学位論文要旨



No 126631
著者(漢字) 安田,こずえ
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,コズエ
標題(和) 1920年代アメリカにおける女性の喫煙と反紙巻タバコ運動 : 地域共同体の秩序をめぐって
標題(洋)
報告番号 126631
報告番号 甲26631
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1048号
研究科 総合文化研究科
専攻 地域文化研究
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 能登路,雅子
 東京大学 教授 遠藤,泰生
 東京大学 教授 斎藤,文子
 東京大学 准教授 橋川,健竜
 東京外国語大学 教授 金井,光太朗
内容要旨 要旨を表示する

アメリカにおいて1920年代に普及したとされる女性の紙巻タバコの喫煙は、現実の地域共同体でどのような議論を巻き起こし、どのように受け入れられていったのか。先行研究の多くは近代化に伴う紙巻タバコ市場の拡大という観点から、19世紀末に機械による紙巻タバコの大量生産が始まり、まず成人男性や少年の間で普及し、第一次世界大戦を経て1920年代に女性に市場が拡大し、全国規模の広告が女性の喫煙行動を牽引したとしている。

しかし、実際には上の見解と齟齬をきたすいくつかの事実が存在している。第一に、新聞や雑誌には1920年代以前の20世紀転換期から「女性の喫煙普及」に関する記事が見られた。しかし、そこには客観的データや実態がほとんど示されておらず、焦点は女性の喫煙の是非よりはむしろ、反紙巻タバコ運動家とタバコ製造会社の対立関係に置かれていた。第二に、女性の喫煙が普及したとされる1920年代初めから、女性の喫煙広告が開始される20年代後半までに数年を要しているが、それはタバコ会社が反紙巻タバコ法の完全撤廃を待つ必要があったからである。反紙巻タバコ運動は19世紀末に勢力を拡大しながら各州で反紙巻タバコ法を成立に導き、1911年には連邦最高裁判所でアメリカン・タバコ・トラストを敗訴させ、1920年代を通して女性の喫煙に反対していた。第三に、自立心と高学歴を有する「新しい女性」の間に喫煙が定着したと言われる中で、若い女性教師や学生がその喫煙をめぐる裁判で敗訴したケースが見られたことも注目に値する。

このような事実を踏まえれば、女性の喫煙がこの時代のアメリカ社会で均質的に容認されたのか、あるいは誰によって、どのような理由で反対されたのかを改めて問い直す必要があると思われる。本論文では、女性の喫煙が可視化されはじめた19世紀半ばに遡って喫煙女性が意味したものを考察し、都市部から小さな農村の共同体が女性の喫煙問題に対処していく過程を詳細に議論することで、1920年代アメリカにおける社会変化に関して新たな光を投じることを目的としている。

元来タバコは、商品の形態によって喫煙者の社会的地位を表す嗜好品であった。1880年代に紙巻タバコといえば、高級な手巻き紙巻タバコを指し、その喫煙者はヨーロッパ上流階級の影響を受けたニューヨークの社交界に出入りする「ダンディ」や富裕層の女性であった。肉体労働や倹約を尊ぶ中西部や南部の伝統的中産階級にとって、紙巻タバコ喫煙は男女の境界を崩壊させる放埓の象徴と受け止められた。

しかし一方で、都市富裕層の紙巻タバコの喫煙は、パイプタバコや噛みタバコしか知らなかった労働者や農村の男性にとっての憧れでもあった。そのような状況の中で、19世紀末に開始された機械生産で低価格となった紙巻タバコを消費する女性層が出現した。彼女たちは伝統的中産階級の家庭に育ち、高等教育を受けて専門職に従事する女性、或いは、工場で働きながら余暇を楽しむ労働者階級や新移民の家庭の娘であった。

紙巻タバコの喫煙者増加を背景に、1899年、シカゴで反紙巻タバコ連盟が組織され、それは当初は主として男性の喫煙に反対し、紙巻タバコの喫煙が男性の自律を妨げると警告した。さらには、1902年にイギリスに拠点を移しブリティッシュ・アメリカン・タバコ・トラストを築いたアメリカン・タバコ・トラストの紙巻タバコ販売を禁じる運動を展開し、その成果として、1911年に連邦最高裁判所は、国境を越えて巨大化するトラストを解体させ、分割されたタバコ会社を米英に振り分けて帰属させた。一方で反紙巻タバコ運動は、女性の喫煙に関しては家庭内など私的な場で行なわれる限り、表立って非難することはなかったが、公的空間での喫煙は女性の公的領域への侵害とみなし、伝統的慣習に反する行為として容認しなかった。

紙巻タバコをめぐる世論は、第一次大戦で一変し、戦場で広く配給された紙巻タバコは「愛国心」や「男らしさ」という新たな表象を与えられた。多数のアメリカ兵士を紙巻タバコの常習的喫煙者にした第一次大戦は、銃後の女性たちの立場も強化した。産業技術の進歩が著しく、経済の浮沈が激しかった1920年代にあって、喪失感に見舞われた帰還兵や急速な社会変化に対応できない男性が出現する中で、戦時中に軍需工場に動員された女性労働者や、男性に代わって専門職に従事した女性が活躍した。その中には、紙巻タバコを喫煙し、短髪でスカート丈の短い細身の服を着た女性も含まれていた。1920年代の女性喫煙者が戦前の女性喫煙者以上に目立ったのは、彼女たちの多くが大学教育を受け、専門職に従事した中産階級の出身であったからである。

このように喫煙は、戦争を機に男性の職域に進出し、参政権によって政治的権利を拡大していく女性たちの新しい自由の象徴として見られた一方、東部の名門女子大学では、喫煙学生の退学事件が相次いだ。実際、1926年にニューヨーク市では、路上で喫煙した21歳の女性教師が軽罪で逮捕されたことが新聞で報道されている。特に、都市部から離れた地域共同体においては、子供たちを教育する女性教師や師範学校の女子学生の喫煙は住民から非難を受けた。1924年、公衆の面前で喫煙したことによりミシガン州立師範学校の女子学生アリス・タントンも校則違反で退学処分を受け、裁判に訴えたが復学できなかった。ミシガン州最高裁判所の判決は師範学校の校則を支持し、喫煙の是非を地域の慣習による判断に託した。しかし、この裁判が同時に女性の喫煙そのものは違法ではないとしたことも、喫煙をめぐる法のジェンダー差別を否定した点で重要である。

ニュージャージー州の小さな町セコーカスの公立小学校では、1923年に赴任した喫煙習慣のある女性補助教師へレン・クラークが教職を追われ、終身教師資格の認定を拒否された。1923年11月から約4年半の間、新聞紙上で「スモーキング・ティーチャー」事件として注目されたこの事件で、クラークは喫煙のために下宿を追われ、勤務校では保護観察処分を受け、教職を失ったが、行政裁判では敗訴したものの民事裁判で勝利を収め、最終的には当初の契約に基づいて、終身教師資格を勝ち取った。1928年に決着を見たこの事件は、地域共同体には女性喫煙の是非を決定する自由とともに、女性喫煙者個人の公的権利を守る義務が課せられていることを明らかにした。この裁判はこれまで研究者の注目を集めることがなかったが、地域の対立感情が次第に法の支配の中に収束されていくプロセスを実証的に解明する有力な資料であるという点で、示唆に富むものである。

1920年代の女性の喫煙をめぐる論争は、地域共同体に通底する伝統的なジェンダー秩序の根強さを露呈していた。上述の二つの裁判は当該の女性喫煙者が地域の慣習に従順であるかどうかを問うたが、前者は女子学生に学校権威者に従順であることを求め、後者では校長や教育委員長を務める男性指導者に女性教師が従順に振舞うことを求めた。そのために、「スモーキング・ティーチャー」事件の女性補助教師は裁判期間中、すべての公的発言を男性弁護士に委ね、裁判では彼女が大人しい親孝行娘であることを陪審員に印象づけたのである。

この時期、タバコ産業においても大きな動きがあった。1927年1月、アメリカン・タバコ社は国内で唯一残っていたカンザス州での反紙巻タバコ法の撤廃を受けて、ラッキーストライクの女性向け喫煙広告を『ニューヨーク・タイムズ』に掲載したが、その広告が「フラッパー」な女性ではなく、社会的な信用と名声の高い中年オペラ歌手を起用したことも、女性の喫煙につきまとう秩序破壊のイメージがいかに当時のアメリカ人に警戒心をもたらしていたかを物語る。

こうして、アメリカン・タバコ社が女性の喫煙広告を満を持して、しかもきわめて慎重に開始した背景には、世論の倫理観とともに、経済的な必要性が大きく影響していた。アメリカのタバコ会社は国内における同業者間の競争のみならず、タバコ・トラスト解体以後、勢力を盛り返してアメリカ国内に市場を拡大していたイギリスのタバコ会社との価格競争にさらされ、翌1928年には商品価格の値下げを余儀なくされていた。それゆえに、大々的な広告によってアメリカの女性の喫煙市場拡大を喫緊の課題とするタバコ会社は、反紙巻タバコ法という法的拘束からの解放を渇望していたのであった。

以上に述べたように、新聞などメディアの報道で国民の注目を集めた「女性の喫煙」や「女性の喫煙普及」という現象には、道徳観をめぐる世論の対立のみならず、地域共同体のジェンダー秩序の問題やアメリカの基幹産業に成長を遂げた紙巻タバコ産業における対英競争など、多くの政治・社会的構造が複雑に関係していた。本論文が目指したのは、まさに女性の喫煙論争に関わる多様なアクターや要因の間の関係性を現実社会に即して見ることであった。

1920年代の女性喫煙の歴史的な意味は、その普及や広告開始との因果関係以上に、それがこの時代の変化に地域共同体がどう対応したかを示す試金石のような役割を果たしていたことにある。経済活動の中心が生産から消費へと移行し、都市化が急速に進み、女性の政治的権利が大きく拡大したアメリカの1920年代の社会変化の中で、女性の喫煙問題もまた、伝統的価値観をめぐる地域やジェンダーの対立を調整しつつ、ミシガンやニュージャージーの小さな町から新たな全国市場にいたる共同体の秩序の中に位置づけられていった。

審査要旨 要旨を表示する

『1920年代アメリカにおける女性の喫煙と反紙巻タバコ運動――地域共同体の秩序をめぐって――』と題する本論文は、社会経済体制が生産から消費に移行した時代のアメリカ合衆国で、女性の新しい行動倫理に地域共同体がいかに抵抗し、新たなジェンダー秩序を模索したかを「女性の喫煙」を切り口に実証的に分析した論考である。女性が連邦レベルで参政権を獲得し、高学歴化や職場進出を果たした20年代に紙巻タバコの喫煙は女性解放を表象するものとして広く普及したと従来の研究では見なされてきたが、本論の筆者は普及を裏付ける信頼すべきデータが不足していることを指摘し、また、女性の喫煙が定着していたのだとしたら、なぜ若い女性教師や女子学生の喫煙が裁判や退学処分につながる事態が頻発したのかという問題に着目し、女性の喫煙を扱った広範な言説を当事者の発言や地域共同体の実態に即して解き明かした。

調査方法として、『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『シカゴ・トリビューン』『ロサンジェルス・タイムズ』など主要新聞から小規模な地方紙、業界紙に掲載された女性の喫煙に関する500点以上の記事と広告を丹念に分析したこと、およびフィールドワークを含めた裁判記録の詳細な調査により、これまでのアメリカにおける先行研究よりもはるかに充実した資料をもとに当時の女性の喫煙の実態に迫ることに成功している。その結果、この問題を通じて20年代アメリカ社会における複数の対立軸を浮き彫りにしたことも、高い評価に値する。

