学位論文要旨



No 126659
著者(漢字) 小西,功記
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,コウキ
標題(和) 可視観測によるIa型超新星と母銀河の諸性質
標題(洋) Optical Properties of Type Ia Supernovae and their Host Galaxies
報告番号 126659
報告番号 甲26659
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5604号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山崎,典子
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 准教授 森山,茂栄
 東京大学 准教授 梅田,秀之
 東京大学 准教授 嶋作,一大
内容要旨 要旨を表示する

現在最も支持されている宇宙モデルは暗黒エネルギーが支配する加速膨張宇宙であり、Ia 型超新星を標準光源として用いた測定によって初めて観測的に提示された。この宇宙モデルは、宇宙背景放射、銀河分布、重力レンズの観測から相補的に検証されているが、Ia 型超新星はあらゆる距離で観測されることから、宇宙膨張史を追跡できる利点がある。一方、超新星爆発の研究によればIa 型超新星の性質には多様性があることが指摘されており、最大光度が赤方偏移の関数であれば、宇宙論パラメータはそれを加味して再決定されなければならない。それゆえ、Ia 型超新星の性質を観測によって明らかにすることが重要である。

本研究の動機は、Ia 型超新星の多様性を観測的に明らかにすることによって、宇宙論パラメータ決定の精密化を目指すとともに、超新星爆発の物理模型を検証することである。

これまでIa 型超新星は中口径(.4m) 望遠鏡やアマチュア天文学者によって精力的に探索が行われてきたにもかかわらず、ほとんど探査されなかった赤方偏移領域が存在した。スローン・ディジタル・スカイ・サーベイ第二期(SDSS-II)の超新星探査はこの中遠方赤方偏移領域(0:05 < z < 0:4)に照準を合わせた観測を行って可視多色光度曲線を取得した。さらに世界中の望遠鏡がSDSS-IIで発見された超新星のスペクトルを取得した。私はすばる望遠鏡を用いた分光追観測を推進し、データ取得を行った。観測されたスペクトルデータは超新星と母銀河が重なったスペクトルであるため、超新星成分の抽出が必要不可欠である。私は2 次元スペクトルを用いて各波長での空間プロファイルをガウス関数でトレースするという独自に開発したコードを用いて、超新星スペクトルの抽出を行った(博士論文2章)。本博士論文では、これらの解析に加え、SDSS-II が取得した光度曲線とSDSS-Iで取得された母銀河スペクトルの解析、近傍Ia 型超新星の公開分光・測光データの解析を行った。また、遠方Ia 型超新星の測定結果を併せることによって、Ia 型超新星の性質とその原因を考察した。具体的には次の3 点である。

中遠方赤方偏移におけるIa 型超新星の線プロファイル(博士論文3章)

Ia 型超新星の内部構造は、最外層に超新星親星起源の元素、その内側にカルシウム、珪素、硫黄などの中間質量元素、最内殻部に鉄やニッケルが分布していることが知られている。この階層構造は超新星のフェイズに伴うスペクトル吸収線のプロファイルに反映され、線速度と等価幅によって記述される。このため、これらの測定量を各赤方偏移で比較することによって、超新星内部構造の差異に迫ることが可能になる。本研究で私は中遠方赤方偏移に出現したIa 型超新星の静止系近紫外から可視域に見られる7種類の吸収線の線速度と等価幅を測定し、それらが超新星のフェイズとともに変化していく様子を調べた。例として硫黄の吸収線"S ii W"等価幅について図1に示す。

続いて、フェイズに伴う線速度と等価幅を補正し、Ia 型超新星の平均的な性質が赤方偏移に対して変化するかを調べた。中遠方と近傍Ia 型超新星の吸収線の速度と等価幅は、測定誤差を考慮すると有意水準5%で違いは見られなかった。この結果は、Ia 型超新星が標準光源として適切であるという描像を支持している。ただし統計的に有意でないが(有意度12%)、中遠方Ia 型超新星のマグネシウムを主成分とする吸収線"Mg ii λ 4300"の等価幅平均値は近傍に比べて約8%大きかった。等価幅の増加が合成されたマグネシウム質量に比例すると仮定すると、8%の質量増加は約0.2Z〓の親星金属量の減少に対応する(Travaglio et al. 2005)。これは近傍と中遠方銀河の平均的な金属量の差(Rodrigues et al. 2008)と同程度である。今後さらなる観測によって調べていく必要があるといえる。

V バンドフィルターでの最大光度と珪素/鉄の等価幅(博士論文4章)

