学位論文要旨



No 126657
著者(漢字) 荒巻,陽紀
著者(英字)
著者(カナ) アラマキ,ヨウキ
標題(和) 核子対当たりの重心系エネルギー200GeV金+金衝突における方位角ごとの中性パイ中間子測定
標題(洋) Measurement of Neutral Pion with Respect to the Azimuthal Angle in Au+Au Collisions at = 200 GeV
報告番号 126657
報告番号 甲26657
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5602号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相原,博昭
 東京大学 教授 徳宿,克夫
 東京大学 講師 平野,哲文
 東京大学 教授 櫻井,博儀
 東京大学 教授 駒宮,幸男
内容要旨 要旨を表示する

米国ブルックヘブン国立研究所の衝突型の重イオン加速器(RHIC)を用いた、核子対あたりの重心系エネルギー200GeVでの金+金原子核の正面衝突において高横運動量ハドロンの収量抑制(ジェットクエンチング)が発見された。これは同重心系エネルギーの重陽子+金衝突では観測されていない現象であり、これまでに知られていた衝突初期における原子核効果(クローニン効果やshadowing効果)では説明できないことがわかった。

ジェットクエンチングとは、衝突初期に生成されたパートンが生成された媒質中を通過する際にエネルギーを損失した結果である。つまり媒質中でのエネルギー損失量を測定することで、生成された媒質の初期グルーオン密度に関する情報を得ることができる。これまでにエネルギー損失機構を記述する理論模型は様々提案されているが、詳細な機構についてはいまだ十分な理解が得られていない。予想されるエネルギー損失機構は、媒質中でのパートンのエネルギー損失過程で異なった飛行距離(path length)依存性を持つとされる。例えば媒質が静的であると仮定すると、衝突過程でのエネルギー損失量はpath lengthに単純比例し、輻射過程ではpath lengthの2乗に比例する。そのためパートンのエネルギー損失機構を究明するため、エネルギー損失量に関してパートンの媒質中を通過する飛行距離依存性に着目した研究を行った。

重イオン同士が非中心衝突する際、生成される媒質の幾何はアーモンド状になるため、衝突反応平面からの方位角ごとに放出される粒子のエネルギー損失量が異なる。そのため放出された粒子の衝突反応平面からの方位角はpath lengthと強い相関がある。粒子の方位角分布を方位角についてフーリエ展開すると、2次の係数v2が現れる。この係数は生成した媒質の方位角異方性の強さを表す。RHICにおいて発見された方位角異方性は低横運動量領域で流体計算により良く再現される。その結果から、生成された媒質は非常に小さな粘性を持った流体であり、生成した媒質は強結合物質であることが示唆される。これはRHICで発見されたジェットクエンチングと同様に重要な結果の1つである。

高横運動量ハドロンの方位角異方性は、低横運動量領域で支配的と考えられる流体的な振る舞い(フロー効果)が小さく、媒質の幾何形状に関する情報を持つと考えられる。そのため本研究では高運動量領域でのハドロンの方位角異方性の測定を行い、その方位角異方性を反映した方位角ごとの中性π中間子の収量抑制量の測定を行った。以下、本論文の構成についての説明である。

第1章に本研究の背景であるクォーク・グルーオンプラズマ(QGP)と本論文構成の概要を記載した。量子色力学(QCD)に基づく理論計算からエネルギー密度で1 GeV/fm3、温度にして150~200 MeV以上の環境下においてクォークは閉じ込めから解放され、生成された媒質はクォークグルーオンプラズマ(QGP)へと転移するとされる。高温高密度状態は宇宙初期にて実現されると予想され、地球上で高エネルギー重イオン衝突はそのような極限状態を実現する唯一の手段である。

第2章にはプローブに用いた強く散乱したパートンについて記述した。QGPに関する研究を行う上で有効な観測量の1つに衝突初期で生成されるパートンが挙げられる。このパートンは衝突初期に生成される粒子であり、媒質中を通過してハドロンへと破砕化する。そのため、パートンから生成されたハドロンを観測することから、生成された媒質のグルーオン密度を知ることができる。また素過程は摂動的QCD(pQCD)で計算することが可能であるため、その素過程については素性のわかっているプローブと言える。また第2章ではパートンをプローブに用いた高エネルギー重イオン衝突に関する過去の実験結果、および国ブルックヘブン国立研究所にある相対論的重イオン加速器(RHIC)における初期の結果を記載した。

