の個別事項について紹介がなされたことはあるが、複数国を比較対象とし、集団法と個別法の両分野にまたがる包括的考察を行った研究は例を見ない。本論文は、統一的管理職労働者概念を志向し、それによる不都合には手続的特別規制で対応するドイツと、立法ごとに管理職労働者概念を観念し、異別取扱いの手法としては適用除外を採用するアメリカという対照的な両国を比較対象とし、かつ、統一的分析軸により集団法・個別法の両領域にまたがって深みのある考察を行ったもので、比較法研究としても学界に大きな貢献をなすものと評価できる。

第3に、比較法分析を踏まえて、日本法についてもこれまで明確には認識されてこなかった管理職労働者の異別取扱いの構造が解明され、現行制度の問題点が析出されている。特に労働時間規制に関する管理監督者の適用除外制度には、適用除外という異別取扱い手法に適合した要件設定がなされていないという制度上の問題があることを説得的に摘示したことや、ホワイトカラー・エグゼンプションとして議論された立法提案が、一般にいわれているような適用除外という効果のみを目指したものではなく、むしろ本論文の整理でいえば特別規制、それも実体的特別規制と手続的特別規制の双方を織り込んだものであったという分析などは、本論文の分析軸に基づくオリジナルな検討の結果解明されたもので、貴重な考察といえる。

もっとも本論文にもさらなる改善を望みたい点もないではない。

第1に、論旨が明確に整理されている部分がある一方で、細かな議論の検討はなされているものの、それが本論文としてどのように整理できるのかがなお不明瞭のまま残されていると思われる部分も散見された。

第2に、形式上のことであるが、叙述の重複や、誤記、引用文献の不備が若干残されていたことも惜しまれる。

以上のように改善すべき点がないわけではないが、これらは本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者として高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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