学位論文要旨



No 126638
著者(漢字) 星野,太佑
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,ダイスケ
標題(和) 高強度トレーニングを中心とする骨格筋エネルギー代謝の適応
標題(洋) Skeletal muscle metabolic adaptations to high-intensity exercise training
報告番号 126638
報告番号 甲26638
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1055号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八田,秀雄
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 教授 中澤,公孝
 東京大学 准教授 柳原,大
 東京大学 准教授 久保,啓太郎
内容要旨 要旨を表示する

筋の代謝的な機能の改善を目的とした運動トレーニングが、スポーツの競技力向上や健康増進のために行われてきた。これまで、低強度の運動を30-60分間程度続ける持久的トレーニングについての研究が多くなされていて、持久的トレーニングは筋のミトコンドリアを増やして酸化能力を増加させることが明らかとなっている。一方で、実際のスポーツの現場では、30秒-1分間程度の高強度運動を休息を入れて繰り返す高強度トレーニングも多く行われている。以前は高強度運動中の酸素を必要としないエネルギー供給能力をトレーニングで高めることが重要視されていたが、近年では、高強度運動中のミトコンドリアによる有酸素的なエネルギー供給に対するトレーニング効果も重要であることが示唆されている。しかし、高強度トレーニングがミトコンドリアを中心としたエネルギー代謝に与える影響についての検討は少ない。そこで、本研究の目的は、高強度トレーニングがミトコンドリアを中心としたエネルギー代謝に与える影響を検討することである。

これまで先行研究で行われてきた高強度トレーニングは、休息時間の短い (1-4分)インターバルトレーニングであることが多い。しかし、実際の競技スポーツの現場では、短時間の高強度運動を長い休息時間 (15-20分間)を入れて繰り返す「レペティショントレーニング」が広く行われている。長い休息時間の高強度トレーニングの効果を検討することは、実際のスポーツの現場で役立つ研究であると考えられる (第2章)。

これまでの高強度トレーニングは、糖の代謝を中心に検討されてきたといえる。しかし、高強度トレーニングでミトコンドリアが増加すると報告されていることを考えると、高強度のインターバルトレーニングは脂肪酸代謝も含めたより広い視点で検討する必要がある。また、持久的トレーニングがミトコンドリアの機能を改善したという報告はあるが、高強度トレーニングがミトコンドリアの機能にどのような影響を与えるのかはわかっていない。高強度トレーニングの研究でもミトコンドリアあたりの脂肪酸酸化量、ピルビン酸酸化量を検討することで、高強度トレーニングのミトコンドリアへの機能の変化を明らかにすることが期待できる (第3章)。

スプリント種目や重量挙げの選手などは、筋の速筋線維の割合や解糖系酵素活性が高いことが明らかとなっている。これまで筋が遅筋線維に移行したことによる骨格筋のエネルギー代謝の変化は検討されているが、速筋線維に移行したことよるエネルギー代謝の変化についてあまりわかっていない。ここで、β-2 adrenergic agonistであるクレンブテロールの摂取は、筋の速筋線維の割合や解糖系酵素活性を増加させる。クレンブテロールの摂取によるエネルギー代謝への影響を検討することは、速筋線維の割合が増加したとき、ミトコンドリアを中心としたエネルギー代謝がどのように変化するのか理解を深めることができるとともに、クレンブテロールの摂取による身体への影響を調べることもできる有益な研究である (第4章)。

また、第3章、第4章では、ミトコンドリアの増殖を制御していると考えられている核タンパク質であるProliferator-activated receptor γ co-activators 1α (PGC-1α)およびReceptor interacting protein 140 (RIP140)タンパク質量を測定し、それぞれがミトコンドリアの制御にどのように関わっているのか検討した。

第2章では、ICRマウスに高強度レペティショントレーニング(毎分45-53mの速度で1分間のトレッドミル走を19分間の休息を入れて4回)を週3回3週間行わせ、3週間回転ケージによる自由運動を行わせたマウスと比較検討した。

高強度レペティショントレーニングは、骨格筋ミトコンドリアの量の指標となるTCA回路の酵素citrate synthase (CS)活性と乳酸を筋に取り込む働きをしているmonocarboxylate transporter (MCT)1タンパク質量を増加させた。反対に回転ケージ運動はそれらを増加させなかった。このことは、トレーニングによる短期間の筋の適応には、強度の高さが重要であることを示している。また、3週間後、高強度運動テストを行わせたところ、筋中乳酸濃度、筋グリコーゲン濃度の結果から、高強度レペティショントレーニング群は、回転ケージ群に比べて運動中に糖の利用が亢進されていた可能性が示唆された。これらの結果から、高強度レペティショントレーニングは、骨格筋のミトコンドリアを増加させることと、運動中に乳酸をエネルギー基質として利用する能力を増加させることが明らかとなった。