第3章はRHICおよびPHENIX実験のセットアップについて記した。データ解析で主要な検出器に関して記述した。

第4章は解析に用いた2007年に取得した核子対あたりの重心エネルギー200 GeVの金+金原子核衝突データの情報について記した。

第5章は中性π中間子のデータ解析について記した。中性π中間子の収量、および方位角異方性の測定方法および系統誤差を記載した。

第6章はデータ解析から得られた中性π中間子の結果をまとめた。ここでジェットクエンチング(収量抑制)と方位角異方性の測定を行い、これらから導出した方位角ごとのエネルギー損失量の結果を記載した。図1は中心衝突度ごとの中性π中間子の衝突反応平面からの方位角ごとの収量抑制量RAAの横運動量依存性を示している。中心衝突度が0-10%である場合、重イオン同士が正面衝突している事象であることを表し、周辺衝突になるに従い、中心衝突度の値は大きい。図1から収量抑制量の方位角依存性がはっきりとわかる。RAA=1の上にある灰色の帯はRAA (pT)の系統誤差であり、図1中の右端にある水色の帯はグラウバー計算から算出した核子+核子の非弾性衝突回数の系統誤差を表す。この図には方位角ごとのRAAの系統誤差は記載されていない。

第7章では第6章で得られた方位角ごとのエネルギー損失量の結果を用いて、いくつかのパートンエネルギー損失機構を記述する理論計算とデータとの比較結果を記した。データとの比較に用いた全ての理論計算は、高エネルギー重イオン衝突で生成される媒質の時空発展をよく再現する(3+1)次元流体計算にエネルギー損失機構を組み込んだものである。

図2は本論文から抜粋した摂動的QCDに基づいたエネルギー損失模型と図1に示した中心衝突度20-30%の短軸方向と長軸方向だけを選択したデータとの比較を示す。測定結果との比較から、RHICの金+金原子核衝突で観測された中性π中間子の収量抑制は、現在提案されているどの摂動的QCD計算においても方位角依存性を再現することができない。

第8章は本研究のまとめである。金+金衝突における方位角ごとの中性π中間子のエネルギー損失量測定により、現在提案されている摂動的QCD計算に基づくエネルギー損失模型の見直しが必要であることを明らかにした。これは強結合系におけるエネルギー損失機構の新たな構築の必要性を示唆する。

図1.中心衝突度ごとのπ0R(AA)(△φ)の横運動量依存性

図2.中心衝突度20-30%での短軸と長軸方向のπ0R(AA)(△φ)の横運動量依存性(点線と実線はそれぞれ短軸、長軸方向の摂動的QCD計算(ASW)による予想曲線)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなる。第1章には本研究の背景であるクォーク・グルーオンプラズマ(QGP)と本論文構成の概要が記載され、第2章にはQGPのプローブとしての素粒子パートンの役割と高エネルギー重イオン衝突に関する過去の実験結果、および米国ブルックヘブン国立研究所の相対論的重イオン加速器(RHIC)における初期の結果が記載されている。第3章は加速器RHICおよびPHENIX実験の装置とデータ解析について、特に、本論文に重要な役割を果たす部分を中心に述べられている。第4章には本論文の解析に用いた2007年に取得した核子対あたりの重心エネルギー200 GeVの金・金原子核衝突データが、そして、第5章に中性パイ中間子のデータ解析、すなわち本論文の主題である、中性パイ中間子の収量、および方位角異方性の測定方法および系統誤差が記載されている。第6章は第5章での解析で得られた測定値のまとめであり、第7章でパートンエネルギー損失機構を記述する理論計算と測定結果との比較を記してある。第8章は本研究の全体のまとめである。本研究で得られた金・金衝突における方位角ごとの中性パイ中間子の収量抑制量が、摂動QCD計算を仮定したエネルギー損失模型では説明できないことを指摘し、強結合のエネルギー損失機構導入の必要性を示唆している。

本論文は、申請者が国際共同実験PHENIXのメンバーとして行った共同研究であるが、重イオン衝突反応における中性パイ中間子生成に着目し、独創的かつ学術的意義の高い結果を導いた申請者の寄与を高く評価する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク