学位論文要旨



No 126655
著者(漢字) 橋,一暢
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,カズノブ
標題(和) 大腸菌シャペロニンの構造機能解析
標題(洋) Structural and Functional Analysis of the Escherichia coli Chaperonin
報告番号 126655
報告番号 甲26655
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5600号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 北尾,彰朗
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 川戸,佳
 東京大学 教授 樋口,秀男
 東京大学 教授 陶山,明
内容要旨 要旨を表示する

大腸菌のシャペロニンGroELは、分子量57 kDaの単量体が7つ並んで形成されたリングが2つ背中合わせに重なった二重リング構造をしている蛋白質超分子複合体である。GroELはATPを利用してコシャペロニンGroESと共に蛋白質のフォールディングを介助する。これまで、GroELに関して生化学的、物理化学的研究が数多くなされてきた。しかしながら、GroELの機能発現の詳細な分子機構は未だ明らかとなっていない。本研究ではGroEL-GroES複合体の構造をX線小角散乱(SAXS)で調べるとともに、GroELのアロステリック転移にとって重要であるATPの結合をストップトフロー法と光親和性標識を用いて調べた。

GroELはGroESと複合体を形成することにより完全な機能を発揮することができる。しかしながら、生体内において、GroELとGroESが1:1で結合した弾丸型複合体とGroELとGroESが1:2で結合したフットボール型複合体のどちらが形成されているのかについて、これまでに多くの議論がなされてきた。X線小角散乱(SAXS)は生理的条件下にある水溶液中の蛋白質の立体構造を直接測定できる方法である。本研究では、SAXSを用いて、基質蛋白質の存在下におけるGroEL-GroES複合体の構造を調べた。様々なヌクレオチドの存在下におけるGroEL-GroES複合体の散乱パターンを解析し、形成された複合体の構造を表すパラメータである慣性半径(Rg)、分子内最大距離(Dmax)、重量平均分子量(Mw)を求めた。得られたパラメータからGroEL-GroES複合体の構造形成に関して以下の結論を得た:(i)ヌクレオチドが存在しない条件では、複合体は形成されない(ii)ATPとADPが存在する条件([ADP]/[ATP]=0.2~0.6)では、弾丸型複合体が形成される。(iii)ATPとBeFxが存在する条件ではフットボール型複合体が形成される。これらの結果は生体内では弾丸型複合体が形成されることを示している。

GroELはATP結合にともなって協同的なアロステリック転移を示す。GroELのアロステリック転移にはリング内の協同性とリング間の協同性が存在すると考えられている。リング内の協同性を調べるために、GroELの単一リング変異体(SR1)のトリプトファン導入変異体(Y485W-SR1)を用いて、アロステリック転移を速度論的に解析した。蛍光ストップトフロー法により、ATPとY485W-SR1を混合したときの蛍光変化を調べたところ、アロステリック転移の速度定数のATP濃度依存性は、先行研究で示されていたような単純なシグモイドで表されないことが明らかとなった。そこで、この複雑なシグモイドは、ATP結合部位が複数存在することに起因するという仮説を立てた。この仮説を確認するために、ATP結合の阻害剤として働くADPの存在下で、ATPによるY485W-SR1のアロステリック転移を調べた。その結果、ADP濃度が増えていくにしたがってアロステリック転移の速度定数は減少し、ADP濃度が400 uMではアロステリック転移の速度定数はATP濃度に対して1つのシグモイドを示した。この結果は、第2のヌクレオチド結合部位が存在し、ADPの濃度が100uMより大きなときには、ADPがそのヌクレオチド結合部位に結合しているということを示唆している。この推定された第2のヌクレオチド結合部位の存在とアミノ酸配列上の位置を特定するために、同一条件下でADPの代わりに8N3-ADPを用いて、Y485W-SR1とSR1のアミノ酸残基を光親和性標識した。標識したY485W-SR1及びSR1をプロテアーゼArg-Cで加水分解後HPLC分析し、ポリリン酸基と選択的に結合する蛍光性亜鉛錯体を用いて、標識されたペプチド断片を単離することができた。そのペプチド断片のアミノ酸配列分析により、Y485W-SR1とSR1のいずれもTyr360がラベルされていることが明らかになった。また、アロステリック転移のATP濃度依存性からATPの濃度が800 uMのときには、第2のヌクレオチド結合部位にATPが結合していることが予想された。そこで、この条件下でATPの代わりに8N3-ATPを用いて、SR1のアミノ酸残基を光親和性標識した。その結果、先と同様にTyr360がラベルされていることが明らかになった。これらの結果は、GroELのサブユニット内にはこれまで知られているヌクレオチド結合部位の他に、第2のヌクレオチド結合部位が存在し、その位置はTyr360の近くであることを示している。

以上より、生理的条件下においてGroELとGroESは弾丸型複合体を形成することが明らかとなるとともに、第2のヌクレオチド結合部位がTyr360の付近に存在することが明らかとなった。これらはGroELの機能発現機構を理解するうえで重要な結果である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる。第1章は序論であり、蛋白質のフォールディングと分子シャペロン、特に大腸菌のシャペロニンGroELとコシャペロニンGroESに関して、これまで明らかになっている立体構造、機能発現の仕組み、アロステリック転移について述べられている。

第2章は、実験に用いた試料に関して、詳しい説明が述べられている。

第3章は、基質タンパク質存在下におけるGroEL-GroES複合体の構造についての研究成果が述べられている。ここではX線小角散乱を用いて、生理的活性条件下において基質蛋白質存在下でのGroEL-GroES複合体の構造を明らかにしている。具体的にはヌクレオチド存在下、ATPとADPが存在する条件、およびATPとBeFxが存在する条件でX線の散乱パターンを解析し、慣性半径・分子内最大距離・重量平均分子量を決定することでどのような形状の複合体が形成されるかを解析した。この結果、ヌクレオチド存在下では複合体が形成されないこと、ATPとADPが存在する条件では弾丸型複合体が形成されること、およびATPとBeFxが存在する条件でフットボール型複合体が形成されることが解明された。既存の研究と比較して、これまであいまいだった生理的条件下でのGroEL-GroESの形状を明らかにした点が新しく、反応サイクルを解明するための重要な情報を与えた研究として意義がある。

第4章は、GroELの新規ヌクレオチド結合部位の探索について述べられている。GroELはATPの結合に伴ってアロステリック転移を起こすが、アロステリック転移の速度定数のATP濃度依存性は、単純なシグモイドでは表せない複雑なものであることが明らかになった。このことから申請者は、ATP結合部位が複数あるとの仮説を立て、これを下記のように立証した。具体的には、まずADPの濃度が高い時にADPが第2のヌクレオチド結合部位に結合していることが示唆された。この結合部位が立体構造上どこにあるのか明らかにするためにADPの代わりに8N3-ADPを用い、GroELのどの部位にADPが結合するかを同定した。この結果、Typ360の付近が結合部位であることが示された。この結果はGroELにこれまで知られていなかった第2のヌクレオチド結合部位があることを示したものとして新しく、されにその位置をほぼ特定したものとして意義がある。

なお、本論文第3章は、伊野部智由、槙亙介、榎佐和子、鎌形清人、廉岡昭雄、新井宗仁、桑島邦博との共同研究であり、第4章は桑島邦博との共同研究であるが、それぞれ論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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