学位論文要旨



No 126661
著者(漢字) 福屋,翔太
著者(英字)
著者(カナ) フクヤ,ショウタ
標題(和) 固有ジョセフソン接合系におけるテラヘルツ波発振の理論
標題(洋) Theory on Terahertz Electromagnetic Wave Emission from Intrinsic Josephson Junctions
報告番号 126661
報告番号 甲26661
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5606号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,岳生
 東京大学 准教授 秋山,英文
 東京大学 准教授 野口,博司
 東京大学 教授 上田,正仁
 東京大学 准教授 島野,亮
内容要旨 要旨を表示する

■序論

銅酸化物高温超伝導体は超伝導層と絶縁層がab 面に垂直なc 軸方向に交互に積層した構造を持ち、ジョセフソン接合列としての性質を示すことから、固有ジョセフソン接合系と呼ばれている。固有ジョセフソン接合系の特徴は、超伝導層と絶縁層が原子スケールで積層しているため接合同士の相互作用が強く、無視出来ないことである。接合間の相互作用によってジョセフソンプラズマと呼ばれる集団励起が現れることが知られており、固有ジョセフソン接合系の興味深い現象の一つである。さらに2007年のオジューザーらによる高強度なテラヘルツ領域の電磁波発振の成功を契機に、固有ジョセフソン接合系の電磁波発振に関する研究も広がっている。この様に、強い相互作用を持つ固有ジョセフソン接合系は基礎研究の視点から興味深いだけでなく、テラヘルツ波の光源開発という応用研究の視点からも注目されている。

■一様系における発振

この様な研究背景の下、本研究では固有ジョセフソン接合系の電磁波発振に関する理論研究を行った。図1(a)は電磁波発振実験のセットアップの模式図である。メサと呼ばれる直方体状のBi2Sr2CaCu2O8+xに対して、c軸方向のバイアス電流を加えることで電磁波発振が観測されている。この実験的背景を考慮し、固有ジョセフソン接合系の現象論的模型として図1(b)の様な直方体状の一様な接合模型を考え、バイアス電流によって励起されたジョセフソンプラズマのキャビティ共鳴モードを計算した。この模型に基づく先行研究では、静的π-キンクと呼ばれる超伝導位相差のパターンによって実現される電磁波発振解が得られており、静的π-キンクが無い場合には電磁波発振を伴う解は存在しないことが指摘されていた。本研究では、π-キンク解は超伝導秩序パラメータの振幅を減少し超伝導の凝集エネルギーを減少させるためエネルギー的に不利であり、実際、エネルギーが低くより安定なπ-キンクが存在しないキャビティ共鳴モードが存在することを明らかにした。また、試料の側面から真空中に染み出す磁場のエネルギーが、キャビティモードの共鳴方向の決定に重要な役割を果たしていることも指摘した。これらの考察にもとづいて電流電圧特性、発振強度、振動電磁場のモード、発振が誘発する電圧の試料形状依存性等を解析した。図2はπ-キンクが存在しない状態の電流電圧特性と発振強度の計算結果である。図2 から、電流電圧特性に特徴的なステップが現れる領域で発振出力が大幅に増大されていることが分かる。そしてこの高強度な発振状態の発振周波数は、メサの長さの逆数に比例していることを示した。これらの解析結果から、この電磁波発振解がキャビティの効果によって励起された非線形性振動であることを明らかにした。この結果はキャビティ効果が発振出力の増大に効果的であることを示したものである。オジューザーらの実験においてもキャビティ効果によって従来の[pW] から[μW] へ発振出力を飛躍的に増大させることに成功しており、キャビティ効果が発振出力を効果的に増大させている点では一様系の解析結果は実験と一致する結果となった。しかしその一方で、解析結果の発振出力は数[mW]のオーダーとなり、オジューザーらによる実験結果実験結果の0.5[μW] よりも過大に評価した結果となった。さらに、電流電圧特性の特徴的なステップは実験では観測されていない現象である。

■非一様系における集団同期現象

一様な系の解析から得られたキャビティ共鳴モードの発振出力は数[mW]のオーダーであり、実験結果の0.5[μW]と比較して発振出力を過大に評価してしまった。この原因として、現実に存在する系の非一様性の効果を無視しているためc軸方向のコヒーレンスの実現が容易になっている可能性がある。非一様性がある場合の固有ジョセフソン接合系の先行研究は少なく、詳しく調べる必要がある。そこで本研究の後半では系に非一様性が存在する場合に、ジョセフソン縦プラズマがc軸方向のコヒーレンスに与える影響を調べた。解析から、非一様性の影響でランダムに分布していた周波数が、集団同期現象によって揃うことを見出した。図3はコンダクタンスの乱れが正規分布で分布している場合における、各接合に加わる電場の時間平均値〈Ez:l+1,l〉を示した図である。面間結合定数の増加に従って、各接合の電場がクラスターを組みながら揃っていく様子が分かる。これらの数値計算結果を下に、固有ジョセフソン接合系の模型と集団同期現象を示すことで知られている局所蔵本模型との対応関係を示した。この結果は、非一様な固有ジョセフソン接合系において集団同期現象が存在することを明らかにしたものである。さらに接合間の電場の時間相関関数から、周波数同期状態では振動の位相は系の非一様性の影響で乱されていることを示した。この結果は固有ジョセフソン接合系におい周波数同期と位相同期は同時に起こるわけではないことを明らかにしたものであり、同期の機構に関する新しい知見を示した結果であると言える。このような集団同期現象は、より現実的なテラヘルツ波発振の機構に重大な影響を与えていると考えられるが、発振出力の定量的な評価のためには、さらに詳細な解析を進める必要がある。

