学位論文要旨



No 126620
著者(漢字) 石原,庸博
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,ツネヒロ
標題(和) レバレッジ効果のある多変量確率的ボラティリティ変動モデルの効率的なベイズ推定
標題(洋) Efficient Bayesian Estimation of Multivariate Stochastic Volatility Models with Leverages Effects
報告番号 126620
報告番号 甲26620
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第293号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,裕浩
 東京大学 教授 國友,直人
 東京大学 教授 矢島,美寛
 東京大学 教授 久保川,達也
 東京大学 教授 市村,英彦
内容要旨 要旨を表示する

This thesis includes the three researches about the modeling of multivariate financial time series including stock returns. The time-varying properties of the volatility are studied, especially the leverage effect, namely the correlation between the today's return and tomorrow's volatility for each series. The relations between the other series are also specified. Three multivariate stochastic volatility models with leverage effects are proposed and studied. The first part presents the multivariate stochastic volatility models with cross leverage effects (MSV model). This model incorporates the volatility dynamics, the constant correlation between the returns, the correlations between the volatilities, the leverage effect, and the cross asset leverage effect. An extension to the model with heavy-tailed return distribution is also considered. The computationally efficient Bayesian estimation via Markov chain Monte Carlo (MCMC) called the multi-move sampler is applied to the models. In the algorithm, the blocked many latent variables are sampled at a time via a state space representation of the conditional posterior of them. The computational efficiency is shown using a simulation data set by a comparison with other simple algorithm. An empirical analysis using returns of the Standard & Poor's 500 sector indices are presented. The cross leverage effects are estimated to be negative for all series and the effects are asymmetric. The model comparison using deviance information criterion (DIC) is conducted between the model with the normal error distribution and the model with the heavy-tailed error distribution.

The auxiliary particle filter is applied for the calculation of the DICs. In the second part, the matrix exponential stochastic volatility model with leverage effects (MESV model) are proposed and studied. The model accounts the dynamics of the covariance of the returns, the dependences of the elements of them, and (cross) leverage effects. The matrix exponential transformations are utilized to keep the covariance matrices positive definite. As in the first part, a multi-move sampler is proposed for the MESV model. The proposal probability density for the conditional posterior distribution is derived analytically. The algorithm is illustrated using a simulation data set. An empirical analysis is presented via Tokyo Stock Price Index (TOPIX), Japan Government Bond Price Index, and foreign exchange rate of Japanese yen to U.S. dollar. The time-varying correlations are estimated. The model comparison with the MSV model using the DIC is conducted. The auxiliary particle filter for MESV model is also proposed for the calculation of the DIC. In the third part, the dynamic factor multivariate stochastic volatility model with cross leverage effects (DFSV model) is considered. The model accounts the dynamic covariance matrix and leverage effects using the dynamic factors and errors. Both of them follow the univariate stochastic volatility models with leverage effects respectively.

The DFSV model includes the error terms following the heavy-tailed distribution.

An efficient Bayesian estimation via the multi-move sampler is considered for the model. An empirical application to the predictive portfolio optimization problem is presented. The portfolio is made of thirty three sectors of TOPIX by industry. The Rao-Blackwellized auxiliary particle filter is proposed for the prediction.

審査要旨 要旨を表示する

本諭文では,多変量確率的ボラティリティ変動(StochasticVolatility、SV)モデルという、複数の株価収益率の時系列においてその分散及び相関係数が確率的に変動するモデルにういて研究が行われている。株価収益率の分散変動を説明するモデルには、主としてEngleやBOBollerslevによって提案されたGARCH(GeneralizedAutoregressiveConditionalHeteroskedatsticity)モデルのクラスと、Taylorに始まるSVモデルのクラスがあるが、GARCHモデルでは、時点己における収益率の分散がt-1時点で確定的であるのに対して、SVモデルでは確率的であるという違いがある。これまでの1変量モデルを用いた株価収益率の実証分析においては、SVモデルの方がGARCHモデルよりもあてはまりがよいことが知られているが、モデルのパラメータ推定がGARCHモデルでは最尤法により簡単にできるのに対して、SVモデルでは観測値の個数と同じ次元の多重積分を解かなくてはならならず、最尤法による推定が困難であった。この多重積分に関わる問題を解決するために、多くの論文がベイズ統計学のアプローチをとり、シミュレーションに基づくマルコフ連鎖モンテカルロ(MarkovChainMonteCarlo、MCMC)法という計算統計の手法を用いている。

