学位論文要旨



No 126643
著者(漢字) 國分,直明
著者(英字)
著者(カナ) コクブン,ナオアキ
標題(和) 自然な相互作用による論理量子ビットの駆動法
標題(洋)
報告番号 126643
報告番号 甲26643
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1060号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,明
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 国場,敦夫
 東京大学 准教授 福島,孝治
内容要旨 要旨を表示する

量子系の時間発展は環境との相互作用がノイズとなり容易に乱れてしまう(デコヒーレンス)。量子系の本来の時間発展を維持することは、量子系の本来の性質を調べる基礎研究に役立つだけでなく、応用上も、例えば量子計算機で有意義な結果を得るために必要なことなので、非常に重要である。デコヒーレンスを防ぐ手法はいくつかあるが、本研究では任意のエラーに対応できるという汎用性を持つ量子誤り訂正に着目した。

量子系の時間発展に量子誤り訂正を適用するのは簡単ではない。このことを説明するために、例えば2 準位系(量子ビット)のラビ振動に量子誤り訂正を適用する。ラビ振動に量子誤り訂正を適用するとは、単一の量子ビットの時間発展であるラビ振動cos(!t)j0i + i sin(!t)j1iを、複数の量子ビット系の特別な2 次元部分空間(コード空間) 内の時間発展cos(!t)j0Li + i sin(!t)j1Liで再現することである。任意のエラーに対応できるコード空間は、例えば29 次元ヒルベルト空間の中ので張られる2 次元部分空間である。9 量子ビット系の状態をコード空間内に留めつつ、さらにラビ振動を再現するのは容易ではない。

この困難に対して、従来の方法は計算機理論に端を発していることもあり、コード空間内の時間発展を万能量子ゲートと呼ばれる代表的なユニタリー変換の組み合わせで実現する。その際、必要な時にゲートをオンにして、邪魔になった時にゲートをオフにできると仮定される。万能量子ゲートには2つの量子ビットに対するユニタリー変換も存在するので、ゲートのオンオフは相互作用のオンオフを意味する。そのため、従来の方法は相互作用のオンオフが容易である物理系を量子ビットとする場合に適している。例えば、光子の左右の偏光を量子ビットとする系では、放っておけば相互作用がオフになり、非線形光学効果を起こす物質を置けば相互作用がオンになる。ただし、相互作用をオンオフできる物理系で1つ1つのゲートを精度良く実行するのは難しく、ゲートを多数回実行しようとすると、さらに困難になる。量子ビット系の状態をコード空間に維持するためには多数のゲートを実行する必要があり、さらにコード空間内で状態変化させるには非常に多数のゲートが必要になる。

そこで、本研究では相互作用をオンオフしない方法を考える。そのために、近くに配置された量子ビット同士に自然に相互作用が発生する物理系を量子ビットとし、その相互作用が常にオンである状況で、量子系の状態をコード空間に維持するための時間発展と、コード空間内で状態変化させる時間発展の両方を実現することを目指した。用いる相互作用は可能な限り物理的で自然なものを考え、量子ビットを配置しただけで目的の時間発展が駆動されることを目指した。

この方法では近くの量子ビット同士の相互作用が常にオンになっているので、好きな時にオフにできる従来の方法には無かった問題に対処する必要があった。対処した問題の1つ目は、単純なエラー訂正では時間発展を乱すので、特定の手順に従ってエラー訂正する必要がある点。この点について、ノイズのモデルを設定して、具体的に量子誤り訂正を実行しながらのハミルトニアン時間発展を計算して、手順の詳細について解析した。対処した問題の2つ目は、時間発展を止めることができない点。従来の方法では、例えばコード空間に状態を維持するためのゲート操作中は、コード空間内で状態変化させるゲート操作を止めておける。常にオンにしている本研究では、この2種類の時間発展を同時に駆動する必要があるので、一方の時間発展が他方の時間発展に悪影響を及ぼしていないかを慎重に検討し、一部で特殊なエラー訂正を行えば影響はないことを明らかにした。それ以外にも、目的の相互作用を生じるための配置にどの程度の自由度があるのかを明らかにし、この方法による量子誤り訂正の適用の実現性を向上させた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなり、第1章は序論、第2章は量子誤り訂正の概説とそれを利用した時間発展についての議論、第3章は論理ラビ振動の新しい駆動法について、第4章は新しい駆動法に適した訂正操作について、第5章はハミルトニアンの自由度について、第6章は本論文のまとめ、をそれぞれ論じている。