図1 (a) 高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+xを用いたテラヘルツ電磁波発振実験のセットアップの模式図。(b) モデル化されたBSCCO メサ。

図2 キンクの無い定常振動状態における電流電圧特性と発振出力

図3 非一様な系の集団同期現象。〈Ez:l+1,l〉は各接合に加わる電場の時間平均を表し、lは超伝導層のラベルである。αは面間の結合定数を表している。

審査要旨 要旨を表示する

高温超伝導体の発見以降、高温超伝導体物質を利用した様々な応用研究が活発に行われてきている。そのなかでも重要な応用の一つとして、大きい超伝導ギャップを利用したテラヘルツ領域の光源開発が長年研究されてきた。特に最近になって、ビスマス酸化物高温超伝導体を用いた高強度テラヘルツ発振器が作成されるようになり、応用が強く期待されている。一方でテラヘルツ発振を記述する理論として、多くの模型が考えられてきた。高温超伝導体は2次元の超伝導層と絶縁体が交互に積層した構造をしており、有効模型として各超伝導層が互いに固有ジョセフソン結合によって結合している模型が広く用いられている。これらの理論研究はジョセフソンプラズマモードなどの低エネルギー励起をよく説明する一方、発振現象のような強い非線形現象が生じる場合には取扱が難しくなり、しばしば定性的なレベルですら実験との不一致を示す。本学位請求論文では、固有ジョセフソン結合に基づく有効模型を用いて、テラヘルツ発振に関して非線形ダイナミクスの観点から理論研究が行われた。

本論文は日本語で5章よりなる。まず第1章では、テラヘルツ発振に関するこれまでの実験・理論研究についてまとめられた。さらにそれを踏まえて、本論文の目的と結果の概要が述べられた。引き続く第2章では、超伝導層間の電磁相互作用をとりこんだ固有ジョセフソン接合系の模型について詳しく述べられた。

第3章では、ビスマス酸化物超伝導体のテラヘルツ発振に着目し、高強度発振のメカニズムについて考察された。これまでこの系の発振では、静的πキンクと呼ばれる超伝導位相差パターンが考えられていたが、これは超伝導秩序パラメータを減少させるためエネルギー的に不安定である可能性が指摘された。次に固有ジョセフソン接合系の模型における非線形ダイナミクスが、数値計算によって取り扱われた。その結果、もっともエネルギーの低い振動状態として新しい共鳴状態が見いだされた。この共鳴状態に対応して電流電圧特性にステップ構造が見られ、同時にテラヘルツ発振が生じることが示された。この共鳴状態は、超伝導位相が積層方向に一様で伝導面内で変動する新しいタイプの共鳴であり、伝導面の短手方向の大きさによって共鳴周波数が変化する。これらの特徴から、この共鳴状態がビスマス酸化物のテラヘルツ発振状態で実現されている可能性が議論された。その一方で、実験では電流電圧特性にステップが見られず、出力強度も理論の評価値(ミリワット程度)にくらべて桁違いに小さい(マイクロワット程度)ことが指摘された。

第4章では第3章での結果を受け、テラヘルツ発振強度を抑制する効果の一つとして、積層方向のジョセフソン結合の非一様性が考察された。この場合、系全体がコヒーレントに振動するためには十分な面間の電磁結合が必要となる。まずこの現象は、非線形現象の一つである集団同期現象と同じ問題となることが指摘された。一不純物に対する系の応答を数値計算によって評価したところ、面間電磁結合が小さいと位相同期が起こらないが、面間の電磁結合がある臨界値を超えると不純物部分が他の接合と完全な位相同期を起こすことが示された。この現象を集団同期現象と対応させるために、固有ジョセフソン模型を粗視化によって局所蔵本模型へマップした。さらに得られた局所蔵本模型の数値計算結果は、ジョセフソン接合系の数値計算結果とよく一致することが確かめられた。最後に非一様性が系全体に存在するときの数値計算結果が示され、電磁結合が弱い場合には積層方向に周波数の異なるクラスターが複数生成されることが明らかにされた。この結果、発振出力は大きく抑制されることが議論された。

最後の第5章では得られた結果がまとめられた。

以上、各章の紹介と共に本論文で得られた知見を解説した。本論文では高温超伝導体のテラヘルツ発振という重要な課題に対し、非線形ダイナミクスの視点から取り組んだ研究として意義あるものと認められる。特に第4章で議論された集団同期現象との対応の指摘、およびその応用については、十分なオリジナリティが認められる。本研究では、モデルの妥当性やモデルパラメータの評価など、実験との比較について多くの課題が残されている。しかし現段階で広く使われている模型に立脚し、その範囲内で非線形現象の解析を行うことは、当該分野の基礎研究として意義あるものである。従って審査員全員が学位論文として十分なレベルにあり、博士(理学)の学位を授与できると判断した。

なお、第3章の内容はPhysical Review Letter誌で公表されている。この論文は、論文提出者が主体となって計算および結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。またこの件に関して、共同研究者の立木昌氏、小山富男氏から同意承諾書が提出されている。

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