第1章では、木論文で扱う3種類の多変量SVについて概観している。それらが1変量SVモデルからどのように拡張されたかについて説明すると共に、効率的なMCMC方法による推定手順の概略とまた複数のモデルを比較する際に必要な尤度計算のモンテカルロシミュレーション法について短く触れている。

第2章「Efficient Bayesian estimation of a multivariate stochastic volatility model with cross leverage and heavy-tailed errore」では、非対称性・レバレッジ効果(t時点における株価収益率の低下が、t+1時点のボラティリティの上昇を引き起こす現象)をもつ1変量SVモデルを拡張した多変量SVモデルを考えて、そのための非常に効串的な推定方法を初めて提案している。特に多変量SVモデルのクラスに特有の、資産問の収益串の非対称性・クロスレバレッジ効果(t時点におけるある株価収益率の低下が、別の株価収益率のt+1時点のボラティリティの上昇を引き起こす現象)が考慮されており、先行研究と異なって一般的なモデルとなっている。

多変量SVモデルのMCMC法による推定では、モデルのパラメータと収益率のボラティリティ・ベクトル(潜在変数)をその多変量の事後分布からマルコフ連鎖を用いて発生する。その際、パラメータとボラティリティ・ベクトルのすべてを同時にシミュレーションで発生することは難しいため、パラメータはボラティリティ・ベクトルを所与として発生し、ボラティリティ・ベクトルはパラメータを所与として発生させることになる。特にまたボラティリティ・ベクトルは、すべての時点のボラティリティ・ベクトルを同時に発生することが難しいだめ、一部のボラティリティを所与として残りのボラティリティを発生させていく。その最も単純な方法は、t時点のボラティリティ・ベクトルを発生するのに他の時点のボラティリティ・ベクトルを所与とするsinglemovesamplerと呼ばれる方法であるが、この方法では通常相関の高い隣り合う時点のボラティリティ・ベクトルの条件値に強く引きずられてしまい、本来とるべき値に比べて非常に制約された範囲内でしか発生されない。このため第2串ではsinglemovesamplereによる推定においては得られるパラメータの推定精度が非常に悪くなることが、シミュレーション・データを用いて示されている。

そこで本論文ではmulti-movesamplerと呼ばれる方法を採用して、複数時点のボラティリティをそれ以外の時点のボラティリティを所与として同時に発生させることとし、推定精度の大幅な改善に成功している。その際、特に発生の対独となるベクトル全体の次元をもつ乱数を直接に発生させるのではなく、たかだか関心の対象である資産の個数と同じ次元の乱数を発生すれば十分であるように工夫がなされている。具体的には線形ガウス状態空間モデルという枠組みにモデルを置き換えることによって乱数発生が容易になるのである。その置き換えのためには尤度関数をボラティリティ・ベクトルに関して2階微分して期待値をとり多変量フィッシャー情報行列の解析的な表現を求める複雑な計算が必要であるが、本論文ではその導出が丁寧に行なわれている。またモデル比1鮫の際に必要な尤度計算の効率的な方法を補助粒子フィルタを用いて提案している。さらに提案されたモデルを、正規分布よりも裾の厚いt分布に従う誤差項をもつ多変量SVモデルに拡張して、実証分析において1995年1月から2010年3月まで期間、S&P500の5業種インデックスの日次収益串に適用している。その結果、ボラティリティの高い継続性とレバレッジ効果とともに資産収益率間のクロスレバレッジ効果の存在が確認されており、またモデル比較では裾の厚い古分布に従う誤差項をもつ多変量SVモデルのあてはまりがよいことが示されている。

