学位論文要旨



No 126656
著者(漢字) 中尾,太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,タロウ
標題(和) 質量数100近傍での中性子過剰核の核異性体探索
標題(洋) Search for isomeric states in neutron-rich nuclei with mass numbers around 100.
報告番号 126656
報告番号 甲26656
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5601号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 後藤,彰
 高エネルギー加速器研究機構 准教授 鄭,淳讃
 東京大学 講師 平野,哲文
 東京大学 講師 小沢,恭一郎
内容要旨 要旨を表示する

中性子過剰不安定核の不安定核ビームを用いた研究は、原子番号が20程度までの比較的軽い核については、効率的な不安定核ビーム生成手法が知られるようになってから系統的に研究が行われてきた。中性子ハローや魔法数8,20の破れの発見などは、その典型であるといえる。しかしながら質量数が100にもおよぶ領域においては不安定核ビームの生成の困難も手伝い、あまり行われてこなかった。

質量数が100にもおよぶ領域の不安定核の研究は、伝統的に核分裂反応を川いることで行われてきた。核分裂反応は、容易に起こすことが出来る自発核分裂反応や熱中性子捕獲反応を用いた場合には、質量数99や質量数140程度の中性子過剰核の生成に有利である反面質量数が120程度の領域の核種は極端に生成されにくいという難点がある。これは殻効果によるものと考えられており、高い励起状態からの核分裂により克服できることが知られている。高速中性子を打ち込む、高速陽子を打ち込むなど高い励起状態の作り方は多く知られているが、ウランのような重たい核を一次ビームとして用い、標的に入射することで高い励起状態を生成し、幅広い質量数の不安定核を生成する飛行核分裂反応による不安定核ビーム生成が注目を集めた。

本論文では理化学研究所加速器施設内に新たに建設されたRIビームファクトリーをもちいて行われた、質量数100近傍の中性子過剰核の核異性体探索実験の結果を報告する。RIビームファクトリーは理化学研究所に建設が進められている次世代の加速器施設であり、核子あたり345MeVに加速した238Uの飛行核分裂反応により質量数60~160程度という広範な領域の中性子過剰不安定核ビームを効率よく生成分離することが出来る。

本研究が対象とした質量数100近傍の中性子過剰領域は、さまざまな特異現象が報告、または予測されている領域である。たとえば当該領域における中性子数60の変形魔法数がある。質量数100近傍中性子過剰核同位体を中性子数の増加に従い系統的に眺めていくと、原子番号が38~42付近で、どの同位体においても中性子数60を境に核の基底状態が球形から急激に形状を変化させているように見える。この現象が発見されたのは古く、端緒ともいうべき現象の発見に限れば1965年までさかのぼる。その後、多くの実験的、理論的研究が進められ、1980年代初頭には原子番号38のSr同位体において、98Srおよび100Srの回転励起準位の詳細な構造が報告されるに至った。しかしながら、中性子過剰核生成分離能力の限界などにより、その後の進展は遅かった。本研究以前では、中性子数60同調体において、原子番号37の97Rbの励起準位は報告されていない。他にも当該領域は低エネルギー侵入準位の存在や三軸非対称変形の示唆など、核構造について特徴的な現象が確認、もしくは示唆されている。しかしながら、当該領域におけるy分光のデータは、豊富に得られているとは決して言えない。

本研究の口的は質最数100近傍の中性子過剰領域において、核異性体を網羅的に探索することである。探索には遅発y分光の手法を用い、よって同時に核分光のデータを取得出来る。核異性体を用いた遅発y分光の手法は、一次標的で核異性体として生成したビームを実験室まで直接導入し分光を行うため、二次標的を用いる実験にくらべて反応断面積の影響を受けず、ビーム強度の弱い核に対しても分光が可能であるという利点がある。目標とした半減期の領域は100ナノ秒程度以上、数十マイクロ秒程度以下までである。マイクロ秒の半減期の核異性体を用いる研究は、β一y分光などのように崩壊を長時間待っ必要が無いため、広範な領域の核種をふくんだ高いレートのビームを用いて、網羅的に領域についての知見を得ることに適してると期待できる。

核異性体分光は実験的な優位が存在するだけではない。それ自体が変形状態への強い示唆を与える低励起侵入準位は核異性体を作りやすく、パリティの異なる準位が低励起状態に侵入すればまた、E1などの核異性体を形成しやすい。変形領域の原子核には励起状態の中に周辺の準位と大きく変形度が異なる状態が混入することがあり、変形度の違いはまた核異性体を誘起する。このように核異性体は通常の励起状態とは性質を異にする状態であり、それ自身が核構造への示唆に富む。

実験の結果観測された核異性体は、以下のとおりである。既知の核異性体として、54Sc、59Ti、60V、76Ni、75Cu、78Zn、92Br、95Kr、98Rb、117Ru、121Pd、124Ag、125Ag、128Cd、130Cd、1291n、1301n、1311n、130Sn、131Sn、132Sn、134Sn、136Sbの23種を確認し、加えて新たに92Se、93Se、95Br、94Br、95Br、97Rb、108Zr、108Nb、113Tc、119Ru、120Rh、122Rhの12種の核異性体の存在を確認した。

実験の結果観測された核異性体は、以下のとおりである。既知の核異性体として、54Sc、59Ti、60V、76Ni、75Cu、78Zn、92Br、95Kr、98Rb、117Ru、121Pd、124Ag、125Ag、128Cd、130Cd、129In、130In、131In、130Sn、131Sn、132Sn、134Sn、136Sbの23種を確認し、加えて新たに92Se、93Se、95Br、94Br、95Br、97Rb、108Zr、108Nb、113Tc、119Ru、120Rh、122Rhの12種の核異性体の存在を確認した。

既知の核異性体の中にも.本研究においてより詳しい情報が得られたものも存在する。59Tiは、以前に報告されていた値よりも正確な遷移エネルギーとして108.5(1)keVを決定した。98Rbは、より正確な半減期として380(18)nsを得た。92Brについては、88(3)n8と半減期を決定することに初めて成功し、またyーy相関についての情報を新たに得ることに成功したが、、同時に遷移強度の解析から、複雑な構造を持つ可能性が示唆されると指摘した。

117Ru、125Agについては、新たなy遷移のピークを確認した。これらの遷移は、それぞれの核の異性体構造の理解の上で、本質的な役割を果たしていると解釈することが出来た。125Agにおいて新たに得られた102.8(2)keVの遷移は、放出強度の解析からE2遷移が支配的であるとの結果を得た。

117Ruは、三軸非対称変形が起きていると予測されている領域に含まれる。117Ruでは、新たに得られた57.2(2)keV、82.1(1)keV、102.5(1)keV、127,0(2)keVの4本の遷移、およびyーy相関の解析から、核異性体状態に関与する励起準位の構造をほぼ決定した。周辺核との系統性、およびNilsson模型との比較により、El遷移による核異性体と仮定した場合の励起準位のスピンパリティを推定した。117Ruの周辺では、119Ruが新たに核異性体として観測された。119Ruにおけるyーy相関の解析、および放出強度の解析から、119RuがE1遷移により作られる異性体であると決定し、Nilsson模型との比較によりスピンパリティを推定した。その結果、119Ruの基底状態がOblate変形していると解釈することが自然であるという結果を得た。Ru同位体は、117Ruよりも軽い中性子過剰領域においては、分光データが得られている114Ruまでの範囲では周辺核同様基底状態がProlateであると考えられているため、本研究における117Ruおよび119Ruの核異性体の解析から、Ru同位体が中性子過剰領域において、基底状態がProlateからOblateに変化する形状相転移が見られている可能性が示唆された。

同様に三軸非対称変形領域と予測される108Zrについても、新たな核異性体の存在が確認された。γ一y相関、および放出強度の解析などから、回転励起準位と思われる構造を見いだし、周辺核との比較を行うことで、108Zrの基底状態が、104Zrの比べて変形度が小さい可能性を指摘した。108Zrは他にも強度の弱いピークが複数本確認されていたが、統計量が足りず構造を決定するには至らなかった。三軸非対称変形をした核はyバンドの2+状態のエネルギーを下げる事で知られる。108Zrが周辺領域に対する理論予測に従い三軸非対称変形を起こしているのであれば、本研究で観測された統計量の少ないピークの中に、yバンドの励起状態に対応するピークが含まれる可能性がある。三軸非対称変形が予測される質量数llO近傍領域の偶偶核において核異性体が発見されたのは108Zrが初めてである。このことは108Zrが周辺核に比べて特異な状態を形成していることを示唆する可能性がある。質量数が110近傍の中性子過剰Zr同位体には、準粒子励起に伴うProlate-Oblate変形共存に由来する核異性体の出現が予測されていた。今回得られた108Zrがこの理論予測に従うものであるかの確認もふくめ、より統計量の多い実験は、今後の課題である。

中性子数60近傍領域においては、中性子数60同調体の97Rb、95Br、および中性子数が58および59の92Se、93Seの核異性体が新たに観測された。97Rbおよび95Brにおいては、基底状態が変形しているとする推測に矛盾しないという結論を得た。中性子数が58および59のSe同位体である92Seおよび93Seにおいては、周辺核との系統性から、基底状態が変形していないと考えれば実験データを矛盾無く説明可能であるという結果を得た。これらの結果は少なくとも中性子数60以下ではSe同位体の基底状態が変形していないことを意味し、中性子数60の変形魔法数がSe同位体においてもいまだ成り立っている可能性を示唆する。中性子数60である94Seの励起状態の観測により、変形度についての情報を得ることは今後の大きな課題である。

本研究で存在が確認されたにもかかわらず詳細な構造解析には至らなかった核もいくつか存在する。それらについて.統計最などの問題を克服し、核異性体構造の理解につなげることもまた、今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、全5章からなる。第1章は研究の動機及び目的・目標と遅発分光法による核異性体の研究法、および原子核の質量数100領域における原子核の変形の多様性と核構造の問題を述べている。第2章は実験装置・検出器および実験データの収集法について述べている。第3章では、核異性体に関するデータの解析法を詳細している。第4章は得られた核異性体に関するデータのまとめと、各原子核について得られたデータから、その核構造を議論し、原子核の構造変化を主に変形の観点から検討している。最後に論文の結論を第5章にまとめている。

第1章では、質量数100領域が原子核の変形の多様性が発現し、そのメカニズムを研究することが原子核物理における重要課題であることを論じている。この領域を実験的に研究する手段として、高エネルギーウランビームの核分裂片の核分光が有効であり、特に核異性体の崩壊過程の研究が有効であることを指摘している。

第2章では、理化学研究所に新たに建設された世界最先端のRIビームファクトリーで得られる345 MeV/uの238U ビームのクーロン核分裂で得られる質量数60- 130の広い領域の核異性体の生成法とその粒子識別法、核異性体の崩壊から放出されるガンマ線を測るためのゲルマニウム検出器系について詳細している。また、得られるデータの収集法と解析法について議論している。

第3章では、得られたデータから、各核異性体に関するデータを導出する解析法と各測定精度を議論している。一次標的で生成された高速の核異性体を分離同定し、停止後の核異性体から崩壊に伴うガンマ線を相関測定することで、核異性体を含む原子核の構造を導出する道筋を定量的に明らかにしている。

第4章では、まず広い質量領域における核異性体探査実験から新たに12核種(92Se、93Se、95Br、94Br、96Br、97Rb、108Zr、108Nb、113Tc、119Ru、120Rh、122Rh)の核異性体の存在を発見した。また、既知の6核種の異性体について新たな核構造情報を得た。

解析の結論として、119Ruの基底状態がOblate 変形していることを示唆する結果を得た。この結果は、117Ruの結果と合わせて考えると、Ru 同位体が中性子過剰領域において、基底状態がProlate からOblateに変化する形状相転移が起きている可能性を示唆していることが示された。

同様に、三軸非対称変形領域と予測される108Zrについても、新たな核異性体の存在が確認され、回転励起準位と思われる構造を見いだし、108Zrの基底状態が、104Zrに比べて変形度が小さい可能性を指摘した。このことは、108Zr が周辺核に比べて特異な状態を形成していることを示唆している。この領域で、理論的に予想されていた準粒子励起に伴うProlate-Oblate 変形共存の証拠の一端を観測した可能性がある。

さらに、中性子数60 近傍領域においては、中性子数60 同調体の97Rb、95Br、および中性子数が58 および59の92Se、93Seの核異性体が新たに観測された。97Rbおよび95Brにおいては、基底状態が変形しているとする推測に矛盾しないという結論を得た。中性子数が58 および59のSe 同位体である92Se および93Seにおいては、周辺核との系統性から、基底状態が変形していないと考えれば実験データを矛盾無く説明可能であるという結果を得た。これらの結果は少なくとも中性子数60 以下ではSe 同位体の基底状態が変形していないことを意味し、中性子数60の変形魔法数がSe 同位体においてもいまだ成り立っている可能性を示唆することが分かった。

本研究の遂行に当たり、論文提出者は、課題の提案から、実験の実施、解析まで、本人が中心となって進めてきたことは明らかである。新しい核異性体を多種発見し、その慎重な解析から質量数100領域における原子核構造変化についての重要な知見を得たことは、申請者の緻密な解析能力を示すものであり、高く評価される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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