量子系を、擾乱(ノイズ)から守り、本来の時間発展(ハミルトニアンによるユニタリー発展)をさせることは、純粋物理学としても量子情報処理などの応用上も、ともに重要であり、多くの興味を集めている。擾乱から守るための手法は様々なものが提案されてきたが、中でも、量子エラー訂正が、どんな擾乱の影響も低減できることから、最も優れていると思われる。しかしながら、量子系の時間発展を守るという用途に量子エラー訂正を利用しようとすると、物理的に様々な障害があり、その実現は著しく困難であった。従来の理論は、任意のqubits間に、任意の相互作用を、正確な大きさで、時間的にも正確にON/OFFできることなどを仮定した形式論であり、これらの物理的な障害や困難には目を背けていた。

本論文は、量子ドットなどの実在の物理系の間の、物理的に自然な相互作用を利用し、そのON/OFFもせずに、量子系の時間発展を量子エラー訂正により守ることができるという、全く新しい方法を提案し、その有効性を理論的に証明したものである。具体的には、量子系の時間発展の典型例としてラビ振動をとりあげ、それを擾乱(ノイズ)から守る手法を以下のように提案した。

量子ドットなどの2準位系(qubit)を9個用意し、それを、中央に三角形ができるように配置する。すると、この9個のqubitsが、自然に、量子エラー訂正のcodeのひとつであるShor codeにおける論理qubitを成し、その論理qubitが、ラビ振動を始める。これを論理ラビ振動と名付けた。ただし、このような配置では、望まない相互作用も生じるのが自然なので、その影響を考慮すると、この系の量子状態が論理ラビ振動に一致するのは、離散的な時刻だけになる。これを離散論理ラビ振動と名付けた。この離散時刻の間隔は非常に短いので、実質的に論理ラビ振動を実現できていると言って良い。この量子系を測定するときには、連続測定ではユニタリー時間発展が妨げられるので、離散的な時刻に測定することになる。だから、十分に短い時間間隔で本来の時間発展が実現されていれば十分なのである。

ただし、望まない相互作用の影響はこれだけには留まらず、通常の量子エラー訂正が、そのままでは使えないという問題も引き起こす。なぜなら、それらの相互作用により、上記の離散時刻以外の時間には、量子系の状態が、code空間の外に出てしまうからである。そこで、この問題を解決するために、量子エラー訂正の特別な処方箋を提案した。

さらに、量子エラー訂正を行うための装置についても、物理的に自然な相互作用を利用し、そのON/OFFもせずに、実現する方法を提案した。それは、上記の9個のqubitsに加えて、いくつかの補助qubitsを配置し、それらの間に生じる自然な相互作用を利用する、という方法である。そして、自然に生じる全ての相互作用が、望まない相互作用も含めて存在し、なおかつ外部からの擾乱(ノイズ)が間断なく加わる、という厳しい条件の下で、全体がきちんと動作し、高い確率で離散論理ラビ振動を守れることを、精密に論証した。

そして、これらの多数のqubitsの相互の位置関係や、補助qubitsを測定したり操作したりする時刻が少しぐらい設計とはずれても、やはり高い精度で離散論理ラビ振動を守れることも、精密に論証した。

以上のように、本論文は量子系の時間発展を量子エラー訂正により守るための全く新しい方法を提案し、その有効性を理論的に証明したものであり、量子物理学の進展に重要な寄与をした論文であると認められる。

なお、本論文は、清水明氏との共同研究であるが、論文提出者が主体になって分析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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