第3章「Matrix exponential stochastic volatility model」は、第2章の多変量SVモデルにおいて時間を通じて一定とされた相関係数が時間と共に変動,するモデルに拡張したモデルである。まず共分散行列を無限級数展開の行列指数形式で表現することによって、行列対数変換された対称行列を求め、その下三角行列をベクトル化してベクトル時系列の動学的構造を与えている。このモデルはすでに先行文献で提案されているにもかかわらず、その構造が複雑なためにどのような推定方法を用いるべきなのかについては提案がなされていなかったが、本論文では第2章と同様にmulti-movesamplerというアプローチを用いて効率的な推定方法を提案している。特に多変量フィッシャー情報行列の解析的な計算は一屑複雑で固有値の無限級数の関数となるが、その導出に成功している。そして提案された推定方法の高い効率性はシミュレーション・データを用いて示されている。また提案されたモデルは1995年1月から2010年月までの期間、東証株価指数・日本国債価格指数・円ドルレートの3系列の収益率に対して適用され、相関係数の事後平均が時間を通じて変動していることを示している。レバレッジ効果やクロスレバレッジ効果については特定の変数が該当するモデル構造ではないので、インパルス応答関数のようにt時点における収益率へのショックがどのようにt+1時点の共分散行列に影響を及ぼすのかについて独自のシミュレーションを行い、レバレッジ効果やクロ琴レバレッジ効果が存在することを示している。

第4章「Dynamic factor multivariate stochastic volatility models with leverage effects and application to portfolio selection」では非常に次元の高い収益率ベクトルの変動が共通の変動を持ち、比較的少ない個数の因子によって説明されるモデルを考え、最適なポートフォリオ選択の問題へ応用を行っている。第2章・第3章ではより一般的な多変量SVモデルへの拡張を行っているのに対して、第4章では分析対象となる複数の収益率力洞一市場に属しているケースを特に想定してモデルの構造をより具体的に記述している。共通変動を説明する因子と誤差項はそれぞれ独立な1変量SVモデルにしたがうとしている。SVモデルではレバレッジ効果を考慮し、また共通因子は自己回帰過程にしたがうとしている、,提案される推定方法では、条件付き分布を考えることで多変量SVモデルの問題を1変量SVモデルに帰着させ効率的な推定方法を行うと共に、共通因子の動学的モデルについては線形正規状態空間モデルのためのカルマン・フィルタとシミュレーション・スムーザを用いている。また因子負荷行列については、非常に因子の数が少ない場合には効率的な推定方法が因子の数が増えるにつれて計算負荷が高くかつ非効率になることから、因子数に頭健かつ効率的なギブス・サンプリング法を用いている。モデル比較のために必要な尤度の数値計算では補助粒子フィルタを用いているが、その際に潜在変数の一部を解析的に積分するラオ・ブラックウェル化を行い推定精度を改善している。提案されたモデルは、更に正焼分布よりも裾の厚いt分布を誤差項に持つモデルに拡張されている。

実証分析においては、これらの提案されたモデル群と単純な多変量正規分布のモデルについて、1998年1月から2004年12月まで33業種の東証業種別株価指数の日次収益串を用いて推定し、2005年1月から2009年12月までの期間について様々なポートフオリオ戦略(平均-分散アプロ一チ、期待効用最大化、buy-and-holdなど)のパフオーマンスをシヤープレシオ、実現ポートフオリオ収益、取引コストなどの複数の基準を用いて比較しており、提案モデルの中でt分布を誤差項に持ちレバレッジ効果を考慮するモデルに基づくポートフォリオのパフォーマンスのよいことが示されている。

論文の評価

多変量の資産収益率のモデルはポートフオリオのVaRや期待ショートフオールなどのリスク評価を行うために近年その重要性を増している。実証分析では多変量GARCHモデルを基礎としたモデルが用いられることが多いが、これは最尤法による推定が比較的容易なためである。しかし、その多変量GARCHモデルにおいても一般的な構造では推定するべきパラメータの個数が非常に多くなるため、パラメータに制約を課すことでモデルを単純化することが多い。一方、GARCHモデルよりも現実のデータにあてはまりがよいと期待される多変量SVモデルについては、ごく単純化された2変量モデルを除いてこれまでに研究が非常に少なく、その効串的な推定方法の提案が待たれていた。本論文はこの問題に取り組んだ先駆的研究である。