第3章では、Sprague-Dawley (SD)ラットに週5回4週間高強度インターバルトレーニング (毎分30-55mで1分間のトレッドミル走を2分間の休息を入れて10回)を行わせた。whole muscle (骨格筋)のトランスポータータンパク質量と酵素活性を測定することで骨格筋全体の変化を分析し、抽出したミトコンドリアあたりでピルビン酸酸化量とパルミチン酸酸化量を測定することでミトコンドリアの機能の変化を分析した。

高強度インターバルトレーニング (high-intensity interval training: HIIT)は骨格筋の脂肪酸トランスポーターのタンパク質量と、脂肪酸のβ酸化に関わるβ-hydroxyacyl-CoA dehydrogenase (β-HAD)の活性を増加させた。同様に、骨格筋の糖や乳酸に関わるトランスポーターとピルビン酸の酸化に中心的に関わるpyruvate dehydrogenase E1α (PDHE1α)のタンパク質量も増加させた。このことから、HIITは骨格筋の糖、乳酸、脂肪酸の取り込みとそれらを酸化する能力を高めることが明らかとなった。さらに、このような骨格筋の適応とともにPGC-1αタンパク質量も増加したが、RIP140タンパク質量は変化しなかった。

一方で、抽出したミトコンドリアのピルビン酸酸化量や、PDHE1αとMCT2 (ピルビン酸トランスポーター)タンパク質量に変化はみられなかった。しかし、抽出したミトコンドリアのパルミチン酸酸化量とβ-HAD活性はHIITによって増加した。これらの結果から、抽出したミトコンドリアでは、糖由来のピルビン酸の酸化能力よりも脂肪酸の酸化能力のほうが、HIITによって向上することが明らかとなった。

第4章では、飲料水にクレンブテロールを混ぜて(30mg/l)、3週間SDラットにクレンブテロールを摂取させ、第3章と同様に骨格筋または、抽出したミトコンドリアにわけて分析を行った。

その結果、筋重量は増加し、筋の白色部位の割合が増加した。さらに、Type IIB線維を形成するmyosin heavy chain 2Bタンパク質量が増加した。骨格筋では、解糖系酵素であるlactate dehydrogenase活性は増加し、反対にCS活性が減少した。このことから、筋の速筋線維化に伴って、骨格筋の解糖系能力が増加し、酸化能力が低下したと考えられる。このような骨格筋の酸化能力の低下とともに、PGC-1αタンパク質量が低下し、反対にRIP140タンパク質量は増加した。

抽出したミトコンドリアでは、クレンブテロールはパルミチン酸の酸化量を低下させ、同様にミトコンドリアタンパク質量あたりのCS活性やβ-HAD活性を減少させた。また、抽出したミトコンドリアのピルビン酸酸化量とPDHE1αタンパク質量は部分的には低下するが、パルミチン酸酸化量とβ-HAD活性ほど低下しなかった。このように、クレンブテロールによる骨格筋の速筋線維タイプへの移行は、ミトコンドリアの量だけでなく機能を阻害することが明らかとなった。ただし、骨格筋では解糖系酵素活性が増加すること、また抽出したミトコンドリアでは、ピルビン酸酸化に関わる機能の低下は小さいことから、糖の代謝はある程度維持されたと考えられた。

これまで、高強度トレーニングは、筋肥大や筋量の増大、パワーや筋力の増加などを目的とされて行われてきた。しかし、1分間の高強度運動を4回 (第2章)、または10回 (第3章)繰り返すだけのトレーニングでも、骨格筋のミトコンドリアを増やすことが明らかとなった。さらに、高強度インターバルトレーニングは、骨格筋の脂肪酸と糖の取り込み能力を増加させた。これは、脂肪酸や糖を酸化的に利用する能力の改善が必要なスポーツ選手や代謝機能が低下している人たちにとって、高強度トレーニングが、有益なトレーニングになることを示している。加えて、高強度インターバルトレーニングは、抽出したミトコンドリアの脂肪酸の酸化量を増大させた。持久的トレーニングの実験では、長い期間 (12週間以上)がミトコンドリアの機能の改善には必要なことが報告されてきたが、本研究の高強度インターバルトレーニングでは、短期間 (4週間)でミトコンドリアの機能を改善できることが示された。反対に、クレンブテロール摂取による筋の肥大と速筋線維化は、ミトコンドリアの量と機能を低下させた。このことから、急速な解糖系能力の獲得はミトコンドリアを阻害する可能性があることが示唆された。

また、ミトコンドリアを制御している因子として、本研究から、高強度インターバルトレーニングによるミトコンドリアの増加には、PGC-1αが深く関わっていて、RIP140の影響は小さい可能性が示唆された。反対に、クレンブテロール摂取によるミトコンドリアの減少には、PGC-1αの低下とRIP140の増加の両方が関わっている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