Ia 型超新星の最大光度は、明るさの増光・減光スケールが緩やかな(光度曲線の幅が広い) ほど明るいことが知られている。この光度曲線幅と最大光度の関係はIa 型超新星を用いた宇宙論パラメータの決定において最大光度の分散を補正し光度を一様化するために用いられるため、各超新星について約二週間の測光観測が望ましいとされている。最大光度時付近(-3 < p < +3)の可視スペクトルに見られる珪素"Si II λ 4130"の等価幅が大きいほどB バンドフィルターでの最大光度が暗いことが近傍と遠方Ia 型超新星を用いた観測から報告され、それを用いた最大光度の分散補正が提案された(Bronder etal. 2008)。Bronder らよりもV バンド最大光度の範囲が広い本サンプルでは、ノーマル(MV < -18:5等級) な近傍Ia 型超新星は暗いほど"Si ii λ 4130"の吸収線等価幅が大きかった(図2)。スペクトルシミュレーションによれば、高温で明るい超新星はSi iiに比べてSi iii が多くなるため"Si ii λ 4130"の等価幅は小さいと考えられている(Hachinger et al. 2008)。この性質を用いて最大光度を補正すると、最大光度の分散は0.179 等級から0.140 等級まで改善された。さらに中遠方Ia 型超新星は、この珪素の吸収線等価幅と最大光度の相関に従っていた。これは最大光度付近の一回の分光観測が光度曲線幅と最大光度の関係を代用しうるというBronder らのアイデアを支持する。またV バンドで暗いIa 型超新星は鉄"Fe II λ 4800"の吸収線等価幅が大きく、中遠方Ia 型超新星はその傾向に従っていた。

Ia 型超新星の光度曲線パラメータの母銀河星形成活動とガス金属量依存性(博士論文5章)

超新星爆発で合成される放射性ニッケル56Ni がIa 型超新星光度の主要源であり、光度曲線の性質が56Ni 質量に依存していることはよく知られている。一方、近傍・遠方超新星の観測によってIa 型超新星の光度曲線の性質や56Ni 質量の母銀河の性質への依存性が近年指摘されはじめた(e.g. allagher etal. 2005, Howell et al. 2009)。本研究では同一望遠鏡で取得されたデータとして過去最大となる中遠方Ia 型超新星の光度曲線と母銀河の分光データを用いてIa 型超新星と母銀河の関連性を調べたところ、星形成がさかんな銀河には平均して光度曲線の幅が広いIa 型超新星が出現していた(図3a)。また、56Ni質量の金属量依存性は元素合成に基づく理論(Timmes et al. 2003)を支持していた(図3b)。

母銀河のHα 輝線等価幅、星形成率表面密度、金属量がハッブル残差(標準宇宙論パラメータのもとでの距離指標と、超新星の光度曲線幅と色で補正された最大光度の差)に影響を与えている可能性を調べた。金属量の大きい銀河(log10(O/H)+12> 8:9)のIa 型超新星は光度曲線の幅と色で明るさを補正すると、金属量の小さい銀河に出現した超新星より約0.13 等級明るくなった(ただし1:8σ)。これは距離決定において6%の系統誤差に相当している。

SDSS-II 超新星探査によって、これまでIa 型超新星がほとんど探査されてこなかった中遠方赤方偏移領域においてIa 型超新星の性質の統計解析が可能になった。本研究では、これら中遠方Ia 型超新星と近傍・遠方データを用いて標準光源としてのIa 型超新星の検証と、Ia 型超新星爆発の物理模型の検証を行った: (i) 中遠方Ia 型超新星の平均的なスペクトル吸収線速度と等価幅のフェイズ依存性は近傍超新星と2 シグマ以内でよく一致していた。Ia 型超新星は中遠方距離においても非常に良い標準光源であるといえる。ただし統計的に有意とはいえないものの、マグネシウムを主成分とする吸収線は赤方偏移で変化している可能性がある。(ii) ノーマルなIa 型超新星は暗いほど、最大光度付近のスペクトルに見られる珪素"Si II λ 4130"スペクトル等価幅が大きくなっていた。(iii) 星形成のさかんな銀河には平均して、光度曲線幅が広いIa 型超新星が出現していた。また、56Ni 質量の金属量依存性は元素合成理論に基づく理論を支持していた。さらに、光度曲線を補正すると金属量の大きな銀河に出現したIa 型超新星は平均的に明るくなった(ただし1.8σ)。超新星までの距離決定に系統誤差を与えているかもしれない。Ia 型超新星と母銀河のさらなる観測によってマグネシウムを主成分とする吸収線の赤方偏移に伴う変化や補正後の最大光度の金属量依存性がより明らかにされるであろう。

本研究はIa 型超新星の中遠方赤方偏移における標準光源としての適正、Ia 型超新星の光度曲線の多様性と母銀河ガスの性質との関連性を明らかにした。本論文で指摘された標準光源として利用されるIa型超新星の多様性とその母銀河環境効果は、超新星爆発の物理の解明と超新星宇宙論の精密化に貢献されるであろう。

図1: 硫黄による吸収線"S ii W"等価幅のフェイズ依存性。筆者らが観測した中遠方Ia 型超新星を赤丸、近傍超新星を黒十字で表す。黒線と2つの破線は近傍超新星の平均と±1σの領域である。中遠方Ia 型超新星と近傍Ia 型超新星の等価幅の間に有意な違いは見られない。

図2: 最大光度時付近のスペクトルに見られる珪素"Si ii λ 4130"の吸収線等価幅とV バンド最大光度。中遠方Ia 型超新星を赤丸、明るさがノーマルな近傍超新星を青丸、サブルミナスな近傍超新星を黒丸で表す。ノーマルなIa 型超新星はV バンドで暗いほど珪素"Si ii λ 4130"吸収線の等価幅が大きい。15170,99by, 98de, 98bp, 99clは特徴的な各超新星の呼称である。

図3: 母銀河ガスとIa 型超新星の性質。各々の超新星を黒点、平均値、その誤差、分散を赤丸と2種類の誤差棒、太陽の金属量(log10(O/H)+12= 8:66)を点線、Timmes ら(2003) が予測する金属量と56Ni質量の予測を青線(右図)で示す。(a) 母銀河の星形成率表面密度と超新星の光度曲線幅x1。星形成がさかんな銀河には光度曲線幅が広いIa 型超新星が出現している。(b) 母銀河の輝線比から測定された金属量と超新星爆発で合成された56Ni 質量。元素合成に基づく理論予測を支持している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなり、1章ではこの論文の目的であるIa型超新星の多様性を観測的に明らかにすることの意義とSloan Digital Sky Survey-II(SDSS-II)でによる大規模サンプルの説明、2章ですばる望遠鏡による追観測について述べられている。3章では中遠方のIa型超新星の吸収線構造とその時間変化についての観測結果、4章では吸収線構造と最大光度の関係、5章では母銀河の性質と超新星の明るさについての観測結果が示され、6章ではこれらの結果が示す超新星の多様性のまとめと、宇宙論的標準光源としての意義について議論し、7章では結論が述べられる。

Ia型超新星の最大光度は、宇宙論的距離の測定において「標準光源」とされており、加速膨張宇宙の観測的研究等で広くもちいられている。一方、超新星爆発の理論的研究からは、光度等の多様性が指摘されており、もしも最大光度が赤方偏移の関数であるならば、宇宙論パラメーター等も影響をうける。このようにIa型超新星の性質を観測的に決定することの意義は大きい。

本論文ではSDSS-IIによる無バイアスなサーベイから、中遠方(0.05<z<0.4)の超新星について、これまでで最大規模のサンプルを抽出し、可視光領域で多色光度曲線を得た。さらにすばる望遠鏡による分光追観測を行い、空間分布を用いて超新星成分の分離を行った。本博士論文では、これらSDSS-IIの測光分光テータと近傍超新星の公開テータの解析、さらに遠方Ia型超新星の測定結果との比較によって、Ia型超新星の性質とその原因を考察している。

Ia型超新星のスペクトルには、吸収構造が見られるが、これは親星および超新星により生成された元素の超新星内部での分布を反映していると考えられ、線速度と透過幅は、爆発後の経過時間によって変化していく。本論文では、多数の構造について時間変化を追い、近傍と中遠方の超新星の差違を検定した。マグネシウムによる吸収構造は、有意度12%で、遠方超新星において増加していたが、その他の吸収構造については、有意水準5%で違いは見られなかった。超新星爆発におけるマグネシウムの生成量は、親星の金属量に影響されると考えられるため、化学進化に伴う超新星の性質の変化を示唆するものかもしれない。また、Vバンドでの最大光度とシリコンによる吸収構造の等価幅との相関は、近傍では以前から知られていたが、中遠方超新星でも同じ相関に従うことが示された。これは最大光度付近の一回の分光観測で、最大光度の推定ができるというアイディアを補強する。Ia型超新星光度の主要源は、爆発の際に合成された放射性ニッケル(56Ni)が崩壊して放出するエネルギーであると考えられている。しかし、ニッケル質量のばらつきの物理的原因は完全に理解されているとは言えない。本論文では、観測された光度から、ニッケル質量を推定し、母銀河の金属量との相関を調べた。母銀河の金属量で2群に分けた場合のニッケル質量には1.8σの違いがあり、金属量が多いほどニッケル生成量が少ないという理論予測とは矛盾しない。また、この違いが真であった場合、遠方超新星の距離の推定に最大6%の系統誤差を生じ得る。

本論文による解析結果は、中遠方の超新星に関して、無バイアスかつこれまでで最大規模の可視多色光度曲線のサンプルとなっており、母銀河からの抽出なども含め、信頼性は高い。中遠方と近傍の超新星に有意な差を発見したとは言いがたいが、今後の超新星研究の基礎的なデータであり、意義は大きい。

なお、本論文は共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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