本論文は以下の構成からなる。序章でマイケル・シャドソンやカサンドラ・テイトを中心とする先行研究の問題点を検討したうえで、第一章では、タバコ史のなかの女性を概観し、紙巻タバコの機械生産を契機に中産階級の女性にも見られるようになった喫煙行為について、健康・道徳を理由とした批判の広がりを論じている。第二章では、19世紀末に発足したアメリカ反紙巻タバコ連盟の支持基盤が一枚岩ではなく、中小都市の白人中産階級・福音主義者・禁酒運動家・教育者のほか、葉巻生産者組合など他の種類のタバコ製品の製造者も含んでいたことに注目している。さらには、会員50万人を数え、1910年には中西部を中心に10州で紙巻タバコの販売を禁止する州法を成立させ、翌年にはシャーマン法によってアメリカン・タバコ・トラストを解体に追い込む勢いであったこの運動が、第一次大戦で紙巻タバコが戦場の兵士に広く普及して「愛国主義」や「男らしさ」の表象となった結果、攻撃目標を若い女性の喫煙に絞ったプロセスが論じられ、また、ホテルやレストラン、鉄道などの公共空間での女性の喫煙が巻き起こした全国的な論争を考察している。

つづく第三章・第四章では、喫煙女性をめぐるミシガンとニュージャージーの裁判に関する公的記録と新聞報道を吟味し、特に後者の事件については二度の現地調査で従来の研究では取り上げられることがなかった当該喫煙女性教師の行政裁判敗訴後の民事裁判勝訴の詳細を解明して、地域共同体のジェンダー秩序回復に向けた交渉の過程を示した。最後の第五章では、女性向けの初の本格的な喫煙新聞広告の開始時期とカンザス州を最後に反紙巻タバコ法が完全撤廃された時期との相互関係および広告の内容を検討し、タバコ会社が警戒心と周到な準備のもとに女性市場開拓に着手した実情を明らかにしており、これも女性の喫煙普及を前提として広告活動が全国展開されたとする従来の単線的な解釈に修正を迫るものである。

さらに本論全体を通じた独自な見解として、以下が特筆される。本研究は第一に1920年代の反紙巻タバコ運動が、ジェンダー化されていた側面、階級・人種防衛のための道徳運動の側面、反トラストという革新主義運動の側面、タバコ業界内のシェア獲得競争の側面を併せ持つ複合的組織として機能していたことを示した。第二に、女性向けの喫煙広告は女性の喫煙実態よりは、むしろ反紙巻タバコ運動や世論の動向に配慮する形で開始されたこと。第三に、女性の喫煙について各地域共同体では伝統的慣習と個人の権利との間で微妙な調整が行なわれ、特に農村部においては激しい反発を伴ったこと。つまり、同時代の禁酒法や進化論教育をめぐるスコープス裁判、移民制限運動などと同様に、女性の喫煙に対する反対運動には近代合理性や世俗化に対するアメリカ社会の根強い保守イデオロギーが集約されていた状況を広範に分析したことによって、本論はアメリカ地域文化研究の特に20年代社会史、ジェンダー研究に大きな貢献をなすと言うことができる。

こうした多くの長所の一方で、審査会においては問題点もいくつか指摘された。まず、本論が依拠した新聞報道の客観性や党派性についての議論がいまひとつ不十分であること、また、反紙巻タバコ法撤廃をめぐる議論を分析するためにカンザス州の地方新聞も対象に含めるべきであったこと、「文化変容」「共同体」「公共性」といった概念についてより踏み込んだ考察が必要であることなどである。しかし、これらはいずれも本研究の総合的かつ本質的な価値を損なうものではないというのが、審査員全員の一致した意見であった。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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