高強度運動はこれまで酸素を使わないで遂行される無酸素運動であるとみなされ、それを繰り返す高強度トレーニングは酸素を使わない運動を繰り返すことから、酸素を使わないATP 産生能力が上がるとされてきた。しかし実際にはどんな強度の高い運動でも、酸素を使わない無酸素運動はあり得ず、実際には有酸素運動と表現するのが妥当であることが明らかになってきている。さらに高強度運動で多くの酸素を使うことから、これを繰り返す高強度トレーニングでは、酸素を摂取して使う能力が上がることが多く報告されている。酸素を使う能力とは呼吸循環能力だけではなく、骨格筋での酸素利用能力でもある。そこで骨格筋でも高強度トレーニングによって適応が起こり、その最も重要な結果は、筋肉でのミトコンドリアが増えることである。

本論文では、高強度トレーニングに注目し、そのトレーニング効果でも、骨格筋のミトコンドリア量や機能の変化、及びエネルギー代謝の変化に注目している。さらに高強度トレーニングとは逆の適応がどのように起こるのかという観点から、骨格筋の速筋化を起こす作用のあるクレンブテロールの投与も行った。

まず第1章で、高強度トレーニングとミトコンドリアを中心とする骨格筋の適応について先行研究から論じた。第2章ではマウスに対して、高強度トレーニングを比較的長い休憩を時間の高強度運動を繰り返す、レペティショントレーニングの形で行った。その結果、乳酸トランスポーターの増加を始めとする乳酸代謝能力の向上だけではなく、ミトコンドリアの酵素活性が上昇することが認められた。ただしこの研究ではマウスを用いていることから、筋量が分析に不足することで、実際に骨格筋でのエネルギー代謝を測定することができないことが問題として上げられる。

そこで次に第3章ではラットを用いて、高強度トレーニングの効果について、さらに詳細に検討した。その結果、インターバル形式の高強度トレーニングで、まず糖と乳酸の利用に関する因子の向上が認められた。さらに脂肪酸の酸化に関係するミトコンドリア酵素や、トランスポーターの増加が認められた。さらに骨格筋での脂肪酸酸化量が増加していた。またミトコンドリアあたりのエネルギー代謝を検討したところ、脂肪酸の酸化量が増加していた。さらに近年ミトコンドリアの増殖因子とされて注目されているPGC-1αも増加していた。しかしミトコンドリアの増殖に対する抑制因子と考えられているRIP140には、変化は認められなかった。そこでこの高強度トレーニングでは、PGC-1αを介したシグナル経路で、ミトコンドリアが増えるだけではなく、ミトコンドリア自体の機能が向上していると考えられた。さらに糖の利用能力が高まっただけではなく、脂肪酸の利用能力が高まったことは、興味深い新たな知見である。

続いて第4章では、少し実験の観点を変えて、ミトコンドリアを増やす適応を起こす反応について検討することを、逆にミトコンドリアが減るような適応を起こすことから検討する目的で、ラットに対してクレンブテロールの投与の実験を行った。クレンブテロールは、骨格筋の速筋線維を肥大化させるような効果をもたらし、競技選手の禁止薬物にもなっている試薬である。ラットに対するクレンブテロールの3 週間の投与は、骨格筋のタイプIIB 線維を増やし、ミトコンドリアの酵素活性、またミトコンドリアの機能を低下させ、脂肪の酸化も低下させた。そしてPGC-1αは低下し、RIP140は増加した。したがって速筋線維化するような条件では、ミトコンドリアの量や機能が低下するが、その際にはPGC-1αとRIP140のシグナル経路がどちらも関係していることが示唆された。

以上から高強度トレーニングはミトコンドリアを増やすような適応を起こすが、ミトコンドリアのタンパク質量だけでなく機能も高めること、またそのミトコンドリアの増加は、糖代謝だけでなく脂質代謝も高進させることが示された。一方ミトコンドリアの増加にはPGC-1αを介したシグナル経路が関係しているが、ミトコンドリアの抑制因子であるRIP140はミトコンドリアの低下には関係している可能性が高いが、高強度トレーニングによるミトコンドリアの増加にはあまり関係していないことが示された。

審査会では、論文全体としては興味深い点が多く、特にミトコンドリアが高強度トレーニングで増えること、またそれに伴って脂質代謝能力が高進するという結果には、学術的な価値が高いと認められると判定された。ただし細部については、いくつかの点が指摘された。まずクレンブテロールの研究が、他の2つの研究とどうつながるのかについてもう少しわかるようにする。ミトコンドリアの単離は容易ではなく、単離が不十分で細胞質の成分が混ざっていた結果である危険性があるので、それを証明するような記述が必要である。脂質代謝が高強度トレーニングで高まることは興味深いが、そのメカニズムについてもう少し考察すること。回転ケージ運動の詳細についてもう少し記述すること。高強度運動時にどんなエネルギー代謝が働いているのか考察をもう少し加えること。これらの点が指摘され、こうした点を修正し考慮し、審査委員全員一致で博士(学術)の学位を与えるにふさわしいと結論した。

UTokyo Repositoryリンク