第2章では、レバレッジ効果を考慮した1変量SVモデルを多変量SVモデルに拡張し、さらに資産収益串間のクロス・レバレッジ効果を考慮している点が先行研究よりも一般的である。また先行研究では推定するべきパラメータの個数を減らすために多変量SVモデルに強い制約を加えているが、本論文はそうした制約を加えずにクロス・レバレッジ効果を考慮した多変量SVモデルの効率的な推定方法を具体的に提案している点が意義深い。MCMCの効率推定法において鍵となるボラティリティ潜在変数のための提案分布の構成方法も、基本的な考え方は1変量SVモデルにおける推定法と同じではあるが、その際に必要とされるフィッシャー情報行列の解析的表現の計算が多変量SVモデルにおいては非常に複雑である。本論文はこの提案分布の丁寧な導出に成功しており、線形状態空間モデルを用いたカルマン・フィルタ及びシミュレーション平滑化を用いることで、本来極めて高次元の提案分布から行わなければならなかった乱数発生を実質的にたかだか資産収益率の次元まで減少させた(従って計算負荷の少ない)乱数発生に帰着させることを可能にしている。

第3章の行列指数多量SVモデルは、第2章の多変量SVモデルで一定とされていた相関係数が動学的に変動するモデルであり、更に一般的である。しかし、資産の個数の2乗に比例してボラティリティ潜在変数の次元が高くなるため、最尤法による推定方法は困難であった。本諭文では第2章と同様にMCMC法に基づく効率的推定方法を提案することに成功しており、またボラティリティ潜在変数のための提案分布の構成もより一層困難であるが、その導出を丁寧に証明している点は高く評価できる。しかし第2章・第3章のいずれのモデルにおいても推定するべきパラメータ数が多くなるので、例えば高頻度データの情報をモデルに追加することでパラメータの推定精度を上げることができるかどうかについて今後検討する必要があるであろう。そのような試みは1変量SVモデル・GARCHモデルでは近年多くの研究者によって進められているが、多変量モデルでの試みは未だ行われてない。パラメータの個数が急激に増加する多変量モデルにおける推定の困難さを解決するアプローチとして今後の研究が強く期待される。同時にこれらのSVモデルの推定の意味を明らかにするために、例えば市場における出来高の分析などの可能性などを検討することなどが望まれる。

第4章では第2章・第3章の一般化とは異なり、同一株式市場における多数の収益率のモデル化にも適合しやすい多変量因子モデルに焦点を当てている。多変量因子モデルは潜在変数の個数が節約的なモデルであるため、30以上の非常に資産数が多い場合にも適用可能であり、特に本論文で行っているようにポートフォリオ最適化に応用してモデルのパフォーマンスを比較することは、ファイナンス分野の国際的学術雑誌においても研究が進みつつあり、したがって多変量SVモデルのクラス用いた比較検討は当該分野において意義深い貢献となることが期待される。石原氏が研究を進めてきた複数のモデルの複雑さが、現実のデータではどの程度まで必要であるのかを様々なデータを通じて検討した結果は、今後の実証分析にとって一定の方向性を与える有用な情報となるはずである、

論文審査の結論

以上の評価では,石原氏の提出論文に対して全体的に高い評価を与えると共に,今後の課題や拡張の可能性について指摘がなされた。また提出論文の第2章は国際的学術雑誌(ComputationalStatisticsandDataAnalysis)に採択されており、第3章・第4章も同様に国際的に高く評価されている学術誌に投稿する予定となっている。また本論文には所収されていないが、深く関連する諭文である「TOPIX収益率のマルコフ・スイッチング非対称確串的ボラティリティ変動モデルによる分析一順列サンプラーによる探索」も『現代ファイナンス』に掲載されている。このように本研究の完成度は高く各章はオリジナリティがありまた今後の展開が期待される内容であり、したがって本研究科が要求する学位論文としては十分である。以上により、審査委員会は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

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